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World×World  作者: シクル
霊滅師
44/123

World5-9「終幕」

 霞んでいた視界はくっきりとしていて、先程まで覚束なかった足は、今ではしっかりと大地を踏みしめている。自分以外の誰かが自分の身体を動かしている感触というのは、もっと気持ちの悪いものではないかと思っていたが意外とそんなことはなく、むしろ心地良いとさえ感じられた。

『亮太、これって……?』

「しばらく借りるぞ月乃。どうせお前、もう戦う気力なんて残ってねーんだろ」

 月乃の喉から、月乃の声で発せられる亮太の言葉は、静かに月乃の心の中に染み込んで、癒すように広がっていく。

『……うん。任せたわよ』

 月乃の言葉に、亮太は安心したかのように一息吐くと、迫ってきた悪霊を斬り伏せてすぐに時計塔へ視線を向けた。

「俺に、出来ること……」

 小さくそう呟いて、亮太は拳を握りしめた。



「……えっと?」

 これまでの一連の流れは見ていたものの、亮太の憑依した月乃を何と呼べば良いのかわからず、永久は月乃(亮太)を指差して首を傾げる。

「とりあえず今は亮太で良い。それよりも、時計塔の中……行くんだろ?」

 亮太の言葉に、永久はコクリと頷く。

「だったら俺も行く。よくわかんねぇけど、俺はあそこに行かなきゃいけない気がするんだ」

「わかった……行こう」

 お互いに頷き合い、永久と亮太は悪霊を蹴散らしながら時計塔の門へと向かった。





「馬鹿な」

 呆然とした表情でポツリとそう呟いた直後、彼の――蒼真の表情は一気に激情で埋め尽くされた。

「馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な」

 狂ったように何度も繰り返して、蒼真は両手で頭をかきむしる。そうしている内に皮が剥がれ、徐々に指に血が滲み始める。それでも狂ったように馬鹿なと繰り返しながら蒼真は頭をかきむしり続けた。

 蒼真が呼び出した悪霊達は、その半数以上が永久や駆けつけた霊滅師達の手によって滅せられており、その数は大幅に減ってしまっている。その上ほとんどが時計塔付近で食い止められてしまっているせいで、悪霊達に集めさせようとしている肝心の「彼女」を呼び戻すための生気がほとんど集まっていないという事実が、蒼真の指の動きを加速させる。

 霊魂が、生前の記憶や習慣を模倣しているだけだと、滲んだ生暖かい血を指先に感じながら蒼真はボンヤリとそう思った。もう傷などつきようもない、ありもしない血など流れはしない。それでもこうして流れているように感じるのは、死して尚生にしがみつく霊故のことなのだろう。そこまで考えた所で、かきむしるのも馬鹿らしくなって蒼真は手を止めた。

