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World×World  作者: シクル
Floral Hearts ~忘却のローズマリー~
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World8-6「彼女の悲しみは、ここで終わらせたい」

 突然下校時間に学校まで押しかけてきた英輔に対して、柚原翔はかなり戸惑った様子だったが、英輔の表情が真剣なことに気がついた彼は、吉川誠也について知っていることを快く話し始めた。

 なんでも、吉川誠也というのは詩帆の家の近所に住んでいる大学生で、詩帆に対して一方的な好意を寄せていたらしく、その強引さとしつこさが原因で一時期詩帆はノイローゼ気味になっていたことさえあったらしい。そして詩帆を意識不明の重体へと追いやったあの事件の原因はその吉川誠也であり、その事故の際死亡したのもその男、という話だった。

 ここからは英輔の立てた仮説に過ぎないが、吉川誠也は恐らく生前欠片を手にしていたのではないかと思われる。それが原因で死後も力を持ち、意識不明になっている詩帆の精神をまるで生霊のような状態で縛り付けている、ということなら大体の辻褄は合う。恐らく詩帆と初めて会った時に自転車を飛ばしてきたのも吉川誠也なのではないだろうか。

 一刻も早く詩帆を見つけなければと英輔が向かったのは、やはり最初に詩帆と出会った場所――図書館だった。





 閉館時間が過ぎ、既に人気のなくなった図書館の駐輪場で、詩帆は悲しげに佇んでいた。ここにいればいずれ必ず桧山英輔が詩帆に会いにくるだろうということで、誠也に指示されて詩帆は図書館の駐輪場で立ち尽くしていた。逃げようと思えば逃げれると思っていたが、誠也に何らかの力で縛られているのか図書館の敷地外に出ることが出来なかった。

 出来れば、英輔にはここに来て欲しくはない。助けて欲しいという思いもある反面、これ以上迷惑をかけたくなかったし、何よりここに来れば誠也に何をされるのかわからない。こんな目に遭うのは詩帆だけで良いと思っていたし、独りでいた詩帆を見つけてくれた英輔だからこそ、大切に想うからこそ余計な迷惑はかけたくなかった。

 本音を言えば、今すぐにでもここに来て欲しい。来て、抱きしめて、心配ないって囁いて、その上で誠也から詩帆を助けて欲しい……そんな勝手な願いが頭の中を駆け巡っていた。身勝手で、都合の良い願いだ。自分は助けてもらうだけで、守るのも、戦うのも英輔だけだ。自分では何にも出来ない、誠也に対してまともに抗うことさえままならない。こうして、誰かの助けを待つことしか出来ないのが歯がゆい。

 来て欲しい、そんな思いを振り払いながら、詩帆は英輔が来ないことを祈る。どうか何事もなく、英輔が無事でいられるように。

 しかしそんな思いは、次の瞬間には破れることになる。

「西原ッ!」

 大声を上げて図書館の敷地内に入ってきたのは、他でもない桧山英輔だった。

「え、英輔……君……」

「西原! 良かった、無事で……」

 ホッと胸をなでおろしながら、英輔が詩帆の方へと歩み寄った……その瞬間だった。

「――ッ!?」

 駐輪場に放置されていた自転車の全てが宙に浮き、英輔目掛けて勢い良く飛来する。

「ダメ……来ちゃダメっ!」

 詩帆の声も虚しく、自転車は一斉に英輔へ直撃――したかのように見えたが、電流の流れるような音がすると同時に、自転車は全て英輔にあたる直前で弾かれる。

「っと……今のはちっとキツかったぜ……」

 額の汗を拭いながらも、余裕のある表情でそう言った英輔に傷跡はなく、完全に無傷だった。

 魔力障壁。英輔の身体の中を溢れる魔力を大概にバリアのように放出し、攻撃を防ぐ英輔の使う魔術の一つである。流石に自転車ぐらいの質量のものをいくつも防ぐとなるとかなり魔力を消費するが、それでもまだ十分戦えるくらいには、英輔の魔力は大きかった。

「嘘……!」

「馬鹿な……お前本当に人間か!?」

 驚愕の声を上げながら姿を表したのは、吉川誠也だった。

 整髪料で撫で付けた頭に、高級そうなスーツにブランド物のアクセサリー。端正ながらもやや幼さの残る顔を不満そうに歪め、誠也は英輔を睨みつけていた。

「ああ、人間だよ。少なくともテメエよりはな」

 ギロリと。負けじと英輔も誠也を睨みつける。誠也も詩帆同様精神体のようで、こちらは本当に亡霊の類なのだろう。アンリミテッドではない英輔には欠片の気配はわからないが、魔力や霊力のようなものを感じられないこの男にここまでの力があるということは、やはり欠片の力によるものなのだろう。

