World6-6「天使が舞い降りた日」
そこに残されていたのは、瓦礫の山と惨劇の残滓だけだった。
いくら超常現象解決委員会こと超会のメンバーの一人である弘人が超常現象を見慣れているとは言え、ここまで凄惨なものは見たことなど一度もなかったし、そもそもこれ程に規模の大きな被害の出る超常現象は起こらなかった。あまりにも凄惨過ぎるこの光景は、それが起こる瞬間を見ていた弘人の心に癒えない傷を残していた。
坂崎永久を名乗る異世界から来た少女と、彼女とそっくりな姿をした「刹那」と呼ばれる少女の戦闘はおよそ弘人の予想を大幅に超えた壮絶さで、まるで漫画やアニメの世界に放り込まれてしまったかのような錯覚を覚えてしまう。
そして何も関係のない人達が、いとも容易く殺されてしまった。
何をすれば彼らがあんな目に遭う理由足り得るのか、弘人には全く想像出来なかったし、実際彼らはあんな目に遭う理由なんてなかったのだろう。
「子供だって、いたんだ……」
アスファルトが悔し涙で濡れる。何度も拳をアスファルトに打ち付けたせいで、破れた皮膚からこぼれた血が小さな血溜まりをアスファルトの上に作ってしまっており、それが涙や雨と混ざって更に濁っていく。
「俺、何も出来なかった……ビビッて、動くことさえ出来なかったんだ……」
「……ひろっちは、悪くないよ。きっとそんなの、誰にもどうにも出来ない……」
理安のかける慰めの言葉も弘人を癒すには不十分で、理安の方を振り向きもせず、弘人は歯を食いしばりながらアスファルトを睨み続けるだけだった。
呆然と立ち尽くす弘人の元へ、他の超会メンバーが集まったのは永久達が突如姿を消してから数分後のことだった。
どうやらバラバラな場所で活動していたメンバーを集めたのはシロらしく、全員が「シロの声が聞こえる気がした」と言って急遽弘人とシロの元へ集まったのだという。彼女達は想像を絶するような惨状に唖然としながらも、まるで懺悔のような弘人の話を聞いて状況を把握し、これからどうするかを話し合っていた。
「……信じられないことだけれど、本当にここでそんな漫画みたいな戦いがあったのね……」
顎に手を添えて、考え込むような仕草をしながら鞘子がそう言うと、シロは小さく頷いて肯定の意を示す。
その後ろでは、あまりの凄惨さに嗚咽を漏らす美耶を、詩安が支えていた。
「こんなの……私達じゃどうにも出来ない……」
美耶を支えながらも、自分自身もいっぱいいっぱいなのか詩安の言葉もどこか嗚咽混じりに響く。
「ねえシロ、本当にここにはあの坂崎さん達がいるの?」
理安がそう問うと、シロはいる、と短く答えてからそのまま語を継ぐ。
「見えないけど、いる。……擬似的な異空間を作り出して、私達のいる世界から隔離された場所で、まだ戦ってる」
「見えるの?」
鞘子の問いに、シロは頷く。
「力を、貸してほしい」
これまでどこか遠くを見つめていたシロが、不意に弘人達へ真っ直ぐな視線を向けた。
所々が破れてボロボロになったロングスカートを揺らしながら、悠然と刹那は美奈子の方へと歩み寄る。その場にいる刹那以外の全員があまりのことに唖然としており、歩み寄る刹那を止めようとする者はいなかった。
周囲に散らばった空の薬莢が、虚しくカラリと音を立てる。
「馬鹿な……彼女は本当に不完全体なのですか……こ、これではっ……」
常に淡々と喋っていた美奈子の言葉が震える。口を開けたまま、無表情な彼女らしくない表情で刹那を見つめる美奈子を、刹那は嘲笑うかのようにクスクスと笑みをこぼしながら歩み寄る。
コアが完全でないアンリミテッドは、不死性を失っているハズだ。ミニガン程の威力の弾丸を受け続ければ間違いなく死ぬハズだった。実際、同じアンリミテッドクイーンである永久に対して同じことをすれば死んでいたハズだ。それなのに彼女は……坂崎刹那は今、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってきていた。
