World10-12「絶対王者」
「喜べクイーン。長き時を経て俺と会えたのだぞ? 王と女王の再会だ」
永久はキングを見つめたまま硬直するばかりで、キングの言葉には答えようとしない。キングはそれを気に留める様子もなく、そのまま語を継いだ。
「もっとも、俺にとって貴様は女王というよりは姫だが」
キングがそういうやいなや、今まで硬直していた永久がピクリと動きを見せた。そして次の瞬間には純白のロングドレスへと転じ、ショートソードでキングへと切りかかる。
「そんなに癇に障ったか? 俺は事実を述べたに過ぎん」
永久のショートソードは、キングの左手によって受け止められていた。甲冑ではない、本来生身であるハズの右手で、だ。
如何にアンリミテッドと言え、永久のショートソードを素手で受け止めるというのはあまり考えられない。十分ダメージにはなり得るし、切り落とされでもすればそれなりに状況は不利になる。だがキングは、何の躊躇いもなく永久のショートソードを左手だけで受け止めていた。
「――っ!」
「そう驚くな。かつて散々見せたであろう」
ショートソードから伝わる感触は、明らかに生物に向けて振り下ろした感触ではない。何か硬い、それこそ岩や鉄の類へ振り下ろした時の感触だ。前に行った世界で戦った、ヴラドレンの硬質化に近いものを感じるが、キングのソレはそんな生易しいものではない。
見れば、キングの左手は小ぶりな楯のような形に変化していた。腕や他の部分には変化がなく、左手のみが楯のように変化し、永久のショートソードを受け止めているのだ。
「時にクイーン……いや、この呼び方は紛らわしいな。今は永久とか言ったか」
キングの得体の知れない力を警戒してか、永久はすぐにキングから距離を取る。
「永久よ、貴様ルークを討ったらしいな」
「……だったら何……?」
明らかな敵意を剥き出しにする永久を、キングはその赤い双眸でギロリと睨みつけた。
「許せん」
ただ一言そう言った後、キングは左腕を永久へと突き出す。すると、キングの左腕はまるでロープのような形状へ変化し、永久の首筋へと伸ばされる。
「な……っ!」
キングの左手は永久の首をガッシリと掴むと、そのまま元の長さへと縮んで永久の身体を無理矢理キングの傍へと引きずり込んで行く。
「永久ッ!」
今まで永久とキングの様子を固唾を呑んで見守っていた英輔と由愛だったが、現状をピンチと悟ったのか加勢に入ろうと身を乗り出す。
「これはよろしくない」
しかし、英輔と由愛の足元に突如火が付き、そのまま炎の壁となって英輔達の行く手を阻んだ。
「これは……っ!」
「いけませんなぁ。陛下の邪魔をしようなどとは」
炎を放ったのは、キングの後方で待機していたビショップだった。彼は英輔達が永久の加勢に入ろうとした時点で魔法陣を出現させ、英輔達の足元へ炎の魔法を放っていたのだ。
「クソ……永久ァ!」
英輔の魔力でぶち破ろうにも、ビショップの炎を破るにはちょっとやそっとの力ではまるで通用しないだろう。結果として、英輔達は再び永久を見守ることしか出来なくなってしまう。
「無限破七刀を使ったらしいな」
キングの言葉に答えようとも、永久の首はきつく締め上げられており、まともに言葉を発することさえ出来ない。呻くことしか出来ないままもがく永久に、キングはそのまま話を続けた。
「許せんな……あァ許せん。貴様と言えど許せんぞ永久ァ……!」
しばらくギリギリと締め上げた後、キングはわざとらしく永久を地面へ叩きつけると、咳き込む間も与えずに永久の頭を踏みつける。
「俺の所有物を俺の許可なく壊したなッッ! これは万死に値する罪だ……ッ!」
憤怒するキングに何度も踏みつけられた後、永久の身体はキングによって乱暴に蹴り飛ばされた。
所有物。キングに対して絶対の忠誠を誓っていたルークのことを、キングは何の躊躇いもなく所有物と称した。それが気に入らなくて永久は顔をしかめたが、今の永久の喉に言葉を返すような余力はない。