瑞奈みずな……瑞奈ァ……ッ!」

 呻くようにそう言って、蒼真はその場に膝から崩れ落ちた。

 しばらくむせぶような声を上げていたが、やがて蒼真はピクリと肩をびくつかせて部屋の入り口の方へ視線を向けた。

「瑞奈……?」

 血の滲んだ手が、そっと床にある入り口を開けた。





 門まで辿り着くと、そこには未だに大量の悪霊達がひしめいていた。

 一体一体始末しているのでは日が暮れてしまうだろうことが容易に想像出来る数で、それを見て亮太は思わず舌打ちをする。

「クソ、ここまできて……!」

 悪態を吐く亮太の隣で、永久はスッと大剣を身構えた。

「任せて……!」

 大剣の柄を強く握りしめ、門の向こうへ視線を据えると、一気に永久は大剣を薙ぐ。すると、大剣から発せられる衝撃波が大量の悪霊達をほぼ一瞬で消し飛ばした――が、

「……くっ……!」

 流石に連発すれば負荷が強くかかるのか、永久は大剣をその場へ落とし、苦しそうに呻きながらその場へ膝から崩れた。

「永久ッ!」

 心配そうに駆け寄る亮太に、大丈夫、と答えるが、その身体は眩い光に包まれていき、光が収まる頃には元のセーラー服姿に戻ってしまっていた。

「大丈夫かよ、お前……」

「……多分。それより行こう、時計塔は目の前だよ」

 肩で息をしながらもそう言った永久に、亮太はコクリと頷いた。





 時計塔の代表とも言えるロンドンのビッグベンは、国会議事堂であるのに対して、この木霊町にある時計塔は「ただの時計塔」であり、その内部は実にシンプルなものだった。

 立入禁止になる前はちょくちょくメンテナンスされていたのか、内部はそれ程汚くなく、蜘蛛の巣の数も想像していたより少ない。

 中央には上へ向かうための螺旋階段があり、恐らくこの騒動の犯人が頂上にいるのだろうと判断した永久達は、すぐに螺旋階段を登って行った。

「まだ、気持ち悪い?」

 階段をしばらく登って、巨大な振り子のある部屋へ辿り着いた所で、どことなく不愉快そうな表情の亮太に、永久がそう問うと亮太は小さく頷いた。

「登れば登る程気持ち悪くなってくるな……。けどなんか、ただただ気持ち悪いって感じでもねーんだよ」

「……と言うと?」

 小首を傾げる永久に、亮太はうーん、と考え込むようにして唸り声を上げる。

「なんつーのかな……。気持ち悪いには悪いんだけど、時計塔そのものが気持ち悪いって感じじゃなくってな……」

 そう言ってピタリと亮太が足を止めると、それに倣うようにして永久も足を止める。

「思い出すべきじゃないものを、思い出しそうになってるような……」

 うつむいた亮太の表情は、どこか寂しげに見えた。





 螺旋階段を登った先の時計機械室を抜け、巨大な鐘のある部屋に辿り着くと、その鐘の更に上に隠し部屋と思しき入り口が存在しており、どういうわけかその入口は開け放たれていた上、ご丁寧に梯子まで降りていた。その隠し部屋には民家の一室のような場所があり、とても時計塔の中とは思えないようなその場所はどちらかというと「人が住んでいる部屋」と言った感じで、ソファやベッド、カーペットまでもが敷かれており、ベッドの上にはぬいぐるみらしきものまで飾られていた。

「女の子の……部屋……?」

 ベッドのシーツや床に敷かれたカーペットは、濃淡こそ様々だったがどれもピンク色で、飾ってあるぬいぐるみもあいまって一目で女の子の、それもまだ幼い子の部屋だということが判断出来る。

 そしてソファの上には、くたびれた表情をした初老の男が座り込んでいた。

 その男を目にした瞬間、すぐに永久はその男が欠片を持っているのだと理解し、身構えたが、甲冑姿で大剣から衝撃波を放っていた時の疲労がまだ色濃く残っているらしく、ショートソードを出現させるのが今の永久には限界だった。

 相手がどれくらいの強さなのかにもよるが、今の体力ではまともに戦えないだろう。

「貴方が、この事件を起こした犯人なの……?」

 永久の問いに、男は答えない。ただボーっとそこに座り込んだまま、くうを見つめている。半透明のその姿から霊であることは明白だったが、その風貌や様子、何よりもまとっている空気の不気味さは、外にいた悪霊達の比ではない。

 しばしの静寂。

 何もしてこない上にあまり敵意も感じられない。永久は困惑したままショートソードを持ったまま構えを解かずにジッと動きを待っているのだが、これと言って何かこちらに仕掛けてくるような様子はなく、ただそこに座っているだけだった。

「……鴉形蒼真」

 ボソリとそう呟いて、一歩鴉形蒼真へ歩み寄ったのは亮太だった。

 鴉形蒼真、という言葉に反応を示したのか、男はゆっくりと亮太の方へ目を向ける。

「わかったよ、この気持ち悪さの意味が」

 そう言ったのと、亮太の霊体が月乃の身体から出たのはほとんど同時だった。

「亮太……?」

「月乃、ありがとな。身体返すよ」

 そう言って月乃へ微笑みかけて、亮太は男へ――鴉形蒼真へと歩み寄っていく。

「道理で気持ち悪くなるわけだよ。こんなモン、ホントは思い出しちゃいけねぇんだ」

「亮太……っ!?」

 呆れたように溜息を吐いた亮太の姿が、風に流されるようにして消えていく。数秒と経たない内に亮太の姿はその場から消えてしまっていたが、その代わりとでも言わんばかりに幼い女の子が亮太の立っていた場所に立って、あどけない表情を蒼真へ向けていた。

