World9-6「七人の探偵」
「どうして、あなたがここに……?」
「ん? ああ、ロザリーがな、アンタの後を追えってよ」
そう言って家綱はロザリーに笑いかけるが、ロザリーの方はツンとした表情でそっぽを向くだけだった。
「追えって、何を根拠に……」
「勘さ」
「私の勘は――外れませんの」
永久と家綱の会話に割って入るように、ロザリーはしたり顔でそう言って見せる。七重家綱の七つの人格は、それぞれが一つずつ何かしらのスキルを持っており、ロザリーのソレが外れることのない絶対的な「勘」である。
ロザリーの勘を頼りに追いかけてきた、というのが永久にとってはよくわからなかったが、何はともあれ状況は好転している。この七重家綱という男がどれ程の戦闘力を有しているのかは定かではないが、負傷している今は彼に頼らざるを得ない。
「君のような子が僕の知らない所で傷つけられている、なんてのは我慢ならないな。覚悟は出来ているんだろうね……?」
その言葉に確かな怒気を込めて。英輔(晴義)はビショップ達の方を睨みつける。軽率で、キザなだけの女たらしだと思われがちな晴義だが、女性が傷つけられることは許せないようで、普段の飄々とした態度とは打って変わって明確な怒気を放っている。
「で、そこの気持ち悪いマネキン共がアンタらの作った人造人間――そして、今町を密かに騒がすドッペルゲンガーさんってわけかい」
「ドッペルゲンガーなどとオカルト的な言葉で片付けるんじゃあない! 彼らは人に触れ、その姿や思考を真似ることで学習しているのだ!」
そこで怒声を上げたのは、ビショップの隣にいた鯖島間黒だった。
「学習だァ? 人の姿コピーして全裸で駆け回るのが学習だってのかよ!」
「一面的にしか物事を捉えられない男なのか君は! 大体何だそのアホみたいに長いコートは! 全然全くほんの少しも丈が合ってないではないか!」
「うるせえな! コイツは“町を守る男”の証だ、馬鹿にすんじゃねえ!」
「町を守るだと? ちょっと有名になったくらいで随分と大きく出たものだな!」
今まで緊迫した空気で張り詰めていたが、家綱と鯖島が騒ぎ始めたせいで一気に緩み、疲労していた永久にも少しだけ余裕が生まれたおかげで、人造人間や鯖島に関心を向けることが出来る。
「学習だなんて……そんな高度なことが、人間の技術で出来るの……?」
そんな永久の言葉に、ビショップは案の定薄っすらと笑みを浮かべる。人造人間から感じる欠片の気配もそうだが、そもそもビショップが関わっているという時点で超常的な力が働いていないハズがない。この世界の技術レベルは永久が最初にいた世界や今まで行った世界に比べると比較的高い方なのかも知れないが、そこまで高度な学習能力を持った人造人間が作れるようにはあまり思えない。ビショップが笑みを浮かべたことから考えるに、やはり欠片と、ビショップのアンリミテッドとしての力が何かしら関係しているのだろう。
「出来るさ……なぁ……?」
得意げな表情でビショップにそう言う鯖島だったが、ビショップの方はもうこらえ切れないとでも言わんばかりに笑みをこぼしており、鯖島の言葉には何も返さなかった。
「ですよねぇ、あり得ないですよねぇ」
クスクスと笑い続けるビショップに、流石に不審に思ったのか鯖島は不快そうな表情を向ける。
「待て、何がそんなにおかしい?」
「だって、ねぇ……?」
そう言ってビショップがパチンと指を鳴らすと、それに従うようにして人造人間達は横一列に整列する。
「自分の作った何の役にも立たない肉屑が、私が生成し『欠片』によって力を吹き込んだ魔導人形とすり替えられていることに気づきもしない阿呆を笑わないわけがないでしょうに」
「何……ッ!?」
驚愕する鯖島をただただ嘲笑するビショップに、永久も家綱も不愉快そうな表情を向けた。
「そのゴーレムとかいうのだけじゃねえ。この建物もおかしいだろうが」
「ほう?」
「罷波町は俺の庭も同然だ。元々『何もなかったハズ』のこの敷地に、こんな建物が人知れず出来るわけがねえ」
家綱のその言葉を聞いた途端、ビショップはまるで弾けるかのように大声で笑い声を上げ始める。
「だってこれ――」
パチンと。ビショップの指が鳴らされる。次の瞬間世界そのものが揺らいだかのような錯覚を覚え、永久達がハッと正気に戻った頃には既に、景色はガラリと変わってしまっていた。
