九
「ありがとうございます!」
婦人は何度も頭を下げていた。
婦人の胸に抱かれたプリンは、とても嬉しそうに、婦人の顔を舐めている。
その光景を見ながら、黄泉は満足そうな笑みをこぼした。
そして思った。江戸の世も平成の世も人の笑顔は変わらぬものだと。
礼金の入った封筒を受け取り、黄泉と祐二は上機嫌で婦人宅を後にした。
本郷通りにでると、すっかり日が傾き始めていた。
まるで周囲が金色に包まれたような眩しさに、黄泉は思わず目を細める。
一際大きな太陽が二人を照らし、長い影を二つ作りだしていた。
二人は狭い道を並んで歩いていた。
静寂が支配する中、黄泉がやっとのことで口を開いた。
「なにも聞かぬのか?」
「何をだよ?」
祐二のとぼけたような返答に、黄泉は眉を寄せた。
「わしが妖術で悪鬼を討ったであろう」
祐二は虚空に視線を走らせる。
「あれが妖術か。かっこいいじゃねぇか!」
「格好?」
いまいち理解が出来ない黄泉であるが、どうやら誉められていると感じ、口元をゆるませた。
黄泉は気配を探り、鬼が周囲にいない事を確認したうえで、トキオから聞いた悪鬼の話、そして、黄泉が現代に連れてこられた理由について説明をした。
話が終わるや、祐二は足を止め、すこし考え込むような仕草をした。
「ふーむ、お前と初めて会った日に、話しのなかで出てきた鬼って言っていたのはあれだったのか」
あの時は現実離れしてたこともあり、さらりと流していた祐二だったが、まさか本当の事だったとは夢にも思わない。
正直、まだ実感がわかないというのが本音である。
祐二はその話からプリンの事を推理した。
「どうやらプリンは鬼の正体に気がつき、主人を守ろうと囮になったようだな」
主人愛とは泣かせるぜと、祐二は頷くが、しかしと、言葉を続ける。
「鬼と戦わせる為に黄泉を現代に連れてきたというトキオって奴、気にくわねぇ。俺は絶対ゆるさねぇからな」
ぐっと拳を握る祐二に、黄泉は穏やかな視線を向けた。
「わしは――いてよいのか?」
黄泉の言葉に、祐二は太陽に負けないほど、眩しい笑顔で答える。
「当たり前だろ! お前の帰る家は俺んちだ」
六畳一間だけどなと、付け加え祐二は肩を落とした。
「忝ない」
「おう、忝なく思ってやる。ということで、今日は黄泉のおごりでウナギでも御馳になろうか」
初仕事の打ち上げってやつなと、祐二は黄泉に向かって人差し指を立てて見せた。
「それはないぞ」
せっかく稼いだ金子が――と、黄泉の眉がだらしなく垂れ下がった。
あぁ!? まただ、またやっちまった! と、祐二は、思ってもいないことを口走ってしまった自分を限りなく責めた。
本当は優しい言葉の一つでもかけてあげたいのにと。
「馬鹿やろう! 俺の馬鹿!」
叫びながら自分の頭を殴りつける。
そんな祐二に黄泉は覚えたての現代語を贈った。
「――厨二病」
区内のインターネットカフェ。
そこに一人の男の姿があった。
ファッションなのか、頭にはスキーのゴーグルのような物をつけ、上はTシャツ、下はブラックジーンズ。
黒で統一された服装だった。
「あの人、よく見るけどネット難民?」
「変わっているけど、なんかイケてる」
声かけてみようかなどと陰で囁く女性客には目もくれず、男はその横をすり抜けていく。
そしてお決まりのブースに向かうと、跳ね板のドアを開く。
男は設置されたソファーに体を預け、大きめのスポーツバックを開き、中身を探った。
「次のシナリオか」
いうと、男――トキオは茶色の封筒を取り出し、パソコンに向き合った。
二の巻 コスプレ探偵
完
補足
新陰流では正眼を青岸と書きます。
新陰流の使い手が構える時は青岸、他流派は中段、正眼と書き分けています。




