World11-2「ロックな男」
由愛達が連れて来られたのは、ホテルの部屋のような場所だった。普段由愛達が使っている客室に近い部屋で、その部屋のベッドの上にどっしりと一人の中年男性が座り込んでいた。
「よう、無事かい」
ハンチング帽をかぶったその男は、困惑する由愛達を見てニヤリと笑う。
「……あなたは?」
由愛がそう問うと、男は小さく溜息を吐いた。
「やれやれ、ロックだね。近頃の若い子は礼も言わねえ……。俺はブレット。アンタらは……名前は知らんが、あのアンリミテッドとかいうののお仲間だっけな」
男の言葉に、二人は驚愕の表情を浮かべる。
「何で知ってんだって顔だな。アンタら二人はアンリミテッド程じゃねえものの有名なんだぜ? あのアンリミテッドと行動を共にしてたんだからな。そもそも、アンタらが何で今までほったらかされてたのかが不思議だぜ。局に知り合いでもいんのかい?」
冗談めかした口調で問うブレットだったが、その目は真剣だ。アンリミテッド、次元管理局、そういった事情にはある程度通じているようで、英輔のポケットから顔を出したプチ鏡子にも対して驚く様子を見せなかった。
「助けてもらったことには私から礼を言うわ。貴方は一体何者なの?」
「境界の管理者桧山鏡子。世界間の移動を補助してたのはやはりアンタか。ロックだね」
そう呟いた後、一呼吸間を置いてブレットは言葉を続ける。
「俺は……そうだな、なんて言や良いんだろうな。ま、元管理局の関係者、くらいに思ってくれや」
「管理局の関係者、ね……」
ブレットがかつて次元管理局と関係していたのなら、アンリミテッドや鏡子について知っていてもおかしくはない。依然としてブレットの素性は判然としないが、ある程度合点はいった。
「さ、嬢ちゃんと兄ちゃんはとりあえず名前を聞かせてくれや」
このホテルの部屋のような空間は、ブレットが管理する擬似的な空間らしい。美奈子達次元調停官達が使う、次元歪曲システムによって形成される擬似的な異空間とメカニズムは同じようなもののようだった。
元次元管理局の関係者、というのはどうやら本当のようで、実際こうして擬似的に異空間を作り出している他、次元歪曲システムらしき装置を使用して空間を移動し、由愛達を助けている。素性も不明で、信用して良いのかどうかはわからないが二人を助けてくれたことだけは事実だ。
「それで、何でアンタが私達を助けてくれるのよ? メリットなんて何もないハズよ」
「それはこれから話すのさ。俺も馬鹿じゃねえ、ボランティアで助けたわけじゃねえのよ」
ツンとした態度で問う由愛にそう答えた後、ブレットはそのまま語を継ぐ。
「まず最初に確認しときたい、アンタらの目的は囚われたアンリミテッドの奪還だな?」
真剣な眼差しで、ブレットはそう二人へ問う。しばらく二人は逡巡するような表情を見せていたが、やがて意を決したかのように英輔が答えた。
「ああ。俺達は永久を助けたい」
「策は?」
ブレットの言葉に、英輔も由愛も答えられない。とにかく永久を助けたい一心でこの世界にきたものの、具体的な作戦はない。とりあえず様子を見てから策を練るつもりではあったものの、そんな余裕もないまま警察に追い掛け回されてしまっていたせいもあり策らしい策はなかった。
「こいつァロックだ! 策もないのに次元管理局に挑みに来るたぁな!」
豪快に笑って見せた後、立ち上がるとブレットは二人へ歩み寄り、スッと右手を差し出した。
「どういうこと?」
「手を組まねえか」
予想もしていなかった申し出に、二人は思わず警戒心をむき出しにする。
「何が目的だ……?」
「怖ェ顔すんなよ、信用出来ねえかも知らんが騙すつもりはない」
顔をしかめてそう問う英輔に、ブレットは肩をすくめて見せながらそんなことをのたまった。
「俺もあそこには用があるんでね、会いたい奴がいるのさ。とびきりロックな奴がな」
そう言ってブレットはまるで遠い所でも見ているかのような表情で微笑んだ。
「ふぅん、そりゃ私達だって手を組めるならその方が良いけど、信用出来ないわ」
「おいおい助けてもらっといてそりゃねえだろ。最近の若い子はとことんロックだ」
「後そのロックロック言うのやめてもらえる!? うざいんだけど!?」
「ロックな冗談はよせよ嬢ちゃん! ロックは俺の魂だ! ノーロックノーライフ、所詮女にはわからねえ世界なのかも知れねえがな!」
