World11-1「囚われし女王」
坂崎永久は、拘束されていた。
拘束衣を着せられて拘束された永久は、喋ることさえ出来ぬようマスクまではめられていた。部屋は薄暗く、部屋の入り口永久のいる場所は分厚いガラスで隔たれている。
もうあれからどのくらい経ったのかわからない。あの日キングと戦い、無限破七刀を使用した影響で空間の裂け目へと飲み込まれてしまい、どこともわからない異世界に飛ばされてしまった永久は、すぐに次元調停官によって捕まってしまった。キングとの戦闘の後ということもあり、疲労しているところを狙われてしまっては永久も抵抗し切れず、結果的にこの牢屋じみた部屋に拘束されるに至った。
次元調停官によって気絶させられ、目を覚ました時には既にこの場所に幽閉されていたため、詳しいことはわからないが恐らくここは次元管理局の本部、或いはそれに準ずるどこかだろう。次元調停官達の本拠地としている世界のどこかだと推測出来るが、世界間の移動や隔離などを行える彼らのことを考えれば、そうでない可能性も考えられる。とにかく今は情報がない。あの後鏡子や由愛、英輔がどうなったのかさえ永久にはわからない。
とにかくここにいると気が狂いそうになる。最初の内はもがいたし、マスクをはめられたまま声も上げようとしたが次第に諦めていった。前にもこんなことがあったような気もするが、うまく思い出せない。早くここから出たい、今はもうそればかりしか考えられない。
出入口のドアがゆっくりと開き、少しだけ光が差し込む。日に一度だけ与えられる食事の時間かとも思ったが、どうやら違うようだった。食事の時間は決まっているようだが、こんな場所にいては時間の感覚も狂ってしまってわからない。もう今が朝なのか夜なのか、そんなことさえ考えなくなった。
「坂崎永久」
中に入って来たのは下美奈子だ。長いポニーテールを揺らしながら、彼女はドアを閉めると静かにガラス窓へ近づいてくる。ガラス窓の向こうの永久を見るその顔は、どこか物悲しそうだった。
「私にはわかりません。これが本当に正解なのか」
まるで懺悔のようだった。美奈子は顔をうつむかせてしまい、もう表情はうかがえない。
「本当にあなたが、祖母の言う仇なのか……。私にはわかりません」
永久には、答えることが出来ない。マスクがどうということではなく、記憶のせいだ。下美奈子の祖母、下切子の家族を殺していない保証なんて、今の永久にはない。
「すみません。あなたにこれを言っても仕方のないことです……。こんな目に遭わせてしまって、すみません」
謝罪を繰り返した後、美奈子は静かに部屋を去っていく。そんな彼女に、永久は悲しげに目を伏せることしか出来なかった。
永久が姿を消してから、もう数週間が過ぎた。
永久が無限破七刀を使用したことによって、次元の裂け目に飲み込まれてしまった由愛達はランダムに異世界へ飛ばされてしまったものの、美奈子の協力によって合流することに成功した。
美奈子は、由愛達はアンリミテッドではないため捕らえる必要がなく、むしろ巻き込んでしまったことが申し訳ないと言っており、由愛達の合流に協力していた。次元管理局の方でどのような指示が出ていたのかは由愛達にはわからないが、美奈子は終始申し訳無さそうに由愛達へ協力していた。
由愛も最初こそ信じなかったし、美奈子のことを口汚く罵ったが彼女はどうも今回永久が指名手配された件については納得がいっていないようで、彼女の話を聞いている内に由愛も彼女に対して怒るのは筋違いだと理解した。
由愛達は合流してからすぐに、鏡子と共に永久の捜索を開始する。次元管理局側が永久を見つける前に見つける必要があったが、結局永久を見つけることは出来なかった。
そして由愛達も、アンリミテッドクイーン坂崎永久が次元管理局によって捕獲されたという発表を知ることになる。それからすぐに、由愛達は次元管理局の本拠地のある世界へと向かったのだった。
「今まで行った世界の中でも飛び抜けて進んでんな……」
路地裏に身を隠し、通り過ぎて行く警官達を見つめて英輔がそう言うと、隣で由愛が溜息を吐く。
「感心してる場合じゃないでしょ! ここに隠れてたってどうせすぐ見つかるわ!」
