壱
終業のチャイムが鳴り、午前の授業の終わりを告げた。
「起立」
国語の教師は耳が遠いのか、それに気づかず黒板に文章を書き出していた。
「ここは重要であるから……」
生徒を見渡すと、各々のグループに散って弁当を広げたり、食堂に向かうのであろう、席を立っている者もいた。
いつになった気づくのだろうと思いながら、祐二は机の上に弁当を広げた。
「いつになく良い出来だ」
祐二の自作弁当である。
定番の卵焼きと、唐揚げ、ポテトサラダ。大半が夕食の残り物であるが、栄養のバランスも良さそうだ。
黄泉が学校に通うようになってからは、時間短縮も兼ねて各々が自分の弁当を作ることにしたのだ。
祐二は箸入れから箸を取り出し、さっそく頂こうとするが。
「俺にも愛妻弁当」
「てめぇはどこから涌いてきた」
祐二はすかさず弁当箱の角で、山田の頭を強打する。
まさに光速の反応速度だった。
山田は頭を押さえ、目に涙を滲ませる。
「ごめんよおおおお」
泣きながらご飯を書き込む姿は、祐二にとっては毎度の光景になっていた。
突っ込むことさえ面倒なので、見ないふりをして視線を逸らした。
そこで祐二は黄泉の姿があることに気がつく。
「お前等いつもの食堂に行かないのか?」
机をくっつけ、仲良く弁当を食べる絵里子と黄泉。
「ふ、ふーん、実はね」
えらく上機嫌な絵里子は、鞄を探ると、何かを取り出した。
「ほら、これ! 昨日発売した戦国ゲーム!」
プレイヤーは好みの戦国武将を操作し、各地を治める敵武将を倒し、全国制覇を目指すゲームである。
どうやらゲームを購入したのが嬉しくて自慢したかったようだ。
パッケージのイラストの武将は、まるで女性のように美しく描かれている。
「それは腐女子ゲームか?」
ぽつりと漏らした祐二の呟きに、絵里子が素早く反応する。
「失礼な! なんてこと言うのよ! このゲームはね、鍛えぬかれた武将がお互いの健闘を讃え、熱い抱擁をする友情のゲームなのよ!」
今にも荒い息づかいが聞こえてきそうな熱弁の後、携帯ゲームを胸元でぎゅっと抱きしめる絵里子。
いやそれ、ゲームのコンセプトから外れまくってるしと、祐二は突っ込みを入れようとするも、これ以上めんどうなことになるのは嫌なので、思いとどまった。
「ふん、そんな生ぬるいゲームでいい気になっているとはな」
そう横やりを入れてきたのは、山田だった。
なにやらゴソゴソと鞄の中を探りだす。
「これをしてこそ漢だ!」
叫びながらゲームケースを掲げた。
「ファンタシーハンターZ……」
三人は山田が手にするゲームのタイトルを読み上げた。
TVCMで、ひと肉焼こうぜのキャッチフレーズが有名になったゲームで、あらゆるモンスターの肉を集め、優れた料理を作る、肉焼きハンティングゲームである。
「こら、うちの学校は携帯ゲームの持ち込みは禁止していないけど、成績が下がったら即禁止だからね!」
いきなりの背後からの声で祐二が恐る恐る後ろを向く。
「げ、玲子ちゃん!?」
このクラスの担任、玲子ちゃんは、山田の手にするゲームケースを見るや、興奮したようにまくし立てる。
「あ、それ、ファンハンね! あんた肉焼きレベルいくつ?」
山田は腕を組み、得意気に30ですと答えた。
「おー、がんばってるわね! 先生は昨日肉焼きレベル140になってZ級クエスト受注可能になったわ」
おいおい、どれだけやり込んでいるんだよ玲子ちゃんと、祐二は内心で突っ込みをいれる。
がんばれよ、新米クッキングハンター! と、山田の肩を叩いて、玲子ちゃんは立ち去っていった。
玲子ちゃんもゲームの自慢をしたかったようである。
このクラスの奴はどいつもこいつも――祐二は軽い頭痛を覚えながら、弁当を突っついた。
すると、絵里子が思いだしたかのように、黄泉に話を振る。
「黄泉も戦国ゲーム好きでしょ?」
いきなり話を振られ、わけのわからないまま黄泉はコクコクと頷いた。
「実はね、保存用にもう一つ買ってあるから、黄泉、一緒にやろうね」
いうと、絵里子は山田がプレイ中の携帯ゲームを取り上げ、ソフトを引っこ抜いてしまう。
「あ、あぁぁ……」
はい、といいながら、ゲームソフトだけを山田に返却し、戦国ゲームをセットする。
祐二は思った。
腐女子とはいかに恐ろしい生き物なのかと。
しかし、本物の侍に戦国ゲームをやらせたらどうなるのか興味がわき、祐二は黄泉の横で見学するこにした。
「次の戦は馬に乗って始まるから馬を選んでね」
絵里子の指示に、ふーむと黄泉が考え込む。
「こやつ、なかなかの面構えだ」
そういいながら選んだのは杉風という馬であったが。
「どこがなかなかなんだ……」
目はだらしなく垂れ下がり、のべーとした顔立ちはあまりやる気を感じさせない。
しかし、パラメーターをみると、スピードといい、スタミナといいなかなかの高性能である。
黄泉のやつ、ひょっとしてゲームセンスあるのか? と、祐二は期待を膨らませ、戦の開始を待った。
ホラ貝の音が鳴り響き、戦が開始した。
絵里子は兜に愛の字の武将。
黄泉は兜に月のマークがついた武将のようだ。
