World12-3「癒えない傷跡」
「直接追わずにわざわざヨハンのとこ来て良かったぜェ……!」
満足気に笑むポーンに、永久は答えない。ただショーテルに力を込めるばかりだったが、それでもポーンを弾き返すことは出来なかった。
「テメエのそォ~~~んな必死な面が拝めたんだからなァッ!」
ポーンのナイフに弾き返され、永久はややよろめきながらもポーンから距離を取る。様々なことが重なって動揺が激しいのか明らかに永久は本調子ではない。それがおかしいのか、それとも他に理由があるのか、ポーンはニタニタと笑みを浮かべていた。
「そんなことのためにわざわざ……お父さんを巻き込んでっ!」
「違うな、”パパ”を巻き込んだのはテメエだろ? 次元監獄を抜け出してわざわざこんなとこまで来たんだもんなァ?」
「そ、それは……!」
次元監獄を出た後のことは判然としない。ただ必死にあそこから逃げ出して、わけもわからないまま世界を移動してしまったらしいことはわかる。ここにヨハンがいたことを考えれば、永久は本能的にここへ”戻ってきた”とも考えられる。
父に会いたかったのか。それとも記憶を失って隙間だらけになった器がそれを取り戻すためにこの世界を求めたのか。理由は、永久自身にもわからなかった。
「それによォ……テメエのパパはテメエのことを娘だなんて思ってねえらしいぜ?」
ポーンのその言葉で、永久はチラリとヨハンへ目を向ける。ヨハンはまだ回復し切っていないのか、傷口を抑えながら永久とポーンの様子を睨むようにして見つめていた。
「お父さん!」
そんな中、野次馬をかき分けながら現れたアリエルの声が響く。
「来るな! お前は店に戻っていろ……! ここは危険だ!」
「でも……!」
今にも泣き出しそうなアリエルの顔を見ていると、胸が痛む。思わず顔をしかめる永久を見て、ポーンはケタケタと笑い声を上げた。
「パパは一度でもテメエの身をあんな風に案じたこと……あったっけなァ?」
瞬間、永久の頭の中が一瞬真っ白になる。それと同時に永久を眩い光が包み込み、永久は輝きを放ちながらポーンへと接近する。
「ひゅう」
永久によって振り下ろされたソレを、ポーンはおどけた様子で口笛を吹きながら後退することで回避する。鈍重な音を立てて地面を軽く穿ったソレは、大剣だった。
「黙れ」
甲冑に身を包んだ永久の目が、冷たくポーンを捕らえる。
「人ってのは図星をつかれるとキレるよな」
「聞こえなかったの? 私は――――」
永久は重い大剣を持ち直し、ポーンを殺さんとして横に薙いだ。
「黙れっつったのよっ!」
「情緒不安定ィ~~~~~~~~~~~~~~~~ッ! かわいそうに、ブレブレだぜお前ッ!」
煽りながら避け続けるポーンと、激情を露わにして大剣を振り回す永久。怒りのあまり威力の高い大剣に変えたものの、やはり動きの素早いポーンにはかすりもしない。結局永久はすぐにショーテルへ切り替えて戦う形になる。
そこからのやり取りは高速だ。目にも留まらぬ速さでショーテルとナイフがかち合い、ヨハンや野次馬達には何が起こっているのか全くわからない。
これは人間がやる戦いではない。そう誰もが理解し、そして一人が呟いた。
「バケモンだ……ありゃあ、バケモンだ」
その言葉と恐怖が波紋して、集まっていた野次馬達の恐怖心が煽られる。そんな様子を察知したのか、ポーンは不意に永久から離れると野次馬の中へと飛び込んでいく。
「はぁ~~~~~いバケモンでェ~~~~~~~ッす!」
その狂気に満ちたナイフが野次馬の男を一人を切り裂く。わけも分からず血を流しながら倒れる男を見て、その場にいた野次馬達は一気に狂乱状態へ陥った。
「アリエル!」
そんな狂騒の中、ヨハンは恐怖で竦み上がっているアリエルの元へ向かおうとしたが、逃げ惑う野次馬達に阻まれてしまう。
「ひ、ひぃぁッ……!」
「バァイ」
転んで倒れた少年に対しても、ポーンの狂気は少しも変わらない。むしろ子供を殺す方が楽しいとでも言わんばかりの笑みだった。
しかし振り下ろされたナイフは、高速で割って入った永久によって防がれる。
「この人達は関係ない……どうしてっ!」
「理由がいるか!」
「あったとしてもっ!」
「ないと駄目か!」
「なくても許せない!」
「じゃあ聞くなッ!」
ポーンのナイフへ込められた力が強まる。ショーテルとナイフで鍔迫り合いをしながら、永久とポーンは強く睨み合った。
アンリミテッドポーンは残忍な男だ。それは過去も今も変わらない。理由もなく人を殺し、人の不幸を心底喜ぶ男だ。殺すのに理由はない、まるで呼吸をするのと大差がないかのようにポーンは人を殺す。きっと本人だって、どこで誰を殺したかなんてもうほとんど覚えていないだろう。
