World11-5「残す言葉」
アンリミテッドクイーン、永久が囚われているのは次元監獄の中でも最下層だ。ナイトは次元監獄の螺旋階段を急ぎ足に降りて行く。
捕らえられた犯罪者や化け物達が、鉄格子を叩きながらナイトに何事かを訴えている。出してやるのは簡単だったが、ナイトの目的はあくまで永久だけだったし、彼らを助けてやる理由などない。
聞こえる声を全て無視しながら、ナイトはただひたすらに螺旋階段を降りる。下層になればなる程静かになっていくのが逆に不気味だ。下層の方は鉄格子ではなくなっており、恐らく中の者は密閉された個室で厳重に拘束されているのだろう。女王がそんなふうに拘束されているのかと思うと思わず焦燥感に駆られてしまい、ナイトは歩を早めた。
永久が欠片の力を感じられるように、他のアンリミテッドもまた欠片の力や他のアンリミテッドの存在を感じることが出来る。ナイトは最も強くコアの力を感じるドアの前に来ると、開けようともせずに剣で真っ二つに切り裂いた。
中に入ると、ガラスの向こうで拘束された永久が目を丸くしていた。そしてナイトを見て、泣きそうになりながら動けない身体でもがき始めた。
「お労しい……今解放します」
静かにそう呟き、ナイトは永久と自分を阻むガラスを切り裂いた後、すぐに永久の拘束衣を剣で切り裂き、そのマスクを取り外す。
「おっ……お願い! 出して! ここ暗いの! ほとんど誰も来ないし頭がおかしくなるの! 嫌だ、閉じ込めないで閉じ込めないで閉じ込めないで閉じ込めないで閉じ込めないで!」
既にかなり精神状態が悪化しているのか、普段の永久とは様子がまるで違う。ジタバタと暴れ回りながら泣き叫ぶその姿に、ナイトは悲しげに目を伏せる。
「もう心配ありません陛下。さあ、こちらへ」
優しく微笑んでナイトは手を差し伸べたが、永久はその手を勢い良くはねのける。
「嫌……来ないで! どうせあなたもまた閉じ込めるんでしょっ!?」
「何をおっしゃいますか、私はあなたを解放するためにここへ参ったのです」
「信用出来ない!」
泣き叫ぶやいなや、永久の背後の空間が歪む。今まで積極的に行わなかったものの、既に永久のコアは空間移動が可能なまでに修復されているらしい。
永久を拘束していたあの拘束衣によって動きだけでなく能力をも封じられていた永久だったが、こうして自由になればここから移動することはそれ程難しいことではない。ただ、今の永久に移動先を選ぶような余裕はないだろう、ここで移動されればナイトは一時的にとは言え完全に永久を見失うことになる。
「お待ち下さい!」
再び手を伸ばすナイトだが、永久はそれには応じない。すぐに空間の歪みの中に飛び込んで行くと、そのまま掻き消えてしまった。
しばしの沈黙が局長室に訪れる。ブレットは驚愕したまま硬直していたし、美奈子も切子を見つめたままその顔を絶望に染め上げて沈黙してしまっていた。
「デスクワークでなまりきったロートルと、出来損ないの改造人間。まあまあ楽しかったわ」
まるでゴミでも投げ捨てるかのように切子を部屋の隅へ放ると、刹那はやや退屈そうに黒いショートボブをかきあげる。
「せ、つ、な……」
ゆらりと。美奈子が立ち上がる。既にその姿はボロボロで、まともな戦闘など行えるハズもないようにさえ見える。
「刹那ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
絶叫と共に、血と涙を流しながら銃口を刹那に向ける美奈子だが、刹那はまるで取り合わない。大して面白くもなさそうに刹那へ視線を向けるだけだった。
「怖い顔。美人が台無しよ」
「ああああああああああああああああっ!」