「無理よこんなの……勝てっこないじゃない……」
いつも気丈に振る舞う由愛の弱音が、一層永久達に敗北感を噛み締めさせた。
「ねえ、困るのよ服がないと……そんなに高級なものでもないんだから、早いとこ弁償してくれると助かるわ、私」
真っ直ぐに伸ばされた刹那の左手には、ショートソードが握られていた。
「ねえ調停官さん、次は何回避けられる?」
美奈子の背筋を悪寒が駆け抜ける。今すぐにでも逃げ出さなければならないのに、脳の出した信号を身体が受け付けない。震えたまま動けずにいる美奈子へ、ゆっくりと小さな歩幅で美奈子が歩み寄っていく。
「……永久、永久!」
ポケットから顔を覗かせたプチ鏡子に反応もしないまま、永久は呆然と歩いている刹那を見つめ続ける。慌ててプチ鏡子は永久の腕をよじ登って肩まで上がると、その耳に向かって思い切り叫んだ。
「しっかりしなさい、永久!」
その言葉で、永久はやっとのことでハッとなって身体をビクつかせると、すぐさま立ち上がって刹那を見据えた。
「美奈子さんっ!」
叫ぶと同時にショートソードを出現させて、永久は刹那へ背後から切りかかったが、それを刹那は振り返りもせずショートソードで受ける。
「しつっこいのねぇ」
「刹那っ……刹那ぁぁぁっ!」
そのまま刹那は永久の顔面に裏拳を食らわせた所でやっと振り返り、たたらを踏んだ永久へショートソードを振り抜く。しかしその瞬間永久の身体を眩い光が包み、次の瞬間には刹那のショートソードは永久の大剣によって防がれていた。
「あら、まだ元気なの?」
刹那の言葉に、永久は答えない。
「でももう限界かしら? 随分と疲れた顔だけど」
刹那がそう言った瞬間、強引にショートソードが弾かれ、永久の大剣が振り抜かれる。
「――っ!」
放たれた衝撃波を受けるため、咄嗟に刹那は振り払われたショートソードで身を守るが、受け切れずにそのまま後方へと吹っ飛んでいく。その隙に、永久は美奈子達の元へ駆け寄っていった。
「皆……!」
「と、永久……」
普段からは想像出来ない程に弱々しい由愛の声。もう殺されるのを待っているかのような絶望し切った表情で、由愛はへたり込んだまま永久を、最後の助けを請うかのように見上げていた。
「お願い。刹那を倒さなきゃ……皆の力、私に貸して」
「……無理よ、だって誰がどうやったってあんなの倒せないじゃない……! 全員でかかったって駄目よ、永久もそこの人も勝てない相手に、私達が勝てる理由なんて……」
「あッッきらめんじゃねェッ!」
泣き出しそうな表情でうつむいた由愛に、永久が何か声をかけようと口を開くよりも、英輔の怒声が響く方が早かった。
「無理じゃねえ、駄目じゃねェ! 俺は、俺はまだ、諦めねえ……!」
「英輔……」
英輔の目が、真っ直ぐに永久と向き合う。
「決めたんだ……親父の意志は、俺が継ぐって。きっと親父なら、まだ諦めねェ……。そうだろ、母さん」
永久の甲冑の中から顔を覗かせるプチ鏡子に、英輔はそう言った。
「ええ、当然よ」
ゆっくりと。英輔の手が由愛へ伸ばされる。
「行くぜ、由愛」
「……い、言われなくたって……わかってるわよ……馬鹿ぁ……!」
半泣きになりながら英輔の手を取った由愛を見て微笑んだ後、永久は美奈子へ目を向ける。
「お願い、美奈子さん。刹那を倒すの、手伝ってほしいんだ」
永久がそう言った時には既に、美奈子は立ち上がりハンドガンへ弾を込めていた。
「……それはこちらの台詞です坂崎永久。貴女へ協力を仰ぎます」
「そっか、だよね。うん、よろしく!」
永久の差し伸べた手を、美奈子が握る。互いのぬくもりが伝わり合って、漠然とではあるものの何か分かり合えたような、そんな感触が二人の中には確かにあった。
「ねえ、待っててあげてるんだけど、お喋りはここまで?」