「どういう……こと……?」

 状況が理解し切れずに困惑する永久と月乃だったが、少女はそちらを振り返ろうともせずに、蒼真のすぐ傍まで歩み寄ると屈託なく微笑んで見せた。

「み……瑞奈……」

 今まで呆然としていた蒼真の表情は、驚愕に染め上げられており、その身体はプルプルと小刻みに震えている。

「約束、覚えててくれてたんだね」

 少女の――瑞奈の言葉に、蒼真は震えながらもコクリと頷いて見せた。

「ありがとうお父さん・・・・、ずっと夢だったんだ……時計塔を見るの」

 そう言った瑞奈に、蒼真は涙を流しながら微笑んだ後、ソファから立ち上がってそっとその小さな身体を抱きしめた。

 そんな蒼真の背中に、ゆっくりと瑞奈はその小さな手を回す。

「ごめんね、瑞奈もう、生まれ変わっちゃってたから……すぐにお父さんに会えなくて、ごめんね」

「……良いんだよ」

 嗚咽混じりに蒼真がそう言ったのを聞いて、瑞奈は安心したかのようにもう一度微笑んで、蒼真の胸に顔を埋めた。

「もう大丈夫だから。お父さんのおかげで、夢は叶えれたから……」

 少しずつ、霞んでいって。

「ありがとう、お父さん」

 それはまるで、風化していくかのような。

「瑞奈……」

 そんな光景だった。



 気がつけばそこには蒼真の姿も、瑞奈の姿もなくなっていた。

 二人が抱き合っていたその場所には、一つの小さなビー玉の破片のような欠片が、薄っすらと光を放っていた。









 事件が完全に沈静化したのは、永久が時計塔で欠片を回収してから数時間後のことだった。

 時計塔の中にいた地縛霊、鴉形蒼真が欠片の力によって起こした事件、所謂「黄泉返り事件」は、鴉形蒼真が亡くなった娘、鴉形瑞奈にもう一度会おうとした結果引き起こされた事件であるということが、永久の供述によって明らかになった。

 鴉形蒼真という地縛霊が時計塔の中に取り憑いていたのは随分と前(恐らく鴉形蒼真が死んだ直後)からで、木霊町の霊滅師センターでは危険度D(最低ランク)の依頼として鴉形蒼真の除霊依頼は出されていたのだが、時計塔の中にある例の隠し部屋を外側から開く方法がなかったため、誰も鴉形蒼真を滅することが出来ないでいた。しかし、鴉形蒼真は時計塔の中に取り憑いているだけで、とりたてて何かをするわけでもなかったため鴉形蒼真の存在は放置され、時計塔の整備をしている人々も蒼真の存在など知らないまま整備をしており、何かしら問題が起きるようなことはなかったという。しかし、今回の件で鴉形蒼真は偶然「欠片の力」を手にし、死者を霊体として現世に呼び戻す、という超常的な力を手にしてしまったことで、事態は一変する。蒼真が持つ欠片の力は蒼真以外の人間の願いにも反応し、何人もの死者を霊化させて現世に呼び戻してしまったせいで、時計塔は「黄泉返りの時計塔」と呼ばれ、何人もの人々が時計塔に願いをかけて死者を霊化させて現世に呼び戻してしまったのだ。

 だが、蒼真が呼び戻そうとした瑞奈の魂は既に死後、転生しており黒沢亮太という全くの別人となってしまっていたため、蒼真が瑞奈を呼び戻そうとした時に現世に戻ったのは、その黒沢亮太だったのだ。それに気づかず、瑞奈が霊化しないことに業を煮やした蒼真は欠片の力を使って無数の悪霊達を呼び寄せて操り、町中の人々から生気(霊力のある者からは霊力)を集め、そのエネルギーで力を強化して瑞奈を呼び戻そうとしていた、というのが今回の事件の概要であり、蒼真の計画は霊滅師達と坂崎永久の協力によって失敗に終わった。


 というのを、永久が霊滅師センターで説明し、欠片の力という点について中々に納得しない霊滅師センターの人達を説得するのに、永久は事件の翌日を半日程要するはめになってしまっていた。

 ちなみに今回の件についてセンター側は原因が鴉形蒼真にあるのではないか、というところまでは推測しており、何度か時計塔の隠し部屋への侵入を試みていたようだが、結局入り口が見つけられず、一度もあの隠し部屋には入ることが出来なかったという。

 永久は一連の事件に黒沢亮太と共に関わっており、更に欠片を回収した際に蒼真の記憶を垣間見てしまっていたため、事件の概要を説明するには最も適しており、永久自らが今回の事件について説明する、と名乗り出たのだ。

