World11-4「崩壊」
「何だ……何がどうなってんだ……?」
鏡子の開いたゲートによって次元監獄の入り口を訪れた由愛達は、そこに広がる光景に絶句した。
次元監獄が次元管理局にとって重要な場所であることは考えなくてもわかる。そんな場所の警備兵が入り口でのびており、おまけに機械仕掛の門が物理的に破壊されているとなれば英輔や由愛だけでなく、ブレットさえもが唖然として立ち尽くしてしまう。
「何よこれ! こんな薄い警備の場所に、ほんとに監獄なんてあるの!?」
やや呆れ気味に由愛はそう言うが、ブレットは静かにかぶりを振る。
「ロック過ぎて理解が追いつかねえが……どうやら俺達が来る前に突破されてたみてぇだな」
「ロックどころの騒ぎじゃないわよ! こんな奴らに永久が捕まってるなんて信じられない……!」
「嬢ちゃん、気持ちはわかるがここの警備は決して薄かったわけじゃねえ。見な」
そう言ってブレットは警備兵の一人を抱き起こすと、その胸元を指さして由愛達へ見るように促す。そこについているのは、金色のバッジだった。
「こいつは局にロックな貢献をした人間にだけ与えられるモンだ。まあ大体は超常クラスのバケモンを倒した部隊の連中が持ってるモンだな」
「っつーことは……」
ゴクリと生唾を飲み込む英輔に、ブレットは小さく頷く。
「ここに倒れてる連中は所謂“モブ”とは実力が違ったってわけだ。こうなってちゃどうしようもねーしわかんねーだろうけどよ」
「……でも引っかかるわね。何故殺していないのかしら」
そう言ったのは、英輔のポケットから顔を出したプチ鏡子だ。
「そうね……。普通こういうのって殺してしまった方が後々楽なハズよね……」
「それが俺にもわからねえ。もし俺が監獄に侵入するようなロックな賊なら、間違いなく障害になり得る奴は殺しちまうぜ。そもそも殺さずに突破する余裕なんかねえや」
殺さなかったというよりは、殺す必要がなかったのだろうか。警備兵は全員気絶こそしているものの、命に別状があるようには思えない。殺さずに加減出来る、ということは相手より遥かに実力のある者だからこそ出来ることだ。そう考えると、監獄に侵入した賊がどれ程強力なのか想像することさえ難しい。
「アンリミテッド級の相手は覚悟した方が良いわね」
プチ鏡子の言葉に、由愛も英輔も口ごもる。今までアンリミテッドと戦ってこれたのは、同じアンリミテッドである永久の力があったからだ。今の戦力でアンリミテッドと対峙するとなるとかなり厳しい。
「……どの道行くしかねえ。急ごう、永久が持ってる」
どちらにせよ、永久の救出が目的である以上引き返すことは出来ない。鏡子が連続してゲートを開けないため、撤退して態勢を立て直すことも難しい。
「悪いが俺はここまでだ。目的は監獄じゃねーんでな」
「ああ、色々サンキューな。また会おうぜ」
英輔の言葉にブレットが微笑んだ……その瞬間だった。
部屋のランプが赤く点灯し始め、サイレンが鳴り響く。
「おいおい第一級戦闘配備か! こんなモン初めて見たぞ! 何が起こってンだ!」
「なによそれ!? どうなってるの!?」
「十中八九監獄に賊が入ったせいだろうが……まあいい、これくらいロックな方が動きやすい、俺ァ行くぞ! 達者でな!」
そう言い残し、ブレットは階段を上っていく。その背中をしばらく見送った後、由愛達はすぐに次元監獄の中へと入っていった。
次元管理局の内部は混乱状態に陥っていた。局中でサイレンが鳴り響いており、非戦闘員は我先にと局の外へと逃げ惑っている。そんな彼らを、圧倒的な力を持ってして虐殺する凶悪な存在が、局の各地に出没していた。
とある課の事務室の隅で、逃げ損ねた事務員が数人縮こまっている。そんな彼らをちらちらと見ながら、その男は部屋に置かれていたいくつかの観葉植物の鉢から観葉植物を引っこ抜いて投げ捨てるとその上に一つずつ何かを乗せていく。
「い、嫌……許して……っ!」
泣き出しながら事務員の女性がそう叫ぶと、男は心底楽しそうに笑みを浮かべる。
「これ、何だかわかるか?」
