表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
World×World  作者: シクル
The Legend Of Red Stone
55/123

World7-4「We are alone」

 いつの間にか眠り込んでしまっていた由愛の目を覚ましたのは、パチパチと音を立てて燃える薪の音だった。あまりの寝苦しさに最悪徹夜も覚悟していたが、どうにか意識は沈み切ってくれたらしい。しかしぐっすり眠って疲れを取ったような感覚はほとんど感じず、どちらかというとうたた寝の後に近い。今から目を閉じればまた眠れそうな気もしたが、暖炉の前で屈んでいる少年の背中を見て、由愛は今にも降りてきそうな瞼をこじ開けた。

 このチリーという少年の家に泊めてもらっている、ということを思い出すのに数秒、それから今自分は永久達とはぐれて別行動を取っている、ということに気づいて永久の姿を探すのをやめるまでで更に数秒。大体三十秒かそこらで覚醒し切っていなかった由愛の頭はどうにかまともに動くようになっていた。

「……おはよ」

 短く由愛が声をかけると、チリーはこちらへ背中を向けたままおう、と答えた。それからしばらくは黙ったまま暖炉の前で屈んでいたが、やがて立ち上がるとチリーは、まだ寝転がったままの由愛の元へ歩み寄って屈みこむと、暖炉の火で焼いていたらしい骨付き肉を由愛へ差し出した。

「肉、嫌いか?」

「別に嫌いなんて……」

 と、そこまで言いかけて昨日自分が肉を拒否したことを思い出す。

「……昨日は食べたくなかっただけよ。別に嫌いじゃないわ」

「そうか、なら良かった。お前昨日から何も食べてねェだろ、食っとけ」

 朝から脂っこい肉を食べるのはやや躊躇われたが、チリーの言う通り昨日から何も食べていない由愛の胃袋は明らかに食べ物を要求していたし、朝から由愛のために肉を焼いてくれていたチリーの好意を無碍にする気にもなれなかった。

「……いただくわ」

 もそもそと毛布から這い出て起き上がった由愛に、チリーは屈託ない笑みを浮かべた。



 味付けもされていないただ焼いただけの肉だったが、飢えた胃袋にとっては極上の料理にも等しい。いつもは優雅そうに(見せようと)振舞っている由愛だったが、流石に限界だったのかガツガツと骨付き肉にかぶりついてしまっていた。

 一しきり食べ終わり、予めチリーが用意していたコップ一杯の水を気持良さそうに飲み干すと、由愛は小さく息を吐いた。

 汚そうに見えた椅子と机だったが、今となっては使い心地が良いとさえ思える。

「意外とがっつくのな」

「う、うるさいわね……お腹空いてただけよ……」

 ツンとそっぽを向く由愛を見つつ、チリーは小さく笑みをこぼす。

 そんなチリーを横目でチラリと見つつ、由愛は昨日の彼の言葉を思い返す。チリーは森の外のことを、あそこは俺の居て良い場所じゃない、と言っていたが由愛にはあまりそう見えない。ややぶっきらぼうな所はあるがチリーは普通の少年のように思えたし、特別人里を離れるような理由があるとは思えなかった。

「ねえアンタ、昨日森の外は自分のいて良い場所じゃないって言ってたけど、アレってどういう意味よ?」

 由愛のその問いに、微かだがチリーの表情が陰る。

「どうもこうもねェ。そのままの意味だ」

「……わからないわ」

「化け物はいるとしても大抵人里には降りてこないだろ」

「何よそれ、どういう――」

 ――――化け物かよ、お前。

 言葉を言いかけて、過去に刺さった抜けないままの言葉が、由愛の胸を痛めた。

 異能は、人を遠ざける。他者と違う力は、他者から理解されない力は、拒絶される。未だ癒えぬ傷口から、また血が流れたような気がした。

 あるハズだった居場所から弾き出され、どこにも行けないまま消えていく。もしかしたら、元々居場所なんてなかったのかも知れない。

 化け物には。

「外には俺の居場所はねェし、それで良い。お前もさっさとこんな所は出た方が良いぜ、俺はいつカッとなってお前に襲いかかるかわからねェ」

 そう言って、チリーは右手に付けられた腕飾りにそっと触れた。

 なんて寂しそうな顔をしているんだろう。きっと由愛だって、同じような顔をしていた。疎まれるなら、拒絶されるなら、いっそのこと消えてしまいたい、いなくなりたい、そう思っていたし、彼もそう思っているのかも知れない。

 消えてしまいたいなんて嘘で、ホントはどこかにいたくて。

「ふざけないでよ……」

 居場所が、欲しくて。

「探しもしてない癖に、ふざけたこと言わないでよ!」

 唐突に語気を荒げた由愛に、チリーは気圧されて肩をびくつかせる。

「お前、急に何言って……」

 困惑するチリーだったが、それには構わず由愛は怒声を浴びせる。

「私は探すわ! どこまでだって探して、絶対見つけてやるんだから!」

 ――――うん、探せる。私と一緒に行こう? きっと見つけられるよ。

 彼女は、永久は確かにそう言った。こんな自分にそう言って、手を差し伸べてくれた。

 チリーに居場所がないのなら、由愛にだってないことになってしまう。きっと見つけられると言ってくれた永久の言葉が、嘘になってしまう。それだけは、どうしても嫌だった。

 信じたかった。人と違う力があったって、化け物だと言われたって、それでも居場所はちゃんとあるんだと、信じたかった。由愛が笑っていられる場所がきっとあって、いつか見つけることが出来るんだって、信じたかった。永久の言葉を、信じたかった。

