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World×World  作者: シクル
遥か始まりの地にて
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World12-5「父よ」

 永久がポーンに接近していくと同時に、彼女の身体は眩い輝きを伴い始める。そのまま永久は宙に浮き始め、光が収まる頃には美しく白い一対の翼を羽ばたかせながら滑空する永久の姿があった。

 衣服は真っ白なロングドレスへと変化しており、スカートを閃かせながらポーン目掛けて一直線に飛んでいく。

 永久のそんな様子を本気だと悟ったのか、ポーンは今までにない好戦的な笑みを浮かべて短剣を構える。

「そうこなくっちゃァッ!」

 ポーンの元へ接近するなり、上空からショートソードを振り下ろす永久。ポーンは二本の短剣でそれを受け止めた。

「そうだよなァ! パパに良いところ見せなくっちゃぁな!」

「それ以上喋るな、ポーン!」

「お遊戯会だッ!」

「断罪の時だっ!」

 上空から何度もショートソードを振り下ろす永久と、それらを全て短剣で受け止めながら弾くポーン。有翼の少女と高速で動く狂った男、非日常に慣れていないアリエルからすれば完全に化物同士の戦いだ。あまりのことに怯えてしまったのか、アリエルはその場にへたり込んでいた。

 そんな応酬が一度落ち着いて、永久がポーンから一旦距離を取った途端ポーンは再び口を開く。

「ずっとパパのために戦ってきたんだろ? パパのために憎っくきアンリミテッドを殺せば、パパが愛してくれるんだろう?」

 永久はすぐには答えない。顔をしかめたまま、ずっとポーンを睨み続けている。

「殺せば愛してもらえるんだろう?」

「……黙って」

「でもパパはお前のこと娘じゃねえってよ?」

「黙れっ!」

 次の瞬間、永久はポーンへ肉薄するやいなや光を伴って武器を大剣に切り替える。重力に任せて落下する大剣はポーンの頭上へと向かっていたが、すんでのところでポーンはそれを回避する。

 鈍重な音と共に床が砕け、破片と埃が周囲を舞う。その中に紛れるようにしたまま、永久は大剣をポーン目掛けて薙いだ。

「違う……私は、私はお父さんのっ……!」

 ポーンが大剣を回避したのを確認した後、永久は思わずチラリとヨハンへ目を向けてしまう。永久を見るヨハンのその瞳は憎悪に満ちていて、とてもじゃないが娘を見る親の目ではない。

 愛してくれない。愛してもらえない。ヨハンは一度だって永久を、レイナを娘として見たことはなかった、愛したことはなかった。

 ポーンの言う通りだ。ヨハンの憎むアンリミテッドを殺せば、ヨハンが認めてくれるような気がしていた。むしろそうしなければならない気がして。まるで自分アンリミテッドの存在を否定するかのようにかつて永久レイナはアンリミテッドと戦い続けていた。

 それで愛してもらえるハズがないことなんて、最初からわかっていたのに。

「お父さんンンンン!? だァれがァァァッ!」

 いつの間にか背後に回っていたポーンが後ろから永久の背中を短剣で切り裂く。甲冑に覆われているため永久自身は無傷なものの、かなりの切れ味なのか、それともアンリミテッド故に成せる業なのか甲冑は見事に切り裂かれている。

 永久は振り向くと同時に今度はショーテルに切り替え、両手の刃をポーン目掛けて同時に薙ぐ。その瞬間、わずかながらも永久の身体を黒いオーラが纏始めていた。

「クッ……ッ!」

 ポーンはどうにか永久のショーテルを短剣で受けてはいたものの、永久の薙いだショーテルの威力はポーンの想定を越えており、ポーンはそのまま弾き飛ばされてしまう。

 背中から壁に激突するポーンだったが、素早く態勢を立て直すとすぐさま永久二本の短剣を構えて永久へと駆ける。その速度はヨハンやアリエルには視認出来ない程だ。

 永久はそのまま今まで通りショーテルで応酬するかのように思われたが、今度は眩い光と共にその武器を日本刀へと切り替える。

 この状態の永久の動体視力は通常時よりも格段に上がる。高速での応酬よりも、敵の動きを見切った上で、カウンター気味の一撃を加える方が手っ取り早いと考えたのだろう。

「シャッッッ!」

 接近したポーンが奇声と共に短剣を振り上げる。その一瞬を見切った永久は、がら空きになったポーンの腹部を一閃する。

「がッ……あ……ァッ……ッッ!?」

 空中で血しぶきを散らしながら悶え、呻きながら落下するポーンを見下ろして、永久は再び武器をショートソードへ切り替える。その瞳に熱はない。ただ目の前で呻く哀れなポーンを”殺す”と決めた冷徹な瞳が淡々とポーンを見つめていた。

 永久は倒れているポーンへ歩み寄ると言葉もなく日本刀を振り下ろす。ポーンは転がりながらそれを回避すると、無様に地を這いずりながら逃げていく。

 先程の一撃にはかなり手応えがあり、相手がアンリミテッドでもなければ一撃で仕留めることが出来ていたであろう確信さえある。如何に不死と呼ばれるアンリミテッドであっても、ダメージは大きかったのだろう。しかしアンリミテッドの再生能力を考えればあまり時間を稼がれるのはまずい。世界を移動出来るくらいの体力を回復されてしまうとまた一からポーンを追い詰めなければならなくなる。

 ここで殺す。もう永久の頭の中にはそれしかない。

 その目が、嗜虐的に歪んでいることに永久は気づかない。漏れ出した黒いオーラが徐々に大きくなっていき、その姿はもうあまり刹那と変わらない。いつの間にか刀はいつものショートソードへと切り替わっていた。

