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World×World  作者: シクル
七式探偵七重家綱
67/123

World9-3「第三の無限」

 ドッペルゲンガー事件。家綱達は今回解決を依頼された事件のことをそう呼んでいた。

 依頼者は真賀塚洋介という男性で、数日前、仕事を終えて帰路に着いていたところ、正体不明のマネキン人形らしき存在と遭遇し、そのマネキン人形が突如として全裸の真賀塚そっくりに変身し、そのままどこかへ逃走してしまった……という話である。特に実害はなく、ただの夢かとも思ったらしいが、問題なのは後日全裸の真賀塚の目撃談が続々と近所で出てきたことで、名誉挽回のためにも例のマネキン人形の行方を掴んで欲しい、とのことだった。

「……アイツ、今回あんまり役に立たないのだけ押し付けやがったな……」

 そう言いつつ、由乃が一瞥したのは肩に乗せている由愛――に憑依しているアントンだった。家綱の人格の内の一人であるアントンは何故かカタコトで喋る自称イギリス人の男性で、由乃が言うには重度のロリコンらしいのだが、まさか本人も幼女ロリータそのものになってしまうとは思ってもみなかったらしく、今もまだはしゃいでいる。

「イエス! 由乃サン高イデス! 高イ高イ! トテモ……高イ! ベリーベリー……高イデース! トテモ!」

「ああもううるさいな! 大体お前今の語彙不足過ぎるだろ!」

「使ッテイル脳ミソガ幼女ナノデ仕方アリマセーン諸行無常デース」

「いやそれ全然意味違うし幼女諸行無常とか多分言わないし」

 こんなハイにはしゃぐ由愛なんて一度も見たことがなかった永久は未だに動揺を隠せない。そもそもいつもの由愛なら人に肩車なんてしてもらわないだろうし、微笑んだりすることはあってもあんな弾けるような無邪気な笑顔を見せることはないだろう。いつも強がっている由愛の顔でこんなにもはしゃいでいる姿を見れるのは悪くはないのだが、やはり永久としてはこの状況はわけがわからないので早く元に戻って欲しいと切実に思う。

「アントンさんって、いつもこうなの……?」

「うん、まあ概ねこんな感じだね……。今回は特にハイな方だけど」

 由乃はやや呆れた様子でそう答えた後、ポケットの中からポケットサイズのカロリーメイトの箱を取り出して開封すると、中に入っているカロリーメイトの内一本を永久へ差し出した。カロリーメイトは由乃の好物らしく、彼女の話によると常に持ち歩いているらしい。

「食べる?」

「うん、もらうね、ありがとう!」

 二人してカロリーメイトをかじりながらドッペルゲンガー事件の聞き込み調査を続けるが、一向に手がかりらしきものは見つからない。家綱は英輔と、そして永久は由乃と由愛と共に町を歩き回りながら聞き込み調査を進めているが、目撃談だけが集まるばかりで、例のマネキン人形の出没場所は少しも絞れないでいた。

 それから更にしばらく歩き回って程々に疲れてきた所で、昼食を取ることになり、由乃の紹介してくれたファミリーレストランへと向かった。そこで彼女おすすめのパスタを三人分頼み、店員がそれらを運んできた頃には何故かアントンは引っ込んでおり、代わりに由愛の中にいるのはロザリーという無愛想な少女だった。

「私をこんな庶民向けの店になんか連れてきて……由乃、貴女一体私を何だと思っていますの? それに従者でありながら勝手に私の知らない人間を連れてきて――」

「ああはいはい、わかったからパスタ食べなよおいしいから」

 由乃の方はアントンについても、ロザリーに関してもかなり扱いになれているらしく適当にあしらいながらパスタを口へ運んでいく。

「こんなにおいしいのに……ねえ?」

「ふぉっふぇふぉおいひぃ」

「坂崎さんは口の中のものゴックンしてから喋ろうね」

 普通においしくて気に入ったらしく、永久の口の中は既にパスタでいっぱいになっていた。というか来てすぐに罷波饅頭をあれだけ食べたというのにカロリーメイトももらってパスタも食べて……と昼までの間にかなりの量を食べていることになるのだが、永久はあまり気にしていないのかおいしいパスタでどこか幸せそうである。

「それにしても、ホントにごめんね、ウチのバカ共が迷惑かけてるし、依頼まで手伝ってもらっちゃって……」

「ううん、大丈夫だよ。私も、ここにきて何をすれば良いのかイマイチわからなかったし」

 今の所、欠片の気配はあまり感じられない。この町のどこかにいくつか存在することくらいはボンヤリとわかるのだが、それがどこにあるのかまではハッキリとわからない。闇雲に動き回るよりはこうして誰かと行動を共にした方が良いのは間違いなかった。

「……まあ、悪くない出来でしたわ」

 いつの間にたいらげたのか、由乃の隣ではロザリーがパスタを完食しており、テーブルマナーにそった食器の置き方をしていて由乃を感心させた。

「相変わらずそういうのはしっかりしてるんだね……」

 かくいう由乃も同じくテーブルマナーを理解しているようで、このテーブルの上で食器が適当に置かれているのは永久のものだけだった。

「へぇ……二人共ちゃんとしてるんだね」

「うんまあちょっと……癖でね」

 照れ臭そうにそう言う由乃を横目に、永久がどうにか二人を真似て食器を並べ直し、コプの中に少しだけ残っていたお冷を飲み干した――その時だった。

 不意に窓の外に、泥のような色をした人型の何かが立ち、目と思しき場所にある赤い球体を永久の方へジッと向けていた。

「アレは――っ!」

 その泥人形をチラリと見た瞬間、何かに気づいたかのように永久は席を立つ。

「ごめん支払いお願い!」

 そう言って千円札をテーブルの上に置き、唖然とする由乃を放ってレストランを後にする。

「え、あの、ちょっと……!」

 数秒ポカンとした後、ハッと我に返ったかのように千円札を手にすると、すぐに由乃はカウンターで会計を済まし、由愛を半ば強引に連れたまま永久を追いかけんとしてレストランを後にした。





