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World×World  作者: シクル
十番目の世界
78/123

World10-6「艶羅」

 早朝、時刻は大体五時前くらいだろうか。この時間帯、坂崎神社の人間は一部を除いてほぼ全員がまだ眠っている時間だ。坂崎神社の周囲には強力な結界が張られており、それによって妖魔等の外敵から常に坂崎神社は守られているのだ。昨日結界が破られたばかりなせいか、今日張られている結界は昨日のものよりも強固だ。

 結界は二十四時間張られているため、強力な結界を扱い、制御することの出来る退魔師が交代制で結界を管理している。そのため、この時間帯に起きているのは一部の使用人と、結界を管理している退魔師だけである。

 そんな早朝の坂崎神社を、坂崎篝は巫女装束姿で歩いていた。正中を歩くと使用人達が既に掃除や準備等を始めており、歩いている篝を見てお早いですね、と会釈をしてくる。そんな使用人達に適当に挨拶をしながら、篝は神社の裏へと向かっている。

 退魔師達が結界を管理している結界祭殿は神社の裏に位置している。そこを抜けて少し裏山を登れば、そこに宝物庫が存在する。

 篝が向かっているのは、結界祭殿だ。

 本来結界を管理する退魔師以外は立ち入ることが出来ないが、実質坂崎家の次期当主である篝なら然程問題はない。門番をしている者も、篝がここを訪れたことを特に不思議がらなかった。

「篝様、何か御用で」

「えっと……ちょっと、結界について勉強したいな……って」

 篝のその言葉を聞くと、門番の男はパッと顔を明るくさせる。

「そうでしたか! 勉強熱心な篝様のお姿を見れば、お父上も大変お喜びになるでしょうな!」

「う、うん……。中に入っても……?」

「構いませんが、中の者は集中しております故、篝様に何かを教える余裕はないかと思われます。ですから、見て学ぶ、という形になるでしょうな。篝様のような退魔師であれば、術式を見ただけでも多少は参考になるでしょう」

 門番の男に、篝は気まずそうに頷いた後、ゆっくりと結界祭殿の中へと足を踏み入れる。中に入る際、篝は少し躊躇うような顔を見せたが、それを振り切るようにかぶりを振って、篝は中へと入って行く。



 中へ入ると、祭殿の中央では一人の女性が目を閉じて座っていた。かなり集中しているようで、まだ篝には気づいていない。彼女も篝同様巫女装束を身にまとっているが、恐らく退魔師としての力は篝とは段違いだろう。

 この人が坂崎篝だったら良いのに、だなどと、篝はふと思う。篝のような才能のない人間が坂崎家の跡取りで、こんなに才能のある人が結界の管理だけが仕事だなんて、何だか間違っているように思える。生まれなんかよりも、才能の有無で物事を決めるべきだ。だから才能のない篝なんて、坂崎家の次期当主であるべきではない。