「アンタも探しなさいよ! ちゃんと探しなさいよ! あるのよ、あるハズなのよ! 私にも、アンタにも絶対! だから、だからもう――」

 居場所がないだなんて、言わないで……。

 いつの間にか嗚咽混じりになっていた声は、由愛が顔をうつむかせるのと同時に机の上に落ちていく。

 きっとある、きっと見つかる。永久が指し示してくれた道標を、誰にも否定させたくなかった。









 本来ならばいつも通り商人達による露店が開かれている国王像跡地だったが、今日に限っては様子が明らかに違っていた。

 シルフィアがテイテス兵に捕らえられてから二時間弱の間に、露店を開こうとしていた商人達は現れた複数のテイテス兵によって全員払われ、何事かと野次馬がわらわらと国王像跡地に集まってきた頃には六本の十字架が設置されており、その内五本には人が縛りつけられていた。五本の十字架に対して一本につき一人ずつ、数メートル離れた場所で弓兵が弓を構えており、縛りつけられている五人がこれから処刑される、ということは集まっている野次馬達にも想像することは容易だった。

 弓兵達のすぐ後ろには、やや高級そうなテーブルと椅子が用意されており、あろうことか机の上にはほんのりと湯気を上げるティーカップまでもが置かれている。その椅子に座り、優雅に紅茶をすすっている男こそ、このテイテス島の現領主である男、ヴラドレン・アレンスキーだった。

「私達を捕まえて、一体どうしようっていうのよ!」

 縛られている内の一人――ミラルが毅然とした様子で怒声を浴びせるが、ヴラドレンはどこ吹く風とでも言わんばかりの表情のまま、ミラルへ視線を向けようともしなかった。

 そんなミラルを横目に見つつ、どうしたものかと思考を巡らせているのは、ミラル同様縛られてしまっている永久と英輔だった。

「ごめんね、私まで捕まっちゃって……」

「そりゃこっちの台詞だぜ……。なんか俺、ここに来てからいいとこなしって気がするよ……」

 そう言ってうなだれる英輔に苦笑いしつつ、永久は今朝の出来事を思い返す。

 家の中へ突然押し入り、テイテス兵達は眠っていた永久とミラルを叩き起こすと、理由も満足に説明しないまま永久とミラルに手刀を叩き込んで気絶させると、縄で縛って国王像跡地まで連行し、用意した十字架へ二人を縛り付けたのだった。

 英輔の方も大体似たような感じで、満足に抵抗も出来ないまま英輔と、ニシルの父である男性、ザシャもテイテス兵達に捕らえられてしまい、こうして十字架に縛り付けられたまま見世物同然の扱いを受けていた。

 部分的に魔力を解放すれば、英輔は両手足を自由に使えるようになるし、仮に矢で射られたとしても魔力障壁によって防ぐことが出来る。しかし英輔がそれをしないのは、英輔が暴れたことによって何の防衛手段も持たないミラルやシルフィア、ザシャが殺されてしまう可能性を恐れてのことだった。一人だけならどうにか助けることが出来そうだが、同時に射られてしまえば残りの二人は確実に矢の餌食になってしまう。永久が捕まったままでいるのも、英輔と同じ理由からだろう。

 更にヴラドレンの手元には、永久から押収したらしいプチ鏡子が縛られた状態で転がされている。鏡子の本体ではないプチ鏡子だが精神がリンクしているため、破壊されることで無理にリンクが切られると、本体である鏡子にもかなりの負荷がかかるらしく、永久と英輔にとっては鏡子が人質にとられているも同然だった。前の世界で、魔力切れによってプチ鏡子と鏡子のリンクが切れたことがあったらしいが、魔力切れで起こるリンク切れによる負荷と、プチ鏡子が破壊されることによる負荷には大きな差があるようで、なるべく破壊されるようなことは避けて欲しい、と永久達は鏡子に強く言われているため、プチ鏡子が破壊されてしまうことの危険性は永久や英輔も重々承知していた。

「答えなさいよ! 私達が何したっていうのよ!」

 毅然とした態度こそ崩れていないが、ミラルのその声はどこか震えているようにも聞こえる。大勢の前で晒し者にされ、更に弓兵に狙われている状態でこうして声を上げれていること自体が驚くべきことで、普通の少女なら完全に怯え切って泣きだしてもおかしくないような状況だ。声がわずかに震えるだけですんでいるミラルの精神力は、普通の少女のソレではない。

「わからんかね。自分達が何故縛られているのかが……」

 笑みを浮かべてそう言うと、ヴラドレンは机の上のプチ鏡子を右手でつまみ上げながらゆっくりと立ち上がり、自分達の周囲に集まっている観衆の方を向き、演説でもするかのように両手を広げた。