 あの泥人形から永久が感じた気配は、間違いなくアンリミテッドによるものだった。あのポーンと同じ、刹那ではない別のアンリミテッドの気配を泥人形から感じた永久は、どこかへ走り去ろうとする泥人形をすぐに追いかけた。

「永久、もしかして今の……」

「うん、多分アンリミテッドが関わってる」

 ポケットから顔を出したプチ鏡子にそう答えながらも、永久は泥人形を追って走り続ける。泥人形自体は他の人にも見えているようで、道行く人々は歩く泥人形の不可解さに目を丸くしていたが、そんなことを気にしている余裕は今の永久にはない。

 とにかく今は、アンリミテッドを見つけることが最優先だと思えたし、もしアンリミテッドが何かこの町でするつもりなのであれば、犠牲が出る前に食い止めたい。

 泥人形を追いかける内に商店街から離れて行き、気がつけばどこかの橋の下の河川敷まで辿り着いていた。

「……そっか、そういうこと」

 人気のない橋の下の河川敷には、既に大量の泥人形が永久を待ち受けていた。どうやら最初の泥人形は永久をおびき出すための囮だったらしく、まるで永久を待っていたかのように、全ての泥人形が一斉に永久へ視線を向けている。

「かなりの量よ……永久、大丈夫?」

「……問題ないよ」

 永久がそう答えた時には既に身体から眩い光が発せられていた。そしてそれが収まった頃にはもう、甲冑を纏い、身の丈程もある大剣を両手で持った永久が悠然と佇んでいた。

「よいっ……しょっ!」

 鈍重な大剣を永久が一振りすると同時に衝撃はが発生し、泥人形の内三分の一が消し飛んでしまっていたが、泥人形達に感情はないのか驚くような素振りを見せる泥人形は一体もいない。

 そのまま二振り、三振りと容易く泥人形を消し飛ばし、小さく息を吐いてから元のセーラー服姿に戻ると、永久は額の汗を袖で拭った。

「流石に疲れるね……。で、そろそろ出てきて欲しいんだけどな」

 そう言って永久が睨みつけた方向の景色が徐々に歪んでいき、気づけばいつの間にか永久の目の前には一人の男が立っていた。黒いローブを身に纏い、フードを深く被ったその男の雰囲気はどこか怪しげで、フードの向こうからはクスクスと小さく笑い声が漏れている。

「流石……流石流石流石我が敬愛するアンリミテッドクイーン……。女王陛下の実力、しかと見せていただきましたぞ」

「戯言は良いよ。簡潔に答えて、貴方はアンリミテッド?」

 冷たく永久がそう問うと、男ははい、とだけ短く答える。

「あの泥人形は私をおびき出すための罠って解釈で良いかな? 教えて、貴方の目的は何?」

「何って……女王陛下クイーンへのご挨拶ですよ。とても……とてもとてもとても長い眠りから覚めたばかりですからね」

 とても長い眠り。それがもしアンリミテッドへ施されていた封印のことを指すのであれば、やはりこのアンリミテッドも何者かによって封印が解かれてしまったと解釈して良いだろう。

「このアンリミテッドビショップ……貴女様にお会いしとうございました」

 恭しい様子で敬礼してみせるビショップだったが、そこからは微塵も敬意を感じない。どちらかというとこちらを小馬鹿にしているとさえ思えたが、それに対して永久が怒りを露わにするようなことはなかった。

「あ、坂崎さん!」

 不意に後ろから聞こえたのは、永久の後を追いかけていたらしい由乃の声だった。

「我らが王、そしてもう一人のクイーンも貴女に会いたがっていますよ……」

「もう一人のクイーン……刹那のこと!? 刹那が関わってるの!?」

 永久の問いに、ビショップは答えない。ただ不敵に笑みをこぼしながら、その姿は徐々にその場からかき消えていく。

「待って……! 教えて、刹那は今どこに――」

 追いかけようとして手を伸ばしたが、既にその時にはビショップは完全に姿を消しており、永久の手は空を掴むだけだった。

「刹那……それに、王……?」

 ――――我らが王、そしてもう一人のクイーンも貴女に会いたがっていますよ……。

 王……ビショップは確かにそう言った。アンリミテッドクイーン、アンリミテッドポーン、アンリミテッドビショップ……そして王、キング。アンリミテッドそれぞれの呼称は、まるでチェスの駒のようになっているとこから察するに、もしかするとアンリミテッドルークやナイトも存在するのかも知れない。

 アンリミテッドキング。王のことはほとんど思い出せないが、何故だかその名前に対して強い憎悪を永久は感じてしまう。何でそう感じるのか、そもそもキングがどんな存在だったか、何一つ思い出せないでいる永久の中には、どこかドス黒い憎悪だけがポツンと残ってしまっている。それが、永久には恐ろしかった。なくした記憶がまるで別人のものであるかのように思えて、自分の感情のハズなのに理解出来ないでいるのがもどかしいし、気持ちが悪かった。

「アンリミテッドの……王」

 女王がいれば、王もまた存在する。言いようのない不安が、永久の中を満たしていった。


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