瞬間、弾丸は放たれる。しかしその弾丸は、刹那が即座に出現させた大剣によって阻まれる。
「はいはいご苦労様。余計なことしないで逃げた方が良いのに」
大剣は再びショートソードへと姿を変え、その切っ先は美奈子へと向けられる。
「おい、そこのロックな姉ちゃん。その辺にしときな」
不意にそんなことを言い始めたのは、今まで黙って見ているだけだったブレットだった。
「何? うるさいんだけど」
「おうおう一言一言ロックだね。魂に来る。けどな、ちっとばかしアンタは調子こき過ぎだ」
「そうかしら? 大体、ぶっこいてんのはおじさんの方じゃない?」
刹那の殺意がブレットへ向けられる。その威圧感に若干気圧されそうになりながらも、ブレットは不敵に笑みを浮かべた。
「こいつぁ実力相応ってやつさ。俺ァ元々ここで超常種討伐部隊の隊長やっててな。何でその俺がこの局を追い出されたか知ってるか?」
ブレットの問いに、刹那は答えようとしない。ただ面白くなさそうにブレットの言葉を待つだけだった。
「俺ァよ、強過ぎたのさ。なんたって俺もその超常種みてぇなモンだったからな。人は己を凌駕する才能を怖がるモンだぜ」
言いつつ、チラリとブレットは美奈子へ視線を向け、美奈子がそれに気づいたのを確認すると切子へ視線を写した後美奈子の空間歪曲システムに視線を移す。今の内に切子を連れて逃げろ、というアイコンタクトだ。
「ハッタリが下手なのね。馬鹿みたい」
「馬鹿はアンタさ。俺を相手にするのがどれだけロックかまるでわかっちゃいねェな!」
そう言いながらブレットが取った構えは、どの格闘技とも似つかない独特なものだ。その態勢から何を繰り出すのか想像もつかないが、刹那は警戒する様子もない。
冷や汗をかきながら、ブレットは急かすように美奈子を睨む。美奈子が慌てて切子の元へ駆け寄ろうとした――その瞬間だった。
『刹那様』
不意に聞こえる声に、刹那は足を止める。見れば、刹那の後ろには小さな空間の歪みが出現していた。
「あら、ビショップね」
空間の歪みから出現したのは、小さなコウモリだ。先程の声はこのコウモリのものだろう。
『制圧は完了しましたので、もうこれ以上ここに用はないかと』
「ちょっと待ってて。今小うるさい糞蝿を始末するから」
『それが、それがそれがそれがですねぇ……。陛下が退屈だとご立腹でして、すぐにでも刹那様をお呼びしろと……』
コウモリの言葉に、刹那は小さく溜息を吐いた後ショートソードを降ろす。
「良いわねぇ命拾い。ほんとにラッキー……。おじさん、二度と私の前に顔見せない方が良いわよ?」
口元だけでブレットに笑って見せた後、刹那はすぐに空間の歪みを出現させると、コウモリと共にその場から消えて行く。刹那が完全に消え去ったのを確認した後、ブレットは小さく息を吐いた。
「幸運……! チビるかと思ったぜ」
「……感謝します。まさかあなたがそれ程の実力者だったとは思いもしませんでした」
ブレットの方を見てペコリと頭を下げる美奈子に、ブレットは肩をすくめながら首を左右に振る。
「馬鹿言え、俺ァずっと平で超常種との戦闘経験なんざ片手で数えられるくれぇだ」
そんなブレットの言葉にポカンとする美奈子だったが、やがてすぐに切子へと視線を移す。まだ息はあるようだったが、一刻を争う状態なのは言うまでもない。ブレットもすぐに切子の元へと駆け寄った。
「おい、おい切子! 姉ちゃん、救急車でも何でも良い、とにかく誰か呼んでくれ!」
「し、しかし局はもう……」
「アホンダラ! 外に病院くれぇ腐る程あるだろうが!」
ハッとなって端末を操作する美奈子だったが、それに対して切子は静かに首を左右に振った。
「お祖母様……!?」
