World11-6「生き方」
英輔と由愛は、永久の姿を捜しながら急いで次元監獄の螺旋階段を駆け抜けていた。どうやら永久はかなり下層の方に収容されているらしく、上の方には永久の姿は見つけられなかった。
下層の方へ行くと鉄格子ではなくなっており、どうやら下層の囚人は密閉された個室に収容されているのであろうことがわかる。下層付近に入ってしばらく降りた所で二人は一つの人影を発見する。
「誰かいるわ……!」
一見女性のようにも見えたが、そこにいたのは男だ。頭部以外を甲冑に身を包んだ金髪のその男は、チラリと二人へ視線を向けていた。
「何モンだテメエ……ここで何してやがる!?」
「答える義務はない」
ピシャリとそう言い放つ男を睨みつけ、英輔は今にも殴りかからんばかりに拳を握りしめる。
「アンリミテッドか……!?」
もしこの男が次元監獄へ先に侵入した賊なのだとすれば、十中八九アンリミテッドもしくはその類の超常的な存在だろう。どちらにせよ、敵だとすれば二人にとって脅威となるのは間違いない。
「もし女王陛下を捜しているならここに来ても無駄だ」
「知ってるの……!?」
「陛下はここにはもうおられぬ」
「何ですって……!?」
男の言う「女王陛下」がアンリミテッドクイーン、坂崎永久を指しているのであればここにはもう永久はいないということになる。
「ンなこと信用出来るか……! 永久をどこに連れて行きやがったッ!?」
「多少親しかったようだが……お前のような者が陛下を呼び捨て、それも偽りの名とはな。不愉快だ」
そこで不意に、男が殺気を発し始める。今まではあまり英輔と戦うつもりはなかったようだが、今は剣を抜いて英輔を軽く睨みつけている。
「上等だッ! やるっつーんなら相手になってやる!」
「待って英輔! 相手はアンリミテッドよ!?」
しかし既に英輔は全身に雷の魔力を迸らせながら男目掛けて駈け出し始めており、既に由愛の止める声は聞いていない。
「待ちなさい英輔!」
「おおおおおッ!」
プチ鏡子の言葉すら聞かず、英輔は雷の剣を出現させるとすぐさま男へ切りかかる。
「原始的な“魔法”だ」
英輔の振り下ろした剣を剣で受けつつ、男は英輔を見ながら静かにそう言う。
「違う……魔術だッ!」
英輔は腕へ更に力を込めたものの、男は簡単にそれを弾いてしまう。
「クソッ……!」
「それは単なる言葉の違いだ。私が言いたいのは、その魔力の使い方が極めて単純かつ原始的だと言いたい」
「何だとッ……!?」
「私の知る魔法使いと君は大きく違うようだな」
そう言って、今度は男の方から英輔に切りかかる。何とかそれを受けながらも、英輔は思わず驚愕する。
「は、速ェ……ッ!?」
「よくぞ止めた、騎士の心得はあるか?」
「わけわかんねえこと言ってンじゃねェ!」
何とか弾き返そうと力を込める英輔だったが、男の腕力はその線の細い風貌からは想像も出来ない程強いせいで中々押し返すことが出来ない。
「日々のたゆまぬ鍛錬と数多の実戦経験、騎士の道を行く者ではないようだが素質はあるようだ」
「それが……どうしたってンだッ!?」
叫ぶと共に、英輔は雷の剣を通じて男の剣へ電流を流そうとするものの、すぐに気がついたのか男は英輔から素早く離れた。
「忠誠はあるか? 大義はあるか? 戦う理由はなんだ? 何故陛下を?」
「アイツが俺の……ッ!」
次の瞬間、英輔の剣が消えると同時にその右手へありったけの魔力が蓄えられる。そのまま英輔は一気に右腕を振りかぶったが、男はさして警戒する様子も見せずそれを傍観していた。
完全になめられている。先程から英輔が苛立っている主因はそれだ。確かに永久を助けたい、その思いも強かったが一番強いのはあの男へ対する苛立ちだ。
まるで英輔が取るに足らない存在であるかのように振る舞う男の様子はひどく癇に障ったし、その上明らかに実力が上だというのも苛立ちを募らせている。
「仲間だからだッ!」
振り抜かれた英輔の右腕から、大量の魔力が放出される。それが巨大な虎の形を形成し、宙を駆けながら男へと向かっていく。
正真正銘、英輔の全力だ。
しかしそれを、男は避けようともしなかった。
「大した魔力だ。それだけの魔力を扱える人間はそういまい」
静かにそう言って、男は身構える。そして眼前まで迫った虎に対して、剣を素早く振り下ろした。
「なッ……に……!?」
永久や刹那が、あのフランベルジュで魔力や異能を無効化したのとは意味が違う。男は、正面から英輔の魔力を剣で“切り裂いた”のだ。両断された魔力は行き場を失い、いたずらに階段や壁に弾けたものの、頑強なそれらは傷つきもしなかった。
「嘘……!?」