 そんなことを考えて、一人悲しげに目を伏せていると、退魔師の女性は篝の存在に気が付き、こちらへ視線を向けた。

「篝様。何か御用ですか」

 静かに微笑んでそう言った女性に、篝はゆっくりと近寄って行く。

「何か十郎様から言伝でも?」

「うぅん、そういうわけじゃ、なくて……」

 そう答えつつ背後まで近寄り、篝は思い切り手刀を女性の首筋に叩き込んだ。

「な、にを――っ」

 不意打ちだったせいか、女性はすぐさまその場に気絶する。と同時に、神社の周囲に張られていた結界が消失したのが、篝自身にもわかった。





 目を覚ますと同時に、全身を酷い倦怠感が襲った。布団から身体を起こすのも億劫な程の気怠さに、桧山英輔は顔をしかめた。

 自分が何故今まで眠っていたのかもぼんやりとしていたが、徐々に目が覚めて思考がクリアになっていく内に、何がどうなって、何故今まで自分が眠っていたのかを理解する。

「そうか、俺、アイツにやられて……」

 正確には鬼羅にやられた、というよりは英輔が魔力の使い過ぎで疲労して倒れた、という方が正しい。

「――そうだ、由愛はッ!」

 慌てて周囲を見回すと、そこには英輔の布団の傍で眠っている由愛の姿があった。布団は敷かれておらず、誰かが気を遣ってかけたのか、毛布だけがかかっている。

 恐らく遅くまで英輔を見守っていたのだろう。

「由愛……」

 色々と些細なことでぶつかることの多い二人だが、何だかんだと言って由愛も英輔のことを気遣ってくれていたのだろう。

「夜中まで貴方を見守っていたわ」

 不意に英輔の枕元でそう言ったのはプチ鏡子だった。

「……母さん。悪い、気ィ失ってた」

「そのことは良いわ。それより、身体の方は大丈夫なの?」

「ああ、ちょっとだるいけど一応大丈夫だ」

 鬼羅から受けたダメージはまだ残っているが、動けないという程ではない。全快の状態とは言い難いが、いざという時に戦うくらいは出来るだろう。

「……ったく、世話になっちまったな」

 寝息を立てる由愛に視線を向けつつ、英輔はうっすらと微笑む。

「そういや、永久は」

「永久なら向こうの部屋で寝ているわ。それより――何か変よ」

 不意に神妙な面持ちでそう言ったプチ鏡子に、英輔は訝しげな表情を見せる。

「変って、何がだよ」

「この神社全体に張られていた結界の気配が消えているわ」

「結界が消えてるって……じゃあ!」

 そう言うやいなや、勢い良くふすまが開けられ、坂崎神社の使用人と思しき男が部屋の中へ駆け込んでくる。

「大変です! 何者かによって結界が解除され、神社の中に妖魔が……ッ!」

「――ッ……! 何だと!?」

「よ、妖魔……ですって……?」

 ドタバタと騒いだせいか由愛が目を覚まし、眠たそうに瞼をこすりながらそう問い返す。

「ああ……どうも中に入り込んだらしい」

「……なんですって!? この神社って、結界が張られてたんじゃ――」

「それが解除されたらしいんだ……。こうしちゃいられねえ、行くぞ」

「でもアンタ、怪我は!」

「お前のおかげで大丈夫だよ! ありがとなッ!」

 そう言って、英輔は部屋を飛び出して行ってしまう。そんな英輔の背中を見ながら、由愛は少しだけ頬を赤らめていたが、やがてすぐに英輔の後を追った。

「プチ鏡子さん……妖魔って!」

 騒ぎを聞きつけ、隣で寝ていた永久も目が覚めたらしく、既に着替え終わって身支度は済んでいた。

「ええ、神社の中に入り込んだようよ」

「だったら、行かなきゃ」

 そう言った永久に、プチ鏡子は強く頷く。永久が不安定なことについては心配だが、今はそんなことを言っている場合ではない。

 永久はプチ鏡子を拾い上げてポケットの中に入れると、すぐに部屋を飛び出して行った。





 篝が結界祭殿から出ると、そこには倒れた二人の門番と、薄桃色の着物を着込んだ若い女性がいた。

「終わった?」

「……はい。その……殺して、ませんよね、誰も」

「勿論。えんちゃん約束だけはいつも守るから!」

 おどけてピースする女性だったが、篝の表情は浮かない。門番の二人や、結界を張っていた退魔師を騙してしまったことに後ろめたさがあるのだろう。

 いや、何よりも、目の前にいるのが妖魔……それも十羅の一人で、その彼女に自分が手を貸している、というのが何より後ろめたいのだろう。

「結界破りなんて器用なこと、風羅じゃないと出来なかったから、こうして解除してくれると助かるなー」

 屈託のない笑みを浮かべる女性とは裏腹に、篝の表情は暗い。

「じゃあ案内してもらえるかな、宝物庫」

「……はい」

 しかしここまで来てしまえばもう後戻りは出来ない。女性――艶羅えんらを連れて、篝は宝物庫の方へと歩き出す。結界が解除されたことに、十郎や他の退魔師はすぐに気がつくだろう。篝の元へ彼らが辿り着く前に宝物庫へ辿り着かなければここまでやった意味が無い。

「走り、ます……」

「良いよ」

 艶羅が快諾したのを確認すると、篝は浮かない面持ちのまま宝物庫を目指して駆け出した。





 神社の正中には、既にかなりの数の妖魔が入り込んでいた。使用人の何人かは負傷しており、死者こそ出ていないものの被害は決して小さくはない。

「クソ……とにかく雑魚片付けねェとッ!」

 迫ってくる低級妖魔達を殴り倒しつつ、英輔はそう悪態を吐く。一匹一匹は大した強さではないが、とにかく数が多く、その上浄化を行えない英輔では完全に滅することは出来ない。

