World1-2「要」
「危なかった……ホントに色々ヤバかった……ありがと……」
感謝の意を少女に対して伝えつつ、服についてしまった砂をはたきながら永久が立ち上がると、少女は気にしないで、と微笑んで見せた。
「ありがとう。私からも礼を言わせてもらうわ」
いつの間に逃げ込んでいたのか、ポケットの中からひょこりとプチ鏡子が顔を出す。
少女はしばらくプチ鏡子を見て目を丸くしていたが、やがて頬を緩ませると屈んでプチ鏡子に自分の目線を合わせた。
「何これー! 貴女のパートナー!? かわいいー!」
パートナー、という言葉に引っ掛かりを感じたものの、少女の高いテンションに圧倒されてそれについて問うことが出来ないまま、永久はプチ鏡子をポケットから取り出して少女へと差し出す。
プチ鏡子は別に嫌がる素振りも見せず、そのまま少女の手の平の上へと乗せられた。
「あーもう何これかわいいかわいいかわいいかわいいかーわーいーいー!」
プチ鏡子を抱きしめて、グルグルと回転する少女を眺めつつ、目が回らないかな、とかプチ鏡子さん大丈夫かな、それにしても暑いな、などと永久がボンヤリ考えていると、丁度プチ鏡子と同じくらいの大きさの何かが少女の元へと飛来する。
「ちょっと要、アンタ何やってんの?」
少女の傍まで飛んできてピタリと止まったソレは、まるで妖精のような姿をした少女だった。セミロングくらいの長さの金髪を後ろで一つに縛っており、碧い瞳はやや吊り上っている。裾にフリルのついた緑色のジャンパースカートに白いブラウスという出で立ちで、背中には透き通った四枚の羽根がついている。
正に妖精、と言った風貌だ。
「あ、いや、ちょっと……かわいくて」
そう言いつつ、妖精少女に要、と呼ばれたセーラー服の少女は素直にプチ鏡子を永久の元へと帰した。
プチ鏡子は先程までのことをあまり気にとめていない様子で、永久の右肩に運んでもらい、何事もなかったかのように腰かけた。
「貴女達は……」
と言いかけ、永久はすぐに自分から名乗るべきだった、と一度口を閉じたが、要が答える方が、永久が口をもう一度開くよりも早かった。
「私は要。こっちはパートナーのミント」
ミント、と紹介された妖精少女は、人見知りでもしているのかやや無愛想にペコリと永久達へ頭を下げる。
「パートナー……ということは、ここは夢幻世界ね?」
そう言ったプチ鏡子へ、要はコクリと頷いた。
「確かにここは夢幻世界だけど、もしかして貴女も夢幻世界の人間じゃないの? パートナーいるし……」
永久へ視線を向けてそう言った要に、永久は思わず訝しげな表情を見せる。
「貴女『も』って……」
「うん、あたしは元々、この夢幻世界の住人じゃないよ」
プチ鏡子によると「夢幻世界」というのは現実世界と並行して存在する世界で「夢」というのは元々、魂が身体を一度離れて夢幻世界へ行ってしまう現象のことを指すらしい。パートナー、というのは夢幻世界へきた現実世界の人間一人に一人(人とは限らないが)つくサポート役のようなものだという。永久は鏡子の力を借りて夢幻世界へ来たイレギュラーであるため、パートナーはつかなかったようで、プチ鏡子について説明するのが億劫だった永久は、要にはプチ鏡子は自分のパートナー、ということにしている。
一応あの後永久は名乗り、砂漠で立ち話というのも何だからという理由で、要にこの砂漠のオアシスにある村へと案内された。無論移動は徒歩だったため、永久は非常に暑い思いをしたのだがそれはまた別の話である。
村に到着すると、永久は要が宿泊しているという宿屋兼酒場「グリーンレッド」へと案内された。名前の矛盾については、プチ鏡子が何か言いたげだったが、結局何も言わずにそのまま店の中へと入っていった。
「永久ちゃんも、由愛ちゃんに呼ばれて夢幻世界に?」
冷房の効いた酒場の一席で、水を飲みつつそう問うてきた要に、永久は既に空っぽになってしまったコップを寂しげに眺めつつ由愛ちゃん? と首を傾げた。
「違うの?」
「永久は、別の用事があってこの世界に来たのよ」
永久の肩に乗っているプチ鏡子がそう言うと、要はふーん、とだけ返して深く追求しようとはしなかった。
「由愛っていうのは、どういうわけかこの夢幻世界をグチャグチャにしようとしてる奴よ」
要の周りをフワフワと飛んでいたミントは、そう言って険しい表情を浮かべた。
「何でそんな力を持っているのかはわからないけど、この夢幻世界と現実世界をグチャグチャに融合させて、それで生まれた新しい世界を支配しよう、だなんてふざけたことをぬかしてるのよ」
何でそんな力を持っているのかわからない。その言葉に、永久はピクリと眉を動かした。横目でプチ鏡子を見ると、彼女も同じことを考えているのか、意味深な表情を見せていた。
欠片のせい、である可能性がある。
ミントの口ぶりからは、由愛が力を持ったのは突然、と言う風だった。もしこの世界に飛び散った欠片を、その由愛が持っているのだとしたら……?