由愛の言う通りだ。例え由愛達がどこに隠れようとも、恐らく警官や次元管理局の人間に捕まってしまうだろう。どうやらこの世界では、この世界にいる人間全てにICチップのようなものが組み込まれているようで、異世界から来た人間は正式な許可が下りていない限りICチップの反応がないよそものとして認識される。異世界から偶然迷い込んだだけなら次元管理局が責任を持って元の世界に帰らせてもらえるようだが、由愛達は管理局に顔が割れている。美奈子に見逃してもらえたのは相手が美奈子だったからであり、由愛達は管理局側からすればアンリミテッドクイーンの協力者だ、捕まれば相応に処罰されたっておかしくはない。迷い込んだだけなら管理局へ連れてって元の世界へ帰してやる、そう警官に言われた由愛達は、その場から一目散に逃げ出したのだった。
「しかしこれ、どうやって永久を捜せばいいんだよ……」
「とにかく情報が足りないわね」
そう言って英輔の肩から顔を出したのはプチ鏡子だ。
「でも私達って今どこに行っても捕まっちゃうし……」
そんな話をしていると、由愛達の上空から鳥のような形をした機械が飛来する。ソレはしばらく由愛達の回りを飛び回った後、突然赤い光を発しながら大きな音で警告音を鳴らし始めた。
「ゲッ……これって!」
英輔がそう言うよりも、警告音に気づいた人達が路地裏へ視線を向ける方が早い。瞬く間に連絡がいったらしく、どこかからサイレンの音が鳴り響いてくる。
「ど、どどどどうすんのよ!?」
「逃げるしかねえだろ!」
「どこに逃げんのよー!?」
完全にパニックに陥った二人だったが、そんな二人の背後に突如空間の裂け目が出現する。形状は美奈子やアンリミテッド達が出現させるものとあまり変わらない。
「――お前ら!」
「だーーーー今度は何だァーー!?」
裂け目を見て大騒ぎする英輔と、目を見開いてあたふたする由愛。裂け目から出てきた一本の太い腕は、更に由愛達を困惑させた。
どうやらアンリミテッドの類ではないようだが状況が状況だ。特に英輔は完全にパニクってしまっており、ぎゃーぎゃーと喚き立て始めている。
「腕ーーーーッ!?」
「うるっさい馬鹿英輔! 何でもかんでも叫んでんじゃないわよ!」
そう英輔を怒鳴りつける由愛だったが、英輔は止まらない。挙句の果てに敵だと認識したのか全身に魔力を帯び始める始末だった。
そんな英輔を見て少し冷静になった由愛の手を、裂け目から伸びた腕が強く引っ張る。
「ちょ、ちょっと何よ! 何なの!? 離しなさいよ!」
「騒ぐな嬢ちゃん! いいからこっち来い、助けてやる!」
そんな言葉を由愛達が信用するハズもなく、困惑したまま腕を見つめる。既に路地裏付近まで警官達が来ているようで、もう二人には考えている余裕はなかった。
「ええいままよ! 英輔、中に入るわよ!」
「中!? これの中に入るのか!?」
「ああもううっさい! とにかく行くわよ!」
半信半疑のまま、由愛は強引に英輔の手を引いて裂け目の中へと入っていく。警官達が路地裏に到着した頃には、既に由愛達の姿は消えていた。
下美奈子直属の上司にして、次元管理局の現局長を務めている下切子は、局長室で軽い休憩を取っていた。右手には紅茶の淹れてあるティーカップを持ち、左手は小さなロケットペンダントを開いた状態で持っていた。中には写真が入っており、若い女性と、高校生くらいの少年が写っている。恋人というよりは姉と弟と言った感じだろうか。それを見つめながら、切子は静かに息を吐いた。
そんな折、局長室のドアがノックされる。
「入りなさい」
そう声をかけると、中に入ってきたのは下美奈子だった。
「……お祖母様――」
「局長と呼びなさい」
まだ言葉を言い切らない美奈子にそうピシャリと言い放ち、切子は紅茶を静かに一口飲んだ。
「……局長、少しよろしいでしょうか」
「良いでしょう。手短に話しなさい」
しわがれた声で切子がそう答えると、美奈子は一拍置いてから口を開く。
「先日収容所に送られた坂崎永久についてです」
美奈子がそう言った途端、切子は一瞬だけ苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。しかしそんな表情も、美奈子に気取られる前に整えられてしまった。