「英輔っ!」

 声と共に、由愛の放った黒弾が低級妖魔を吹っ飛ばす。

「由愛ッ!」

「勝手に飛び出してんじゃないわよ馬鹿!」

 いつもの罵倒だが、この状況下では頼もしいとさえ感じられる。その由愛の後を追うようにして、今度はショートソードを握った永久が現れる。

「お待たせっ!」

 低級妖魔を一気にショートソードで切り払い、永久は英輔と由愛の元へ駆け寄る。

「永久、多分この感じだと宝物庫の方が危ないと思うの。ここは私と英輔に任せて、そっちに向かってくれる?」

「……うん。でも、無茶はしないで」

 永久の言葉に、由愛と英輔が頷いたのを確認すると、永久は宝物庫の方へ走り出す――が、その永久の前に巨大な人影が立ちはだかった。

「よう嬢ちゃん。アンタがクイーンかィ?」

 そこに立っていたのは十羅の一人……鬼羅だった。永久を見下ろし、ニヤリと笑みを浮かべる鬼羅を、永久はショートソードを構えて睨みつける。

「どいて、構ってる暇はないの」

「そうはいかねェ。儂はオメェさんみてェのとりたくてアイツの計画に乗ったンだ。儂にとっちゃァ宝物庫のお宝なんざより、オメェさんとるのが一番の目的よォ」

「そこまでだッ」

 瞬間、一本の矢が鬼羅へ飛来する。破魔の力が込められたその矢を、鬼羅は素早くかわした後、笑みを浮かべる。

「十郎ォ……オメェさんとも会えるたァなァ……!」

 矢を放った主は、他でもない坂崎十郎であった。

 この時点で鬼羅の意識は完全に永久と十郎に向けられていたが、そんな鬼羅の横合いから殴りかかる影があった。

「おォ?」

「よそ見してんじゃねェぞオッサン!」

 拳に電流をまとわせ、英輔は鬼羅目掛けて思い切り右拳を突き出す。そんな英輔の拳を受け止め、鬼羅は再び笑みを浮かべる。

「昨日より気合入ってんじゃあねェか……えェ?」

「ッたりめーだッ! やられっ放しってわけにゃいかねェ!」

 そして次の瞬間には、由愛の放った黒弾が鬼羅に直撃する。

「二人共、早く!」

 由愛の言葉に、永久と十郎は顔を見合わせて頷き合うと、すぐに鬼羅を避けて宝物庫の方へ走って行く。

「リベンジは私達二人でないと……ねぇ?」

「……だな!」

 並び立つ二人を見て、鬼羅は豪快に笑った後、パチンと指を鳴らして見せる。すると、周囲にひしめいていた低級妖魔達はすぐに姿を消した。

「なら雑魚はいらねェ。オメェさん達と儂で白黒着けようじゃァねェか! ここまでやったからにゃ、クイーンや十郎より楽しませてくれるんだろうなァ?」

「当たり前だッ! 昨日の落とし前、ここでつけさせてもらうぜッ!」

 雷の魔力で形成された剣を構え、英輔は鬼羅を真っ直ぐに見据えてそう叫んだ。





「しっかりしろ、おい!」

 宝物庫へ向かう最中、結界祭殿の前で倒れている門番を、十郎は揺さぶり起こす。

「じゅ、十郎様……」

「何があった!?」

「か、篝様が、結界祭殿に……その直後に、妖魔、が……」

「――篝が……ッ!?」

 門番の男の言葉は要領を得なかったが、それだけでもここで何があったかは概ね察しがつく。

「姿が見えないと思ったら……!」

「じゃあ、篝ちゃんは宝物庫に?」

「……恐らくな。急ごう、あの子が何をしようとしているのかはわからんが、このままにはしておけん」

「……うん。もしかしたら、十羅やアンリミテッドと接触してるかも知れない。もしそうだったら、篝ちゃんが……!」

 永久と十郎はお互いに顔を見合わせて頷くと、すぐに宝物庫の方へ駆け出して行った。


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