World1-4「再会」
夢幻世界は、現実世界の人間のイメージで成り立っている。現実世界にいる人間がイメージした世界が、いくつも重なり合って構成されているのがこの夢幻世界である。
そのため、難しいことではあるが、この夢幻世界ではイメージしたものを具現化することは不可能ではない。存在しないものを無理矢理ある、と認識することなのだから、当然容易なことではないが、不可能ではない。実際要は「大剣」を自在に出したり消したりすることが出来るのだから。
「さあ、こちらから遠慮なくいかせてもらうわよ!」
目の前の女性は、右手を広げると同時にその手の中に槍を出現させていた。
スピア、と呼ばれる古典的な槍で、特にこれと言って装飾はされていないシンプルな槍だった。
「永久ちゃん、下がってて!」
いつになく真剣な表情を浮かべ、要は大剣を出現させると、迫ってくる女性の槍へ応戦するために身構える。
「そこっ!」
閃光。
それは部屋の照明を反射させて光る、槍の穂だった。真っ直ぐに伸びたソレは、要の首筋へかすって、小さく傷をつけた。
「っ……っ……!」
紙一重でソレを交わした要は、ジットリとした汗を額に感じたが、それを拭う余裕はない。
「要っ!」
永久が言うが早いか槍が早いか、閃光は再び要へと伸びる。
「くっ……!」
今度は大剣の刀身で槍を防ぐ。が、続け様に二撃目、三撃目と槍は要へと突き出される。その素早い槍さばきに、要は防ぐことしか出来ずに焦りを浮かべた。
「どうしたのどうしたのどうしたのぉっ! 槍槍槍槍槍槍ぁっ!」
大剣の刀身が削り潰されるんじゃないかと錯覚してしまいそうな素早い突きに、要は防戦一方のまま苦虫を噛み潰すことしか出来ない。
「どっせーい!」
不意に槍が止まったかと思うと、大剣の刀身目がけてその女性の足が突き出されていた。
長くしなやかなその足が、見事に大剣の刀身を押し出すと、その勢いで要はたたらを踏む。
「しまっ――」
「いただきます! そして手柄をごちそうさまぁーっ!」
刃先が、態勢を崩した要に迫り、ミントが悲鳴を上げた――その時だった。
「っ!?」
金属音が、部屋の中で鳴り響いた。
「永久ちゃん……?」
そのまましりもちをついてしまった要の前に立っていたのは、ショートソードで槍を防ぐ永久の姿だった。
「こ、これって……!」
永久は困惑した様子で、右手で握っているショートソードを凝視する。
「永久ちゃん……それ……!」
「わかんない、何とかしなきゃって思ったらいつの間にか……」
言いつつ、永久は再びショートソードを凝視する。
既視感のあるその剣は、永久の脳裏にある光景を蘇らせた。
――――刹那……!
あの夜、刹那が握っていたショートソードと同じものだった。
「だったら二人まとめて貫くまでよっ!」
女性がそう声を上げると同時に、永久は脳裏に蘇ったイメージを振り切るように首を振ると、素早く身構えた。
「今は目の前のことに――」
今度は永久目がけて、閃光。それに対して永久は、ショートソードを素早く薙いだ。
「集中するっ!」
「っ!」
槍が弾かれ、女性は驚愕の表情を浮かべる。それを隙と判断した永久は、すかさず女性の懐へと接近し、左肘を女性の腹部へ叩き込む。
そして後ろへよろめいた女性へ更に接近すると、ショートソードで槍の柄を素早く切り裂いた。
「なっ……!」
宙を舞う穂はグルグルと回転し、やがてザクリと床へと突き刺さった。
「すごい……!」
目の前で繰り広げられる永久の戦いぶりに、思わず要は驚嘆の声を漏らす。
「当然よ、女王だもの」
永久のポケットの中に隠れていたプチ鏡子は、ボソリと小さな声でそんなことを呟くと笑みを浮かべた。それを聞いてか聞かずか、永久はスッと女性へショートソードの刃先を向けた。
「どうする? 続ける? 私は出来れば嫌だよ。貴女と戦う理由なんて――」
永久が言葉を紡ぎ切るよりも、女性がバックステップで永久から距離を取り、構え直す方が早かった。
「やるわね……意外だわ」
「あの、戦う理由は――」
「ここまで追い詰められるとは思わなかったわ」
