World1-6「俺の世界、私の欠片」
鉄の臭いと似ていた。
顔に飛び散った血は、鉄に似た異臭を放って永久の臭覚を刺激する。
身体の奥まで貫いたショートソードは、美奈の背中からその刃先を露わにし、ポタポタと血をこぼしていた。
初めてじゃない。
人を刺したことなんてないハズなのに、その感触が初めてだとは、永久には思えなかった。
――――きっと私は、記憶を失う前に何人も誰かを殺めてる。
「み、美奈ちゃん……っ!」
悲鳴じみた声を上げ、その場に膝をつく要の隣では、ミントが困惑した表情で永久の方を見ている。
「永久……!?」
ポケットから顔を覗かせ、ミントと同じように困惑した表情をプチ鏡子は見せたが、永久は大丈夫、と小さく答えた。
永久がショートソードを引き抜くと同時に、美奈の身体はドサリとその場へ倒れた。そんな様子を眺めながら、ミントや鏡子、要だけでなく由愛までもが困惑している様子だった。
「一度、死ななきゃいけない。紛い物のアンリミテッドとして、だけどね」
永久がそう言ったのと、美奈の身体が小さく光ったのはほぼ同時だった。
やがて、美奈の胸辺りに光が集中し、ピンと弾かれるようにして一センチ程度の光の塊が美奈の中から外へと飛び出した。
「っと」
慌てて永久はそれを掴み、一度強く握りしめた後、そっとその手を開いて覗き込む。
小さな、全長一センチ程度の欠片。まるでビー玉の破片のように、半透明に透き通ったソレを、永久はもう一度握りしめた。
「それは……」
「うん、コアの欠片」
握りしめている永久の拳が、小さく光ったかと思うと、すぐにその光は消えていく。永久が拳を開いた時には、既に欠片は姿を消していた。
「戻ったみたい。私の中に」
そう言って永久が一息吐いていると、要が凄まじい勢いで倒れている美奈へと駆け寄ってきていた。
「美奈ちゃん! 美奈ちゃん!」
目に涙をためたまま、必死に要は倒れている美奈の身体を揺さぶる。そんな様子を見て、ミントは悲しげに目を伏せていたが、永久は薄らと笑みを浮かべて要と美奈を見ていた。
「大丈夫。心配ないよ」
「えっ……?」
永久の言葉に、要が声を上げた時だった。
「っ……」
ゆっくりと。倒れている美奈がその身体を起こしたのだ。
長い黒髪が揺れ、美奈の肩を覆う。美奈はそれをやや鬱陶しそうに両手で後ろにやった後、困惑した表情を浮かべて辺りを見回し始める。
「美奈ちゃん……良かった……!」
感極まったのか、美奈の身体へ抱き着いた要に一瞬戸惑いを見せたが、すぐに美奈は優しく微笑んだ。
そしてチラリと永久を見、やがて全て把握したかのような表情を浮かべ、要の頭にそっと手を乗せた。
「心配、かけたな……。そしてアンタ――」
再び、美奈は永久へ視線を向ける。
「ありがとな……」
「ううん、大したことはしてないよ。気にしないで」
そう答えて永久が微笑むと、すぐに美奈も微笑み返した。
「何で……何でっ!」
そんな様子を、憤懣やるかたない、とでも言わんばかりの表情で見ていたのは、由愛だった。
「壊したかったんじゃないの……!? こんな世界、嫌だったんじゃないの……!?」
肩をいからせ、白い肌を赤く染める由愛に、美奈は要をどけつつ立ち上がると、ニッと笑って見せた。
「ああ、前はな……。こんな世界、ぶっ壊れちまえって思ってたよ」
でも、と付け足し、美奈はそのまま言葉を続けた。
「今はココが……俺のいる『世界』だ」
美奈のその言葉に、ハッとなったような表情を見せる永久へ、美奈は視線を向けた。
「だろ? 永久」
「……うん!」
強く頷く永久。
永久、美奈、要、ミント。いつの間にか、四人が綺麗に横に並んでいた。
「だから……だから何だって言うのよ……っ!」
怒りを露わにする由愛。しかしその姿は、どこか小さな子が駄々をこねているようにも見えた。
「私を止めないと……世界の融合は止まらないんだからーっ!」
由愛がそう叫ぶのと同時に、由愛の左右に二つの黒い影が現れた。
一つは痩身痩躯の男性らしき形で、剣のような形状の武器を手にしている。もう一つの影はその男より二回り程大きな巨体を持つ男のように見える影で、右手には棍棒らしき武器を持っていた。
その二つの影が、由愛によって作り出されたものだと気がつくのに、数秒とかからなかった。
「やっちゃいなさい……!」
そう言って永久達の方を指差すと同時に、由愛の身体はスッと宙へ浮いた。そして永久達を見下ろせる位置まで由愛の身体が浮くと、二つの影は永久達の方目がけて駆け出した。
「来るわよ!」
ミントがそう声をかけた頃には、既に三人共身構えていた。
大剣を、刀を、ショートソードを。各々の武器を構え、三人は由愛達の方を見据えていた。
「永久! コイツらは俺と要に任せろ! その間にお前は由愛をっ」
美奈のその言葉に永久は頷き、迫ってくる二つの影をすり抜けて由愛の方へと駆け出す。
後ろでは、刀と剣が、棍棒と大剣がかち合う音が響いている。永久はチラリとだけ振り返った後、すぐに真っ直ぐ由愛へと視線を向けた。
「来るな……来るなー!」
由愛がそう叫ぶと同時に、由愛の周りにいくつもの黒い塊が出現する。ボール状のソレは、しばらく由愛の周りを浮遊していたが、由愛が永久の方を指差すと同時に凄まじい速度で永久へと飛来する。
「――っ!」
――――見切れない……っ!
