参
「今は平成という年号――要するにお前の住んでいた時代から約280年の月日が経った日本だ」
椅子に座りながら、祐二は説明した。
「二百八十年――」
畳の床に座り込む黄泉は信じられないといった表情で呟いた。
「明治維新があって、徳川幕府が崩壊し、日本が開国になった。髷もなくなった」
そこまで言うと、祐二は自分のオツムを指さした。
「散切り頭を叩いてみれば文明開化の音がするって名言があるほどだ」
黄泉はすっくと立ち上がると、祐二の頭をわしっと掴んだ。
拳を堅く握り、思い切り殴りつける。
「がぁぁっ! いでぇ!」
ぼこんと鈍い音がして、祐二は椅子から転がり落ちた。
「いきなり何しやがる!?」
「中身の詰まってない、すいかのようじゃ」
祐二は頭をさすりながら立ち上がる。
「殴るちがう!? 叩くだ!」
とりあえずだと、祐二は黄泉を指で示す。
「その変な服、洗っておいてやるから風呂に入ってこい」
黄泉の体がゴミにまみれていたので、祐二は黄泉をベッドに寝かせてすぐ、風呂をいれていたのである。
祐二に指で示され、黄泉は自分の着ている服を見た。
たしかに所々炭のようなものがついていたり、黄色いシミのようなものがある。
「忝ない。では借りるぞ」
「風呂場はその横だ――っておい」
目の前で帯を解こうとする黄泉に向かって、祐二は慌てて駆け寄った。
「まてまてまてぇぇぇ!」
いいか、風呂場ってのはここを入ってだな、ここで着替えるんだと、教える祐二。
まるで子供を教育するみたいだと、祐二は頭を抱えた。
一通り説明の後、祐二は自室に戻り、勉強机にへたり込む。
なんとか理解できたのか、脱衣所から、がらりという音が聞こえ、しばらくして、浴槽のお湯がこぼれる音が聞こえた。
重くなった頭を起こし、祐二は脱衣所に向かう。
なんとか風呂に入ったか――バスルームの擦りガラスは閉めるようにと口を酸っぱく言っておいたので、そこはちゃんと閉まっていた。
擦りガラスの向こうの黄泉は、浴槽に身を沈めていることがわかった。
ふとやましい考えが脳裏をよぎるが、いかんいかんと顔を振り、黄泉の着ていた着物を手に取る。
なんで俺が洗濯なんかと、愚痴りながら、着物を洗濯機に突っ込んだ。
そこではたと、祐二は思い出した。
母親は着物が汚れたりしたら、洗濯せず、着物をメンテナンスするような店に出していたような――と。
染み抜き専門店は高いと母親が愚痴っていたのを聞いたことがあるので、結構な値段がするのだろうと予想できる。
しかし、学生の身分である祐二に、そのような無駄金はない。
「手洗いならなんとかなるか? 生地も薄いし」
祐二は洗濯機に洗剤を入れ、揉むように着物を洗いだした。
「うわぁぁぁぁぁ!」
すると、風呂場から突然の悲鳴。
「どうした!」
祐二は手を止め、慌ててバスルームの扉を開く。
一応、お湯の出し方を教えたとはいえ、扱いを間違えれば火傷しかねない。
「この縄の化け物、わしの顔に湯をかけよった!?」
黄泉はシャワーのホースを必死に握っていた。
ふくよかなバスト、きっとDはある――祐二は一矢纏わぬ黄泉の艶やかな姿に、視線を奪われていた。
黄泉は祐二の目線に気づき、胸と下半身を手で隠す。
「この助平ぇぇぇ!」
叫びざま、手にしているシャワーを祐二に投げつけた。
「ばかやろう! シャワーを投げるな!」
シャワーは祐二の足下でお湯を吐き、暴れるように跳ねていた。