「幻ですしね」
最初からそこには建物など存在しなかった。永久も家綱も、そして鯖島でさえも、ビショップの手の上で踊らされていたに過ぎない。今まで少しも認識していなかった草木の臭いが鼻孔を刺激し、最初からあの林の中にいただけなのだと理解させられる。
あの建物を見た時に永久とプチ鏡子の中にあった違和感の正体は、ビショップの見せる幻のせいだったのだ。余程巧妙なものだったのか、プチ鏡子でさえハッキリと見抜けなかったという事実が、ビショップの底知れなさを永久に感じさせた。
「何だ……何なんだ……一体何が起こっている……!?」
まるで状況が飲み込めないまま困惑する鯖島には取り合わず、ビショップがもう一度指を鳴らすと、六体の人造人間――ゴーレム達の頭上に魔法陣が出現し、そこから発せられた光がゴーレム達を包み込む。光が収まった頃には、今まで何も身につけていなかったゴーレム達の裸体を、黒いローブが包み込んでいた。
「いつまでも私のゴーレムを全裸にしておくわけにもいきませんしね」
「昨日の奴は全裸だったと思うけど……?」
「あんな泥人形と彼らを一緒にしてもらっては困る。欠片とは言えアンリミテッドのコアをその身に宿した個体です、贋作みたいなものですが、彼らも立派なアンリミテッドです」
先日永久が薙ぎ払った泥人形達とは質が違う、ということなのだろうか。どちらにせよ、欠片の力を使っている以上は少しも油断出来ない。
「おいおい、ここまでくると超能力じゃ片付けられねえな」
身構えた家綱に習うようにして、永久もショートソードを出現させて身構える。
「後ついでに」
何度目ともわからないビショップの指を鳴らす音と同時に、地面から湧き出てくるかのように、先日の泥人形がわらわらと現れる。整列したゴーレム達の後ろで犇めく泥人形達の数は、ざっと数えて二、三十体くらいだろうか。河川敷で永久が戦った時より数は少ないものの、欠片を持ったゴーレムに加えてこの数の泥人形を相手にするとなると、永久と家綱の二人だけではあまりにも不利だったし、戦力になるかどうかわからない英輔と戦力にはならなさそうな今の由愛のことを考えると、永久の額に厭な汗が滲む。
「お前……私を騙していたのか! この私を!」
「はいうるさいです。もう飽きたんでちょっと静かにしてもらえます?」
にべもなくそう言い放つビショップを、鯖島は一瞬今にも殴りかからんばかりの形相で睨みつけたが、これまでにビショップが見せてきた力を思い出し、かなわないと悟ったのか口惜しそうに唇を噛みしめるだけに踏みとどまった。
そんな中、七重家綱は泥人形やゴーレムに対して焦るわけでも、現状を打破しようと行動を起こすわけでもなく、携帯の画面をジッと見つめていた。
「……あ、あの……?」
「ん、ああ、悪い悪い。メールだ」
「いやそうじゃなくって!」
「ここに来るってよ。多分そろそろ来るだろ」
「く、来るって……?」
そんな間の抜けた会話を繰り広げる二人に、ビショップは少し呆れるような表情を見せた後、小さくやれ、と呟いた。するとすぐに、ゴーレムと泥人形は永久達の方へと駆けより――
「お待たせっ!」
突如乱入した大型二輪車によって数体の泥人形が派手に跳ね飛ばされた。
「――っ!?」
あまりにも突然の出来事に、その場にいた全員の視線がバイクへと集中する。一台のバイクに二人乗っており、後ろに乗っている人物は少し小柄で、フルフェイスのヘルメットをかぶっているせいでハッキリとは判別出来ないが少女のように見える。
「よくここがわかったな……相棒」
「GPSでわかるからね……後、勘?」
最初にヘルメットを外したのは、後ろに乗っていた小柄な人物――和登由乃だった。
どうやら家綱の携帯に搭載されているGPS機能を利用して追跡してきたようで、恐らく先程家綱が見ていたメールも由乃からのものだろう。
「うむ。この度は拙僧が原因で迷惑をかけたようで……申し訳ない」
運転していた人物は坊主頭の男で、その顔立ちや雰囲気のせいかバイクスーツがひどく似合っていない。
「あーーー! テメエ! 高天原玄周!」
そう、そのバイクスーツの似合わない男こそ、七重家綱の中に存在する家綱以外の人格を家綱の身体から叩き出した男、高天原玄周であった。
「さっさとそこの二人を元に戻せこのインチキ坊主!」
