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World×World  作者: シクル
十番目の世界
79/123

World10-7「甘え」

 裏山を少し登った所に、その宝物庫は存在した。かなり古びた蔵、と言った感じで、あまり頑丈には見えない。門は硬く閉じられており、更に蔵の周囲には結界が張られている。これは中で誰かが管理しているような結界ではなく、坂崎家の先代が時間をかけて強固な結界を張ったものだ。この結界の術式を知っているのは坂崎家の当主のみであるため、現在この結界を解除出来るのは坂崎十郎、そして――

「ねぇ、早くしないとみんなきちゃうよぉ」

「……待ってください。今、やってます」

 次期当主である、坂崎篝のみである。

 本来、この術式は長子である坂崎刻に継承されるハズだったものだが、刻が早くに亡くなってしまったため、結果として時期当主の役割を与えられた篝へ継承されたのだ。

 かなり複雑ではあるものの、構造が分かっていれば解除出来ないわけではない。姉の方が優れていた、というだけであり、篝とてまるで才能がないわけではない。

 本人がそれを自覚出来ないのは、幼い頃に絶対に届くことのない姉の姿と、それと比較される惨めな自分の姿がその心に焼き付いてしまっているせいだった。

「…………出来、ました」

 開始から約五分程、篝は結界の解除に成功する。かなり複雑な術式で組まれたその結界は、構造を把握していたとてそれなりに時間がかかる。恐らく篝や十郎のように術式を知っている人間でなければ、余程の天才でない限りは解除など到底出来ないだろう。それを考えると、篝の結界解除までにかかった時間「約五分」は普通ならあり得ないスピードだ。十郎だってそんな速度で結界を解除出来るかと言えば怪しい。

「門、開けてくれる?」

 艶羅に促され、篝はコクリと頷いた後、ゆっくりと門を開いた。



 宝物庫の中はもう長いこと人が立ち入っていない様子で、かなり埃っぽく、門を開けた時点でむせてしまう程だった。

 てっきり蜘蛛の巣でも張ってあるかと思ったが、結界によって鼠はおろか虫一匹さえ入り込めていない様子で、生物の姿は見えない。

 古書独特の臭いが鼻孔を刺激する。妖魔であるため、篝よりも間隔が鋭いのか、艶羅は鼻を袖で抑えてかなり顔をしかめている。

 棚には古書や巻物等、様々なものが置かれており、そのどれもが強い力を放っている。曰くつきのものだとか、強過ぎて扱えない法具だとか、そういう類のものだろう。

 最奥には刀掛台置かれており、そこには鞘に収められた一本の刀が置かれている。刀からは凄まじい力が発せられており、ただの刀とは思えない。一度鞘から抜けば、抜いた本人を切り刻んでしまいかねない程の凶暴ささえ感じられる。そしてもう一つ、隣には鉄製の箱が置かれており、そこからは刀よりも更に凄まじい力を感じることが出来る。

 刀はあくまで人の手によって扱うことの出来る範囲に思えるが、箱の中身は恐らく違う。アレは妖魔、いやそれすらも越えた遥か超常の存在のみが持つことを許されるような――そんな恐ろしい力の塊であるように思える。

「で、これはえんちゃんには使えないワケ」

 刀を眺めつつ、艶羅はそう呟いて肩をすくめる。

「使えない? じゃあ何故宝物庫に……」

「決まってるじゃん。篝ちゃんがぁ、強くなりたーいって言うから連れてきてあ・げ・た・の」

 どこか嘘臭いが、話は間違っていない。

 昨夜、艶羅と遭遇した篝は、彼女を妖魔であると知っていながらもその誘いに乗った。

 艶羅の目的は宝物庫へ辿り着くこと。篝の目的は、十郎に認められるくらい強くなること……。篝の願いを知った艶羅は、宝物庫に収められた宝具を手にすれば誰にも負けない程の力を手にすることが出来ると、そう言ったのだ。

 明らかに罠のようには思えたが、宝物庫にその類の宝具が存在することは初めからわかっていたことだ。

 艶羅は言った。篝程の退魔師であれば、その宝具を使いこなすことが出来る、と。

 初めて己の実力を肯定された篝は、艶羅に誘われるまま作戦を決行する。ただし、誰も殺さない、傷つけないという約束で、だ。

 艶羅が約束を破る気配はない。いざとなればあの刀で切り伏せてしまえば良いだけのこと。アレだけの力を持ってすれば、艶羅が如何に十羅の一人とは言え、負けはしないだろう。

