九
「くそぉぉぉぉ!」
続けて激しい衝撃音が更衣室内に響き渡った。
ロッカーに叩きつけられた拳をどけると、田辺と書かれたロッカーの扉はへこみ、血痕が付着していた。
剣道部主将の権威を見事に粉砕され、部員の信頼まで失墜させられた。
築き上げてきたもの全てを失った。
今、田辺にあるのは、全てを奪った者への恨み、憎しみだけであった。
殺してやりたい――その思いを血塗られた拳に込める。
そうだ、俺から全てを奪ったあいつを、アイツを殺してやる――そう思った瞬間、田辺の背筋に何か冷たいものが入り込んだ。
「な、んだ!?」
背中からぞくぞくという感覚が全身に広がっていき、それはいつしかとてつもない快感に変わっていった。
「力が――力が漲るようだ」
不意に頭の中で、電気信号のような声が響いた。
例えるなら、直接脳に語り掛けられた。そんな感覚だった。
新陰流、そんな単語、そして断片的な映像、情報が田辺の脳に流れ込んでいった。
「新陰流――」
勝手に口が開いていた。
気がつけば笑っていた。
「フフフ――ハハハ、ハハッ、ハハハハァー」
吐き出す笑いは焼けるように熱い。
「そうだ、殺す、殺す、奴を、殺してやる!」
狂ったような笑いが、いつ終わるともなく、更衣室に響きわたっていた。
祐二と黄泉は学校の玄関で靴を履き変え、校門に向かっていた。
下校の生徒達がちらほらと見受けられ、友達と談笑したりしている。
黄泉と祐二は並ぶようにして歩いていた。
二人とも無言だった。
もうすぐ校門にさしかかろうとした時、不意に背後から呼び止めるごとく声がした。
「待て――新陰流」
「!?」
名前ではなく流派で呼ばれ、黄泉はとっさに振り返る。
そこには胴着姿の田辺の姿があった。
仁王立ちの田辺は先ほどとはまるで別人のように嫌な空気を放っていた。
それは以前にも黄泉が味わった感覚。
背中に冷たいものが突き抜け、ぞわぞわと全身に鳥肌が立つような感覚だった。
この気配は間違いようがないと、黄泉は思った。
田辺は悪鬼に。
おもむろに田辺が口を開く。
「今晩零時、戦没者霊苑」
そう言い残すと、田辺は去っていった。
黄泉は思った。
果たし合いの申し込みである――と。
田辺とのやりとりをじっと見守っていた祐二が、黄泉に視線を向ける。
「行くのか?」
祐二の問いに、黄泉は黙って頷いた。
「俺もいく!」
黄泉は、祐二に向かって微笑んだ。
「果たし合いといえども、真剣であろうはずはない。案ずるな」
黄泉は言い終えると、歩みを進めた。
祐二も直感していた。
田辺のあの嫌な雰囲気は、プリンを探していたときに遭遇した、鬼に憑かれていた女性と似ていた事を。
黄泉が悪鬼と戦闘をしていた様子を見ていた祐二であれば、どうなるかは想像できる。
何が案ずるなだと、腹の中で呟き、黄泉に向かって一応頷いて見せた。




