World1-3「セーラー服と聞かん坊」
それは、否定だった
お前なんかいらない、必要ない
存在を否定され、やがて認識すらされなくなって
いつの間にか、私はどこにもいなかった
現実に居場所がないなら、夢に居場所を探すしかない
居場所、どこにもないのに
由愛
窓からは、爽やか……というには少し強過ぎる日光が差し込んでおり、部屋の温度を少しだけ上げてしまっている。外は快晴で、乾いた砂だらけの地面に容赦なく日は降り注いでいた。
「永久ちゃーん」
そんな部屋の中でグッスリ眠っている永久の肩を揺すりつつ、何とか起こそうと要は声をかけるのだが、聞こえるのはすぅすぅという、永久の心地良さげな寝息だけだった。
時刻は既に、昼である。
色々あって疲れているせいだろうか、永久は昨晩からこの時間帯までグッスリと眠りこけており、全く起きる気配を見せない。長い黒髪は寝癖で所々がはねており、緩い表情を浮かべている顔は、幸せそうに口元が釣り上げられていた。
「もー……永久ちゃんってばー」
要が永久を起こしにくるのはこれで二度目であり、先程まで要は永久を起こすのを諦めて由愛に関する情報を集めに出かけていた。それについて報告し、この後どうするのか話し合うためにも永久には起きてもらいたいのだが……。
「それ蟹じゃないよぉ……」
依然として眠りこけたままである。
何か夢でも見ているらしく、時々ボソリと呟く言葉は謎に包まれている上に脈絡がない。
「だらしないわね……」
要の周囲をフワフワと飛びつつミントが溜め息を吐くと、永久の枕元に座っていたプチ鏡子が全くだわ、と呆れ顔で言葉を漏らした。
「永久ちゃんってばー!」
流石に苛立ったのか、要が声を荒げて永久の身体を押すと、そのまま永久の身体はゴロゴロと転がっていき、やがてベッドの下へと転がり落ちた。
「あ……」
やってしまった、と言った様子の表情で要が声を上げたのと、ベッドの下から痛た……と声が聞こえてきたのはほとんど同時だった。
間もなくして、身体を起こした永久がひょこりとベッドの下から顔を出し、まだ少しとろんとしたままの瞼をゴシゴシとこすりつつ、要達へと交互に視線を送った。
「……おはよ」
すぐさま、おそよう、という返事が永久へと三つ返っていった。
永久が目を覚ましてからしばらくは、プチ鏡子とミントによる説教が続いていたが、やがてそれも終わり、要とミントによる午前中の情報収集の結果報告となった。
結論から言うと、ここに由愛はどうやらいないらしい。
「由愛ちゃんはいないみたいなんだけど、予言とか、そういう不思議なことが出来る女の子がいるみたい」
「予言?」
要の言葉を繰り返し、首を傾げる永久へ、要はそう、予言、と頷いてみせる。
「予言ってこう……ふわーっと! って感じの?」
間の抜けた表情でそんなことを言う永久に、プチ鏡子とミントは訝しげな表情を見せたが、それとは裏腹に要は微笑んで大きく頷いた。
「そうそう! そんな感じ! こう……ふわーっと!」
両手を広げ、身振り手振りで要はふわーっと! について説明するものの、それについて納得したのは永久だけだった。
「ふわーっとって何よふわーっとって……」
「さあ?」
呆れ顔でぼやくミントに、プチ鏡子は肩をすくめてそう答えた。
この集落には、シーラ様、と呼ばれる少女がいるらしい。何でも、彼女は不思議な力を持っているらしく、予言を行って災害から集落を救ったり、治癒能力のようなもので怪我人を治療したりなど、要が少し聞き込みをしただけで「シーラ様の奇跡」と集落の人間達に言われている現象に関する話はいくつも手に入った。
由愛や行方不明になった要の仲間のことが、何かわかるかも知れないため、永久達はとりあえずシーラ様、という少女の元へ向かうことにした。
「ほえー……たっかーい」
窓から見える景色を眺めつつ、永久はそんな感想を呟いた。先程まで永久達が歩いていた集落の町並みは、まるでジオラマか何かのように小さく見える。集落全体を見渡せるようなその高さに、永久はややはしゃぎ気味な様子だった。
シーラ様は、塔の中にいるらしい。彼女は集落の人々から相当敬われているようで、全体的にやや貧しそうな雰囲気の集落の中、彼女が住んでいると言われている塔だけが一際大きく、豪奢な雰囲気を放っている。その塔が彼女のためだけに建築された、というのだから永久達も驚きである。