男は事務員達に、机の上に並べた鉢を見るように促すが、事務員達は震えたまま鉢から目を逸らす。中には既に失神している者や失禁している者もいる。それでもお構いなく、男はケタケタと笑い声を上げた。
「これ、お前らの苗木」
「い、嫌ぁぁぁぁぁっ!」
鉢の上に置かれていたのは、先程まで男と戦闘を行っていた次元調停官や討伐部隊の面々の頭部だった。
生きている誰もが、残っている空いた鉢に自分の首が並べられることを思わず想像する。討伐部隊や調停官の戦力は警官や軍人のソレを遥かに凌駕するため、そんな彼らを簡単に惨殺した目の前の男が事務員達は恐ろしくて仕方がなかった。
苗木だなんだとふざけたことをのたまいながら男は、アンリミテッドポーンは高らかに笑い声を上げた。心から殺戮を愉しみ、人々の恐怖する顔を見ることで悦に浸る。明らかに常軌を逸したポーンの言動と行動は、まともな人間には到底理解出来ない。
アンリミテッドがこうして簡単に裏切ることなど、誰もが想定していたことだ。そもそも局の内部で、上層部の「アンリミテッドと組む」という決定にはかなりの反発があり、ほとんどの人間がこうなることを予見していたハズだった。
しかし結果はこれだ。虎の子のアンチ・インフィニティも当たらなければ意味がない。アンリミテッドの空間移動が特殊フィールドによって制限出来たとしても、そもそも彼らは逃げ回る必要がない。如何に準備していたとしても、強過ぎる脅威に対して人間達はただ畏れることしか出来なかった。
ポーンはこうして遊んでいるだけに過ぎず、既に他のアンリミテッド達は各部署で殺戮を繰り返して制圧を行っている。アンリミテッドは最初から次元管理局を潰すつもりで近づいてきたのだろう。これが想定出来ない程上層部が愚かだったとは思えないが、今この場にいる誰もが上層部を、局長である下切子を恨んでいた。
そして数分後。部屋の隅で縮こまっていた事務員達は残らず苗木になった。
「お祖母様!」
第一級戦闘配備を示すサイレンが鳴り始めてからすぐ、美奈子は切子のいる局長室へ向かった。本来美奈子は戦闘を行える調停官としてアンリミテッドへの対処を行わなければならなかったが、美奈子が真っ先に向かったのは切子の元だった。
単純に祖母である切子の安否を確認したかったというのが一番の理由だが、今何が起こっているのか状況の確認を行いたかったというのもある。
――――冷たいのね、今約束の時間まで退屈してるから……少し付き合ってくれない?
今にして思えばあの時もう少し警戒しておくべきだった。刹那の言う「約束の時間」という言葉にもっと警戒していればある程度被害を未然に防げた可能性もある。
それ以前に、アンリミテッドがこういった行動を起こすことは切子を含めて上層部も容易に想像出来たハズだった。
美奈子が局長室へ向かうと、そこには切子と――
「あら、お早いのね」
「坂崎刹那っ……!」
相変わらずの笑みを浮かべる坂崎刹那がいた。
刹那の様子は今まで通り、と言った様子だが切子の方は憤懣やるかたないとでも言わんばかりの表情で刹那を睨みつけている。
「坂崎刹那……話が違うではないか……!」
「さぁ? 忘れちゃったわそんなの」
「とぼけるな! 坂崎永久を捕らえる代わりに管理局には手を出さないと……!」
切子のその言葉を聞いた瞬間、美奈子の顔色が変わる。
「そんな馬鹿な……! お祖母様、そんな保身的な理由で坂崎永久を捕らえ、刹那と手を――」
「許してあげなさいね。こうするしかなかったんだもの……ねえ、おばあちゃん」
嘲笑うような笑みを浮かべつつ、刹那は切子に顔を近づける。そんな刹那に対して、切子は何も答えることが出来ないでいた。
「……どういうことですか……!?」
「ねえ少し考えて? いくら私達が内部に入り込んでいたとは言え、この程度の裏切りは簡単に想像がつくハズじゃない? あなたここに来るまでに思ったでしょ、上の人達みーんな無能ねって」
刹那の言う通りだ。仮に保身的な理由で手を組んだとしても、決して何の対策もなくアンリミテッド側の要求を飲んだとは思えない。ある程度の裏切りは想定し、事前に準備しておくのが常だろう。
「でもこうなる。何でだかわかる?」