既に態勢を立て直した刹那は、笑みを浮かべて永久達へ視線を向けている。
「うっ……」
不意に、永久が膝から崩れると同時に眩い光を発する。ただでさえ消耗の激しい力をこの戦いの中で何度も使ったことがたたったらしく、既に永久は甲冑や大剣を維持出来ない程に疲労していた。
「永久!」
由愛と英輔の言葉に大丈夫、と答えながら、ショートソードを杖にして永久は立ち上がり、刹那へ視線を据えた。
「坂崎永久、アンリミテッドである彼女を倒し得るのは恐らくアンリミテッドである貴女だけです。その証拠に、彼女は貴女の攻撃だけは全て防ごうとしている。貴女の一撃が、活路を見出します」
カチリと。コッキングの音。
「私達が隙を作ります。貴女という最後の希望のために」
「……重いね。でも頑張るよ、私」
ショートソードを身構えて、永久は大きく息を吸い込む。覚悟を、決めるために。
「行くよ、刹那っ!」
肺から全力で吐き出された永久の言葉が、戦闘再開の合図となった。
刹那との距離を一気に詰めた永久が振り抜いたショートソードを、刹那は最低限の動作で受ける。永久の方は全身全霊、と言った様子だが、その表情から伺える疲労の色は半端なものではない。続けていれば永久の方が先に倒れてしまうのは明白だった。
「頼みがあります。聞いていただけませんか」
刹那の方目掛けてハンドガンを構えながら、美奈子が声をかけたのは由愛と英輔に対してだった。
「秘策があります。そのためにはアンリミテッドクイーンの動きを一時的にでも止めていただきたいのです。坂崎永久の活路を見出すためには、恐らくこの一発が必要です。……隙を作って下さい、お願い出来ますか?」
静かな声音ではあったが、そこには確かに感情が込められている。今まで敵対していた由愛と英輔に、美奈子は出来る限りの誠意を持って言葉を紡いでいるのだということは、二人にも理解出来た。
「……任せろ」
「仕方ないわね。永久のためだもの」
微笑む英輔と、小さく息を吐く由愛。
「……感謝します」
その言葉を合図に、英輔は右腕を振り上げる。すると、徐々に英輔の右腕に彼の魔力が、電流が密集し始める。
「正真正銘全力全開――フルパワーだッ!」
膨大な魔力が右腕に結集され、溢れ出さんばかりに弾け始めたのをチラリと見て確認すると、英輔はその右腕を刹那目掛けて思い切り振りかぶった。
「どいてろ、永久ァッ!」
放たれた膨大な魔力の塊は、一匹の巨大な虎へと姿を変えて刹那へと駆けて行く。すぐさま永久は刹那との鍔迫り合いをやめて距離を置き、虎の射線から外れたが、刹那の方は英輔の放った虎を脅威とは思っていないのが、薄く笑みを浮かべるだけだった。
「無駄だって、知ってるでしょう?」
クスリと笑みをこぼした瞬間、刹那の持つショートソードが、英輔や由愛の魔力を打ち消した時の異様な形状へと変化する。
「でも、頑張ったわねぇ」
嘲るようにそう言って、刹那が剣を構えた――その瞬間だった。
「させないっ!」
「――っ!?」
瞬間、刹那に対して由愛の放った黒弾が飛来する。すぐさま刹那はそれを剣で打ち消すが、一発、また一発と黒弾は刹那へ飛来し、彼女の動きを妨害する。
「小賢しい……っ」
「英輔! 今よっ!」
由愛の言葉におう、と力強く答えると、英輔は右腕に更に力を込める。すると、虎は速度を上げて刹那へと駆けて行き――
「行ッけェェェェェェッッ!」
刹那の身体を庇う右腕に、虎は勢い良く噛み付いた。
「くっ……!」
すぐに左手の剣で虎を打ち消そうともがくが、左からは止め処なく由愛の放った黒弾が飛来しているため、虎に対応すれば黒弾が、黒弾に対応すれば虎が、というのっぴきならない状況が生まれてしまう。
「こんな物で倒せるとでも……っ!」
刹那の表情に、初めて焦りが生まれた。
「おいッ! 撃てェッ!」
「――感謝しますっ!」
英輔の言葉と同時に、美奈子の引き金が勢い良く引かれ、それと同時に銃身が破裂し、美奈子の周囲に破片が飛び散った。