「いいか……アレは俺の物だ。俺の物を俺の許可なしに破壊することは俺に対する侮辱に他ならぬ……貴様は不敬罪だッ!」
キングはルークの死を悼んでなどいない。単にキングは己の所有物が己の意思とは関係なく失われたことに腹を立てているに過ぎないのだ。きっとそれは宝石や金銭の類だったとしても同じだろう。故にキングにとって、ルークはその程度の存在でしかなかったのだ。
――――主が我が死を望むなら、このような命はいつでも差し出そう。
許せなかった。別にルークは永久にとって特別な存在というわけではなかったが、正面からぶつかり合った相手であるせいか、ルークを侮辱されるのは癇に障る。彼は間違いなく永久の敵だったし、破壊しなければならないアンリミテッドだったが、それ以前に彼の忠義は騎士そのものだった。彼の王への忠義は、永久にとっても美しく見えた。揺るがぬ真っ直ぐな意思が彼にはあった。そんな彼を所有物などという言葉で片付けられるのは、ひどく不愉快だった。
「不敬罪は……あなただよ……! ルークは、あなたのために戦っていた……!」
「それがどうした! 部下が主のために戦うのは至極当然全うなこと! 俺が頂点にあり続けるが如くだ!」
「なんて傲慢な……!」
そう言いながら立ち上がった永久を、キングは再び蹴り倒すとその身体を踏みつけ、悠然と永久の顔を見下ろした。
「いいか、俺は王だ、強者だ。それが傲慢であることの何がおかしいというのか」
「こ、の……っ!」
立ち上がろうとする永久だったが、その身体に追い打ちをかけるように何かが突き刺さる。
「あぁっ……!」
突き刺さっていたのは、一本の剣だった。だがその剣は、キングの左手が握っているわけではない。キングの左手そのものが剣となって永久の身体を突き刺しているのだ。
「“強者よ傲慢たれ”、誰の言葉だかわかるか?」
剣を突き刺され、苦痛に呻く永久には答える余裕などない。それをわかっていてか、キングはぐにゃりと笑ってこう言った。
「この俺の言葉だ」
何たる傲慢。何たる不遜。キングは何の迷いもなく、自身を絶対強者だと信じ、他の全ては自身に劣ると信じ切っている。まるで幼い子供のような妄想だが、キング自身の桁違いの強さは、本当にこの男こそ絶対の強者なのではないかと思わせる風格がある。
生まれ持っての王。キング・オブ・キング。それがアンリミテッドキングだった。
「ふざ……けないで……っ!」
怒りのあまり、ギリリと歯を軋ませる。ルークを侮辱された怒りもあるが、永久の奥深くでキングを許してはいけない、という感情が沸々と沸き上がってくる。ハッキリとは思い出せないものの、この傲慢でふざけた男が、かつて永久の全てを狂わせた元凶だということだけは今の永久にも理解出来る。
この男だけは、絶対に許してはいけない。
「あなただけはっ……!」
力の抜けかけていた右手に無理矢理力を込める。身体中から沸き上がる力が、白い光となってショートソードを包んでいく。
「ほう」
その様子を見て、キングは感心したような声を上げる。だが焦るような素振りは少しも見せない。キングにとって己は絶対の強者で、永久がキングにかなうハズがないと高をくくっているためだ。
「キン……グ……っ!!! キングっ!」
怒りを込めてそう叫び、永久はショートソードを倒れた態勢のまま振り上げる。慌てる様子こそなかったものの、流石にこれを直接くらうのはまずいと察したのか、キングは永久から左腕を引き抜くと同時に少しだけ永久から距離を取った。
「まだまだやれるではないか」
キングの言葉には答えず、永久はすぐに立ち上がると、腕輪のはめられた右手を強く空へかざす。すると眩い光を永久が包み、七つの宝玉のはめられた腕輪は巨大な七支刀へと姿を変えた、
「無限破七刀っ!」
無限破七刀を見るやいなや、永久との距離を詰め始めたキングを見据えながらも、永久は無限破七刀のレバーを操作する。
