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 竹川高校旧館。そこに向き合う二人の姿があった。

 時間はすでに19時を回ろうとしている。

 他の部員達は稽古を終え、帰宅したらしく、旧館は閑散としていた。

 剣道の防具を着用している為、一見すると二人の性別はわからないようにみえる。

 しかし、小柄で白の袴を着用している姿は一方の剣道部員が女性であることを示していた。

「小倉、大丈夫か、あまりムリをするな」

 面の間から覗く細長の目が、心配そうに絵里子を見つめた。

「大丈夫です。高田副将、もう一本お願いします」

 開始線に立ち、中段に構える。

 高田もそれに習い開始線に立つ。

「はじめ!」

 高田の声を合図に、二人は動き始める。

「ギェェェッ、面んんんんんんん!」

 高田の気合が迸った。

 ノーモーションの刺し面。

 絵里子の竹刀は面の打ち込みを受け止めた。

 距離が詰まり、竹刀が縺れる。

 なにか、相手の虚をつく技――絵里子は足を運び、間合いを取る。

 ――もっと強い打ち込み、そう――

 絵里子の脳裏には、田辺を打ち負かす黄泉の姿が映った。

 ――要はタイミングと手首の回転の速さ。

 竹刀を縺れさせながら思考を巡らす。

「小手えええええええええええ!」

「!?」

 綺麗に小手を取られ、絵里子は顔を歪めた。

「何を呆けている! 集中しろ!」

 高田の激励に、絵里子ははっとする。

「すみません、もう一本お願いします」

 旧館には竹刀を打ち合う音、床を踏み込む音がいつ終わるともなく響き渡っていた。




 迎えた東京都高等学校春季剣道大会兼関東大会予選当日。

 黄泉と祐二はJR山手線の電車に揺られていた。

 二人はJR山手線を西日暮里で千代田線に乗り換え二駅、綾瀬で下車をする。

 祐二は駅のコインロッカーで鞄を預け、木刀の入った竹刀袋だけを携える。

 そして駅を出たところでスマホを取り出し、ナビのアプリを起動させる。

『目的地を登録しました……この先道なりです……』

 ナビの音声案内を頼りに歩いていくと、すぐに建物を見つけることができた。

「これが――武道館、であるか?」

 黄泉は道場のような形を想像していたのだろう。

 しかし、武道館は黄泉の想像していた建物とはほど遠かった。

 特長といえば白く巨大な建物で、屋根がギザギザとしている。例えるなら、地図の記号でよく見る工場の屋根のようだった。

「ああ、これが東京武道館だ」

 滑稽な形と、施設の巨大さに呆けている黄泉に、祐二が得意げに教える。

 何度見ても黄泉が現代の産物に驚いている姿は、祐二にとって新鮮に映った。

 黄泉が東京武道館の周囲に目を向けると、周辺は人の熱気で溢れていた。

 胴着、袴姿の少年・少女が多い中、父兄や学生服姿の生徒の姿もちらほらと見受けられる。

 黄泉と祐二は制服姿であった。

 学校の方針として、部の大会の応援は禁止しておらず、応援に行く場合は授業の一環として、制服の着用が義務付けられていた為である。

 念のためにと持ってきた木刀だったが、竹刀袋に隠してある為この場所ではまったく違和感がない。

「さてと」

 祐二が紙を広げて呟いた。

 絵里子からコピーしてもらった大会の日程などを記した用紙である。

 黄泉はその用紙をじっと覗き込む。

 巨大な施設には、第一、第二武道場と、弓道場、そして一際大きい大武道場があり、大会は大武道場で行われる。

 二人は大武道場を目指した。

 大武道場の二階入り口に到着すると、祐二がドアを開ける。二階から望む場内はとてつもなく広かった。広い床には正方形のラインで区分けされた試合場が八つあり、二階にはすり鉢上に設置された椅子が規則正しく並んでいた。

「広い――これが道場――であるか」

 祐二はため息まじりに呟く黄泉を満足気に見つめ、こっちだと黄泉を手招きする。

 黄泉と祐二は二階席の適当な席に腰を下ろした。

 すると、黄泉が不意に口を開いた。

「来るであろうか――」

 祐二は田辺のことであるとすぐに察しがついた。

「来る、きっとな」

 ひねくれた田辺の性格である、きっと来るという確信が祐二にはあった。

 でなければ、大会の日程などを記したコピーなど受け取る筈もないからだ。

「そうであるか」

 黄泉は祐二の言葉に納得したのか、ひとつ頷いた。

 気がつくと人の数が増え始め、二階席がほぼ埋まりつつあった。

「これほど人がおったのか――」

 江戸時代でも歌舞伎や、芝居を見にいったときは人の多さにびっくりした黄泉だったが、その時とは比べ物にならない人の多さに圧倒されてしまっていた。

「気分がすぐれぬ」

 黄泉は口元を押さえた。

「大丈夫か?」

 江戸時代とは人口が違いすぎる。今までみたこともない人の多さに酔ったんだなと、祐二は納得する。

「食うか?」

 祐二はガムをひとつ黄泉に差し出した。少しでも気が紛れればという心遣いだった。

「忝い」

 黄泉はガムを受け取り、口へと運んだ。

「なかなか飲み込めぬな、この食べ物は――」

 やたらと甘く、グニグニとした物体は、いくら噛もうが小さくならなかった。

「いや、これは食べるのではなくてだな、噛むもので――」

 と、祐二が言いかけた瞬間、黄泉の喉がゴクリと鳴った。

 ガムを無理やり飲み込んだのである。

「って、人の話を聞け! 腹壊すぞ!」

「ん?」

 黄泉は状況が全く飲み込めず、不思議そうに小首を傾げていた。


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