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 土曜になり、絵理子とショッピングの約束をした黄泉は、待ち合わせの場所にむかった。

 待ち合わせの場所は後楽園駅から二駅ほどの駅。その駅前だった。

 改札を通り、駅から出る。

 晴天の下、黄泉はおもむろに携帯を開いた。

 絵里子からのメールには、今着いたとのメッセージがあった。

 黄泉は一足遅れで駅前に到着したようだ。

 すると、黄泉に向かって手を振りながら歩いて来る少女の姿があった。

 ジーンズにチュニック、武士と印刷された手提げカバンを腕に引っ掛けたスタイルで、なかなかファッションにはこだわりがかける感じである。

 手を振る少女は、私服姿の絵里子だった。

「黄泉、かわいい」

 黄泉は髪を黄色いリボンで纏めたポニーテールに、ショートパンツ、上はTシャツとラフな姿である。

 携帯や、財布は、パンツのポケットにねじ込んである。

「さ、行きましょうか」

 二人はまずデパートへと向かった。

 黄泉にとってデパートは初めてであった。

 自動ドアをくぐると、ひんやりとした冷気が火照った肌に吹き付ける。

 休日とあり、広い店内は多くの家族連れや、人で賑わいをみせている。

 一階は食料品売場となっていた。

「黄泉ぃ、お目当ては二階だよ」

 おいしそうな臭いに立ち止まろう

とする黄泉を、絵里子は先へと促す。

「うぅ」

 背中を押され、黄泉は小さくなっていく試食コーナーを見えなくなるまで見送っていた。

 そんな黄泉に試練が立ちはだかった。

 動く階段――エスカレーターである。

 正体がばれると面倒だから絶対驚くな、平静を装えと、祐二から言われていた。

 どうしたものかと黄泉は唸る。

 先にエスカレーターに乗った絵里子は、黄泉の姿が無いことに気づき、振り返った。

「どうしたの?」

 心配そうに乗り遅れた黄泉の姿を見つめる絵里子。

 しかし、階段が動いているのである。

 黄泉は恐る恐る足を踏み出す。

「お――」

 声が出かかったが、寸前で飲み込んだ。

 片足だけエスカレーターに運ばれ、股がどんどん開いていく。

 股が裂けそうな激痛に堪えきれず、黄泉は階段に尻餅をついた。

「!?」

 痛みを堪え、声をあげなかった。

 素の顔に涙が浮かぶ。

 尻餅をついたまま、上の階に運搬された黄泉を、絵里子が引っ張り起こす。

「ちょっと黄泉、大丈夫!?」

 訝しげに首を傾げ、黄泉を見つめる絵里子。

 明らかに怪しいといった風に黄泉を見つめている。

「黄泉。あなたもしかして――」

 まさか、わしが江戸時代から来たことがばれたのか――黄泉は観念したように双眼をぎゅっと閉じた。

「――乗馬の練習をしていたのね」

 こんなところでも歴女として訓練を怠らないなんて感激だわと、絵里子は瞳を潤ませながら黄泉を見つめていた。

 黄泉は惚けた様子で、コクコクと頷いていた。



 一通り買い物を終え、二人はデパートを後にした。

 下着だけのつもりが、気がつけばバッグなど余計な物まで買ってしまっていた。

 おかげで、何でも屋で稼いだお金も少なくなってしまった。

 そろそろ仕事の依頼がないものかと、黄泉は思った。

 そんな事を考えていると、絵里子が暑そうに呟いた。

「しかし暑いね。どこかに避難しよ」

 そういうと、黄泉の肩を叩き、一軒の店を示す。

 そこはドーナツを扱う店だった。

 ドゥナッツ? 変わった茶店ちゃみせだ――店の看板の絵を見ると、輪のような物が描かれていた。

 横文字のような名からして、南蛮の食べ物であるようだ。

 外国の菓子であるが、黄泉にはそれが甘いのか、苦いのか、辛いのか全く想像がつかない。

 綺麗にデコレーションされた食べ物に、好奇心をくすぐられる。

「じゃ早速避難開始」

 黄泉はこくこくと頷き、絵里子の後に着いていった。

 店内に入り、カウンターでの注文となる。

 絵里子はアイスコーヒーと、ドーナツを二種類注文していた。

「黄泉は?」

 絵里子に聞かれた黄泉は、とっさに答える。

「絵里子と同じで良い」

 店員が笑顔でかしこまりましたと答え、ドーナツとドリンクをトレーに乗せていく。

 食べたい物はたくさんあったのだが、黄泉は南蛮の横文字をうまく言える自信がなかった。

 食べたい物ほど舌を噛みそうなくらい、小難しい名がついていたからだ。

 黄泉はショーウインドーに飾られたドーナツを凝視していた。

 暫くすると、お待たせしましたという声と共に、カウンターにトレイが二つ並んだ。

 絵里子に促され、黄泉はトレイを持ち、絵里子の後についてく。

「ここにしようか」

「ふむ」

 テーブル席に着いた黄泉は、まずドリンクに口をつける。

 カフィという黒い南蛮の茶であるが。

 苦い――とも言えず、平静を装い、真顔で飲んだ。 口直しにドーナツを頬張ると、砂糖の甘みが口の中に広がり、幸せな一時が訪れる。 自然と顔がほころぶ。

 しかし、油断は禁物。

 素性がどこでばれるのかわからない。

 努めて真顔でドーナツを頬張った。

 ドーナツを飲み込み、一息ついたところで、黄泉は口を開いた。

「腰巻きは高いな」

 言いながらテーブルに財布を広げる。

 ちなみに黄泉がいう腰巻きとは、ブラとショーツのことである。

「あ、この財布すごい格好いい!」

 布で、しかも手縫いの財布をみて、絵里子は声をあげた。

 時代劇でしか見たことのない財布が目の前にあるのだ。

 まるで時代劇の小道具をみている感覚なのだろう。

 目をらんらんと輝かせ、どこで手に入れたのかと、絵里子は興奮している。

「わしが作ったのだが」

「すごい! こんなに徹底しているなんて!」

 あたしにも作り方教えてと、絵里子は財布を手にとって眺めていた。

「絵里子はよほど武士が好きなのだな」

 黄泉の言葉に、絵里子は嬉しそうに頷いた。

「だってかっこいいもん! あたしは黄泉みたいな人と友達になれて嬉しい」

「よくわからんが、絵里子が嬉しいなら良い」

 それから武将や、戦国時代について二人は語り合った。

 黄泉は戦国時代についてあまり詳しくはなかったが、武将の名はそこそこ知っていた為、話しについていくことができた。

 絵里子が振るう熱弁に、黄泉は笑顔で耳を傾けていた。

 その時、テーブルに置かれた携帯がブルブルと震え、大きな音をたてた。

「黄泉、携帯鳴ってるよ」

 ふむと答え、黄泉は携帯を手に取った。

 通話ボタンを押し、耳に押しつける。

「黄泉か。悪いがすぐ帰ってくれないか?」

「いかがした?」

「なんでも屋の仕事が入った」

「あいわかった」

 黄泉は通話を切り、携帯を折り畳む。

「急用?」

「このケイタイとやらの中にいる祐二が、早く帰ってこいと言っておった」

 なるほど、戦国時代に携帯があったら、こんな風になるのかと、絵里子は感心した様子で頷いていた。

「そっか、仕方ないね。今日は楽しかったよ。また遊ぼうね」

 黄泉は笑顔で頷くと、席を立った。

「しからば御免」


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