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「ありがとうございます!」

 婦人は何度も頭を下げていた。

 婦人の胸に抱かれたプリンは、とても嬉しそうに、婦人の顔を舐めている。

 その光景を見ながら、黄泉は満足そうな笑みをこぼした。

 そして思った。江戸の世も平成の世も人の笑顔は変わらぬものだと。

 礼金の入った封筒を受け取り、黄泉と祐二は上機嫌で婦人宅を後にした。

 本郷通りにでると、すっかり日が傾き始めていた。

 まるで周囲が金色に包まれたような眩しさに、黄泉は思わず目を細める。

 一際大きな太陽が二人を照らし、長い影を二つ作りだしていた。

 二人は狭い道を並んで歩いていた。

 静寂が支配する中、黄泉がやっとのことで口を開いた。

「なにも聞かぬのか?」

「何をだよ?」

 祐二のとぼけたような返答に、黄泉は眉を寄せた。

「わしが妖術で悪鬼を討ったであろう」

 祐二は虚空に視線を走らせる。

「あれが妖術か。かっこいいじゃねぇか!」

「格好?」

 いまいち理解が出来ない黄泉であるが、どうやら誉められていると感じ、口元をゆるませた。

 黄泉は気配を探り、鬼が周囲にいない事を確認したうえで、トキオから聞いた悪鬼の話、そして、黄泉が現代に連れてこられた理由について説明をした。

 話が終わるや、祐二は足を止め、すこし考え込むような仕草をした。

「ふーむ、お前と初めて会った日に、話しのなかで出てきた鬼って言っていたのはあれだったのか」

 あの時は現実離れしてたこともあり、さらりと流していた祐二だったが、まさか本当の事だったとは夢にも思わない。

 正直、まだ実感がわかないというのが本音である。

 祐二はその話からプリンの事を推理した。

「どうやらプリンは鬼の正体に気がつき、主人を守ろうとおとりになったようだな」

 主人愛とは泣かせるぜと、祐二は頷くが、しかしと、言葉を続ける。

「鬼と戦わせる為に黄泉を現代に連れてきたというトキオって奴、気にくわねぇ。俺は絶対ゆるさねぇからな」

 ぐっと拳を握る祐二に、黄泉は穏やかな視線を向けた。

「わしは――いてよいのか?」

 黄泉の言葉に、祐二は太陽に負けないほど、眩しい笑顔で答える。

「当たり前だろ! お前の帰る家は俺んちだ」

 六畳一間だけどなと、付け加え祐二は肩を落とした。

かたじけない」

「おう、忝なく思ってやる。ということで、今日は黄泉のおごりでウナギでも御馳ゴチになろうか」

 初仕事の打ち上げってやつなと、祐二は黄泉に向かって人差し指を立てて見せた。

「それはないぞ」

 せっかく稼いだ金子が――と、黄泉の眉がだらしなく垂れ下がった。

 あぁ!? まただ、またやっちまった! と、祐二は、思ってもいないことを口走ってしまった自分を限りなく責めた。

 本当は優しい言葉の一つでもかけてあげたいのにと。

「馬鹿やろう! 俺の馬鹿!」

 叫びながら自分の頭を殴りつける。

 そんな祐二に黄泉は覚えたての現代語を贈った。

「――厨二病」



 区内のインターネットカフェ。

 そこに一人の男の姿があった。

 ファッションなのか、頭にはスキーのゴーグルのような物をつけ、上はTシャツ、下はブラックジーンズ。

 黒で統一された服装だった。

「あの人、よく見るけどネット難民?」

「変わっているけど、なんかイケてる」

 声かけてみようかなどと陰で囁く女性客には目もくれず、男はその横をすり抜けていく。

 そしてお決まりのブースに向かうと、跳ね板のドアを開く。

 男は設置されたソファーに体を預け、大きめのスポーツバックを開き、中身を探った。

「次のシナリオか」

 いうと、男――トキオは茶色の封筒を取り出し、パソコンに向き合った。 


 二の巻 コスプレ探偵


 完


 補足

 新陰流では正眼を青岸と書きます。


 新陰流の使い手が構える時は青岸、他流派は中段、正眼と書き分けています。

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