四
「いいか、ここに着替えを置いておくからな」
言いおくと、祐二は脱衣所から出た。
そして手際よく洗濯物をベランダで干し、力無くベッドに倒れ込む。
「なんで現代に江戸時代の女がいるんだよ」
大きなため息を吐き出す。
すると、がらりという音が聞こえ、数分後、脱衣所から黄泉が姿を現した。
バスタオルで濡れた髪を拭き、上はTシャツ、下はジーンズ姿の黄泉に、祐二は見とれていた。
Tシャツと、ジーンズは祐二の物なので、ぶかぶかなのだが、それがまた祐二にとってたまらなく可愛く思えた。
気がつけばベッドから体を起こし、口走っていた。
「――萌え」
「ん?」
祐二の視線に気づき、黄泉は不振気に首を傾げる。
こうしてみると、普通の女の子なんだなと、祐二は改めて思った。
ちょっとまて、俺、女の子と二人っきりの構図!? それってやばくね!? と、とり止めなくこみ上げる妄想に、祐二はあたふたと周囲を見渡す。
「隣、良いか?」
「あ、あぁ――」
髪を拭き終え、黄泉が祐二の座るベッドに腰をおろす。
ふわりとシャンプーの良い香りと、石鹸の甘い香りが祐二の鼻をくすぐった。
祐二は赤く染まった顔を隠すように俯いてしまう。
そして、この状況はまずいと、必死に会話のネタを探し出す。
「お前は江戸で何をしていたんだ?」
「なんでも屋だ」
なんでも屋――祐二は時代劇で時折聞く言葉に、記憶を掘り起こす。
「なんでも屋って、探偵か!? あれか、浮気――じゃなくて、不義密通ってやつを調べたりするやつか?」
黄泉はコクコクと頷く。
「他にも雨漏りを直したり、喧嘩の仲裁、ドブさらいもするぞ」
たしかになんでも屋だけど、それは違うぞと、祐二はあきれかえった。
「それで、ここに来る前、なにがあったんだ?」
祐二が問うと、黄泉は虚空に視線を向ける。
「たしか、妙な姿の男が現れて、部屋を火事にして、すると鬼が入ってきた」
「は? ちょっとまて、順を追って話してくれ」
祐二は黄泉の言葉を切り、そう言うと、一つ一つ話を聞き出していった。
「するとあれか、大きな眼鏡の奴に突き飛ばされて、気がつくとここで寝ていたってことか」
黄泉はこくりと頷いた。
どうも黄泉を突き飛ばした男が、現代に黄泉がタイムスリップしたことに関係があると、祐二は考えた。
「その男はどんな格好をしていた?」
「着物はこのような着物で色は黒かった」
そう言いながら、黄泉は着ているTシャツを摘んでみせた。
「Tシャツ――すると、男は江戸時代の人間じゃなさそうだな」
「わしは南蛮人かと思った。髪に髷がなく、茶色だったからな」
茶髪か――現代、もしくは未来の人間である可能性が高いなと、祐二は推理を展開する。
しかし、なぜ彼女を現代に送り込んだのかがわからない。
黄泉の両親も心配しているはずだと、祐二は悲惨な運命の少女に同情した。
「あの――さ、帰りたいんだろ?」
あぁ、何口走ってるんだ俺! この子を不安がらせてどうすると、祐二は混乱した。
「わしは実の父に、見せ物小屋へ売られた」
黄泉はそこで言葉を切ると、表情を曇らせる。
「――そこからわしは南蛮に売られていった。だから、ここは南蛮だろうが地獄だろうが、わしには関係の無いことだ。帰るところがないことには慣れておる」
言い終えると、黄泉は視線を落とした。
口ではそう言っても、不安、悲しみだけは隠せない。きっと帰りたいと思っているに違いないと、祐二は感じた。
帰る方法なんてどうやって探せばいいんだ――頭を抱える祐二の肩に、黄泉の柔らかい手が触れた。
「祐二、あないしてくれぬか? 二百年後の日本とやらを」
「あ!? あぁ」
楽しみだと、立ち上がる黄泉に、祐二は呆気にとられる。
普通ショックで打ちひしがれねぇか? こいつ阿呆か? それとも、俺の気持ちを察してわざと気丈に――そんなはずはないと、祐二は頭を振った。
黄泉がただの阿呆なら、祐二の気持ちがどれだけ楽であろうか。
考えても仕方ない――こいつはただの阿呆だと、自分に言い聞かせ、祐二は黄泉に向かって微笑んだ。
「お前、絶対驚くぜ。よし、案内してやる!」
そういうと、祐二は立ち上がった。