「もう良いんじゃない。回収しちゃえば?」

 艶羅がそう言うやいなや、宝物庫の入り口には大柄な甲冑姿の男が出現する。その男は、先日永久と戦っていた男――アンリミテッドルークであった。

「あ、あなたは……っ」

 篝の言葉には答えず、まるで見向きもしないままルークはズカズカと宝物庫の中に入り込み、鉄製の箱に触れる。

「ふむ。弱まっているが高度な封印が施されているな」

 どこか感心するようにそう言った後、ルークは豪快にその箱を破壊して見せた。

「な――っ!?」

 単純な力技で破壊出来るような箱ではない。箱にかけられた封印は弱まっていたとは言え、かなり強固なものだ。宝物庫の結界は術式がわかったからこそ篝にも解除出来たが、今の箱の封印は術式がわからない以上、篝にも解除は難しい。それをいとも容易く破壊し、ルークは中から腕輪を取り出した。

「間違いない。クイーンの用いていたものだ」

 その白い腕輪には、七つの窪みが存在し、その一つ一つに玉状のものがはまるようになっている。

「てゆーかさ、そんな強引に壊せるなら最初から神社の結界もぶち破れば良かったじゃない?」

「この腕輪と私がアンリミテッドとして引き合ったに過ぎん。中身が腕輪でなければ、弱まった封印だったとしても私には破壊出来ぬ」

 アンリミテッド。やはりあの腕輪は十郎の話していたアンリミテッドクイーンの用いていた武器で間違いないのだろう。にわかには信じ難いが、腕輪の力がアンリミテッドと引き合い、封印を破る一因になった、ということだろうか。どちらにせよ、アンリミテッドと関わりのない篝には理解が及ばない。

「もしかして、これがあなたの目的……!」

「そーゆーコト。道案内ありがとね、約束通りだーれも傷つけてないでしょ? えんちゃんは」

「まさか――っ!」

 そう、“艶羅は”誰も傷つけていない。しかし、神社の正中では鬼羅が暴れまわっており、既に何人もの負傷者が出てしまっている。

 この事態を起こしたのは間違いなく篝の責任だ。

「この……っ!」

 怒りに任せて刀を取り、篝は鞘から刀を解き放つと力任せに艶羅へと振るが、艶羅は素早くそれを回避する。

「どうして……この刀……!」

 刀からは、先程まで発せられていた強い力は感じられない。それどころか、普通の刀よりも重く、扱いにくい。その上刃先を見れば酷く錆びており、刀としての切れ味は期待出来ないことがわかる。

 困惑する篝の首元を、ルークは片手で強引に掴み上げるとそのまま宝物庫の外へと思い切り投げ飛ばした。

「かっ……っ!」

 地面に叩きつけられ、悶絶する篝の元に、無表情なルークと嘲笑を浮かべる艶羅がゆっくりと歩み寄ってくる。

「アンタさぁ」

 倒れた篝のすぐ傍まで歩み寄り、艶羅はその顔を覗きこんで厭な笑みを浮かべた。

「ぶぁーーーーーーーーーーっかじゃないのぉ!? あのお化け刀がアンタみたいな落ちこぼれに使えるわけないじゃん!? アンタってホント馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿大馬鹿ね!? 妖魔に騙されて家族に迷惑かけてさぁ?」

 ケタケタと笑い声を上げながら篝を蹴り飛ばし、艶羅は取り落とされた刀を拾うとわざとらしく振り回して見せる。

「ホント最高よね! どうしてぇぇぇこの刀ぁぁぁだって! あの顔超傑作! 錆刀の切れ味、アンタで試してあげようかぁ?」

「そん、な……私……っ……!」

 必死にこらえても、涙は止まらない。歯を食いしばると、蹴り飛ばされた時口の中に入った土の味が口の中に広がっていく。

「もしかしてさぁ、この艶羅様のこと、この刀でどうにか出来ると思ってたんじゃなぁい? 馬鹿ね超馬鹿! 身の程もわきまえないで強くなりたぁいだなんてのたまうからこうなんのよ! 甘えてんじゃないわよこのド低脳!」

 今の篝には、言葉こそ汚いものの艶羅の言葉は正論であるように感じられる。篝は甘えていた。刻に勝てない、それでも父に認められたい。そんな気持ちばかりが焦って、インスタントに強くなる方法を求めていた。そんなこと出来るハズがない、どんな力や強さにだってそれ相応の対価がある。

 刻は確かに才能に溢れていた。しかし、だからと言って一度でも日々の鍛錬を怠っただろうか。むしろ必要以上の努力があったからこそ、あの天才児、刻があったのではないだろうか。

 刻の強さに甘えて、どうせ勝てないからと諦めて、自分を鍛えなかった篝が弱いのは当然だった。それなのに父に認められたいだなんて、強くなりたいだなんて、そんなのは甘え以外の何物でもなかった。

 例え刀の力が使えたとしても、きっと篝は強くなれなかった。今更そんなことに気づいたって、全てはもう手遅れだ。神社の中には十羅とアンリミテッドが入り込み、沢山の人が傷ついて、きっと殺される。それも全部篝の甘えと弱さが招いたことだ。

