World1-5「望む世界、望まぬ世界」
ゆっくりと。緩慢に倒れていく華奢な体躯を、永久はただ唖然として見ることしか出来なかった。
想定の範囲を遥かに越えた現状を、脳がまだ理解し切れていない。応答なしは、至極当然とも言えた。
ドサリと、シーラの身体がその場へ倒れるのと同時に、その身体から刀は抜かれていた。
永久と同じく動けずにいるティラとミント、そして怯えたような表情を見せ、震えながら目の前の少女を……美奈を見つめる要。それらを交互に見た後、倒れたシーラの元へ駆け寄ろうとした時、唐突な頭痛が永久へ襲い掛かった。
「――っ!?」
訳も分からず頭を押さえ、少しよろけた永久へ、ポケットから顔を出したプチ鏡子がどうしたの? と声をかけるが、永久は険しい表情を浮かべたまま頭を押さえつつ、美奈を凝視していた。
「……永久?」
「多分、近くにあるんだと思う……」
永久の言葉に、プチ鏡子は疑問符を浮かべたが、やがて何かに気付いたかのように口元へ手をあてた。
「まさか……!」
「あの女の子……欠片を持ってる……!」
プチ鏡子に対して頷いて見せると、永久は確信めいた口調でそう言う。その頃には既に頭痛は収まっており、永久は頭を押さえるのをやめていた。
直感でしかない。美奈がコアの欠片を持っている、と判断するにはあまりにも証拠が不十分だが、永久は直感的に感じていた。あの少女はコアを……自分の一部を持っている、と。
「き、貴様……」
不意に、火の灯る音がした。
音のした方向へ視線を向けると、そこには憤怒で彩られたティラの姿があった。
「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
絶叫と共にティラは、右手に灯った炎を突き出さんとして構え、美奈目がけて駆け出す――が、突如凄まじい速度で飛来した黒い塊がティラの身体へ直撃し、ティラはそのまま後方まで吹っ飛ばされた。
「っ!?」
ティラの身体は本棚へ背中からぶつかり、大きな音を立てて本棚ごとその場へ倒れた。
「ティラさんっ!」
「捜す必要なんてないわ」
澄んだ、幼さの残る声。
声のした方向――美奈の後ろへ視線を向けると、そこにはバックリと開いた、まるで穴のような白い空間が口を開けており、その中から一人の小さな少女がこちらへと歩を進めていた。
先程まで、この部屋にそんな穴は存在しなかった。恐らく美奈も、そして今現れた少女も、何らかの力で「穴」を開けてこの部屋の中に侵入したのだろう。
「久しぶりだね、要お姉ちゃん」
シーラと同じような髪の色をした、セミロングへアの少女だった。しかしシーラとは対照的に性格がキツそうに見える顔つきをしており、赤い瞳がそれを更に際立たせている。白い、フリルで装飾されたワンピースを身に着けており、子供らしい容姿をしてはいたが、放っている雰囲気と威圧感はおよそ子供のソレと比較にもならないものだった。
「由愛……!」
「由愛……あの子が……?」
ミントの言葉に、永久が少女――由愛へ視線を送ると、由愛はニコリと微笑んで見せる。その瞬間、再び頭痛が永久を襲った。
「っ……!」
再び頭を押さえる永久に、プチ鏡子は驚愕の表情を浮かべた。
「まさか……この世界には二つもコアの欠片が……?」
プチ鏡子の言葉に、永久は小さく頷いた。
「そうみたい……あの子も、持ってる……!」
由愛がコアの欠片を持っている、ということは、やはりこの夢幻世界の中で由愛によって起きていた異変はコアの欠片が原因だった、ということになる。要に由愛の話を聞いた時、永久とプチ鏡子が立てた仮説は正しかった……ということだった。
「ゲームは終わりよ」
抑揚のない声音で、由愛はそう言ってスッと右手を上げる。
「準備完了。今から、この世界と現実世界を融合させるわ……」
小さく漏れた要の困惑は、由愛が指を鳴らした音によってかき消された。
「これは……!」
ジワジワと、見えている景色が白に浸食されていく。文字通り「浸食」といった様子で、天井も床も、倒れた本棚も、そして倒れ伏すシーラとティラでさえもその「白」に浸食され、溶けるようにして同化していく。
まるで、夢から覚めるよう。
気が付けば、永久達を除く全てが白に染まっていた。
「消えちゃった……全部……」
あまりのことにポカンとした表情を浮かべる永久。その横で、要は泣きそうな顔で美奈を見つめ続けていた。
