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World×World  作者: シクル
一切れのパン
98/123

World13-1「アンダンテ」

 永久が失踪してから、もう何週間も経っていた。

 由愛、英輔、鏡子、美奈子の四人はあれからずっと欠片やアンリミテッドの気配を追って様々な世界を巡っていたが、一向に永久の手がかりは掴めなかった。欠片はいつも他のアンリミテッドが先に回収してしまうせいか、永久はおろかアンリミテッドと遭遇することさえない。本当にアンリミテッド達は英輔達を脅威として認識していないようで、追いかけられていることを気にも留めていないかのような足取りだった。

 そんなことを繰り返しながらも、英輔達は諦めないで必死に永久を捜し続けた。力だけを考えればアンリミテッドである永久の方が英輔達に比べると遥かに強く、一人で世界を移動出来るなら永久だけでも旅は出来る……しかしそれでも英輔達は永久を捜し続けた。仲間だから、恩人だから、大切だから……。それぞれがそれぞれに永久への想いがあって、もう一度会いたいと願っている。出来ることなら助けになりたいし、また一緒に旅がしたかった。



 英輔達が今訪れている世界では、町の近くの森の中で化物が人を襲うという事件が多発していた。鏡子と美奈子の話によれば、次元歪曲システムの反応を見る限り恐らく欠片が関係しているだろうとのことで、すぐに英輔達は森の調査へ向かった。

 化物が出る、という噂とは裏腹に森の中の様子は比較的穏やかだ。真っ昼間なせいで木漏れ日は温かいし鳥のさえずりはさながら子守唄のようで、横になればすぐにでも寝付けそうな気さえしてしまう。

「ほんとに化物なんて出るのかしら。この様子じゃイノシシ一匹出てこなさそうだけど」

「そういやお前は前にイノシシに襲われかけたんだっけ?」

「違うわよ! 大体あんなのすぐに始末出来たし、ていうかあの時はアンタが……!」

 などと口喧嘩を始める由愛と英輔を後ろから見つめて、美奈子は小さく笑みをこぼす。思えば今までこんな風に笑うことなんてなかったし、美奈子の心はいつも張り詰めていた。切子が亡くなって、未だにそれを受け入れることが出来たようには思わなかったけれど、彼らと過ごす内に少しずつ癒やされている自分がいることが美奈子にもわかる。

 こんな人達に想われて、こんな人達と旅を続けていた永久が、他のアンリミテッド達と同じであるハズがない。最初は美奈子も永久をアンリミテッドクイーンとして……世界の害として認識していたが、彼女と何度も出会う内にそうじゃないことがわかった。きっと彼女は美奈子が思っている以上に普通の優しい少女で、由愛や英輔に手を差し伸べてきたようにきっと色んな世界で誰かを助けようとしていたんだと思う。

 そう思うからこそ、美奈子も気持ちは英輔達と同じだ。永久にもう一度会いたかったし、助けが必要ならすぐにでも助けになりたかった。

「どう? この辺りの反応は」

 不意に英輔の肩に乗っていたプチ鏡子にそう声をかけられ、美奈子はすぐに次元歪曲システムを確認する。やや微弱ではあるものの、この周囲に軽い空間の歪みが発生しており、欠片ないしはアンリミテッドが関わっている可能性があることがわかる。異界の存在、それも力が強大となればどれだけ抑えようと僅かに空間を歪ませてしまうものだ。もっとも、この程度の変化を察知するにはかなり近づく必要があるのだが。

「ありますね。恐らく異変が起こっているならこの近辺でしょう」

「はーやっぱ便利だよなそれ! 今までは永久の勘を頼りに探してて苦労したもんなぁ」

 物珍しげに美奈子の次元歪曲システムを眺めながら英輔がそう言うと、隣で由愛がクスリと笑みをこぼす。

「それもそうね。永久ったらたまーに勝手にどっか行ったりして欠片より先に永久を捜さないとだったりしたもの」

「あったなそんなことも……。あいつ、無事かな」

 ふと英輔がそう呟くと、微笑んでいた由愛の表情が陰る。こうして笑ったり、英輔と軽口を叩き合ったりしながらも、由愛は誰よりも永久を心配している。それを知っているからか、英輔は申し訳なさそうに目を背けた。

「悪い」

「……良いのよ、落ち込んだって永久は見つからないんだから。それより、この辺りに手がかりがあるかも知れないなら、落ち込んでいる暇なんてないわ」

 由愛には、居場所がなかった。ずっと独りぼっちで、誰にも受け入れられなくて……そして世界をメチャメチャにしようとしたところを永久に止められた。居場所は見つかる、だから消えたいだなんて言わないでと。その言葉がどれだけ由愛を救ったのか、英輔達にはわからない。わからないけれど、由愛がどれだけ永久に救われて、永久を大切に思っているのかを感じ取ることくらいは出来た。

 永久にもう一度会いたいのは英輔だって同じで、それは鏡子や美奈子も変わらない。あんな底抜けに優しい普通の少女を、このまま放っておいて良いハズがなかった。

「――気をつけてください、近づいています!」

 そんな中、美奈子の鋭い声によって英輔達はすぐに気を張った。反応が大きいのか、美奈子の表情は鬼気迫ると言った感じで、英輔達もゴクリと生唾を飲み込んだ。

 そして次の瞬間、三人の正面の大木の影から一体の巨大な生物が姿を現す。

「コイツかッ!」

 その生物は、一言で言うなら大熊だ。サイズ自体は熊の中でも大きい方、と言った程度だが問題は見た目でわかる程に発達した異常な筋肉だ。欠片の力で筋力が膨れ上がっているのだろうか。