 悔しかった。結局何も出来ないままで、妖魔達に利用されて、他人に迷惑だけかけてここで終わるのが悔しくてたまらない。しかし、自分の実力では状況の打開など到底出来ず、心は既に折れそうな程に弱ってしまっている。

「で、目的すんじゃったけどこの子どうするの?」

「好きにしろ」

「やった! 艶羅様はさぁ」

 頬の横で手を合わせ、嬉しそうに舌なめずりすると、艶羅は獣のような視線で篝を射抜く。

「若い女の子のお肉が一番すき……」

 ゾクリと。篝に寒気が走る。もう既に艶羅にとって篝は敵ですらない。単なる捕食対象、篝達人間にとっての豚や牛と同じだ。

 まるで蛇に睨まれた蛙のように竦んでしまい、篝は震えながらも動けないでいる。ジリジリとにじりよる艶羅が怖くて仕方なくて、また泣き出しそうになるのを何とかこらえてはいたものの、もう既にその目にはたっぷりと涙が溜め込まれていた。

「た、たすけ……っ」

「やぁだこの子ホントに退魔師? ビビリ過ぎ、一般人以下ね」

 そう言って艶羅が篝に手をかけようとした――その瞬間だった。

「――っ!?」

 篝の後方から、凄まじい速度で一本の弓矢が飛来する。その矢に込められた強力な退魔の力に気づいた艶羅は、すぐさま篝から距離を取りつつ、その矢を回避する。

「……ちっ」

 舌打ちする艶羅目掛けて、今度は高速で距離を詰める人影があった。しかし、ルークは艶羅を庇うようにして前へ出ると、その人影が振り下ろした剣を大剣で受け止める。

「篝ちゃんから離れてっ!」

「それ程大切か」

「当たり前だよ……!」

 その人影は――怒りで表情を歪めた永久だった。

「刻……姉……?」

 思わず姉の名前を口にした篝に、永久はチラリとだけ視線を向けて微笑むと、その場で眩い光を発する。

「ヌッ――」

 瞬間、永久の姿は甲冑姿へと転じ、手にしていたショートソードは大剣へと姿を変えた。

「飛んでよっ!!」

 その華奢な体躯からは考えられないような力で、強引に永久は大剣を振り抜く。その勢いで多少よろめきつつ、ルークは一度永久から距離を取って態勢を立て直すと、小さく息を吐いた。

「やはり来たか……クイーンよ」

「……その腕輪……っ!」

 永久が視線を向けたのは、ルークが左手に持っている腕輪だった。見た目は何の変哲もない腕輪だが、そこから発せられる尋常ならざる力が、永久には感覚的に理解出来る。恐らくあの腕輪こそが、十郎や龍の言っていたアンリミテッドと戦うための武器なのだろう。

「篝ィッ!」

 永久より少し遅れて駆けつけてきたのは、篝の父、十郎だ。

「お、お父さん……!」

 十郎を見て、怒られるのではないかと篝は怯えるような仕草を見せたが、十郎の反応は篝の想像したものとは真逆だった。

「無事か篝ッ!」

 十郎は慌てて篝へ駆け寄ると、篝をルークや艶羅から庇うようにして抱きしめる。

「わ、私……大変なこと……」

「無事か、無事なら今は良い。説教はその後だ」

 そう言った後、十郎は篝を後ろへやると、艶羅とルークをギロリと睨みつけた。

「貴様ら、宝物庫で何をッ……!」

「別にぃ。ちょーっと篝ちゃんって落ちこぼれのお遊びに付き合ってあげてただけよん」

 おどけた様子でそう言った艶羅を、十郎はより強く睨みつける。

「貴様が篝をたぶらかしたということか」

「人聞き悪いなぁ。えんちゃんがそんなことするわけないじゃぁん」

 今にも殴りかからんばかりの形相で睨みつける十郎とは対照的に、艶羅の方は余裕綽々と言った様子で、十郎が怒っているのを楽しんでいるかのような様子だった。

「……十郎さん、ルークは私が相手するから、妖魔はお願いしても良いかな」

「丁度良い。同じ提案をしようとしていたところだ」

 永久と十郎の二人で篝を守るようにして身構えると、それぞれがそれぞれの敵を見据えて武器を構えた。

「熱くなっちゃってだっさい。良いよ、親子ともどもすぐに殺してあげるから」

 挑発的な言動で十郎を煽る艶羅だったが、多少落ち着いたのか十郎は特に反応を示さない。ルークの方は、ただ静かに永久を見据えて大剣を構えるだけだった。

「その腕輪……貴方達に渡すわけにはいかない……!」

「ならば力づくで奪い取って見せよ……クイーン!」

 永久が勢い良く駈け出すと同時に、ルークもまた、戦いに応じるべく身構えた。

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