「やっと終わったよ……」

 永久が霊滅師センターを出た頃には既に夕方になっており、永久が説明にかけた時間が視覚的に実感出来てしまう。

「お疲れ様。今回は色々大変だったわね……」

 魔力切れから回復したプチ鏡子が、永久のポケットからひょっこりと顔を出してそう言うと、苦笑しつつ永久はだよね、と答えた。

「こっちも大変だったわよ、お馬鹿のお守りするのは」

「お互いな」

 憎まれ口を叩き合いながら顔を見合わせて笑う由愛と英輔に、思わず永久はポカンと口を開けて見つめていた。

「え、ちょっと二人共いつの間に仲良くなったの!?」

「永久には仲良く見えるの?」

 呆れたようにそう言った由愛の隣で、全くだ、と頷く英輔。そんな二人の様子は、この世界に来る前の二人の様子から考えるとどう見ても「仲良く」なっていた。

「坂崎さん」

 不意に後ろから声をかけられて振り返ると、そこにいたのは白髪の少女――城谷月乃だった。

「あ! えーっと……」

「月乃です。城谷月乃」

 そう言って穏やかに微笑むと、月乃はゆっくりと永久に対してお辞儀をして見せる。

「え、あの……私何かした……?」

 困惑する永久に、月乃は顔を静かに上げて微笑んだ。

「今回は、何だか亮太がお世話になったみたいで……」

「ううん、そんなことないよ。私こそお世話になっちゃってたし……」

 そう言って照れ臭そうに笑うと、月乃も釣られて笑みをこぼす。

「それと、二人には失礼な態度を取ってしまって……ごめんなさい」

 由愛と英輔に向かって月乃がペコリと頭を下げると、英輔はニコリと笑って見せた。

「気にすんなって。大したことじゃねぇよ」

「ま、端から気にしてないんだから、謝られるのも筋違いだわ」

 優しく言葉をかける英輔と、憎まれ口を叩く由愛だったが、そのどちらの表情も穏やかで、月乃はありがとうございます、と礼を告げた。

「私、昨日亮太に会ってわかったんです。私ずっと、亮太のことを引きずってたんだって……。前を見てるようでいて、ずっと後ろにしがみついたままだったんだって、わかったんです」

「……そっか」

 月乃と亮太の事情を、永久は知らない。

 けれど、どこか吹っ切れたような月乃の表情を見て、永久は安心したように小さく言葉を返していた。

「だから私も、そろそろちゃんと前を向かなきゃって……」

 言いつつ、月乃は服の中に隠すようにして胸にかけていたロケットペンダントを外すと、永久の方へ差し出した。

「これは……?」

 永久の言葉には答えず、月乃はそっとロケットペンダントを開ける。その中に入っている写真に写っていたのは、楽しそうに笑う月乃と亮太の姿だった。

「これは、貴女に持っていて欲しいんです。これがあると、私また引きずっちゃいそうで……」

「良いの?」

「はい。きっともう私には、必要ないものですから」

「そっか……そうかもね」

 そう言って微笑んで、永久は月乃からペンダントを受け取り、大切に握りしめた。

「もし機会があれば、また会いましょう」

「うん。その時はまたよろしくね」

 お互いに四人で微笑み合った後、永久達は月乃へ別れを告げた。





 月乃と別れた後あの世界を出た永久達は、客室ゲストルームでゆっくりと休憩を取ってから例の路地裏へ集まっていた。

 永久達が休んでいる間に次の世界へ向かうための準備は整っていたらしく、既に鏡子の隣には空間の裂け目が出現していた。

「こ、これって……」

 その裂け目を見て永久が困惑の声を上げると、鏡子もわからない、と言った様子で首を左右に振った。

「何か……あるわね。欠片どころじゃないものが、この向こうの世界には来ているのかも知れないわ」

「欠片以上の……何か」

 脳裏にチラついた顔を、睨みつけるかのように永久は裂け目へ視線を据える。

「今までとは全然違うわね……」

「何なんだよ、次の世界って……!」

 各々が困惑した様子を見せていたが、永久は既に覚悟を決めているかのように裂け目を見つめ続けていた。

「でも、行かなきゃ」

 永久のその言葉に、由愛と英輔、そして鏡子が力強く頷いた。

「行こう、次の世界に」


 裂け目の向こうに写っている一見普通に見えるある町の景色は、所々に亀裂が入っていた。


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