「異変、見つけたね」
永久のその言葉に、プチ鏡子はコクリと頷いた。
「あたしは、由愛ちゃんが世界をグチャグチャにするまでの暇潰しにこの世界に呼ばれたみたい……。由愛ちゃんが準備を終えるまでに、あたしが由愛ちゃんを止められれば勝ち。止められなければゲームオーバー……」
出会った直後の、ハイテンションな彼女からは想像できないような暗い表情。要はそのままもう一度口を開いたが、その表情は明るくなるどころか更に暗くなっていく。
「ホントは、他にも仲間がいたんだけど……行方不明になっちゃって、今はその子を捜しながら由愛ちゃんを捜してる」
やや重たい沈黙が落ちる。
行方不明になった仲間のことを思い出しているのか、要の表情は暗いままで、傍で浮いているミントも、険しい表情のまま腕を組んでいる。
しばしそのまま沈黙が流れたが、やがて唐突に永久が口を開いた。
「じゃあ、さ」
永久がそう言うと同時に、うつむきかけていた要の顔が永久の方へと向けられる。
「私、手伝うよ。こうしてここまで連れてきてもらったし、芋虫からも助けてもらったし……ね? 仲間捜しと由愛捜し、手伝うよ」
由愛を捜すことは、欠片を捜すことに繋がる。永久とプチ鏡子の予想が正しければ、恐らく由愛はコアの欠片によって力を得ている。境界を使わずに世界を行き来出来るような力を持っているコア……その欠片で力の一端を手に入れるだけでもかなり大きなものになるハズだ。要が捜している由愛という人物は、十中八九欠片を持っているだろう。
「……ホントに!?」
永久のその言葉を聞くと、要は今まで暗くしていた表情をパッと明るくして心底嬉しそうな笑顔を見せた。
「うん、助けてもらったしね。困った時はお互い様……ってことで」
「永久ちゃんありがとーっ!」
勢いよく立ち上がると、要は机を乗り越えて永久の両肩へ抱きついた。そんな要のテンションに苦笑しつつ、永久は刹那のことを考えていた。
この世界に、刹那はいるのだろうか。
欠片の存在を察知し、この世界に来ている可能性はゼロではない。
――――刹那……!
脳裏にちらつく妹の顔を、永久は振り払おうとは思わなかった。
この村で通用する通貨は要が持っていたので、永久は要の持っていたお金でここの宿の一室に泊まれることになった。
来たばかりで疲れているだろう、ということで今日は由愛達の捜索は行われず、一晩寝て明日から捜索開始、ということになり、永久は部屋でベッドの上に寝そべっていた。
「あー……疲れた」
ボソリと呟くようにそう言って、永久はゴロリと寝返りを打った。ちなみに今は、暑苦しかった制服は脱ぎ、代わりにここの宿で借りた寝間着を身に着けている。
寝転がったまま窓を見ると、そこに広がる風景は今まで永久が寝る前に見てきた風景とはまるで違った風景で、改めて永久は別の世界にいる、ということを認識した。
もう、あの日常は返らない。
刹那と共に通学路を歩くことも、学校でクラスメイトと話をすることも、良くしてくれていた孝明も、十郎も、もう……
「返らないんだよね」
不意に表情を曇らせた永久に、枕の隣に座っていたプチ鏡子はどうしたの? と声をかけた。
「私ね、色んなことが一気に起こり過ぎて、麻痺してたみたい」
アンリミテッドとしての記憶を取り戻し、孝明や十郎を殺した刹那。そしてその刹那の手によって、一度命を落とした永久。境界、鏡子、異世界、砂漠、要、ミント、夢幻世界、欠片、コア……。体感時間としてはわずか一日足らずだというのに、永久はキャパシティを完全にオーバーするような出来事ばかりに遭遇してきた。
感情が麻痺するのは、当然のことのようにも思えた。
唐突に漏れ出した感情を、抑えることなど出来るハズもなく。
「私の……ね。私の……家族……」
順番に、坂崎神社で世話になっていた人達の笑顔を脳裏に浮かべる。が、その笑顔は全て、刹那の微笑と倒れ伏す死体、流れる赤で塗り潰されていく。
「死んじゃったよ……皆……死んじゃったんだ……」
いなく、なっちゃった。
そう、言葉を漏らして、永久は枕へ顔を埋めた。
「永久……」
枕でくぐもった声で嗚咽を漏らし続ける永久を、プチ鏡子は静かに見守ることしか出来なかった。
ごめんなさい。
自分のせいではない、そうわかっていながらも、そんな言葉を思い浮かべながら。