 それに気づいてか気づかずか、ポーンはニヤリと笑みをこぼす。

「へへッ……やっぱうちの大将とそう違わねェなァ……」

「すぐに黙らせてあげるから、今の内に好きなだけ喋るといい」

「おお……おおそうかいそうかい優しいねェ……。今の気持ちはどうだい? 憎悪のままに俺を殺す気分は? 気持ち良いか? 幸せか? パパ、見て見てパパの嫌いなアンリミテッドを殺したのぉ! ってかァ!?」

 永久の神経を逆撫でするかのような口調と言葉だったが、もう永久はそれに取り合おうともしない。ただ静かにその瞳に憎悪と激怒を湛え、ショートソードを振り上げる。

「最後に一言ッ」

「死ね、ポーン」

 冷たくそう言い放ち、永久がショートソードを振り下ろしたその瞬間だった。

「キヒッ」

 小さく、本当に小さくポーンが笑みをこぼす。そして次の瞬間、鮮血が永久の顔を赤く汚していた。

「い、嫌……嫌ぁぁぁぁぁぁっ!」

 最初に悲鳴を上げたのは、遠くで見ていたアリエルだ。その場にへたり込み、目を見開いたまま身体を震わせている。

 ショートソードで切り裂いたハズのポーンはニタニタと下卑た笑みを浮かべており、永久は状況を理解出来ないままただ唖然としていた。

「かッ……あ……ッ」

 うめき声を上げているのは――ヨハンだ。縛られた状態で、血を流しながらポーンの前で倒れている。

「う……そ……」

 そこでついに、永久が現状をある程度理解した。永久が切り裂いたのはポーンではない、ヨハンだった。完全にポーンを殺すことだけに集中してしまっていた永久は、ポーンが逃げながらヨハンの元へ向かっていたことに気づけなかった。ポーンは永久がショートソードを振り下ろした瞬間、ヨハンを盾にすることで回避していたのだ。

「あ……あぁ……嫌……っ」

 静かに、ヨハンの身体から小さな欠片が弾き出される。それはかつて、アンリミテッドとの戦いの中で致命傷を負ったヨハンを助けるために永久が与えたものだった。

 それを見て、永久はまだヨハンが死んでいないことを確信する。欠片を取り込んだ人間は、一度アンリミテッドによって、アンリミテッドとして死ぬことで元の人間へと戻る。それならまだ、ヨハンは――

「お父さっ――」

 そう考えて永久がヨハンへ駆け寄ったのと、ポーンが背後からヨハンを短剣で突き刺したのはほぼ同時だった。

「えっ……」

「仕・上・げ♥」

 吐血しながら倒れていくヨハンの姿が、スローモーションのようにえらくゆっくり見える。こんなにゆっくりと倒れていくのに、永久の伸ばした手は一向に届かない。

 届いたとして、それで何が出来るわけでもない。元より今までずっと振り払われ続けていた手だ、仮に届いたとしてもまた振り払われる。

「お父さんっ……お父さんっ!」

 ようやくヨハンの元へ辿り着いた永久は、金切り声を上げながらヨハンの身体を揺さぶる。遠くではアリエルがへたり込んだままその場で愕然としていた。

「主よ……あなたは……それ程、……私が、お嫌いか……」

 まるでこうなることがわかっていたかのように、ヨハンの目は遠い。小刻みに震えながら伸ばしたヨハンの手がどこへ向かっているのか、永久にはわからなかったが少なくとも永久を目指して伸ばされた手ではなかった。

 マリアか、それとも彼の言う”主”か。

「おっ……父さんっ……お父さん……っ!」

「最期を……看取るのが……よりにもよって……お前、とはな……レイナ……」

 その表情は決して穏やかではない。顔をしかめたままチラリとだけ永久を見た後、すぐにヨハンは永久から目を背けた。

「やはり、やはり……許されぬのですね……私、は……」


 永久を、レイナを憎みながらもヨハンは悔いていた。マリアと同じようにレイナを愛してやれなかったことを、自分の娘として認めることが出来なかったことを。

 しかしそれでも、レイナはヨハンの子ではない。憎むべきキングの娘であり、マリアを苦しめた化物――アンリミテッドだ。そんな存在を愛せる程ヨハンは寛容ではない。もしかすると、そんなレイナでさえも受け入れて愛することこそ「母性」と呼ぶのかも知れない。だとすれば、ヨハンがレイナを愛せなかったのは当然のことだったのだろう。

 ヨハンの子ではなくてもマリアの子だと、愛する者の子だと、そう何度も言い聞かせた。マリアの言う通り子に罪はない。ただ生まれて、そこに存在るだけだ。生まれたことそのものが罪だなんてことはあって良いハズがない。そう思いたかったが、ヨハンにとってアンリミテッドという存在そのものが受け入れがたかった。

 どうしようもなく悪で、仇で、化物だった。

 ――――マリア、私はどうすれば良かったのだ……。

 神に、マリアに、何度も許しを請うた。娘を愛することの出来ない自分を、マリアの死さえも受け入れ切れないでいる自分を。

 どれだけの祈りも、どれだけの謝罪も贖罪足り得なかったのだろう。だからこうして罰として死が訪れたのか。それとも、欠片による不死の身体から死によって解放されたことが”許し”なのだろうか。

 答えは出ない、答える者もない。あるのは静寂と虚無だけだ。

 全てが遠く、薄れていく。何も聞こえなくなって、何も感じなくなっていく。徐々に徐々に0に近づいていく。もう、レイナの顔も見えなかった。

 最期に一言だけ口にして、ヨハンは事切れる。

 返り血の飛び散ったマリア像が、どこか悲しげにその光景を見つめていた。


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