そこで永久は、一つの仮説を立てた。
「ポーン、答えて。美奈子さんのお婆さんの家族を殺したのは……あなた?」
「あァ~~~~~~どうだったかなァ~~~~~~~~おンぼぇてねェよ一々よォ~~~~~~ッ」
ふざけた様子でのたまうポーンへ永久が不快感を表情に現すと、ポーンはそのまま言葉を続けた。
「殺し過ぎて覚えてねえや。テメエは覚えてンのか、今まで吸った酸素の量」
「ポォォォォォォォンっ!」
ただでさえ冷静とは言えなかった永久だ。今ので完全に冷静さを欠いてしまったのか、激昂しながらポーンへと向かって行く。ポーンに対する怒りだけがそうさせるのではない、この世界に来てからのフラストレーション、唐突に戻った上にまだ整理出来ていない記憶、そしてヨハンとアリエル……それらの事柄は、一度に飲み込むには要求されるエネルギーがあまりにも膨大過ぎた。
そんな状態の永久が、ポーンを相手にまともに戦えるハズがない。必死に攻撃を繰り返す永久とは対照的に、ポーンの方はどこか弄んでいる様子で表情にもかなり余裕がある。数分と立たない内に永久のショーテルは弾き飛ばされ、永久はポーンの右足に勢い良く蹴り飛ばされる。
「くっ……」
永久とポーンがそうこうしている間に、ヨハンはどうにかアリエルの元に辿り着くとへたり込んだままでいるアリエルの手をすぐに取った。
「巻き込んでしまってすまない、逃げるぞアリエル!」
「で、でも足が……!」
アリエルは腰が抜けてしまったのか、うまく立てないでいた。そんなアリエルをヨハンはすぐに抱き上げようとしたが、そんなヨハンの前に突如ポーンが現れる。
「ポーンっ!」
永久がポーンの元へ向かうよりも、ポーンの拳がヨハンの腹部に叩き込まれる方が早い。不意打ち気味に拳を受けたヨハンは、呻きながらその場へ倒れ伏す。
「っと」
そんなヨハンを抱え、泣き叫ぶアリエルを適当に蹴飛ばすと、ポーンは高く跳躍してパン屋の屋根へと上ると、すぐにその背後へ空間の裂け目を出現させる。
「返して! お父さっ……お父さんっ……私のぉっ……!」
泣きじゃくりながら手を伸ばすアリエルを尻目に、永久はすぐにポーン目掛けて跳躍する。瞳孔の開いた瞳でポーンだけを見据える永久だったが、そんな永久を嘲笑うように笑みをこぼした後、ポーンは永久目掛けてナイフを投擲する。
「こんな小細工っ!」
しかしそれを永久がショーテルで弾いている間に生じた隙だけで、ポーンが移動を始めるには十分だった。
「コイツは人質だ、テメエが素直に俺と一緒にうちの大将ンとこに来てくれるなら無事も保証してやるよォ」
大将――つまり刹那のことだろうか。永久にそれを問う余裕も与えず、ポーンはヨハンを抱えたまま空間の裂け目の中へと消えて行く。
永久がパン屋の屋根に辿り着く頃には、既にポーンとヨハンはその場から掻き消えてしまっていた。
「人質……?」
妙に回りくどいやり方だ。今の永久は次元管理局に捕らわれた際に腕輪を奪われており、無限破七刀は使えない。それをポーンが知らないのであれば、無限破七刀を警戒して人質を取るのもわかるがポーンが知らないハズはない。次元管理局はアンリミテッドと繋がっていたのだから知っていない方が不自然だ。
恐らくただ面白がってやっているだけなのだろう。父親であるヨハンを弄ぶことで、永久が冷静さを欠くのを楽しんでいるだけだ。
そう考えると怒りが沸々と湧き上がる。あんな男に言い様にされているかと思うと許せなかった。
パン屋の屋根から降りた後、すぐに永久はポーンの後を追おうとしたがそんな永久のスカートの裾をへたり込んだままのアリエルが掴んだ。
「……ん……なのよ……」
うつむいたままのくぐもった声。それは怒りで震えていた。
「なんなのよ一体……どういうことなの! どうしてお父さんが!」
「それは……」
永久がうまく答えられないでいると、アリエルは立ち上がって永久の両肩を掴む。
「どうして!? どうして私のお父さんが!? あなた何なの!?」
「ち、違う、あの人は私の……」
何なのだろう。口にしようとした「お父さん」という言葉は、吐き出されないまま永久の中で沈殿する。
「あなたが来てからメチャクチャよ! もう何がなんだかわけがわからない!」
そう叫んで顔を覆って泣き出したアリエルに、永久はうまく言葉をかけられない。事実彼女が言う通り、永久がこの世界を訪れたことによってアリエルとヨハンの平穏は崩れてしまったのだから。
「お父さんが言ってたわ……あなたのこと、娘なんかじゃない――」
忘れられていた古傷が、まるで今出来た傷であるかのように痛み始める。
「化物だって」
開いた傷口に、刃が突き刺さった。