「ハァ!? なにそれ意味わかんない! アンタみたいなのってとりあえず『女にはわからねえ』って言っとけば良いと思ってない!? 馬鹿じゃないの!?」
「じゃあわかるってのかい!? ロックがわかんねえ奴は女か玉ナシヤローだ! なあ兄ちゃん、アンタにはロックがわかるよな!?」
突然ブレットに詰め寄られてたじろぐ英輔に今度は隣から由愛が詰め寄る。
「意味わかんないでしょコイツ! 何がロックよ馬鹿じゃないの!? アンタも流石にあそこまで馬鹿じゃないわよね!?」
「あ、いや、まあ……えっと……ロック、ロックだな……ハハ……」
もう英輔自身も自分が何を言いたいのかよくわかっていなかった。
警察からの要請を受けて、下美奈子は由愛達の消えた路地裏へと訪れていた。ICチップの反応のない異世界から来た人間と思しき二人を追っていたところ、路地裏にて突如姿を消したのだという。
この世界では、警官と次元管理局は提携しており協力関係にあるものの、実質的な権威は次元管理局の方が上だ。そのため、管理局の中でも上位の役職にあたる次元調停官の美奈子は、一般の警官からすれば上司にも等しい。
「こちらの路地裏です」
ビシッとした態度で警官が美奈子を案内すると、美奈子は静かに礼を述べた後腕に装着されている次元歪曲システムの搭載された端末を操作する。
「……なるほど、確かにここで空間が歪んだ形跡がありますね」
操作を続けつつ、美奈子は顔をしかめて路地裏を見渡す。異世界から来ただけなら、迷い込んだだけである可能性も十分にあるが空間を移動出来るのであれば話は別だ。アンリミテッドクラスの超常的な存在が、何らかの目的を持ってこの世界を訪れている可能性が高い。しかし、異世界の存在を知り、かつ移動出来るような存在が次元管理局の名前を知らないとは思えない。わざわざ異世界の脅威への対抗手段を多く持つ次元管理局が管理するこの世界を訪れたのだから、それ相応の理由があるだろう。
考えられる可能性としては――坂崎永久。アンリミテッドクイーン、坂崎永久を目的としている可能性は十分に考えられる。
「消えた二人はどんな二人だったか、なるべく詳細に教えてください」
「はい。一人は高校生くらいの少年で、もう一人は小学生くらいの少女です。少女の方は、白髪でした」
「白髪の少女と、高校生くらいの少年……間違いはありませんか」
「はい」
警官がそう答えたのを確認すると、美奈子は顔をしかめる。恐らくその二人は、永久と行動を共にしていた由愛と英輔だろう。だとすれば、目的は十中八九坂崎永久の奪還だ。
出来れば、あの二人にはもう関わって欲しくない。ただでさえ、元々次元管理局とは関係のない人間だ、永久と関わっていたからと言って彼らが拘束されるような謂れはない。そもそも美奈子は永久が囚えられていること自体納得出来ていない。
しかし、あの二人が追われていた二人だとするとわからない点が一つある。それは彼らが路地裏で空間を移動した、という点だ。桧山鏡子は境界の管理者であり、空間を移動することが可能ではあるものの、それは彼女自身の力ではない。単に境界に存在する超常的な存在が持つ力であり、彼女は管理する権限を持っているだけだ。その上アンリミテッドや次元歪曲システムのように、瞬間的に別次元へ移動出来る程融通が効くという話は聞かない。もし本当に彼らがこの路地裏で空間を移動したのであれば……
「第三者が関与している可能性がありますね……」
あの二人と目的を同じくする者、或いはあの二人を利用しようとしている者。どちらにせよ、次元管理局にとって脅威となる可能性は高い。美奈子は警官達に引き続き調査と捜索をするよう指示を出し、次元管理局の本部へと戻っていった。
ブレットの言う通り、由愛達には永久を助け出すための策も方法もない。結果として二人はブレットと手を組むことを決めて、早速作戦会議を行う運びとなった。
場所は変わらずブレットの管理するホテルの一室のような空間だ。小さめのテーブルを中心として、三人が机を囲むようにして椅子に座っており、プチ鏡子は英輔の肩の上に座っている。
「アンタらの助けたいアンリミテッドクイーンは恐らく、次元監獄の中だ」
「次元監獄?」
英輔がブレットの言葉を繰り返すと、ブレットは小さく首肯する。