「何を言いますか! 我が法力は高天原家に伝わる由緒正しき――」
「ああもう! 来るよ!」
言い争う家綱と玄周をかばうように前に出て、永久は迫り来る泥人形達へショートソードを振るう。その様子を見て流石に家綱も状況を再認識したらしく、由乃と玄周へ頼む、と一言だけ残して泥人形の軍勢の中に突っ込んでいく。
「えっとじゃあ……お願いしても良いかな。この二人の中に家綱の人格が三人ずつ入っちゃってるんだけど……」
「うむ。ではこの高天原玄周、全力で臨みましょう!」
そう言うやいなや、玄周はバイクに取り付けられたリアケースから水晶球と数珠を取り出すと、すぐさま呪文とも経文ともつかない奇怪な言葉を発し始めた。
泥人形一体一体は大した戦力ではなく、永久や家綱にとってもそれ程厄介な相手ではない。問題なのは、六体存在する欠片の力を持ったゴーレムの方だった。
「何だこいつら……やたら強ぇぞ!」
家綱の放つ素早い蹴りも、拳も、ゴーレム達はいとも容易く回避し、すぐに攻めへと転じてくる。それは永久の方も同じで、永久の振るうショートソードを物ともせず、ゴーレム達は果敢に永久へ攻撃をしかけている。ビショップからのダメージによって永久のパフォーマンスが落ちている、という理由だけでは片付けられないくらいには、このゴーレム達のスペックは高く感じられた。
「この……っ!」
正面のゴーレムを蹴り飛ばし、止めを刺さんとしてショートソードを振り上げる永久だったが、その背後から忍び寄ったゴーレムに両腕を掴まれ、その動きを封じられてしまう。
「しまった――っ!?」
「クソッ……分が悪ィ!」
動きを封じられたのは家綱も同じようで、どうにか振り払おうともがいていたが、更に二体目のゴーレムに組み付かれたせいで身動きが取れなくなってしまっている。永久の方にも既に二体目のゴーレムが組み付いており、最早永久にも家綱にも状況を打開する術はない。
「チェックメイト……ということで、よろしいですかな」
ニタリとビショップが笑みを浮かべると同時に、二体のゴーレムが永久達へ襲いかかった――その瞬間だった。
「えっ……?」
不意に人魂に似た青白い何かがゴーレムの中へ吸い込まれるように入っていく。それと同時に、ゴーレムはピタリと動きを止めてしまい、まるで一時停止された映像のようになってしまっている。そして次の瞬間、ゴーレムはグネグネと蠢きながらその姿を変質させ始めた。
「な、な……何ィ……!?」
ゴーレム達が変化した姿を見て最初に驚いたのは、ビショップでも永久でもなく、七重家綱だった。
「オッケーイ! スコーシ不思議デスガ生身ノ身体デース!」
ハイなテンションでそう騒ぎ始めたのは、先程までゴーレムだったハズの、イギリス系の顔立ちをした金髪の青年――アントンだった。
「きゃーすごーい! この身体って私一人だけしかいないんだ!?」
アントンの隣ではしゃいでいるのは、同じくゴーレムだったハズの、栗色のロングヘアが特徴的でややミステリアスな雰囲気を醸し出す女性、葛葉だ。
「おっと。まったく何が悲しくて男の身体なんて掴んでるんだか」
そう言って家綱から手を離すのは、セミロングヘアの優男、晴義である。そしてその隣でぶすっとした表情で家綱を睨みつけているのが、金髪縦ロールの美少女、ロザリーだ。
「まったく、身体が自由になったと思ったら最初に触っていたのが貴方の身体だなんて……気分も萎えますわ」
「失礼だなお前ら。おいこっち見て謝れ」
当然、二人共家綱には取り合わなかった。
「ねえ、私はこのままでも良いんだけど……」
永久の身体にべったりとくっついた大和撫子風の女性は纏で、どこかうっとりとした表情で永久のことを見つめている。
「いや、あの……普通に離れてもらえると助かるんですけど……」
「やれやれ……。どうやら俺達はあのゴーレム共の身体の中に入ってしまったらしいな……」
そう言って面倒そうに頭をポリポリとかいた赤髪の青年はセドリックである。本来家綱の身体を介すことでしかその姿を現せない人格達が、高天原玄周によって由愛と英輔の身体から弾き出された。そしてビショップのゴーレムの肉体に宿って欠片とゴーレムの力でその姿を変えることによってその場に一堂に会するという、普通ならば絶対にあり得ない状況が生まれてしまっていたのだ。