「はっ! 今更弾丸!? そんなものが――っ」
刹那が言い終わるよりも、刹那の右肩を弾丸が貫く方が早かった。
「がっ……っ……!? ……っ!?」
初めて刹那の顔が、苦悶で歪められる。
「何を……撃ちっ……!」
既に英輔と由愛は体力が切れたらしく、虎は消え、放たれていた黒弾はもうない。二人共肩で息をしながら刹那の様子を見守っている。
「こんなっ……もの……!?」
剣がカランと音を立てて取り落とされ、刹那の左手は弾丸によって貫かれた右肩へあてられる。余程の激痛が走っているのか、刹那の顔中に汗が滲んでおり、足元はどこか覚束ない。いつ倒れても良いような、そんなふらつき方を刹那は見せていた。
「――――魔弾アンチ・インフィニティ。我が局で開発された試作弾です。試作段階故効力の有無が定かではなかったのですが……どうやら抜群のようですね」
威力に耐え切れず銃身が破裂するのは問題ですが、と小声で付け足して、美奈子は永久へ視線を向けた。
これが、アンチ・インフィニティが、美奈子の言う秘策だった。
次元管理局で開発されたこの試作弾はまだ試作段階故に一発しか支給されておらず、美奈子がここぞという時のためにとっておいたものだ。
そう、今この瞬間こそ――ここぞという時だった。
「今です! 坂崎永久……!?」
しかし、肝心の永久は激戦がたたったのか、刹那同様ふらついており、ショートソードを杖にしてやっと立っている、という状態だった。
「後、一歩……なのに……っ!」
歯を食い縛りながら刹那へと歩み寄るが、永久の身体は既に限界を告げる信号を脳へ送っているようだった。
「力って、俺達のか……?」
顔を上げてそう問うた弘人に、シロは小さく頷いて肯定する。
「この世界を救うために、必要」
「救うって、どうやって……?」
「送る。私が、私と皆の力を」
不安気な詩安にそう答え、シロが指差したのは何もないハズの目の前だった。
「そこで、戦っているのね」
コクリと頷き、鞘子の言葉を肯定するとシロは小さくお願い、と付け足した。
「……やりましょう。それが、今の私達に出来ることなら……」
かなり気が落ち着いてはいるようだったが、まだ目元に涙の跡を残した美耶がそう言うと、そこにいた全員が強く頷いた。
「ひろっち、立てるよね」
やや茶化すように理安がそう言ったのと、弘人がゆっくりと立ち上がったのはほとんど同時だった。
「ああ。やろう、俺達に出来ることを」
そう言って、弘人はシロを真っ直ぐに見つめた。
「頼む、シロ」
シロは振り返ってありがとう、と答えると、もう一度前を向いて目を閉じた。
「意識を、私に集中させて」
その場にいた全員が目を閉じる。しばしそのまま時が流れたが、やがて全員の身体から白いオーラのようなものが発せられ始め、それらが一様にシロの元へと集まっていく。
「お願い」
シロの元へ六人分のオーラが集まると同時に、小さくシロがそう呟く。シロの周囲で膨れ上がったそのオーラは、やがて弾けるようにしてその場から消えた。
「ありがとう」
シロがそう言ったのと、その場にいたシロ以外の全員がその場へへたり込んだのはほとんど同時だった。
「な、なんかものすごい疲れたわよ……?」
「彼女は今、疲労している。彼女を助けるためには、皆の力をこうして送るしかなかった」
なるほど、と呟いて、鞘子は静かに息を吐いた。
「六人分だ……頼んだぜ、坂崎」
言葉は届かなくても、きっと力と一緒に思いは届く。そんな気がして、弘人はそう呟いた。
「こっ……のっ……虫けらぁっ!」
刹那の怒声。しかし未だに苦痛が取り除かれないのか、刹那は凄まじい形相を浮かべたまま右肩をおさえている。
「永久! お願い、後一歩よ!」
プチ鏡子の激励を耳にしながら、永久はふらふらと刹那へと近づいていく。近づいた所でショートソードを振れる程の力が残っているのか、今の永久にとってはそれが一番の不安だった。