「いや、良い……どの道……助かりはせん……」
傷は酷かったが、切子の表情はどこか穏やかだ。まるで既に死を悟っているかのようなその表情に、美奈子は再び涙を流す。
「ぬるいこと言ってんじゃねえや! ロックなアンタらしくねえ!」
「私、も……年だよ……寿命が先か、こうなるの……が、先……か」
「……阿呆が……!」
涙をこらえるかのようにブレットは目を伏せる。
「時間、ってのは……残酷……だねぇ……あんなに……かわいらしかったお前も……今じゃ、くたびれたおっさん……か……」
「ババアに言われたかねえや……。復讐だなんだって、そんなことにこだわって人生棒に振りやがって馬鹿が……」
下切子は、アンリミテッドへの復讐に取り憑かれていた。ブレットの元を離れ、ただ仇を討つためだけに次元管理局へ入り、権限を得るために上層部の関係者と結婚し、着々と実績を上げて局長にまで上り詰めた。
復讐に取り憑かれたって意味はない。アンリミテッドは既に封じられている、何度もブレットはそう言葉をかけたがもう切子には復讐以外見えていなかった。
「人生ってぇのはロックだ……。今度こそアンタの目ェ覚まさせようと思って久々に会いに来てみりゃ、これが別れだってんだからな」
「変わらない……ねぇ……口、癖……」
触れている手が段々と冷たくなる。命が消えて行くのが体温でわかる。ブレットも美奈子も、静かに涙を流し続けた。
「最初で最後のロックな恋だ。俺にゃ最初から最後まで、アンタしか見えてなかった。アンタは違ったかも知れねえけどな」
どこか冗談めかしてブレットはそう言ったが、切子はそれに対してかぶりを振った。
「愛、してた、さ……」
切子のその言葉に、ブレットは一瞬驚いたような表情を見せる。それから程なくして表情が緩み、溢れんばかりの涙がこぼれ始めたところで、ブレットはかぶっているハンチング帽を目深にかぶり直してうつむき、表情を隠した。
「…………そうかい」
ブレットのその言葉に少しだけ微笑んだ後、切子は美奈子へ視線を向ける。
「美奈、子……」
「お祖母様……っ!」
思わず抱きついた美奈子の肩に、切子はそっと手を回す。冷えた切子の身体を少しでも暖めたくて、美奈子は必死に抱きしめた。
「お前、には……無理ばかり、させたねぇ……」
「そんな、そんなこと……!」
美奈子にとっては、切子の言葉が全てだった。切子の復讐に付き合い切れず、愛想を尽かしていた美奈子の両親は、切子の言いなりになる美奈子を次第に煙たがるようになり、気づけば美奈子の傍にいるのは祖母の切子だけになっていた。
辛いことの方が多かった。人間を捨て、ただ切子の悲願を叶えるためだけに戦い続ける人生には、どこにも「下美奈子」が存在しない。
それでも、たまに見せる切子の穏やかな顔が、母親以上に愛情を注ごうとする姿が、美奈子を突き動かす。イスカリオテの手術を受ける時、一番反対したのは切子だった。
「生き……なさい……。私のため……などでは、なく……お前の、人生を……」
「無理です……私には、私にはお祖母様しか……!」
既に美奈子にはわかっている。もう切子にはすがれない、今まで自分の全てだった切子はもう……。
「私の、ように……なっては、ダメ……。復讐に……取り憑かれては……」
そこまで言いかけて、切子は勢い良く血を吐いてしまう。もう長くはない。死は目前だった。
「幸せ……だよ……愛した男と、……孫に……看取られ……る、なんて……ねぇ……」
それだけ言い残して、切子はその場で事切れる。美奈子の泣き叫ぶ声と、ブレットの静かな嗚咽だけがその場に残った。
傷だらけで血を流しながらも、切子は眠るように穏やかな表情で目を閉じていた。