「ぜ、全員集合……っ!?」
驚く由乃の前に、家綱、葛葉、アントン、晴義、ロザリー、纏、そしてセドリックの七人が並び立つ。その不可思議な状況に、由乃も家綱もある種の感動さえ覚えてしまう。
「あー……なんかわけわかんねえが……形成逆転っつーことで」
「あ、うん、よくわかんないけど……」
元々泥人形は相手にならないため、ゴーレムのせいで苦戦していたようなものだったが、こうしてゴーレム達を倒すどころか味方にしてしまった以上、永久達に負けはない。
「って、素手でまともに戦えんの半分くらいじゃねえか!」
「大丈夫! 私これでもムエタイやってたの!」
「ンなわけねえだろ! 長ェこと同じ身体にいた俺が一番知ってるよ!」
緊張感のない家綱と葛葉の会話だったが、今はそれさえ頼もしく感じられる。
「まあいいか……。この泥人形達は俺達で始末する。アンタはあのスカしたフードを頼むぜ」
「うん……任せて!」
そう言って駈け出した永久を援護するように、家綱達は一斉に泥人形へと襲いかかる。
「さて、一時的だが念願の生身だ……存分に暴れさせてもらうぞッ!」
猛々しいセドリックの言葉と共に、次々と泥人形達がなぎ倒されていく。その様子をチラリとだけ振り返って見た後、永久は真っ直ぐにビショップ目掛けて駆けて行く。
「愚かな。同じ過ちを犯すつもりですかな」
そう言ってビショップがパチンと指を鳴らした瞬間、ビショップの目の前の地面に魔法陣が出現し、そこから勢い良く火柱が立つ。周囲の景色が歪んで見える程の高温だったが、それに対して永久は驚くどころか焦る様子も見せなかった。
「思い出したよ。こういう時はっ」
次の瞬間、永久の身体は光に包み込まれ、それが収まった頃には――
「こうするんだっ!」
フランベルジュのような形状をした剣で火柱を消し去る、黒いローブを纏った永久の姿がそこにあった。
「おやおやこれは……懐かしい」
そのフランベルジュは、前に一度刹那が永久の前で使って見せたことがある。由愛のはなった黒弾を消し去ったあのフランベルジュには強力な破魔の力があり、永久が今手にしているフランベルジュもそれと同様で、ビショップの魔法を消し去る程の力を持っていた。
「答えてビショップ。目的は何?」
おさげに結われた髪を風に揺らしながら、フランベルジュの切っ先を向けて永久はビショップへ問う。
「何って、長い退屈の憂さ晴らしですよ……。貴女にも会えましたし、私はとても……とてもとてもとても満足しております」
そうビショップが言った時には既に、その背後には空間の裂け目が出現していた。
「――待って!」
「次に会うのを楽しみにしていますよ。アンリミテッドクイーン」
永久が慌てて手を伸ばした時には既に、そこにビショップの姿はなかった。泥人形達の方は全て家綱達が倒しきってしまっているようで、とりあえずこの場は一件落着、と言った様子だ。
「あっ……」
不意に、永久の身体から一気に力が抜けていく。今までの戦いでそれなりに力を使った上に、ビショップから受けたダメージもある。いつも以上に疲弊した状態で更に力を使ったのだから、こうなってしまうのはむしろ当然とも言えた。
「……っと、大丈夫か」
しかし、膝から崩れ落ちそうになった永久の身体を支えたのは、いつの間にか正気に戻っていた英輔だった。
「え、英輔……!?」
「なんかあんま覚えてないんだけど、どうも俺も由愛も気ィ失ってたっぽいな……」
英輔の後ろでは心配そうに由愛がこちらを見ており、どうやら二人共元に戻ったらしいことが伺える。
「ごめん、永久。多分迷惑かけたと思うんだけど……」
「ううん、大丈夫。とりあえず何とかなったみたいだし……」
ゴーレムの中の欠片は後で回収するとして、とりあえずこの世界での一連の出来事は解決したと見て良いだろう。
問題はそれよりも、あのビショップやポーン、そして彼らよりも強力であることが予想されるアンリミテッドの王、そして――刹那。この先に待ち受ける戦いに対する不安は募る一方だった。
七重家綱の人格は、その全てが高天原玄周の手によって元の身体へと戻された。
あの高天原玄周という男、インチキ臭い雰囲気や言動とは裏腹に、彼の言う法力だか霊力だかは確かにあるらしく、ゴーレムの身体から見事葛葉達を家綱の身体へと戻して見せていた。残ったゴーレム達は永久の手によって処理され、永久の欠片集めは一度に六つ手に入る、という大きな進歩を遂げた。
