壱
旧体育館の清掃を終えた剣道部員達が正面に座する副部長の前に集まり、次々と正座をしていく。
「礼」
副部長の号令で、部員が深々と頭をさげ、稽古の場である体育館に礼を尽くす。
「ありがとうございました」
剣道部の稽古が終了し、部員達は着替えをするべく更衣室に向かいはじめた。 祐二も手ぬぐいで汗を拭い、更衣室に向かおうとした時だ。
「関川、ちょっと」
祐二を呼び止めたのは、副部長の高田だった。
「田辺のことだが、そういえばお前、以前この旧体育館前で見かけたといっていたな」
高田は田辺のことを、どの部員よりも気に掛けているようだ。
「そうだけど、なんであんな奴のことを?」
祐二は素っ気なく答えた。
田辺は黄泉との試合で防具を投げ捨て、剣道ではあるまじき行為を行ったのだ。
祐二としては、なぜあのような男を心配しているのかまったく理解できなかった。
しかし、高田は穏やかな顔で語りだした。
「田辺は俺に剣道を教えてくれた師匠だ。元々は後輩の面倒見も良く、教え方が丁寧でそれだけでなく、武の心まで教えてくれた」
高田はそこまでいうと、遠くを見つめるように感慨に耽った。
「俺は田辺と出会うまでは喧嘩に明け暮れていた不良だった」
祐二は信じられなかった。中肉でガタイはよいが、穏和そうな顔立ちからは元ヤンだとは想像ができなかったからだ。
「こうして学校に通うようになれたのも、部長のおかげだ――だから、部長には戻ってきてもらいたいんだ」
高田の思いも寄らぬ過去の告白に、祐二は抱えた疑問を問う。
「なぜ俺に?」
「さあな、お前に話したくなった……それだけさ」
中学時代、祐二も地元で喧嘩に明け暮れ、仲間とつるんではやれ抗争だとかやってきた。
それが嫌で都会の学校に進学を望んだ。
祐二は思った。自分と高田は似ている。
高田がこんなことを話したのは、祐二に過去の自分と同じ影を感じたからなのかもしれない――と。
「そうか。おれは田辺は昔からあんな横暴なやつだったとばかり思っていたけど意外だな」
心配している者がいる以上、放ってはおけないと、お節介の虫が騒ぎだした。
祐二はなんとか田辺を剣道部に戻せないものかと思案する。
そこへ高田がこんな時間かと、話を打ち切った。
「悪かった、いらん心配をさせて」
高田は田辺を見かけたら教えてくれと言い残し、更衣室へ向かった。




