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 養生所の中庭に踊り込んだ黄泉は、眉間に皺を寄せながらうめき声にも似た低い声を上げた。

「いー、おー、りぃぃぃぃ!」

 おどろおどろしさを含むその声は、この世に未練を残しさまよう怨霊のようにも思える。

 返事が無い事がわかるや、黄泉は周囲を見渡し伊織の居所を探す。

 すると、かすかに診療部屋の方から人の話す声が聞こえた。

 黄泉は足を忍ばせ、話し声が漏れる部屋に近づくと、窓の中をのぞき込んだ。

「いやぁ、せんしぇ。体がしんどうて、しんどうて。風邪じゃと思うんじゃが」

 椅子に腰掛けた老婆が、伊織に向かって症状を訴えていた。

「婆さん、まだ俺がみちゃいねぇうちに病名を決めつけちゃいけねぇぜ」

 そう応えると伊織は老婆の口の中を見、脈を見、上半身の一部を指で叩き、大きく頷いて一言。

「こりゃ風邪だな」

 ごつんと鈍い音とともに、黄泉の額が窓の木枠を叩いた。

「――」

 黄泉は無言のまま、大きく晴れ上がった額の瘤を撫でる。

 あまりの痛さに目頭が熱くなってしまう。

「それで、特に重い症状はねぇか?」

 老婆は虚空を眺め、一考の後に口を開く。

「頭痛がひどいかのぉ――」

 その言葉を聞いた伊織は、待ってましたとばかりに勢いよく椅子から立ち上がると、奥の戸棚から白い紙に包まれた物を持ってきた。

「こいつは頭痛に効く南蛮でも高価な薬だ。これを飲めばたちどころに治っちまうぜ」

 庵は紙の包みを解き、粉末の乗った四角い白紙を老婆に手渡す。

 粉末の乗った紙を受け取った老婆が眉を寄せた。

「けったいな色じゃ」

 なにやら不振気ながらも、老婆は紙を口元まで運び、粉末を口の中に流し込んだ。

「異な味じゃ――」

 老婆は一言漏らすと、薬がよっぽどまずいのか、伊織から差し出された湯呑みの中の水を一気に煽った。

「どうだ? こいつは人の死体を乾燥させたミイラってやつを粉にした、貴重な薬なんだが」

「ひ、人ぉ!?」

 伊織の言葉を効いた刹那、老婆の口から白い泡が溢れだし、眼は白目を向き、哀れな老婆は椅子から転げ落ちてしまった。

「おい、婆さん! むぉ! 息と脈が弱くなってやがる!」

 伊織は慌てふためきながら周囲を見回すと、呼吸の弱まった老婆の唇に自らの唇を重ね、胸に空気を吹き込んだ。

 窓越しにその様子を眺めていた黄泉がぽつりと一言呟いた。

「名医――」


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