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World×World  作者: シクル
霊滅師
42/123

World5-7「騎士姫」

 しばしの沈黙。いくらまともに身動きが取れないとは言え、永久は不自然なまでに向けられた銃口に対して無抵抗だった。

「永久……?」

「もう、無理だよ。だって私が悪いよ……きっと」

 小さくかぶりを振って、永久はもう一度口を開く。

「だってそうじゃなきゃ……こんなに恨まれないよ。きっと殺しちゃってるんだ、私……下切子って人の家族を……」

「そんなこと――!」

 あるハズない、と続くハズだったプチ鏡子の言葉は、途中で途切れてしまう。永久が誰かを殺すことなんてあるハズがない、プチ鏡子だってそう信じたいハズだったが、その確証はない。記憶のない、それもアンリミテッドであった彼女が、記憶を失う以前に誰かを殺していないという確証など、今はどこにもない。永久自身が記憶を取り戻さない限り、永久が誰かを殺したかどうかなど、今は誰にもわからなかった。

「美奈子さん、ごめんね。私が、切子さんの家族、殺したかも知れなくて……」

 永久の言葉に、美奈子は言葉では答えなかったが、その代わりとでも言わんばかりに冷たい視線を永久へ向けた。

「殺したかも知れなくてごめんね、ですって……!?」

 そんな変な謝罪があってたまるかと、プチ鏡子は永久を睨みつける。殺してないという確証はない。しかし、殺したという確証だって同じようにない。それを「殺したかも知れない」だなんて理由で謝って、それで仇討ちのために殺されるなんてことがあって良いハズがない。プチ鏡子にはそう思えてならなかった。

「お別れです。アンリミテッドクイーン」

 感情が限界まで抑えられた美奈子の言葉。それと同時に永久の耳に届いたのは、引き金を引く音だった。

 ――――刹那……。

 一瞬、刹那の顔が脳裏を過ったその瞬間――

「な……っ!?」

 聞こえたのは、電流が弾けるような、そんな音だった。

「えっ……」

 魔力障壁。

 そこにあったのは、魔力障壁によって美奈子の弾丸を防ぐ、プチ鏡子の姿だった。

「プチ……鏡子さん……?」

 目の前で身体を震わせながら弾丸を防ぐプチ鏡子の背中を見つめつつ、永久は困惑の声を上げる。

 プチ鏡子を通じて放つ魔力では、弾丸一つを防ぐのが精一杯らしく、かなりキツそうな様子でプチ鏡子は両手をいっぱいに広げて魔力障壁を展開している。

「怖いのは……わかるわ。だけど、この隔離フィールドの向こうで、誰かが苦しめられているかも知れないのよ……。何の罪もない人が、欠片の力で苦しめられているかも知れない。英輔や、由愛だって……っ」

「だ、だからこそ――」

「ふざけたこと言わないで!」

 だからこそ、ここで消えるべきだった、そう言おうとした永久の言葉は、プチ鏡子の怒声で遮られた。


「貴女がするべきことって、消えることなんかじゃないでしょう!」


「するべき……こと……?」

 プチ鏡子の言葉を繰り返す永久に、プチ鏡子はそうよ、と答えるとそのまま語を継いだ。

「欠片を取り戻して記憶が戻るのが怖いのでしょう!? でもだからって、今苦しめられているかも知れない人達を、見過ごして良い理由にはならないハズよ!」

「小賢しい。桧山鏡子、すぐにどきなさい」

 言いつつ、美奈子はもう一度引き金を引いた。

「うっ……くっ!」

 二発分の弾丸を防ぐのは厳しいらしく、プチ鏡子は苦しげに呻き声を上げた後、急にプツンと糸が切れた操り人形のように動きを止め、その場へぐったりと倒れ込んだ。魔力障壁によって阻まれていた弾丸は、美奈子の意図する方向とは全く違った方向へと飛んでいき、永久には一発も当たらなかった。

「魔力切れですね。馬鹿な真似を」

 淡々と言い捨て、再び美奈子は永久へと銃口を向けた。



 ――――貴女がするべきことって、消えることなんかじゃないでしょう!

 プチ鏡子の言葉を反芻する。普段誰よりも落ち着いている彼女が、あんなにも必死になって永久を助けてくれたのは意外だったし、あんな言葉を永久にくれるなんて、今まで想像も出来なかった。

 欠片を取り戻し、記憶を取り戻すのが、怖い。知ればきっと後悔するし、美奈子の言う「切子の家族」というのも永久が殺してしまっているのかも知れない。欠片の力が、永久の力が世界に害を及ぼすということは、永久の存在そのものが世界に対して害だと、そう言った美奈子の言葉は、永久からしても正論のように思えてしまう。

 ――――でもだからって、今苦しめられているかも知れない人達を、見過ごして良い理由にはならないハズよ!