「西原から離れてもらう」

「離れるのは貴様だ! 男の嫉妬など、見苦しい奴めッ!」

「お前、自分がどんだけ西原を悲しませてるのかわかってんのか! つーかお前が言うなっての!」

「俺と彼女の世界に貴様のような阿呆は必要ない……さっさと消え失せろ」

 次の瞬間、先程英輔の弾いた自転車が再び一斉に宙へ浮き、英輔へと飛来する。

「クソ、コイツ聞いちゃいねえ!」

 流石に二度も魔力障壁で受けるわけにもいかず、飛来する自転車を横っ飛びに回避し、そのまま誠也目掛けて全力で駈け出した。

「西原、どいてくれ!」

 雷の魔力によって剣を生成し、英輔は詩帆が誠也から離れたのを確認すると、すぐに誠也へ切りかかる。

「ま、待て! 貴様にこんな力があるなんて聞いていないぞ!」

「言ってなかったからなッ!」

 必死に回避する誠也を追いかけるようにして、英輔は立て続けに剣を振り続ける。どうやら誠也自身に戦う力はあまりないようで、繰り出される英輔の剣に対して誠也は必死に避けるばかりだった。

「観念しやがれッ!」

 魔力を伴った英輔の蹴りは、精神体である誠也に対して物理的に干渉し、派手に吹っ飛ばす。倒れ込んで小さく悲鳴を上げる誠也へ、容赦なく英輔は剣を振り下ろそうとしたが、不意に背後から感じた異様な気配に気がついて、一瞬だけ動きを止めた。

「バーカ」

 瞬間、鮮血が英輔の背中から吹き出した。

「後ろががら空きだろうがよォ~~~ッ!」

「なッ……あッ……ッ!?」

 ブロンドの長髪の、ひょろりとした体躯の男だった。苦痛に呻く英輔を見ながら狂ったような笑みを浮かべているその男が、先日永久の出くわした男だと気がつくのに、そう時間はかからなかった。

「英輔君っ!」

 音を立ててその場に倒れた英輔の鼓膜を、詩帆の悲鳴が揺さぶる。背後から切られた痛みと、突如現れた男に対する驚愕が英輔の中で綯い交ぜになって、その表情を困惑で歪めさせる。

 背後に現れるその瞬間まで気づけなかった悔しさに、英輔は強く奥歯を噛みしめた。意識こそ保っていられるが、傷口は浅いとは言い難い。

「だらしがねェなァテメエらはよォ……」

 心底退屈そうにそう言って、男は英輔を踏みつける。押し寄せる激痛と屈辱感に顔を歪めるが、そこから反撃出来る余力はないに等しい。男のなすがままに踏みつけられ、ただ苦痛に喘ぐことしか出来なかった。

「こんな雑魚おびき寄せたってしかたねェだろォッ! アイツだ……一番面白ェアイツをおびき寄せろッ!」

 不意に怒号を飛ばされ、誠也は肩をびくつかせる。傲慢な誠也ではあるが、自分より遥かに力の大きなこの男に対しては大なり小なり畏怖を感じているのだろう。

「つまんねェンだよテメエらじゃあよォ~~~ッ!」

 不満気に英輔を踏みつけながら溜め息を吐く男だったが、次の瞬間には何かの気配を察知したかのように表情を変え、やがてニヤリと笑みを浮かべた。

「お出ましか」

 男がそう呟いた次の瞬間には、二本のショーテルを繰り出す永久の姿が男の眼前にまで迫っていた。

「きたきたきたきたきたァァァッ!」

 歓喜に打ち震えながら男は永久の繰り出す高速のショーテルを二本の短剣で受け続ける。肉眼ではまともに視認出来ない速度での戦闘に、英輔や詩帆、誠也までもが唖然とした表情でその光景を見つめていた。

 やがて耳を劈くような金属音が響き、男の短剣が片方弾き飛ばされた所で高速の戦闘は男の方が永久から距離を取る形で幕を下ろす。

「英輔、あの子と一緒にここから離れて。この男は私が始末するから」

「始末……? 始末って、お前どうしたんだよ……?」

「どうもしないから、とにかく離れて」

 いつもののほほんとした雰囲気からは想像も出来ない冷たい表情で話す永久に困惑しながらも、英輔はどうにか身体を起こして詩帆の元へと駆けて行く。

 永久の様子がおかしいことは由愛からある程度聞いていたものの、実際目の当たりにすると、そのあまりの雰囲気の違いに、まるで別人であるかのような印象さえ受けてしまうが、今はそんなことを言及している場合でも、気にしているような場合でもなかった。

