十三
次の日。
竹川高校に終業のチャイムが鳴り響いた。
本日最後の授業から解放され、生徒達が水を得た魚のように、帰り自宅、部活の準備を始める。
その中で、黄泉だけは力無く机に突っ伏していた。
昨晩の戦いでの疲労と、寝不足だった。
ほとんど授業のことは頭に残っていない。
不意に黄泉は肩を叩かれ、瞼を必死に持ち上げる。
やっとのことで重い頭を起こす黄泉に、隣から祐二が話しかける。
「今日から帰り遅くなるから、先に帰っていてくれ」
そういうと、祐二は部活に向かおうとする絵里子を呼び止めた。
「絵里子、話がある」
それを聞いた絵里子は仰天したように、眼を丸くした。
「ちょっとまって、それってまさか、もしかして、最初に、こがつくこと!?」
そんないきなり、でもあたし歴女だしと、顔を真っ赤にしながらもじもじとしている絵里子に、祐二はきっぱりと言い放った。
「安心しろ――それはありえねぇ」
とにかくあれだと、言いながら、祐二は絵里子を教室から連れ出していった。
ぽつんと取り残される形となった黄泉は、呆気にとられるように、ぽかんと口を開けていた。
祐二のアパートに戻った黄泉は、昨日の疲労もあり、すぐに布団に入ろうとしていたが、祐二のことが気になり、目が冴えてしまっていた。
「ふーむ、祐二の奴、どうしたのであろう」
呟くと黄泉はTシャツにスパッツ姿で、畳に座り込み、膝を抱える。
部屋の隅に立てかけられた木刀を見ながら、黄泉は呟いた。
祐二が木刀を持って現れたのは驚きだった。
昨日購入したばかりであろう木刀には、所々打ち合いによる細かい傷やへこみが見受けられた。
祐二――黄泉は指先でそっと木刀をなぞってみた。
その時、玄関のドアが開く音がして、とっさに黄泉は手を引っ込める。
「ただいま」
祐二が部屋に入るなり、鞄を置き、着替え始める。
汗の臭いの中に、革の臭いが混ざっている気がした。
それは黄泉がよく知っている臭いだった。
「遅かったな」
黄泉は祐二を責める訳ではなく、笑顔で声をかけた。
「ああ、ちょっとな。部活を始めた」
その言葉に、黄泉の予想は確信に変わった。
「風呂場で汗を流して来るといい」
言いながら、黄泉は祐二にバスタオルを手渡した。
「ん、あ、そうする」
戸惑いの色を表しながら、祐二は差し出されたバスタオルを受け取った。
タオルを受け取る直前、黄泉が目にした祐二の手のひらには、つぶれたマメがあることがわかった。
脱衣場に向かう祐二は、ちらりと黄泉の方を伺う。
「どこか行くのか?」
黄泉は立てかけてあった、木刀を手にしていた。
「うむ、久々に素振りでもしようとおもうてな」
さすがに勘がいいなと、祐二は苦笑した。
「遅くなるなよ」
一言だけいうと、祐二は脱衣所のドアをしめた。
外に出ると昨晩とはうってかわって、心地よい風が黄泉の体を通り過ぎていった。
アパートの敷地にある小さな庭に足を踏み入れ、木刀を構える。
手入れの行き届いた芝生は、踝をくすぐる。
新陰流でいう青岸から、ゆっくりと上段まで振り上げ、木刀を振るった。
びゅっと空気を裂く小気味がよい音が、澄み切った周囲に響きわたった。
やはり鈍っているな――一つ一つ感触を確認するように、木刀を振り上げた。
黄泉が振るう木刀の音は、まるで良いことでもあったかのように、喜び、弾んでいるようであった。
四の巻 剣道vs新陰流
完
補足
新陰流では一刀両断を一刀両段と書きます。