「まあ簡単に言やぁ局の管理する監獄みたいなモンだ。アンリミテッドみてぇな超常のバケモン……殺せねえタイプの連中や、殺さずに情報を搾り取りたい連中、後は次元管理局の管轄内でやらかした犯罪者の連中が収容されてるとこだ。大抵は犯罪者の類だがな」
「……永久は化け物なんかじゃないわ」
ギロリとブレットを睨みつける由愛に、ブレットはすまねえ、と右手を軽く上げた。
「そういうつもりはねえ、悪かったな。そんなロックな顔すんなって」
「ロックな顔ってどんな顔よ!」
「今それはいいから、話を続けてもらえるかしら」
呆れた様子でプチ鏡子がそう言うと、怒りを露わにして立ち上がっていた由愛は渋々座り直した。
「で、だ。次元監獄のガードは厳重でな、そもそも次元監獄はこの世界とは別の世界に隔離されている。特殊な細工がされてるのか、俺の持ってるコイツじゃ直接は入り込めねえ」
そう言ってブレットが見せたのは、腕に装着されている端末だった。美奈子の持っているものと形は酷似しているが、ブレットが言うにはこの端末はかなり旧型らしい。その上ブレットの持つこの端末の識別番号は既に局にマークされており、無闇に使えばこの一室でさえ局に見つかりかねないのだという。
今回、由愛達を助けるために一度使用しているため、この空間も破棄して新たに作りなおす必要があるとのことだった。
「ンなとこどうやって行きゃ良いんだよ!」
「だよな、困ったぜ」
「ハァ!?」
あっけらかんと言い放ったブレットに、英輔は意味がわからないとでも言わんばかりの表情を向ける。
「どうしたもんかな」
「テメエふざけてんのか! 策がなかった俺達にロックだなんだとか言っておいて、テメエの方が相当ロックじゃねえか!」
「お、ロックの何たるかがわかってきたみたいだな!」
「うるせえよボケ!」
怒りながらも思わず「ロック」と口にしてしまう英輔であった。
「冗談だ。次元監獄への入り口は局の地下にあってな、あのゲートからなら次元監獄へ入り込める」
「でも、そもそも次元管理局本部の中に入り込まないと地下には行けないじゃない? それに、そのゲートだって警備されているハズよ」
ブレットの持つ端末では、次元管理局の本部へは入り込めない。当然正面からも入り込めないため、次元監獄の入り口がわかったところでその入り口にさえ辿り着けない。おまけにその入り口も警備されているであろうことを考えると、永久を助けるどころか次元監獄へ入ることすらかなり厳しいだろう。
「そこで、だ」
そう言って、ブレットが視線を向けたのは英輔の肩に座っているプチ鏡子だった。
「境界の魔女桧山鏡子、アンタの力を借りたい」
「……私の?」
自身を指さしてそう問うたプチ鏡子に、ブレットは小さく頷いてからもう一度口を開く。
「次元監獄は厳密にはこの世界とは別の世界にある。そことこの世界を直接繋いでいるせいで、次元監獄の入り口のある地下はどちらかというとアンタのいる境界に近い」
ブレットがそこまで口にしたところで、プチ鏡子はなにかに気づいたかのようにハッとなる。
「俺の端末じゃなく、アンタの力ならバレずに地下へ直接ゲートを開けるハズだぜ……違うか?」
「ちょっと待てよ、直接じゃなくて地下に繋ぐんならアンタの端末でも出来るんじゃないか?」
そう問うた英輔に、ブレットは静かにかぶりを振った。
「出来りゃあロックだがそうもいかねえ。そもそも次元歪曲システムによる移動は正確な座標を入力する必要がある。次元監獄へ繋がる境界の座標なんてのは当然俺にはわからん」
けどな、と付け足し、ブレットはそのまま言葉を続ける。
「桧山鏡子……いや、アンタのとこにいるバケモンはそうじゃねえ。アレは無数にある世界全体の中から一つの世界を探すことだって出来るハズだぜ。それこそ、境界なんて特殊な世界、そういくつもあるとは思えねえ……探せるんじゃねえか?」
ブレットの言葉に、プチ鏡子はしばらく考えこむような表情を見せる。
境界の龍はそもそも鏡子にとってそれ程協力的な存在ではない。アンリミテッドや欠片の反応のある世界のゲート開くだけなら鏡子でも可能だが、そこまでハッキリとした世界の座標を割り出してゲートを開くのであれば、それは鏡子の権限だけでは不可能だ。あの龍の協力を仰ぐ必要がある。
プチ鏡子はしばらく顔をしかめていたが、やがて静かに首肯する。
「……わかったわ。だけど少し時間をもらえるかしら?」
「感謝! コーヒーでも飲んで待ってるさ」
そう言って、ブレットは豪快に笑って見せた。