 しかし美奈子の反応からしてアンリミテッドクラスの生物が現れるのかと思っていた分、やや肩透かしと言った感じで英輔も由愛も表情に余裕が戻っている。

「何よ、全然大したことなさそうじゃない!」

「油断すんなよ、相手は欠片持ちかも知れねえ」

 そう言って二人が身構えた――――その次の瞬間だった。

「いえ……違います。”ソレ”じゃありません……!」

 グラリと。巨体が揺れる。やがて鈍重な音を立ててその場に崩れ落ちた熊は一度ピクリとも動かなくなり、身体から小さな光の欠片を弾き出した。

「えっ……?」

 困惑しながらもソレをキャッチし、由愛は目を見開く。

「これって……っ!」


「ねえそれ、渡してくれる?」


 不意に聞こえた懐かしい声に、由愛は思わず泣き出しそうになってしまう。ずっとずっと聞きたかった声で、ずっと捜し続けていた声だ。

 風になびく紺のロングスカートに、長い黒髪。静かに、ゆっくりと歩いて来る彼女に、由愛は駆け寄りたくて仕方がなかった。

「まさか……!」

 美奈子がそう言葉を発した時には既に由愛の足は動き出していた。はやく近づきたい、もう今はプライドなんて忘れてしまってこのまま飛びついてしまいたい。そんな由愛を右手で制止したのは、隣で黙っていた英輔だ。

「おい、待て」

「ちょっと何よ! やっとよ! やっと……っ!」

 英輔の目は至って真剣だ。冗談言っているわけではないことくらい由愛にもわかる。だからこそ今止められる理由が理解出来ずに、由愛は表情をしかめた。

「……どうしたの? はやくそれを渡してよ。久しぶりだね、皆」

 それはどこか遠くを見ているような目だった。由愛達を見ているようで見ていない、焦点が合っていないかのような目線。そこに悲しみが湛えられていることに気がついて、やっと由愛は異変に気がついた。

「永久……?」

 そこにいるのは確かに永久で、それは間違いない。しかし、纏っている雰囲気がどうにも違う。今までの、穏やかでどこかのほほんとしているような雰囲気はもう一切ない。今まで通りに振る舞おうとしているようだったが、一目でわかってしまうくらいには様子が違ってしまっていた。

 刹那とはまた違う、どこか全てを諦めてしまったかのような脱力感と、何もかもに絶望したかのような悲壮さだ。砂漠に取り残されて、泣くのをやめた赤ん坊。

 ただゆっくりと、永久は英輔達に近づいていく。その手にはまだ、先程大熊を屠ったショートソードが握られていた。

「……お前、いつから武器持ったまま由愛や俺と話すようになった?」

「え? ああ、ごめんね。気づかなかった」

 そう答えてすぐにショートソードを消すと、永久は右手を差し出す。それと同時に、永久の後ろから足音が聞こえて来るのが英輔にはわかった。

「さ、渡してよ。集めてるから」

「ああ、知ってるよ」

「じゃあ、渡してくれる?」

「その前に聞いて良いか」

「良いよ」

「後ろの奴ら――お前の仲間か」

「うん、そう。ずっと、ずっと前から……ね」

 ギロリと、英輔は永久の後ろにいる二人を睨みつける。その二人が誰なのか理解したところで、由愛はその場に崩れるようにしてへたり込んだ。

「う、嘘……嘘よね……何で? 変じゃない、そんなの……ねえ」

「変なんかじゃないわ。だって今まではずっと一緒だったんだもの。私達って」

 坂崎、刹那。

 永久の背後から、永久を抱きしめるようにして姿を現した刹那は、その様子を魅せつけるようにして笑みをこぼす。その隣には、かつて次元監獄で英輔と戦った男――――アンリミテッドナイトの姿があった。

「今なら冗談ってことで許してやる」

「そんな冗談、私言わないよ、英輔」

「テメエ……永久ァッ!」

 英輔が怒号を飛ばした瞬間、傍で控えていたナイトが瞬時に英輔との距離を詰め、剣を振り下ろす。英輔は咄嗟にそれを回避すると、由愛達を庇うように右手を伸ばす。

「離れてろッ!」

 そしてすぐに雷の魔術で剣を形成し、ナイトと鍔迫り合いへ持ち込んだ。

「もう会えるとは思わなかった。君にとっては久しぶりか?」

「さあな、こちとら何百年も生きたことなんかねえんだ! テメエの時間感覚なんざわかんねえよッ!」

「……待って」

 そうして鍔迫り合いを激化させる二人に、背後から永久が制止の声をかける。すぐにナイトが英輔から離れると、永久は悠然と英輔へと歩を進める。

「ケジメは、自分でつけるよ」

 その瞬間、英輔達の背筋をゾクリと怖気が走る。黒いオーラを僅かに纏わせながら歩み寄ってくる永久から発せられていたのは、明確な敵意だった。

「本気で言ってンのか……永久ァッ!」

「嫌……嫌よこんなの……やめて……ねえやめてよ、永久っ!」

 二人の声はもう届いていないのか、いつの間にかもう一度出現させたショートソードを構えたまま永久は悲しげに目を伏せた。


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