「完全に融合して、『私の』世界になるのは時間の問題よ」
そう言って、由愛はニヤリと笑みを浮かべた。
「これで消える……全てが……私を否定した世界が……!」
「否定……?」
由愛の言葉に、永久はそう問うたが由愛は何も答えようとしなかった。
「ねえ、美奈ちゃん! どうしちゃったの!? ねえ!」
「……せよ……」
焦点の合わない目をしたまま、だらんと両腕を力なく下げて美奈は小さく呟いた。
「え……?」
「俺を……帰せ……帰せよっ!」
「美奈ちゃん……?」
美奈の言っていることが理解し切れず、永久と要は疑問符を浮かべる。
「恐らく……暴走しているわね……」
「欠片の力……で?」
思案顔のプチ鏡子に、永久がそう問うとプチ鏡子は小さく頷いて見せた。
「『俺の』世界に……帰しやがれえええええええっ!」
突如絶叫すると、美奈は刀を振り上げて永久達の方へと駆け出す。咄嗟に永久はショートソードを出現させて美奈へ接近し、振り下ろされた美奈の刀を素早くショートソードで受けた。
金属と金属が擦れ合う音。
永久は、想定以上に強い力で刀を振り下ろそうとする美奈に、驚愕の表情を浮かべた。
「その子、壊れちゃってるみたいね」
「壊れちゃってる……?」
由愛の言葉を繰り返す要に、由愛はそう、と嘲笑じみた笑みを浮かべながら答えた。
「操るの、すごく簡単だったもん」
「貴女……っ!」
拳を握りしめ、怒りを露わにする要に、由愛はクスリと笑みをこぼした。
「さあ、早くやっちゃいなさい」
美奈へ視線を飛ばし、由愛がそう言うと、美奈が永久のショートソードを押す力はいっそう強まったかのように見えた。
「くっ……!」
ジリジリと迫ってくる美奈の刀に、永久は精一杯対抗しようと力を込めるが、押し返すどころか更に迫られるばかりだった。
「消えろ……消えろッ!」
「――――っ!?」
美奈の言葉を聞いた瞬間、不意に永久の頭の中に無数の映像が流れ込んでくる。
食卓を囲んで笑い合う家族。
授業中に居眠りし、教師に怒鳴られる美奈。
帰り道、立ち止まって楽しそうに話す美奈と、友人と思しき誰か。
家、学校、コンビニ、通学路、図書館……美奈が、彼女が大切にしてきた、彼女の大好きな「世界」が、一瞬にして永久の中へ流れ込む。欠片が原因なのだろうか、永久と美奈には妙な繋がりが生まれていた。永久の感情があちらに伝わっているかはわからないが、美奈の感情は、こうして刃を交えたことでしっかりと永久の頭の中へと流れ込んでくる。その膨大な情報量に頭痛さえ覚えたが、永久は目をそらそうとはしなかった。
ここは自分の世界じゃない。今すぐにでも帰りたい。こんな世界はいっそ、壊れてしまえ。
「そうだよね……帰りたいよね……」
美奈は、答えようとはしなかった。
「今までずっと大事にしてきた、大好きな貴女の『世界』だもんね……」
少しだけ、刀を押し込もうとする力が弱まった気がした。
「でもやめて。こんなこと、したいわけじゃないでしょ……?」
「うるさい……俺はっ……俺はっ!」
そんな永久と美奈の二人を見、由愛はケタケタと笑い声を上げる。
「無駄よ無駄無駄。何言ったってわかるわけないじゃない」
しかし、永久は由愛の言葉など意に介さぬ様子で、美奈へと言葉をかけ続けた。
「確かにこの世界は……貴女の世界じゃないかも知れない。貴女の大切なものはないかも知れないし、貴女の望んだものはないかも知れない……」
ゆっくりと、しかし確実に、美奈の刀は押し返されていく。
だけど。そうつけたして、永久は言葉を続けた。
「今はココが、貴女のいる世界なんだよ?」
「無駄よ、何を言ったって!」
そう言いながらも、由愛の声はどこか焦りが混じっていた。状況は変わっていない。しかしそれでも、美奈に言葉をかけ続けている永久が、何かを変えてしまうような気が、由愛はしていたのだろう。それが焦りとなって由愛の言葉の中に混じり込んでいた。
「壊したり、蔑ろにしたりして良いわけが――――」
気が付けば、永久のショートソードは美奈の刀に押し勝っていた。
「ないっ!」
振り抜かれた永久のショートソードは、美奈の刀を払い、弾き飛ばす。美奈の手を離れた刀は宙を舞い、カランと音を立てて地面へと落下した。
それと同時に美奈の表情が驚愕に歪み、隙が生まれる。それを見逃さず、永久は美奈の懐へと潜り込み――そのショートソードを、胸部へズブリと突き刺した。