「く……うっ!」
よろめいた永久の身体が、膝から崩れ落ちる。
「はっ! ざっまぁ……ないわっ……ねぇっ……! 今に、こんな……ものっ……」
刹那がそう言った、その時だった。
「あれ……何……?」
由愛が指差したのは、どこかから永久の元へ集まってくる白い光の玉だった。
「こ、これって……」
ゆっくりと永久の中へ溶け込んでいくその白い光の心地良さに、永久の表情が一瞬緩んだ。
震えていた足が、しっかりと大地を踏みしめる。
霞んでいた視線が、真っ直ぐに刹那を見据える。
震えていた手が、強くショートソードを握り締める。
「そっか……ありがと」
永久が、白い光の玉がシロ達超会のメンバーから送られたものであると気づくのに、そう時間はかからなかった。
温かい感触と共に脳裏を過る六人の顔に、永久は静かに微笑む。
白い光の玉が全て永久の中へ溶け込んだ時には既に、永久は力強く立ち上がり、刹那に対してショートソードを構えていた。
「貴女のどこにっ……そんな力がぁっ!」
「違う、私の中じゃない」
ショートソードを振り上げ、勢い良く刹那へと駆け出す。まだ美奈子の一発が効いているようで、刹那には迫ってくる永久をどうにかする余裕はない。
「皆の力だっ!」
鏡子が、由愛が、英輔が、美奈子が、弘人が、詩安が、理安が、鞘子が、美耶が、そしてシロが、皆の想いの全てが込められた一振りが、刹那の身体を切り裂く。
「がっ…………あぁっ……っ!!!!」
袈裟懸けに切られた刹那が仰向けに倒れるのと同時に、刹那の身体から光の塊が弾けるようにして飛び出した。
「これは……っ」
勢い良くその塊を左手で掴み、永久はそっとその手を開いて光の塊の正体を確認する。
「欠片の……塊……?」
それは、刹那の中にあった欠片の塊の一部だった。ビー玉の四分の一くらいの大きさのその塊は、ゆっくりと永久の中へ染み込んでいく。やがて塊が完全に永久の中へ溶け込むと、永久はそれを確かめるようにして左手を握りしめた。
「ユル……サ、ナ……イ……!」
ユラリと。刹那の身体が起き上がる。
「ば、化け物かよ……! まだ起き上がれるのか!」
「でももう、かなりボロボロよ!」
由愛の言う通りで、今の刹那には先程までの余裕はない。ミニガンを受けた後に見せたような余裕は、もう彼女にはないのだ。全員で繋いだ永久の一撃が、刹那に対して致命的なダメージを与えている証拠だった。
「おま、えら……全、員……っ!」
口から血を流しながら刹那がそう言った――その時だった。
「――っ!?」
永久の身体から、突如眩い光が発せられる。それは永久が姿を変える時に発せられるいつもの光と同じものだったが、いつもと違うのは光を纏った永久が宙に浮いていることだった。
徐々に、光は収まっていく。
フワリと目の前に舞い降りた白い羽根をそっと掴み、由愛はソレを見上げて綺麗、と小さく呟いた。
「すげぇ……」
英輔が思わずそう漏らし、その隣では美奈子も信じられないものを見るような表情でその光を見つめていた。
「アンリミテッド、クイーン……」
やがて、光は収まった。
「はぁぁぁぁっ!」
永久の掛け声と共に開かれたのは、大きな白い鳥のような翼だった。
「う、そ……?」
永久が着ているのはいつものセーラー服ではなく、真っ白なロングドレスだった。
肩や背中、腕は剥き出しになっており、腕は真っ白なドレスグローブに包まれている。剥き出しになった背中から生えた真っ白な美しい翼は、小さく羽ばたきながら周囲に白い羽根を舞わせている。
右手に握られているのは永久がいつも使っているショートソード。今の永久の姿こそ、アンリミテッドクイーンとしての真の姿なのだと永久を含む全員が理解するのに、それ程時間はかからなかった。
「終わりだ……刹那っ!」
いつの間にか雨は止み、雲に覆い隠されていた太陽が鮮やかに永久を照らす。
天使が、舞い降りた瞬間だった。