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 春日通り沿いにある東京都戦没者霊苑。

 そこに袖の無い黒の着物に身を包んだ黄泉の姿があった。

 後楽園駅近くの広大な敷地は霊苑と、公園が併設されている。

 公園と霊苑は仕切られているが、コンクリートの壁はさほど高くはない。

 春になると桜が咲き乱れ、訪れた人々の心を和ます木々は黒く、ゴツゴツとした幹と、青い葉が闇に紛れるようにしてたたずんでいる。

 霊苑の入り口の扉は堅く閉ざされている。

 黄泉は扉が閉まっていることを確認すると、壁に沿って歩きだした。

 乗り越えるうえで、手頃な場所を見定めると、壁から距離を取った。

「フッ!」

 息を漏らすと同時、壁に向かって駆け出す。

 突進の勢いを利用し、つま先で壁を蹴り、跳躍した。

「ハッ!」

 小さく息が漏れた。

 壁の頂点に手を掛け、黄泉は壁をよじ登る。

 黄泉は壁から飛び降り、周囲を見渡した。

 月は厚い雲に覆われ、周囲は闇に飲まれていた。

 嫌な夜だ――そう内心で呟くと、黄泉は神経を研ぎ澄ませた。

 なま暖かい風が黄泉の肌をなで上げる。

 木々の葉がざわざわと擦れ、おどろおどろしく笑っている。

 嫌な気配は霊苑の中央から感じた。

 いる、奴だ――黄泉は気配の方にゆっくりと歩きだした。

 暫く歩くと、大広間に出た。

 黄泉は微かな水の音を感じ、視線を向けた。

 端の壁には窓のようなものがあり、上から絶え間無く流れる水が、風で揺らいでいた。まさに水でつくられたカーテンのようだ。

 その窓に挟まれるように、しんみりと戦没者を忍ぶ慰霊碑が安置されている。

 戦没者の慰霊碑か――この地でどれほどの犠牲者がでたのかは、黄泉は知らない。

 恐らく多くの悲しみがここに眠っていることだろう――黄泉はそう思い、瞼を閉じ、静かに黙した。

 すると、突如黄泉の背中に冷たいものが突き抜けた。

「来たか田辺、いや――」

 言うと、黄泉は身を返した。

 厚い雲の隙間から、月光が差し込んだ。

 月光が胴着、袴姿の人のシルエットが浮かび上がらせる。

 パリパリという乾いた音と共に、シルエットの背後がうごめいた。

「――悪鬼!」

 暗がりの中で、田辺の目だけは赤く光り、肉が背後に引っ張られるように形の崩れた口。

 そして田辺の背後から現れたのは、鬼の上半身だった。

 今度は背中から生えてきたか――黄泉は両手を突き出し、構えた。

 黄泉の腕を中心に、強烈な光が放たれた。

 周囲が一瞬金色に染まった。

 光が納まると、黄泉は太刀を青岸せいがんに構えていた。

「見つけた――妖術刀の持ち主」

 口を開けたまま、鬼が呟いた。

 鬼の声に答えるごとく、田辺は木刀を中段に構えた。

「ゆくぞ、新陰――」

 野太い鬼の声が響く。

 田辺の背後から野太い腕が横薙に振られた。

「ハッ」

 黄泉は下がる。

 鬼の腕は空を斬った。

 間髪入れず、木刀が黄泉の手に伸びる。

「クッ――」

 木刀は黄泉の手に触れる直前、軌道を変えた。

 切っ先が黄泉の喉を捕らえる。

 黄泉は下がり、突きを逃れる。

 続けて迫る頭上からの鬼の爪。

 それを横に避ける。

 精神と肉体への攻撃に、黄泉の顔は戸惑いの色を隠せない。

 鬼の攻撃に集中すれば木刀が、木刀をかわせば鬼の腕が黄泉を追いつめていった。

 どうすればいい――その時、黄泉の背中が冷たい壁に触れた。

「終わりだぁぁぁ!」

 悪鬼のものとも、田辺の声ともつかない低い声が周囲に響く。

 上段からは木刀、横からは鬼の爪が黄泉の体に迫った。

 黄泉は受けに備え、太刀を左に構えた。

 しかし、振り降ろされた木刀は容赦なく黄泉の頭部に迫る。

 右へ――そう思った瞬間だった。

 木を打ち合う大きな音が響き渡った。

 同時、妖術刀は鬼の爪を受け、粉々に粉砕され、粉雪のように散った。

 黄泉は頭上に視線を走らせた。

「祐二!?」

 目の前には祐二の背中。

 祐二の頭上に掲げられたのは、木刀。

 真横に掲げられた祐二の木刀は、田辺の打ち込みを受け止めていた。

「邪魔だ」

 鬼の右腕が祐二に迫った。

 魂をえぐられたら祐二は――黄泉は祐二の前に立ちはだかろうとする。

 瞬間、肩に激痛が走った。

 田辺の木刀が黄泉の左肩を打っていた。

 黄泉の足が止まる。

 くそ――内心で吐き捨てたそのときだった。

 突然、祐二の体が弾かれるように、大きく横に吹き飛んだ。

 鬼の手は、祐二の体を捕らえる事無く空を斬った。

「ぐっは!?」

 祐二は肩からコンクリートの床にたたきつけられるように倒れ込んだ。

「民間人は邪魔をしないでくれないか」

「お、お主は――」



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