そして取り残された鯖島間黒はゴーレム事件の主犯として家綱に捕らえられ、然るべき処置を受けることになっている。彼自身ビショップに騙されていたこともあり、ある意味では被害者とも言えるのだが、禁止されている人造人間の生成に加担していたため、法的にも家綱個人としても放っておくわけにはいかなかった。
事の顛末をある程度見守った後、永久達はすぐに次の世界へ旅立つことを決めた。既に事情を話してあるおかげで変に嘘や言い訳をする必要はなく、やや名残惜しげではあるものの、家綱と由乃の二人は快く送り出してくれることになった。
「まあなんつーか……アンタらには世話ンなったな」
「ううん、それは私も同じだよ」
屈託のない笑顔を浮かべてそう答えた永久に、家綱はどこか気恥ずかしそうにソフト帽をかぶり直して見せる。
「あ、そうだこれ……」
そう言いつつ由乃が永久に手渡したのは、ナイロン袋に入った罷波饅頭だった。
「お土産に。皆で食べてよ」
「え、ホントに!? これ私すっごい好きなんだけど!」
高揚した様子で、永久は嬉しそうに罷波饅頭を抱きしめた。
「んじゃ俺からは……っと」
ポン、と。永久の頭に乗せられたのは、家綱が先程までかぶっていたソフト帽だった。まだ少し家綱の体温が残っているせいで生暖かいソレを大事そうにかぶり直し、永久はもう一度二人へ笑顔を向けた。
「……二人共、ありがとう」
「負けんなよ。人生の先輩からのエールだ」
「……うん!」
突き出された家綱の拳に、軽く自分の拳を当てて、永久は力強くそう答えた。
客室での休憩を終え次第、永久はすぐに次の欠片を探しに行くことを提案したが、意外にもそれに異を唱えたのは英輔だった。どうも鏡子に対してどうしても聞きたいことがあるらしく、英輔は休憩後、あの路地裏に一度全員で集合することを提案した。
由愛は渋々と、と言った感じではあったが全員が同意し、一しきり三人が休息を取ったところで、全員が路地裏へと集合する。
「で、何よ鏡子に聞きたいことって」
由愛はいつも通りの仏頂面で英輔にそう言い放ち、いつもならこのまま文句の一言でも出そうなものだったが、英輔の真剣な表情を見て何か察したのか静かに口をつぐむ。
「母さん。教えて欲しい……アンリミテッドってなんなんだ」
英輔のその言葉に、鏡子はすぐに答えない。由愛は英輔の口からそんな言葉が出たことに驚いている様子だったが、やがて答えを求めるように鏡子へ視線を向ける。
「……俺達はアンリミテッドのことを何も知らない。もしこれから俺達がアンリミテッドと戦わなきゃならないなら、少しでも知っておきたいんだ」
それは、英輔の真剣な思いだった。英輔も由愛も、家綱達のいた世界では身体の主導権こそ奪われていたものの、何一つ覚えていない、というわけではない。特に由愛なんかはアントンに憑依されている間のことについて酷く憤慨していたくらいである。だからこそ、ビショップと名乗ったアンリミテッドの力の一端を見てはいるし、前に出くわしたポーンのことだって忘れたわけではない。
「……英輔の意見ってのが癪だけど、同意ね」
英輔と由愛、そして永久の視線が一度に鏡子へ集中する。鏡子はしばらく何も言わずに口ごもっていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「永久には最初に言ったわね? 私も、アンリミテッドについて詳しく知っているわけじゃないって」
「……うん」
永久がそう頷いたのを見た後、鏡子はスッと路地裏の向こう――薄暗いこの路地裏の向こうに広がる闇を指差した。
「あの向こうは境界があやふやで、世界が確立されていない。けれど、あの向こうには……アレがいる。私が道を整えるから、話はアレに聞いた方が良いかも知れないわね」
アレ、その曖昧な代名詞に、永久達は言いようのない不安感を覚えてしまう。境界の、その更に向こう。かつて鏡子が「その先には行かない方が良い」と永久を制止した空間に一体何があるのか、鏡子以外の誰にもわからない。
「アレ……? アレって一体……?」
「アレ……アレはね、私を境界の管理者として縛っている、この境界本来の管理者よ」
鏡子のその言葉に、その場にいた全員が息を呑んだ。