『Charge one.』
白い光のラインが一つ目の刃へ向かったのと、キングが剣へと変化させた左腕で切りかかってきたのはほぼ同時だった。永久はすぐさま無限破七刀でキングの剣を受ける。
「やはりそれぐらいはしてもらわんとなァ! えェ!? 永久よッ!」
楽しそうにそう言うキングとは裏腹に、今まで見ているだけだった刹那は少しだけ焦ったような様子を見せている。無限破七刀がキングをも破壊しかねない武器である証拠だろう。気がつけば刹那は、ショートソードを出現させると永久目掛けて駆け出していた。
「――刹那っ!?」
咄嗟のことに反応出来ず、キングから距離を取りつつ永久は刹那の剣を回避する。
「……何のつもりだ刹那。事と次第によっては貴様とて許さぬ」
「アレはまずいわ」
「この俺が負けると」
「万に一つよ」
「舐めるなよ小娘風情がッ……!」
刹那を睨みつけ、憤懣やるかたないと言わんばかりに表情を歪めるキング。永久が付け入るとすれば、この瞬間こそが最良だった。
『Charge two.』
レバー操作により、光のラインが二つ目の刃へと到達する。ここから最大までチャージする余裕などない、とにかく決定打を与えて一度撤退する必要がある。
「はぁぁぁぁ……っ!」
『Second burst!』
素早く二度レバーを操作することで、無限破七刀を放つ準備が整う。最大限までチャージしたアンリミテッドバーストに比べればかなり威力は劣るが、状況を打破するには十分だ。
「永久ぁぁぁぁっ!」
永久を睨みつけ、叫び声を上げながら大剣を出現させた刹那は、今にも衝撃波を放たんとして全身と大剣に漆黒のオーラを纏わせていた。
「無限破――――」
永久が言葉を言い切るよりも早く、刹那が黒い衝撃波を放つ。この瞬間、最も表情を歪めていたのは下美奈子だった。
今この空間は次元歪曲システムによる擬似的かつ簡易的な異次元だ。システムの力で制御されてはいるものの、空間としてはかなり不安定な部類に入るため、永久や刹那のような存在には強引に突破されることもある。かつて永久と刹那が戦った時は、互いにそれほど欠片が揃っていなかったこともあり、無事戦闘終了まで制御することが可能だったが、今の永久と刹那は違う。特に永久はあの時とは桁違いで、コアの修復具合もそうだが、何より無限破七刀はあの時の永久と比較すればあまりにも大き過ぎる力だ。そんな無限破七刀と刹那の黒い衝撃波がこの空間の中でかち合えば、いくら次元歪曲システムが優れているとは言えこの空間を維持出来るとは考えられない。
「やめなさい永久、その力は大き過ぎる!」
美奈子が忠告した頃には既に遅く、永久は振り上げた無限破七刀を振り下ろし始めていた。
「七刀ァァァァァァァッ!」
無限破七刀から放たれた白い衝撃波と、刹那の大剣から放たれた黒い衝撃波が正面からぶつかり合う。それと同時に、周囲の空間そのものが大きく歪み始めた。
「お、おいやべえぞこれ!」
英輔と由愛が危険を察した頃には、既に足元も歪み始めていた。大きく歪み始めた空間は、やがて大きな空間の裂け目そのものへと変わっていく。アンリミテッドのような自力で空間を移動出来る存在ならともかく、英輔や由愛、力をうまく扱えない永久はただそれに飲み込まれるしかない。空間の裂け目は、ブラックホールじみた吸引力を持ってして、英輔や由愛、永久までをも飲み込んで行く。
「刹那!! キングっ!」
戦いの決着がつかぬまま、永久はどこへ続くともわからない空間の裂け目の中へと飲み込まれていく。次元歪曲システムの制御が効かない以上、それは美奈子も例外ではなかった。
「さよなら永久。どうせまたすぐ会えるわ」
つまらなさそうにそう言って、刹那はキング達他のアンリミテッドと共に、別の裂け目を作って他の世界へと去って行く。
「刹那っ! 刹那ぁぁぁぁぁぁっ!」
その背中へ必死に手を伸ばしながら、永久は空間の裂け目の中へと飲み込まれ消えて行った。