「ここにお集まりの諸君は既にご存知だと思うが、我々は現在一人の少年を捜している。ここで晒し者にされている者達は、その少年の居場所を知っていながら我々へ教えることを拒否した反逆者と、東から来た密入国者達だ」

 ヴラドレンの言葉に、観衆が一斉にざわつき始める。

「そして、これをご覧にいただこう」

 そう言ってヴラドレンが観衆の方へ向けてちらつかせたのは、紐で縛られたプチ鏡子だった。恐らくこの世界の時代に、ここまで精巧かつ小型な人形は存在しないし、永久や英輔のいた現代でだってそうそう作れるものではないだろう。その上その人形がまるで生きているかのように苦悶の表情を浮かべているとなると、観衆のざわめきが一層大きくなるのは当然のことだった。

「密入国者共はこのような怪しい生物を隠し持っていた……。これ程小さな人間がこれまでいただろうか?」

「テメエ! 離しやがれッ!」

「動くなッ!!」

 ヴラドレンの怒声と同時に、弓兵がキリリと音を立てて弓を引く。

「妙な動きをすればお前達だけではない、ここにいる小さいのもただじゃあおかんぞ……?」

「クソ……汚ェぞ!」

「わかったら静かにしていろ」

 そう言って一息吐いて、ヴラドレンは言葉を続ける。

「さて、こんなものは本来存在し得ない。コイツらは……悪魔の手先だ! 我々人類に害を及ぼし、神に仇なす悪魔の手先だ!」

 ヴラドレンがそう言い放った瞬間、観衆のボルテージは一気に高まった。ざわめきは永久達に対する憎悪へと代わり、その証拠とでも言わんばかりに次々に小石やゴミが永久達の方へ投げられ始めた。

「島から出て行けー!」

「おお神よ、我らを悪魔からお救い下さい!」

「悪魔の手先め! ワシらを生贄にでもするつもりか!」

 謂れのない罵倒が、憎悪が、一気に永久達へと向けられる。奇異な服装をした永久達や、領主によって反逆者認定されたミラル達は、最早憎悪の対象でしかない。それが更に彼らにとって理解の及ばない超常的な存在と繋がっているとなれば、罵倒も小石も彼らにとっては当たり前だった。

「クソ、好き放題言いやがって……ッ!」

 ヴラドレンを強く睨みつける英輔の隣で、永久は小刻みに震えていた。

「……永久……?」

「やめて……お願い、やめて……」

「お前、震えてンのか……?」

 永久はいつも気丈に振る舞っているわけではないし、どちらかと言えば普段のテンションは緩い。そんな永久だが、どんな時でも、例え自身が怯えていようとも強く立ち向かい、英輔や由愛に勇気を与えてきたような……そんな少女だった。刹那と戦って、圧倒的な力の差を見せつけられた時だって、一番最初に立ち上がり、もう一度戦おうとしたのは彼女だった。その永久が、ブルブルと震えながらか細い声で何かを呟いている姿は、英輔の知る坂崎永久ではない。その意外な姿に、英輔は声をかけることも出来ずにただ唖然としていた。

「嫌だ、嫌……嫌……っ」

 そんな永久の様子を知ってか知らずか、ヴラドレンは一しきり高笑いした後、右手で民衆達を制した。

「さて諸君、彼の居場所を吐く気にはなったかね?」

「知らないって……さっきも言ったでしょ……」

 言葉こそ強気ではあったが、ミラルの語気にこれまでのような強さはない。そこからミラルの恐怖心を察したのか、ヴラドレンは嘲るように笑って見せた。

「この島であの化け物と仲が良かったのは……君達だけだと聞いているがね」

「チリーは、化け物なんかじゃ――」

「いいや化け物だ。君らも知っているだろう?」

 ミラルの脳裏に蘇ったのは、チンピラを叩きのめすチリーの姿だった。

 彼は悪くない、自分達を助けるためにしてくれたことだ。そうわかってはいたが、その圧倒的なまでの力に対して、恐怖心を覚えなかったと言えば嘘になる。

 彼は、強過ぎた。

「“アレ”は神力使いだ! 神の力などと言われているが、あんなイカれた力を持った奴は化け物以外に他ならん……そうだろう?」

 神力使い、というものを永久も英輔も知らないが、ニシルやミラルが話していた内容やヴラドレンの口ぶりからして、その力が常軌を逸したものだということは十分に察することが出来る。見れば、ミラルもシルフィアも、そしてザシャもその事実に動揺を隠せておらず、また周囲に集まっている民衆もざわざわと再びざわつき始めていた。

「何だ、知らなかったのか」

 吐き捨てるようにそう言って、ヴラドレンはわざとらしくミラルに対して再び嘲るような笑みを見せた。

「コイツらは国家に仇なした化け物を……悪魔を囲っている……正真正銘悪魔の手先だ!」

 ヴラドレンのその言葉を引き金に、観衆のボルテージが更に高まっていく。

「何よ……何なのよ、それ……」

 必死に強がっていたミラルが顔をうつむかせたのと同時に、彼女の頭に石がぶつけられた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