後ろで見ていた由愛も口元に手をあてながら困惑している。今まで英輔の魔力には何度も助けられてきたし、その威力も力強さも由愛はよく知っている。だからこそ、こうして簡単に切り裂かれてしまったことに困惑を隠せなかった。
当然、一番ショックなのは本人だ。あまりのことに英輔はその場に膝から崩れ落ち、うわ言のように嘘だろ、と呟いている。
「君の騎士道を感じた。同じ時を過ごしていれば好敵手となれただろうに」
それは彼なりの英輔への賛辞だったか。しかし英輔は顔をあげるやいなや男を睨みつけると、立ち上がってもう一度身構えた。
「だったらもう一度ッ……!」
そうは言ったものの、如何に英輔が膨大な魔力を持っているとは言えあんな大技を何度も放てるような体力はない。何とか右腕に魔力を蓄えるが、その量は先程の半分にも満たない。
そうしている内に、男の傍に小さな空間の歪みが出現し、中から小さなコウモリが姿を現す。男はそれを見て何かを察したように息を吐いた後、自身の背後に空間の歪みを発生させた。
「テメエ……どこへ行くつもりだッ!?」
「我が主がお呼びだ。申し訳ないがこれ以上相手をしている余裕はない」
男のその言葉に、英輔は更に怒りを露わにする。
「俺達はほっといても問題ねェってことかよ……!?」
「あまり言いたくないがそういうことだ」
そう言って少し間を置いた後、男は更に言葉を続ける。
「君達は我々の脅威にはなり得ない」
静かにそう告げて、男は英輔達に背を向けた。
「……テメエ、名前は……!?」
英輔がそう問うと、男はゆっくりと英輔の方へ振り向く。
「アンリミテッドナイト。ナイトで構わない……君は?」
「桧山英輔だ……!」
「英輔……覚えておこう。次に会う時は、再び互いの騎士道を交えよう」
そう言って薄く微笑んだ後、ナイトはコウモリと共に空間の歪みの中へと消えて行く。それを確認した後、英輔は悔しそうに階段を思い切り殴りつけた。
「……クソッタレ……!」
まるで歯が立たなかった。全力をぶつけても平然と正面から切り裂かれ、挙句の果てには「脅威になり得ない」とまで言い切られてしまっては英輔のプライドはズタズタだ。
永久程の力はないとしても、英輔自身それなりに実力があるという自負はあった。いざという時はアンリミテッドとだって戦えると、己の力を過信していたのかも知れない。
しかし結果は惨敗だ。まともな戦いにすらならず、見逃されるような形で生き延びたことが悔しくて仕方がない。
「クソッ……! クソォッ!」
涙まじりに叫びながら階段を殴りつける英輔に、由愛はどう声をかければ良いのかわからない。ただ不安そうに見つめることしか出来ないでいた。
「俺にはッ……俺には、力がねェ……アイツを倒す力も、永久を助ける力もッ……!」
英輔の慟哭が、次元監獄の中で響き渡った。
英輔とナイトの戦いが終わる頃には既に、次元管理局本部は完全に壊滅状態となっていた。
局員のほとんどが殺害され、本部にいた調停官や討伐部隊の面々もほぼ全滅するという形になり、次元管理局の本部は実質的に機能を完全に停止することになってしまう。
殺害された局員はあまりにも無残な死体であったり死体すら残っていなかったりと、死んだ局員の身元の特定さえ不可能な場合が多かった。葬儀を執り行う余裕もないまま、警察や残った局員は事後処理に追われる形になる。
場所はブレットの持つ個人空間。ホテルの一室のようなその場所で、由愛、英輔、ブレット、プチ鏡子の四人……そして下美奈子が一つの机を囲んで座っていた。
既に由愛も英輔もブレットから事の顛末は聞いており、美奈子がここに来たのはただ「話がしたい」とのことだった。
しかし美奈子はここに来てからというもの、挨拶してからそれっきり黙り込んでしまって中々話を切り出さない。何か言い出そうとしている様子は見て取れるか、どこか躊躇っているのか途中で口をつぐんでしまう。
「……すいません、私の方から話がしたいと言っておきながら黙ってしまって……」
「気にすんな。あんなことがあったんだ、気持ちの整理がつかねえのも無理はねえよ」
言いつつ、ブレットはコップに水を注ぐと美奈子の前に置いて飲むように促す。
「……感謝します」
薄く微笑んで、美奈子はゆっくりと水を飲み干していく。アンリミテッドによって壊滅させられた本部の後始末で疲れ切っていたのだろう、美奈子はそのまま水を飲み干してしまうと静かに一息吐く。
「祖母が……お祖母様が、亡くなりました」
淡々とした口調で美奈子は告げるが、その表情は暗い。まだ切子の死を受け止められていないのだろうか、美奈子は切子の死を口にしてから数秒と経たない内にどこか泣き出しそうな表情になってしまう。