絵里子はやり込んでいる為か、軽快に敵をなぎ倒し、先へ先へと進んでいく。
しかし、黄泉の操る武将は馬に乗ったまま右往左往している。
「おい、奥に敵陣があるぞ。このアナログパッドを上に、こうするんだ」
堪えかねた祐二が小声で黄泉に指示を送る。
ふむと頷き、黄泉は祐二の指示通りに馬を走らせる。
何十人という数の足軽部隊の中に、杉風は突っ込んでいく。
「よし、今だ、攻撃しろ!」
言われるまま、黄泉はボタンを叩く。
瞬間、武将は馬からスタッと降り立った。
「違う違う、その隣のボタンだ」
「こ、こうであるか」
慌てて違うボタンを押すと、武将は敵陣のど真ん中で杉風に人参を食べさせ始めた。
うわぁ! という悲痛な叫びと共に、プレイヤーの体力は削られていく。
「は、早く馬に乗らねば――」
そして黄泉はやっと乗馬のボタンを理解したときだった。
「その馬もらった!」
敵足軽に馬を奪われてしまった。
パカラ、パカラと、馬の蹄の音が空しく遠退いていく。
「ああ!? うぅぅ……杉風ぇ」
「このゲームで馬を奪われる奴、初めてみたぜ」
ツボにハマったのか、祐二は激しく笑いだした。
「むう……」
黄泉は頬を膨らませ、祐二を横目で睨みつける。
黄泉の視線に気づいた祐二は、わりいわりいと言いながら謝るが、目には涙が溜まっていた。
そこで祐二は絵里子の操る武将の姿がないことに気がつく。
「おい絵里子、黄泉は初心者なんだから一人で先に進むなよ」
絵里子の武将は敵砦にさしかかっていた。
「あ、ごめん、協力プレイはあんまりしたことないからつい」
そういうと、絵里子は黄泉に合流すべく馬を戻らせた。
「お、絵里子がきたぞ」
絵里子の操る武将が、やっと、黄泉の画面に映った。
絵里子の武将は馬上から剣を振るうと、黄泉の操作する武将の周囲にいた足軽はあっと言う間に一掃された。
「すごいな絵里子」
黄泉に賛嘆され、絵里子はえへっと照れ笑いを浮かべた。
絵里子の好フォローもあってか、本陣まで順調に進んでいく。
「我こそは――」
ついに敵武将が現れ、名乗りを上げた。
「いくよ、黄泉」
「承知」
黄泉の武将は果敢に切り込み、一斬、二斬と連携を叩き込んでいく。
すると、画面下のゲージが白く点滅した。
「黄泉、四角と丸ボタンを同時に押すんだ!」
黄泉は祐二の指示通り、四斬目でボタンを同時に押した。
途端、画面上に大きな竜が出現した。
しかも、タイミングが良かったとはいえ、四斬目の刀を戻す隙を無くす、キャンセルというテクニックまでキメているから驚きだ。
連斬に加え、必殺技まで食らった敵武将は、悲痛な叫びをあげながら後方に吹き飛んでいく。
やるわねと呟き、絵里子が後に続く。
絵里子の操る武将が宙に舞い上がったかと思うと、両手から夥しい数の火球を敵武将に放つ 。
敵武将は攻撃がヒットする度に仰け反り、悲鳴をあげる。
そして、止めとばかりに野太いビームを敵武将に叩き込んだ。
敵武将の体力は尽き、力無く大地に崩れ落ちていった。
敵を討ち取り、二人の武将は勝ち名乗りを上げる。
「おいおい、これじゃ虐待だろ」
なにもできず、呆気なく散っていった敵武将を祐二は哀れに思った。
黄泉の顔を覗き見ると、目を輝かせ、顔は喜びに満ちているようだった。
「黄泉、どうだった?」
絵里子が黄泉に率直な感想を求める。
その顔は不安と期待の入り交じった複雑な表情である。
「すごいな絵里子……」
と、切り出し、黄泉はひとつ頷く。
「戦国武将は妖術が使えたのだな」
黄泉は、初めて知ったと、真顔で感心していた。
何を口走っているんだといった様子で、慌てて祐二が口を挟む。
「いやいや、黄泉の顔を見ればわかるだろ! すっげー面白そうにしてたじゃん……な、な」
相づちを求められ、黄泉はわけのわからないままコクコクと頷く。
「わしは絵里子と一緒だったから楽しかったぞ」
訳が分からず暫し惚けていた絵里子は、満面の笑みを浮かべ、そっかそっかと頷いた。
「それならこのゲーム貸してあげる。また一緒にやろう!」
「ふむ、承知した」
二人で盛り上がっているところに、誰もが存在を忘れていたであろう人物が割って入ってきた。
「あの……俺のゲーム機は?」
山田が恐る恐るといった風に、人差し指で携帯ゲームを指す。
その言葉に絵里子の目つきが鋭く変わった。
例えるなら、宿敵である武将を眼前にしたごとくの殺気、眼光だ。
「あんた漢でしょ? 女の子にゲーム機を貸してあげるくらいの優しさがあってもいいんじゃない? そんなことだからいつまでたっても背が伸びないのよ!」
「あ、あぁ……背は関係ないよぉぉぉ」
山田は信じられないといった表情で顔を振り、両手で顔を隠してしまった。
たしかに女の子より背が低いけどさと、半ば鳴き声でうずくまってしまう。
「よかったね、黄泉。山田君優しいから返却はいつでもいいって」
「おぉ!? 山田とやら、本当に良いのか?」
忝ないと礼を述べる黄泉に、もう好きにしてと、山田はうずくまったまま答える。
情けねぇなと吐き捨てた祐二は、席に戻って再び弁当をつつき始めた。
そして、山田の背中を見ながら唐揚げを頬張る。
「チキンが――」