やはり、話を聞くつもりはあまりないらしかった。
「武器がないなら、魔術で戦うまでよ!」
そう言うやいなや、女性の右手で炎が燃え盛り始めた。
「あら、系統は炎だったのね」
ポケットから顔を出したまま、プチ鏡子はそんな呑気なことをのたまっているが、永久の方は呆れと焦りが入り混じったような表情を浮かべていた。
武器対武器だったからこそどうにか出来たわけで、流石に魔術という得体の知れないものを相手に出来る自信は、永久にはない。
「ちょっと! 私達はシーラって子に会いにきただけで、アンタと戦うつもりはないのよ!」
ミントが声を荒げるが、女性はそれを意に介さぬ様子で、右手で燃え盛る炎を永久へと向ける。
「攻撃系の魔術はあまり得意じゃないけど……っ!」
永久が身構え、ミントがもう! と悪態を吐いた――その時だった。
「やめなさい!」
不意に、部屋の中に少女の声が鳴り響く。
すぐに女性は、声のした方へ振り向くと、戦意を失ったのか右手を下ろし、燃え盛っていた炎をすぐに消し、小さく呟いた。
「シーラ様……」
「「えっ」」
そこにいたのは、十歳くらいに見える小さな女の子だった。
白、というよりは銀色の、美しく長い髪をした少女だった。巫女装束に似た衣装を身にまとっており、永久の第一印象としては「動き辛そう」だった。
柔和な顔つきをしており、その雰囲気からは母性すら感じられた。
彼女がシーラ様、と呼ばれる不思議な力を持つ少女らしく、先程まで永久達と戦っていた女性は、彼女の側近みたいなものらしい。
「どうせ貴女はまた、あの方達の話も聞かずに襲い掛かったのでしょう!」
「いえ、それは侵入者が……」
「大体、あの幻術も解きなさいと何度も言っているでしょう! どうしてそう貴女は……」
腰に手を当て、成人女性(に見える)へ小言を言い続ける少女、という光景は何だかおかしくて、永久達は顔を見合わせて笑みをこぼした。
しばらくシーラの小言が続き、しばらくするとやっとのことでシーラは永久達へ視線を向け、ペコリと頭を下げた。
「申し訳ございません、うちのティラが……」
「あ、ううん。気にしないで……くだ、さい」
ぎこちなく、付け足したような敬語でそう言う永久に、シーラはありがとうございます、ともう一度頭を下げた。
「ほら、貴女も謝るのですよ」
肩を落としてしゅんとしていた女性――ティラは、シーラにそう言われると素直に頭を下げた。
「ごめんなさい」
どうやら全てティラの早とちりだったらしく、シーラ達に永久達を追い返す理由はないらしい。
「それで、貴女方の用件は……?」
シーラに促され、永久達は自分達の名前を名乗ると、シーラに会いにきた理由を話した。
由愛、という少女についてはシーラも知っているらしく、ここ最近の懸念になっていたようだった。
「……わかりました。由愛を探してみましょう」
「出来るんですか?」
要の問いに、シーラは小さく頷いた。
「あまり容易なことではないですが、この夢幻世界全体の危機ですし……なるべく力を尽くしましょう」
そういうと、シーラはそっと目を閉じた。静寂が場に訪れ、空気が張り詰める。
触れればピン、と音を奏でそうな空気の中、静かに時だけが過ぎていく。
何分経っただろうか、そんなことを永久が思い浮かべていると、不意にシーラが表情を険しくした。
「近いです……すごく……」
「えっ!」
要が身を乗り出し、シーラの言葉の続きを待った――その瞬間、要の視界の半分が赤く染まった。
「え、あ……っ」
小さく、苦しげに漏れるシーラの吐息。その胸からは、鋭く輝く刀の刀身が突き出ていた。
「嘘……嘘でしょ……ねえ……っ!」
その場にいた全員の表情が驚愕に歪む中、要はシーラの後ろに立っている、シーラを刺した少女を凝視し、泣き出しそうな声を上げていた。
長い黒髪の少女で、やや釣り気味の目は焦点が合っていない。着ている紺のブレザーと青いチェックのスカートは、シーラの返り血で所々赤く染まっていた。
「美奈ちゃん……っ!」
要の探していた、「仲間」だった。