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「酒だ」

 男が叫んでいた。

「おまいさん、もうこの家には酒を買う金子もないよ」

「なら、こいつを売っぱらえばいい」

 男は幼子の腕を掴んだ。

「母上!」

 幼子は母に向かって手を伸ばし、泣きじゃくっていた。

「おまいさん! この子だけは、この子だけは」

「うるせぇぇぇ!」

 男は女を蹴飛ばすと、鯉口を切った。

「邪魔だ」

 男が抜刀したした刹那、白刃が女の胸を裂いた。

「母上!?」

 幼子の顔に点々と鮮血がかかった。

 流れ落ちる涙が血の朱と交わり、頬を伝う。

 幼子の内に宿ったのは怒り。

 母の命を奪ったその刀で殺してやりたい。

 その憎しみのまま、男の額に刻まれた十字傷を睨みつける。

「うあああああ――」

 悲しみは消え失せ、喉から振り絞られた絶叫は、燃え盛る憎しみの炎と化していた。



「――ああああぁぁぁ!」

「うわぁ!?」

 少女は目を覚ますと、跳ねるように半身を起こした。

 夢かといった感じでため息をつき、周囲を見渡す。

 自分が寝ていたのは布団ではなく、南蛮のベッド。南蛮の机、部屋隅には黒の四角い箱。

 わしの部屋が南蛮の部屋に変わっていると思いながら、視線を動かす。

「ん?」

 すると目を剥いて、口を開けた間抜けな男の姿が視界に入った。

「お主、何者だ」

「お前こそ何者だ」

 二人は暫し視線を絡める。

「人の家で名を名乗らぬとは無礼な」

「ていうか、ここ俺ん家だし」

 間抜け面の男の頭にはまげがなく、薄い衣のようなものを纏っていることに、少女は小首を傾げた。

「髷がないとはお主、浪人か」

「誰が浪人だ! 俺は今の学校に一発合格だ!」

 間抜け面の男――祐二の言葉に少女は目をぱちくりとさせる。

「すまぬが南蛮の言葉ではなく、日本の言葉で話してくれぬか?」

「はぁ?」

 ふざけてんのかこいつと、祐二は内心で毒づくが、真顔で言っているところをみると、いささか心配になる。

「やっぱり病院に連れていくべきだったか」

 そういいながら額を押さえ、首をうなだれる。

「黄泉――わしの名だ」

 はっとして祐二は顔を上げる。

「俺は関川 祐二だ」

「ゆうじ――変わった名だ」

 普通女の名前は「みよ」とかだろ! お前の名前のほうが変わってるわぁぁ! と、突っ込みたくなる衝動を必死に押さえる。

「クールだ、クールにいこうぜ、祐二」

 そう呪文のように呟き、大きく深呼吸をする。

 気持ちが納まったところで、よく我慢したと、自分を誉め、祐二は黄泉をみた。

 そして、祐二はさっきから会話がかみ合っていないことに気づき、頭の中を整理してみる。

 まげとかお主とか歴女であれば普通に使う言葉かもしれないが、南蛮の言葉というところに引っかかる。

 祐二は恐る恐る口を開いた。

「あの、拙者がお主、つかぬことをうかがうが、今は何年でござ候か?」

 時代劇の言葉を綺麗に真似ながら、祐二は黄泉に尋ねた。

「今は享保十年であろう?」

 祐二がちょっと待てと、鞄を開け、教科書を引っ張りだした。

「享保、享保――て、江戸時代!?」

 享保ってこんな字かと、ノートに書いて黄泉に見せると、小さく頷いた。

 おいおいおいおい、嘘だろと、うろたえる祐二の顔面から血の気が引いていく。

「どうすりゃいい! 迷子ってことで警察に、いや、だめだ、住所が江戸だ。でも、昔ここは江戸だから、とりあえず美容院でハンバーグを配達して――」

「それはエゲレスの言葉か? なにやら楽しそうだが」

「おめぇぇのことでパニクってるんだよぉぉぉ!」

 ああ、もうと、怒りのやり場を失い、祐二は頭を抱え込んだ。

 黄泉はぱちくりと瞬きをすると、祐二の姿を不思議そうに眺めていた。


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