参
土曜になり、絵理子とショッピングの約束をした黄泉は、待ち合わせの場所にむかった。
待ち合わせの場所は後楽園駅から二駅ほどの駅。その駅前だった。
改札を通り、駅から出る。
晴天の下、黄泉はおもむろに携帯を開いた。
絵里子からのメールには、今着いたとのメッセージがあった。
黄泉は一足遅れで駅前に到着したようだ。
すると、黄泉に向かって手を振りながら歩いて来る少女の姿があった。
ジーンズにチュニック、武士と印刷された手提げカバンを腕に引っ掛けたスタイルで、なかなかファッションにはこだわりがかける感じである。
手を振る少女は、私服姿の絵里子だった。
「黄泉、かわいい」
黄泉は髪を黄色いリボンで纏めたポニーテールに、ショートパンツ、上はTシャツとラフな姿である。
携帯や、財布は、パンツのポケットにねじ込んである。
「さ、行きましょうか」
二人はまずデパートへと向かった。
黄泉にとってデパートは初めてであった。
自動ドアをくぐると、ひんやりとした冷気が火照った肌に吹き付ける。
休日とあり、広い店内は多くの家族連れや、人で賑わいをみせている。
一階は食料品売場となっていた。
「黄泉ぃ、お目当ては二階だよ」
おいしそうな臭いに立ち止まろう
とする黄泉を、絵里子は先へと促す。
「うぅ」
背中を押され、黄泉は小さくなっていく試食コーナーを見えなくなるまで見送っていた。
そんな黄泉に試練が立ちはだかった。
動く階段――エスカレーターである。
正体がばれると面倒だから絶対驚くな、平静を装えと、祐二から言われていた。
どうしたものかと黄泉は唸る。
先にエスカレーターに乗った絵里子は、黄泉の姿が無いことに気づき、振り返った。
「どうしたの?」
心配そうに乗り遅れた黄泉の姿を見つめる絵里子。
しかし、階段が動いているのである。
黄泉は恐る恐る足を踏み出す。
「お――」
声が出かかったが、寸前で飲み込んだ。
片足だけエスカレーターに運ばれ、股がどんどん開いていく。
股が裂けそうな激痛に堪えきれず、黄泉は階段に尻餅をついた。
「!?」
痛みを堪え、声をあげなかった。
素の顔に涙が浮かぶ。
尻餅をついたまま、上の階に運搬された黄泉を、絵里子が引っ張り起こす。
「ちょっと黄泉、大丈夫!?」
訝しげに首を傾げ、黄泉を見つめる絵里子。
明らかに怪しいといった風に黄泉を見つめている。
「黄泉。あなたもしかして――」
まさか、わしが江戸時代から来たことがばれたのか――黄泉は観念したように双眼をぎゅっと閉じた。
「――乗馬の練習をしていたのね」
こんなところでも歴女として訓練を怠らないなんて感激だわと、絵里子は瞳を潤ませながら黄泉を見つめていた。
黄泉は惚けた様子で、コクコクと頷いていた。
一通り買い物を終え、二人はデパートを後にした。
下着だけのつもりが、気がつけばバッグなど余計な物まで買ってしまっていた。
おかげで、何でも屋で稼いだお金も少なくなってしまった。
そろそろ仕事の依頼がないものかと、黄泉は思った。
そんな事を考えていると、絵里子が暑そうに呟いた。
「しかし暑いね。どこかに避難しよ」
そういうと、黄泉の肩を叩き、一軒の店を示す。
そこはドーナツを扱う店だった。
ドゥナッツ? 変わった茶店だ――店の看板の絵を見ると、輪のような物が描かれていた。
横文字のような名からして、南蛮の食べ物であるようだ。
外国の菓子であるが、黄泉にはそれが甘いのか、苦いのか、辛いのか全く想像がつかない。
綺麗にデコレーションされた食べ物に、好奇心をくすぐられる。
「じゃ早速避難開始」
黄泉はこくこくと頷き、絵里子の後に着いていった。
店内に入り、カウンターでの注文となる。
絵里子はアイスコーヒーと、ドーナツを二種類注文していた。
「黄泉は?」
絵里子に聞かれた黄泉は、とっさに答える。
「絵里子と同じで良い」
店員が笑顔でかしこまりましたと答え、ドーナツとドリンクをトレーに乗せていく。
食べたい物はたくさんあったのだが、黄泉は南蛮の横文字をうまく言える自信がなかった。
食べたい物ほど舌を噛みそうなくらい、小難しい名がついていたからだ。
黄泉はショーウインドーに飾られたドーナツを凝視していた。
暫くすると、お待たせしましたという声と共に、カウンターにトレイが二つ並んだ。
絵里子に促され、黄泉はトレイを持ち、絵里子の後についてく。
「ここにしようか」
「ふむ」
テーブル席に着いた黄泉は、まずドリンクに口をつける。
カフィという黒い南蛮の茶であるが。
苦い――とも言えず、平静を装い、真顔で飲んだ。 口直しにドーナツを頬張ると、砂糖の甘みが口の中に広がり、幸せな一時が訪れる。 自然と顔が綻ぶ。
しかし、油断は禁物。
素性がどこでばれるのかわからない。
努めて真顔でドーナツを頬張った。
ドーナツを飲み込み、一息ついたところで、黄泉は口を開いた。
「腰巻きは高いな」
言いながらテーブルに財布を広げる。
ちなみに黄泉がいう腰巻きとは、ブラとショーツのことである。
「あ、この財布すごい格好いい!」
布で、しかも手縫いの財布をみて、絵里子は声をあげた。
時代劇でしか見たことのない財布が目の前にあるのだ。
まるで時代劇の小道具をみている感覚なのだろう。
目をらんらんと輝かせ、どこで手に入れたのかと、絵里子は興奮している。
「わしが作ったのだが」
「すごい! こんなに徹底しているなんて!」
あたしにも作り方教えてと、絵里子は財布を手にとって眺めていた。
「絵里子はよほど武士が好きなのだな」
黄泉の言葉に、絵里子は嬉しそうに頷いた。
「だってかっこいいもん! あたしは黄泉みたいな人と友達になれて嬉しい」
「よくわからんが、絵里子が嬉しいなら良い」
それから武将や、戦国時代について二人は語り合った。
黄泉は戦国時代についてあまり詳しくはなかったが、武将の名はそこそこ知っていた為、話しについていくことができた。
絵里子が振るう熱弁に、黄泉は笑顔で耳を傾けていた。
その時、テーブルに置かれた携帯がブルブルと震え、大きな音をたてた。
「黄泉、携帯鳴ってるよ」
ふむと答え、黄泉は携帯を手に取った。
通話ボタンを押し、耳に押しつける。
「黄泉か。悪いがすぐ帰ってくれないか?」
「いかがした?」
「なんでも屋の仕事が入った」
「あいわかった」
黄泉は通話を切り、携帯を折り畳む。
「急用?」
「このケイタイとやらの中にいる祐二が、早く帰ってこいと言っておった」
なるほど、戦国時代に携帯があったら、こんな風になるのかと、絵里子は感心した様子で頷いていた。
「そっか、仕方ないね。今日は楽しかったよ。また遊ぼうね」
黄泉は笑顔で頷くと、席を立った。
「しからば御免」