異常な速度で永久へと飛来する黒い弾を、永久は避けるどころか視認することすら出来なかった。
肩、胸、足、いくつかの部位に黒い弾が直撃し、永久の身体は後方へと吹っ飛ばされた。
「永久!」
影の剣を刀で受けつつ、美奈は永久へ目をやるが、生憎美奈には永久を助けるような余裕はなかった。それは要も同じようで、影の動きを止めるので精一杯なようだ。
「永久っ!」
ポケットの中から響くプチ鏡子の声。それに永久は大丈夫、と囁くように言うと、立ち上がって身構えた。
「見切れない程速い……だったら!」
両手でショートソードの柄を握り、永久がそう言ったのと、永久の身体が眩い光に包まれたのはほぼ同時だった。
「――――っ!?」
その眩しさに、由愛は思わず右手で両目を覆うが、光は由愛の予想に反してすぐに収まった。
「これは……っ!」
驚愕の込められたプチ鏡子の声。光の中から現れたのは確かに永久だった。永久だったのだが……。
「だったら、見切ってやる!」
黒い、ポニーテールが小さく揺れる。
「変わった……?」
白い胴衣に、紺の袴。
「いつの間に……?」
由愛だけでなく、美奈や要の視線を集めつつ、永久は試すようにして――
その手に握られている刀を振った。
「それがどうしたって言うのよ! ちょっと姿と武器が変わったくらいで――」
再び、由愛の周囲にいくつもの黒い弾が現れる。浮遊するそれらを確かめるようにチラリと見た後、すぐに由愛は永久を指さした。
「避けられやしないわよっ!」
先程と同じ――いや、それ以上にすら見える速度で、黒い弾は永久へと降り注ぐ。が、永久はそれに動じる様子を見せなかった。
「見える……これならっ!」
永久の目には、実際の速度の半分程の速度で映っていた。
降り注ぐ黒い弾を、永久は素早く身をかわして避けていく。ただの一つもかすることなく、まるで舞うようにして永久は黒い弾を避けていく。
「嘘……嘘っ!」
驚愕で歪む由愛。それに構わず、永久は由愛目がけて弾を避けながらジグザグに駆け抜けていく。
ふ、と小さく息を吐いて、永久は思い切り踏み込み、由愛目がけて跳躍する。
「こ、来ないでっ!」
由愛が拒絶するように両手の平を永久へ突き出すと、瞬時に由愛の目の前に黒い壁が出現した。厚さ二センチはあるような厚く、黒光りしたその壁は、とてもすぐどうにか出来るような代物ではないように見えた――が、
「はっ」
勢いよく息を吐き出し、永久が刀を一閃すると、その壁はいとも容易く切り裂かれた。
「な……っ……な……っ!」
口をパクパクさせながら、目の前で消えていく壁を見つめる由愛。既に、その眼前へ永久が迫っていた。
「やめ――っ」
由愛の悲鳴も空しく、永久の刀は由愛の身体へと突き刺さった。
「あっ……」
生暖かい、吐息が永久の顔へ吐きかけられる。命が一度消える寸前に放たれた生き物の息吹。その温かみと匂いを、永久はそこから感じた。
「痛いけど、ごめんね」
そう呟いて永久が着地したのと、由愛の身体がドサリと音を立てて落下したのはほとんど同時だった。
由愛の身体は薄らと光を帯び、やがてその光は胸の辺りへ収束する。そして一センチ弱の光の塊となり、勢いよく由愛の身体から弾き出る。永久はそれをタイミング良く右手で掴みとり、ギュッと握りしめた。
自分の、欠片を。