そこでクスリと笑みをこぼしてから一拍間を置き、刹那は美奈子の答えを待たないまま言葉を続ける。
「最初っから無理なのよ。私達アンリミテッドと戦おうなんてのが。おばあちゃんはわかってたんでしょう? 正面から来たって勝てるハズがないって」
「お祖母様……!」
刹那と美奈子に、切子は答えない。図星なのか口惜しそうな表情で顔をうつむかせるだけだ。
美奈子は知る由もないが、一度次元管理局は刹那達からの要求を突っぱねて徹底抗戦しようとしていた。次元管理局が誇る最強クラスの部隊を用い、刹那達に挑んだものの五体のアンリミテッド相手にまるで歯が立たず、その全てが壊滅させられている。その時点でそれを知った誰もが気づいたのだろう「勝てるわけがない」と。
「あんまりにもお姉ちゃんがぴょんぴょんそこら中を飛び回るから捜すの億劫でね。ついでにここも潰せたらなぁって思ったのよ、賢くない?」
もし刹那達が正面からぶつかって管理局を潰せたのなら、こんなものは作戦でも何でもない。その圧倒的戦力があれば永久だって手間取りながらも自分達で捕らえられただろう。これはただ、次元管理局が弄ばれただけに過ぎない。
「管理局が……こんな良いように弄ばれて……っ!」
思わずその場に膝から崩れ落ちる美奈子に歩み寄り、刹那はわざとらしく見下ろす。
「おバカさん、なんとかインフィニティだっけ? 永久に頼らないと当てられないあんなのに頼ってる時点でこんな組織たかが知れてるわ」
「ふざけないでください……! 例え本部が壊滅しようとも、他の支部が必ずあなた達を討つでしょう!」
「ふざけないでくださぁ~~~い! 本部がこのザマでそんなの無理に決まってるわ」
煽るように美奈子の言葉を繰り返した後、刹那はゆっくりと切子の傍へ戻って行く。
「そ・れ・じゃ、仕上げにしましょうか」
いつの間にか、刹那の手にショートソードが握られている。それに気づいた瞬間、美奈子は刹那目掛けて弾丸の如く駈け出した。
廊下中に転がる死体に顔をしかめながら、ブレットは局長室を目指して走っていた。数多の超常種を屠り、各世界間の干渉を未然に防いできた次元管理局の本部がこれ程までに手痛い打撃を受けたことはハッキリ言って一度もない。元局員であったからこそ、現状の異常さが余計に際立って感じられる。
アンリミテッドと手を組んだというのは聞いているが、それなら尚の事本部がこのような状態になることはあり得ない。もしあるとすれば、手を組んだハズのアンリミテッドによる謀反だ。
「しかしどうにも引っかかる……」
独りごちて、ブレットは走りながらも考えを巡らせる。
次元管理局ではアンリミテッドの存在そのものを危険視していたハズで、手を組むなど考えられない。今まで次元管理局は強力な力を持つ超常種を有害無害の判断を行わずに殲滅してきていた。少なくともブレットのいた頃はそうだったし、ブレットが次元管理局を離れてから何十年と時間は経ったものの上層部の考えがまるごと変わる程の世代交代は行われていないハズだ。
そもそも、ブレットが次元管理局を抜けた理由は「超常種を見境なく殲滅する」というスタンスが気に入らなかったからだ。どれだけ抗議しようともまるで変わらなかったそのスタンスが、今更になって変わったとは思えない。
「アイツを追いかけるように入って勝手に出て、今更顔出すっつーのは……あんまりロックじゃねえやな」
さみしげにそう呟きつつ、ブレットは局長室へ辿り着くとすぐさまそのドアノブへ手を掛ける。鍵はかかっておらず、ドアはスムーズに開き――
「――――ッ!?」
ブレットは絶句した。
「いらっしゃーい。お客さんかしら?」
部屋には戦闘を行った形跡があり、壁や机には血しぶきが散っている。刹那の足元では刹那に踏みつけられたまま、傷だらけの美奈子が泣き叫んでいた。
刹那の手にはショートソードが握られており、彼女はそれを掲げるように持ち上げている。そしてその切っ先には一人の老婆が突き刺さっていた。
「ブレッ……ト……」
しわがれた呻き声を聞いて、ブレットは驚愕に表情を染め上げる。
「切子……」
ブレットの会いたがっていた切子は、目の前で刹那によって貫かれていた。