永久達は、シーラ様に会うためにその塔の頂上を目指して螺旋階段を上っていた……のだが、上り始めて三十分もした頃のことだった。
「これ、出入りするのめんどくさそうだよねー」
長い階段を上りつつ、要がそんなことを言うと、ミントはそうね、と素っ気なく言葉を返す。その表情は何故か険しく、やや苛立っているようにも見えた。
「どうかしたの?」
「おかしいと思わない? 私達、何分この階段上ってんのよ……」
要の問いにミントがそう答えると、永久の肩の上でプチ鏡子が確かにそうね、と同意を示す。
「うーん、大体三十分くらいかな? 確かに私も長いとは思ったけど……これだけ高い塔だし……」
窓の外に見える景色をチラリと見つつ、永久がそう言うと、ミントは窓の傍まで飛ぶと、窓ガラスをコンコンと右手で叩いて見せた。
「大体、この窓だって何回目なのよ!」
相当苛立っているのか、ミントが声を荒げると、流石に永久と要も危機感を持ったのかやや真剣な面持ちになる。
「漫画とかアニメでよくあるけどさ、あたし達おんなじ所をぐるぐる回ってたりするのかも」
要がそう言うやいなや、私確かめてくる! とミントは永久達を残して螺旋階段の上へ向かって飛び去って行った。
ミントが永久達の所へ戻ってきたのは、それから実に三分後のことだった。
「上に行ったミントが下から戻ってきたってことは……」
「私達、同じ場所をぐるぐる回ってたみたいだね……」
要の言葉を継ぎ、永久は小さく溜め息を吐いた。
「幻術ね……。どうやら私達は、相手の術中にハマってるみたいよ」
「幻術?」
プチ鏡子の言葉を繰り返す永久に、プチ鏡子はそうよ、と答えるとそのまま言葉を続けた。
「私達はこの螺旋階段を上っている、という錯覚をさせられているだけで、実際は途中から一段も上っていないわ」
そう言うと、プチ鏡子はスッと右手を突き出した。
「でも大した魔力は感じない……。ちょっと大きな魔力をぶつければ――」
プチ鏡子が言葉を言い終わらない内に、突如としてガラスの割れるような音が周囲に響いた。すると、永久達の視界が陽炎のように歪んだが、数瞬で視界は戻る。だが、見える景色は別のものだった。
先程まで見えていた長い螺旋階段はそこにはなく、目の前にあるのは一つの扉だった。
「私達は既に、頂上まで辿り着いてた……ってわけね」
嘆息しつつ言うミントに、プチ鏡子はそういうこと、と微笑んだ。
「すご……」
そんな中、永久はほんの少しの動作で現状を打開して見せたプチ鏡子へ、驚嘆の眼差しを送っていた。出会った時からタダ者ではない、と感じてはいたものの、そのすごさを間近で見るとなると驚くのは当然とも言えた。
「じゃ、先に進もっか」
要に促され、頷くと永久はゆっくりと扉を開けた。
扉の向こうにあったのは簡素な部屋で、いくつかの本棚とベッドが置いてあり、床には赤いカーペットが敷かれている。トイレとバスルームはあるようだが(ドアがあった)、台所のようなものは見当たらず、奥にもう一つドアがあるのが見える。もしかすると台所はそこにあるのかも知れない。
そして部屋の中央には、一人の女性が仁王立ちしていた。
長い、ウェーブのかかった赤髪の女性で、やや濃い目の化粧をしている。胸元の大きく露出した服装だが、永久や要よりは動きやすそうな格好だった。
まだ確証は持てないが、シーラ様、という風には見えない。
「あのー……」
「よく破ったわね」
要が言葉を言い切らない内に、女性は仁王立ちのままそう言うと、続け様に口を開く。
「あの幻術は、私の使える術の中でも比較的高度なものよ……」
どうやら永久達にかけていた幻術には自信があったらしく、女性は口惜しげにそう言って、更に言葉を続けた。
「それを破ったってことは、貴女達かなり出来るわね」
「あの、私達シーラ様って子に……」
永久がそう言いかけるが、彼女はお構いなし、と言った様子で再び口を開く。
「良いわ、私が直々に相手してあげる」
「「えっ」」
プチ鏡子とその女性を除く全員が困惑の声を上げるが、それすら意に介さぬ様子で女性は言葉を続ける。
「シーラ様に仇なす侵入者は、私が始末するわ!」
どうやら話を聞かない性格らしかった。