ブレットは今でこそ落ち着いているように見えるが、やはり事件直後はかなり沈み込んでいた。しかし事件から二日目の朝には少しずついつもの調子に戻っていき、無理をしているのか今はもう普段と変わらない。
「アンリミテッドクイーン……坂崎刹那によって、お祖母様は殺されました」
そもそも刹那達が管理局に近づいたのは管理局を潰すためで、美奈子達は刹那達の手の上で弄ばれていたに過ぎない。その上切子を殺されたとなれば、その絶望感は筆舌に尽くし難い。
「私は……私は刹那が憎くて仕方がありません……。殺してやりたい、素直にそう思います」
一筋の涙を流しながらそう言った後、美奈子はですが、と言葉を続ける。
「お祖母様は私に言いました、復讐に囚われてはダメ、と……」
下切子の人生は、復讐のための人生だった。アンリミテッドによって家族を殺され、アンリミテッドへ復讐を遂げるために次元管理局のトップまで上り詰めた。そして美奈子の人生もまた、祖母の復讐のためにあった。
しかしもうその祖母はいない。祖母のために戦い、祖母に寄り添って生きてきた美奈子にはもう、寄り添う場所が存在しなかった。
「私は、私は祖母の言葉を尊重したいと思います……。刹那のことは憎くて仕方がありませんが、復讐に囚われるような生き方は……したくありません」
「その方が良い。切子の奴もそう願ってるハズだ」
「ええ。ですが私は……」
そこで美奈子は表情をうつむかせる。
「どうすれば良いのか、わからないんです……。刹那への復讐以外に、どう生きれば良いのか……」
切子は最期に「生きろ」と告げた。生きろという言葉は、生への祝福であり呪縛だ。美奈子は切子の言葉を尊重する以上、死ぬという選択が出来ない。けれど、今まで祖母のために生きてきた美奈子にとって、切子なしで生きる道を見つけることは容易ではない。生きていく道筋もなく、死という選択も出来ず、美奈子はただ途方に暮れていた。
その場にいる誰もが、美奈子に答えを示すことなど出来ない。美奈子の生き方は美奈子の生き方で、他の誰かが答えを指し示すことなんて不可能だった。
そんな中、唯一由愛だけが笑みを浮かべた。
「何よ、そんなの簡単だわ」
「簡単……?」
由愛の言葉を繰り返し、美奈子は首を傾げる。そんな美奈子に、由愛はそっと手を差し出した。
かつて永久が、由愛に手を差し伸べたように。
「ないなら探すのよ。きっと見つかるわ、アンタの生きる道」
――――じゃあ、探そう? きっとあるよ、居場所。
きっとある、きっと見つかる。永久はそう言ってくれた。その永久を信じているからこそ、由愛はこうしてここにいられる。自分の居場所を、探し続けられる。だからきっと、生き方がわからなくなった美奈子にだって探せるハズ、きっと見つけられるハズ。そう思えたからこそ、由愛はそっと手を差し伸べたのだ。
永久がそうしてくれたように、それで由愛が救われたように。
美奈子は言葉を返す前にそっと由愛の手を握りしめる。小さいけれど温かいその手が、冷えてしまった美奈子の心まで温めてくれるような気がしてしまう。
英輔もプチ鏡子もブレットも、美奈子に暖かく微笑みかけてくれている。どうすれば良いのかわからないでいる美奈子を、受け入れようとしてくれている。それが嬉しくて、美奈子はもう一度涙を流す。
美奈子はもう人ではないけれど、決して心が冷え切ってなどいない。今なら刹那にだってちゃんと言い返せるように思える。
「アンタも一緒に来る? 一緒に探してあげても……良いわよ」
ちょっと照れくさそうに顔を赤らめてそっぽを向く由愛が何だかかわいらしくて、美奈子は泣きながらも笑みを浮かべる。
「……はい、よろしければ。この世界での事が一段落ついてからになりますが……」
英輔もプチ鏡子も異論はない。少し吹っ切れたように笑う美奈子を見て、小さく安堵の溜息を吐くだけだった。
誰もいない、夜の石造りの町並みをふらふらと永久は歩いていた。記憶が朦朧としていて、どうやってここへ来たのかあまり覚えていない。次元監獄に囚われたことは覚えているのだが、どうやって抜けだしたのかも判然としない。
ふらついているのは疲労というよりも精神的な気持ち悪さからくるものだ。この町並みを見ていると、何だか気持ち悪くてしょうがない。吐き気にも似た気分の悪さをこらえながら永久は歩いて行く。
何が気持ち悪いのか考えて見れば、この町並みに対する既視感が主因かも知れない。正確には、その既視感に付随する嫌な思い出だろうか。
「私いた……この町に、私……」
気分の悪さはついに頭痛を伴い始め、永久は歩きながら右手で頭を押さえた。