「私には納得出来ません。坂崎永久は確かにアンリミテッドクイーンですが、本当に危険なのは彼女ではなく、坂崎刹那の方です。前に会議で、彼女が危険因子でないことは十分説明したハズですが」
「それは記憶を失っているからに過ぎん。彼女はアンリミテッド、自在に世界を移動し、常識を遥かに逸脱した力で秩序を乱す」
事実、永久達アンリミテッドの力は常軌を逸している。今までこそコアが不完全だった永久だが、今ではかなり欠片を回収したのか力を増している。その上、無限破七刀と呼ばれるアンリミテッドさえも討ち滅ぼすことの出来る力まで手にしていることを考えれば、少し前に美奈子が永久と出会った時とは状況が違うということも美奈子には理解出来た。しかしそれは逆に考えればアンリミテッドに対抗し得る唯一の手段とも言えるだろう。坂崎永久が敵ではなく、美奈子達同様に他のアンリミテッドと敵対しているのであれば一致団結して共に危険な他のアンリミテッドを撃破するべきだと、美奈子はそう考えていた。
しかし、切子は坂崎永久を危険因子とみなし、あろうことか坂崎刹那ら他のアンリミテッドと組んで永久の捕獲を開始したのだ。
「その危険なアンリミテッドと組んでいるというのに、ですか」
美奈子のその言葉に、切子は答えない。ただ黙ったまま、美奈子の瞳をジッと見つめるだけだった。
「私は、坂崎永久がお祖母様の仇だとは思えません」
きっぱりと美奈子が言い切ると、今まで冷静だった切子が激情を露わにして机を強く右手で叩いた。それに対してびくつく様子もなく、美奈子は静かに切子の言葉を待つ。
「黙りなさい! どうしてお前にそんなことがわかるというの!?」
「彼女は、面白半分に人を殺すような人物ではありません!」
「あらぁ、そんなことわかるのぉ?」
不意に、美奈子と切子の会話に割って入る者があった。音もなくゆらりと美奈子の背後から現れた彼女は、ニヤリとした笑みを浮かべて美奈子の顔を覗き込んだ。
「坂崎……刹那……!」
「わからないじゃない……だってあの子、記憶がないのよ?」
この坂崎刹那という女、相変わらず異常なまでの圧迫感がある。こうして傍に寄られているだけで、今すぐにでも殺されてしまいそうな錯覚さえ覚えてしまう程だ。
「……ならあなたにならわかるのでは? アンリミテッドクイーン坂崎刹那、あなたと坂崎永久は元々同一の存在です」
刹那に対する恐れを隠すかのように気丈に振る舞い、美奈子はそう問うた。
「さて、どうかしら」
クスクスと笑みをこぼしながらそう言って、刹那はゆっくりと切子の座っている椅子の後ろへ回る。
「私達はね、あなた達次元管理局の方々と協力して世界の調律を保ちたいの」
「冗談はやめてください。そんな言葉は信じられない」
現に刹那は、今まで彼女の元に現れた次元調停官を何人も殺害している。欠片の回収と共にその世界の住人を殺した数など殺された次元調停官の比ではない。それに、かつて美奈子の前で見せた破壊を、力を振るうことに快感を覚えているかのようなあの表情を思い出せば、刹那が世界の調律を保とうなど考えるハズがないのは明らかだ。
何か企みがあるハズだが、それを見抜けない切子ではないハズ……そう思えるからこそ、美奈子は今回の切子の決定が不可解に思えてならない。
「お祖母様、もしかして何か隠していませんか」
「ダメよ、肉親を疑うなんて」
「あなたには聞いていません」
ピシャリと言い放つ美奈子だったが、刹那はまるで気に止めていないかのように笑うだけだった。
「隠し事などない」
「お祖母様!」
「ないと言っている! 部屋を出なさい下美奈子!」
フルネームでの呼称が、祖母としてではなく局長の命令であることを暗に示している。しばらく美奈子は納得いかなさそうに切子を見つめていたが、やがてどこか怒った様子で背を向けると、挨拶も一礼もなく部屋を出て行った。
「あなたも大変ねぇ」
背後から切子の顔を覗き込むように刹那がそう言うと、切子は不快そうに眉をひそめる。
「気分悪くしちゃった? ごめんなさいね」
大して悪びれもせずにそう言って、刹那はドアの前でわざとらしく一礼して部屋から出て行く。そんな様子をしばらく見つめた後、切子は小さく息を吐いて少し冷えた紅茶を飲み干した。