九
博打場は、下町から江戸城寄りの両替町(銀座)にあった。
両替町はその名のごとく、小判や銀貨を日用品を買うに適した文に両替する両替商といわれる店が多く、中には骨董屋や、金貸しを営む店もある。
城に近い為か、武家屋敷もちらほらと見受けられ、行き交う人は、下町よりは侍の姿が多く見受けられる。
黄泉は一人、両替町を歩いていた。
伊織が一緒に来ると言って聞かなかったのだが、これは自身の問題である。
自分を心配していることは、痛いほど分かっている。
伊織には見せたくなかったのだ。己が十字傷の男を前にした時、自分が自分ではなくなってしまうような、醜い姿を。
まるで自分ではないような何かに飲み込まれそうな恐怖に、ぞくりと黄泉の背中に悪寒が走った。
そんな黄泉の気配に何かを感じたのか、伊織は不承不承ながらも首を縦に振ったのであった。
黄泉は目当ての看板を見つけると、歩みを止めて確認するように、看板の文字を読み上げた。
「両替商、旗屋――か」
見た目は何の変哲もない銭屋である。
博打場というからには、もっと物々しげな店構えを想像していたのだが、あの義助が嘘ぶく道理はないだろうと、そう呟きながら黄泉は玄関の暖簾を潜った。
「邪魔をする」
店の奥から白髪の混じった髷が印象的な壮年が現れ、黄泉に人当たりの良さそうな笑みを向けた。
「いらっしゃいまし。ご用件は?」
男は猫背気味に手を揉みながら用件を窺う。
「暫し遊ばせてもらいたい」
その言葉を聞いたとたん、男の目が細くなり、口元がいやらしくつり上がった。
「お客様でしたか。ささ、どうぞ、奥へ――」
男はいやらしい笑みを顔にへばりつかせたまま、右手で店の奥に行くように促した。
店奥の暖簾をひとたび潜ると、なにか焦げ臭い臭いが鼻についた。
そこは行灯の明かりだけが頼りなく照らす、焼けた油と、煙草の匂いが充満した薄暗い部屋であった。
部屋の中央は、木で誂えた四角い台を囲むように、屈強な男達が屯し、中には上着を脱ぎ、さらしを露わにする姿もあり、一種異様な熱気が漂っていた。
黄泉は、迷わず部屋奥の札売場に向かった。
「札をもらいたい」
一言の後、懐から取り出した小判を無造作に札売り場の台の上に置いた。
「さ、三両!?」
「足りんか?」
再び懐を探る黄泉に、札売りの男は、十分でございますと慌てふためきながら、木札を台に積み上げていく。
その光景を見逃さない人物がいた。
札売場から少々離れた部屋の隅。そこに博打を取り仕切る親分と言われる人物が、細い目の奥にある鋭い瞳を黄泉に向けていた。
黄泉は視界が見えないほど山のような木札を両腕で抱えながら、部屋の中央に向かい、輪の中に割って入った。
どすんと抱えた木札を床に降ろすと、周囲の男達の目が一瞬にして黄泉に集中した。
「さぁ、やってくれ」
一言告げると、黄泉は床に腰を下ろし、無造作に胡座をかいた。
博打は、丁半といわれる物だった。
壷振りと言われる者が二つの賽子を壷の中に隠すように振り、そう和が奇数(半)か、偶数(丁)かを当てる単純なものである。
さらし姿の壷振りは、黄泉に向かって眉を寄せると、賽子と壷を張り手に見せるように振り上げた。
「入ります――」
壷の中に投げ込まれた二つの賽子は、壷に覆われたまま、白い布が貼られた台の上に叩きつけるように置かれた。
「丁!」
「半!」
男達の声が次々と木霊した。
「丁――」
黄泉はそう告げると、傍らの木札を取り出し、横向きに張った。
「丁、半駒揃いました――勝負!」
固唾を飲む張り手の男達の視線が壷に集中し、部屋には時が止まったごとくに静寂が支配する。
「四三の半、半と出ました!」
壷振りが叫んだ瞬間、周囲は落胆のため息と、歓喜の叫びがにわかにわきあがり交錯した。
丁に張った黄泉の木札は回収され、勝利した張り手に分配されていく。
勝負はこれから、いや、これからもっと大きな勝負が控えている――黄泉は小さく呟くと、傍らの木札を握りしめた。




