十
都内大学病院。
個室の名前には、須藤 里奈と書かれていた。
ベッドで寝息を立てる少女の腕には点滴が施されている。
その傍らで母親らしき人物が、少女の左手を強く握っていた。
いすに座る母親の背後には、髭の剃り跡が濃いスーツ姿の壮年の姿。
少女の父親と思われる。
父親らしき壮年が妻の肩に、優しく手を置いた。
「美枝子、きっとこの子は目を覚ます。信じて待とう」
母親は壮年の言葉に緊張の尾が切れたのか、顔を少女の布団に埋め、嗚咽を漏らした。
「行方不明になって、やっと帰ってきたと思ったら脳死だなんて――どうしてこんな惨いことに」
壮年はそうだなと、妻を抱きしめた。
「お前は昨晩から寝ていないだろ。少し体を休めたほうがいい」
壮年が促すと、妻は目頭を押さえ、腰を上げた。
少女の母、父親が部屋から退出していく。
その瞬間を狙っていたごとく、部屋の窓から中を伺っている目があった。
「この体」
壁をすり抜け、姿を現したのは女性のように体が丸みを帯びた鬼だった。
長い黒髪の頭頂部に突き出た二本の赤い突起。口は裂けてはおらず、唇は黒ずんでいる。
赤い体にはきわどい部分を隠すように、胸から下半身にわたってサラシのようなもの巻き付けられていた。
そしてその鬼の右目には、刀の鍔を象った眼帯があった。
遠くで足音が聞こえた事に気づくと、鬼は少女の体に身を重ねた。
徐々に鬼の体の色が透けていき、ついに少女の体にとけ込んだ。
少女はゆっくりと瞼を開く。
「やはり右目は見えぬか」
右目に映る景色はまるで靄がかかったように、白く霞んでいた。
「許せん、人間め!」
呟き、腕に突き刺さる点滴の針を引き抜いた。
右目を奪った男。
新陰流の使い手。
妖術刀の持ち主。
単語を並べるだけで彼女の内に復讐の炎が燃え上がった。
五の巻 愛しの眠り姫
完