「西原!」

 今にも泣き出しそうな顔で震える詩帆の元へ慌てて駆け寄る英輔だったが、その前に立ち塞がったのはあの吉川誠也だった。

「お前、ボロボロだなぁ?」

 ニタリと下卑た笑みを浮かべて、誠也は英輔の身体に容赦なく蹴りを叩き込む。欠片の力と、あのアンリミテッドの男から流し込まれた力によって、精神体である誠也自身も物理的な接触が可能になっている。今までそれをしなかったのは、誠也が自らの手を汚したがらなかったからに過ぎない。それに、今の傷ついた英輔なら、力のあまりない誠也でもいたぶることが可能だと判断したからだった。

「テメ……エッ……!」

 倒れ込んだ英輔の身体を、誠也は容赦なく蹴りつける。嗜虐的な笑みを浮かべながら何度も何度も英輔の身体を踏みつけては、そのにやけた口元から笑みを漏らしていた。

「やめて……やめて吉川さん! お願い!」

「うるさいな、俺に指図するな! コイツがもっとボロボロになっても良いのか!」

 泣きじゃくる詩帆を前に、英輔は無力にも蹴り飛ばされるだけだった。考えて見れば、どれだけ戦ったって英輔の力ではこの男から欠片を回収することが出来ない。永久の話によれば、欠片を手にした者は擬似的にではあるもののアンリミテッドに近い存在になるため、アンリミテッドの力でしか殺すことが出来ない。つまり、どれだけ英輔が誠也を痛めつけても、完全に倒すことは出来ないし、欠片の力がある以上は何らかの形で復活してしまうのだろう。肝心の永久はアンリミテッドの男で手一杯な以上、今英輔には誠也を詩帆から引き離す手段はないのだ。

「お願い……やめて……何でも……するから、お願い……っ!」

 詩帆の悲痛な声が、鼓膜を通じて英輔を揺さぶる。何でもするだなんて、そんな簡単に言って良い言葉じゃない。ましてや誠也のような男に対して、ただでさえ縛られている詩帆が何でもするだなんて約束してしまえば、どんな目に遭わされるかわかったものではない。

 英輔には、誠也を倒す術はない。だがそれは、戦わない理由としてはあまりにも不十分だった。

「本当だな? のために何でも出来るか?」

 誠也が詩帆の方へ身体を向けた頃には既に、英輔は起き上がり始めていた。

「だから、英輔君にはもうこれ以上――」

 言いかけたところで、詩帆の目に立ち上がった英輔の姿が映る。もう身体中はボロボロで、背中からは未だに血が流れ続けている。顔や手足もあちこちが出血しており、腫れている部分さえある。それでも英輔は、力強く立ち上がっていた。真っ直ぐに、強く誠也を睨みつけ、その傷ついた拳を振り上げていた。

「こッの野郎がァァッ!」

 英輔の叫び声に気づいて誠也が振り向いたのと、その顔面に英輔の拳が食い込んだのはほぼ同時だった。

「ゲェェェェッ!?」

 奇声を発しながら派手に吹っ飛ぶ誠也を一瞥した後、英輔は詩帆へ視線を向ける。たった数日の付き合いだというのに、ボロボロになった英輔のためにこんなにも辛そうな顔が出来る、優しい女の子だ。そんな彼女をもうこれ以上傷つけたくない。何でもするだなんて言葉は、もう二度と言わせたくない。彼女の悲しみは、ここで終わらせたい。

「『何でもする』だなんて、女の子が簡単に言うんじゃねえよ」

「でも、私っ……これ以上英輔君がボロボロになるなんて……」

 耐えられない。涙混じりに、掠れた声でそう言った彼女に歩み寄り、英輔はそっとその肩に手を乗せる。小刻みだった肩の震えが、少しだけ落ち着いた気がした。

「ずっと独りだった西原が、どんだけ辛かったか俺には、わからない。想像することしか出来ない。けどな、もうそんなのは終わりにしたい。西原が苦しむのは、ここで終わりだ」

「それって……」

 静かに、英輔は詩帆へ背を向ける。真っ赤に傷ついた背中を見て詩帆が息を呑み、また悲しそうに目を潤ませているであろうことに気がついて、英輔は悲しげに目を伏せたが、すぐに起き上がっている誠也へ視線を向けた。

「もうコイツには、お前を傷つけさせない。もうこれ以上、西原を悲しませない」

 ほんの少しの間ではあっても、心を通わせた瞬間があった。互いが互いを愛おしく感じた時間が、確かにそこにはあった。だからこそ、守りたいと強く願う。英輔が傷つくと詩帆が悲しむように、詩帆がこれ以上悲しむのは、英輔にだって辛かった。

「ほざけ……彼女は俺の所有物だ……ッ」

 そのひどく傲慢で身勝手な言葉に、詩帆がどれだけ傷ついただろう。この男の勝手な振る舞いが、どれだけ詩帆を傷つけたのだろう。ほんの少しの想像でも、英輔の心は怒りで煮え滾る。

「終わりだ……吉川誠也……! お前も、西原の悲しみも」

 そう言って、英輔は強く誠也を睨みつけた。


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