「そうだね、ならないよ」

 静かに、目を伏せる。

「今度こそ終わりです、アンリミテッドクイーン」

 死を覚悟するためではなく――

「私、やらなきゃ」

 これからの戦いを、覚悟するために。

 銃口から弾丸が放たれたのと、永久の身体が眩い光に包まれたのはほぼ同時だった。

「――――っ!?」

 驚愕に歪んだ美奈子の目が、あまりの眩しさに閉じられる。次に美奈子が瞼を上げた時、そこには信じられない光景が広がっていた。

「馬鹿な……っ」


 その姿は、美しくも雄々しく。


 ガシャリと音を立てたのは、華奢な少女の身体を包むにはあまりにも無骨過ぎる銀色の鎧だった。

 スマートにまとまったフォルムをしてはいるが、紛れもなくそれは西洋風の甲冑で、重厚過ぎるソレは少女とは不釣り合いにも見える。その額には兜があてがわれており、彼女の長い黒髪は、一本の三つ編みに編み込まれている。

 極めつけは身の丈程の巨大な大剣で、明らかに鈍重そうなそれは、華奢な少女の身を守るには十分過ぎるようで、美奈子の放った弾丸は大剣によって防がれていた。

「網を……無理矢理破壊した……?」

 周囲に散らばる網の残骸を見、美奈子は驚愕の声を上げる。

「きっとそれって、私にしか出来ないことだから」

 ゆっくりと立ち上がったその可憐でありながらも雄々しい姿には、「騎士姫」という言葉がよく似合っていた。





「クソ! どうすりゃ良いんだこれ……!」

 大量の悪霊に囲まれてはいたが、悪霊達が「同類」である亮太に対して襲いかかるようなことはなかった。ただ大量の悪霊達の中で、どうすれば良いのかわからないままあたふたすることしか、今の亮太には出来ない。

 既に時計塔周辺には何人もの霊滅師が到着しているようで、悪霊達の気配に紛れてしまってはいるものの、霊滅師のものであろう霊力が感じられる。

「このままじゃ巻き添え食らって滅せられちまう!」

 別に未練があるわけではない亮太にとって、現世に留まることはあまり意味がない。しかし、霊になった理由もわからないままとばっちりで消されるのはごめんだったし、折角現世へ戻ったのなら、一度だけ見ておきたい顔だってあった。

「……!」

 不意に、懐かしい霊力を感じて、亮太はピクリと眉を動かした。

 悪霊達の間をかきわけ、必死にその霊力を辿っていく。辿っていったその先には、一本の刀で悪霊達を鬼神の如き勢いで滅していく、一人の少女の姿があった。

「な……ッ!」

 白い髪がなびく。

 見間違えようのないその姿は、その顔は、間違いなく亮太が「見ておきたい顔」だった。

「月……乃……?」

 未だ亮太の存在に気づかぬまま、城谷月乃は一心に刀を振り続けていた。

 生きていれば、きっと厭な汗が額を流れたのだろう。けれども今の亮太には汗を流すような器官などなかったし、そもそも肉体そのものがないのだから、汗なんてかきようがなかった。

 それでも汗をかいたように感じてしまうのは、生前の感覚が色濃く自身の中に残っているからなのだろう。

 向こうで悪霊と戦っている霊滅師の少女、城谷月乃は生前の亮太のパートナーだった少女だ。実力の低い霊滅師(霊滅師協会の認定するランクC以下の者)は、同程度、もしくは上のランクの霊滅師と組んで二人一組で活動する決まりになっており、生前の亮太とパートナー関係にあったのが、今悪霊達と戦っている月乃だった。いつの間にかランクが上がったのか、今の月乃の傍にパートナーらしき者の姿はなく、どこか取り残されてしまったかのような感覚を亮太は覚えた。

 動きを見るだけでもわかる程月乃の実力は上がっていたが、霊を斬るその顔は憎しみと疲労に満ち満ちていた。

 彼女が霊に対して持っている憎しみは、深い。幼い頃に両親を霊に殺され、更に霊滅師になった後もパートナーが悪霊との戦いで命を落としたとなれば、霊に対する憎悪は亮太が知っているものよりも深く強いものになっているであろうことは容易に想像出来る。

 今すぐにでも彼女の元へ駆け寄りたい。それが亮太の本音だったが、駆け出そうとしているハズの足は前に進もうとはせずただ二の足を踏んだまま、指をくわえて月乃の戦いぶりを見ていることしか出来なかった。

 今の亮太は、彼女が心底憎悪する霊だ。そんな自分が今月乃の前に姿を現すことで月乃に及ぼす影響が亮太には少しも予測出来なかったし、霊を滅するために戦う霊滅師が霊になってパートナーの前に姿を現したとなると、言葉通りミイラ取りがミイラになったようなものだ。月乃に会わせる顔なんて、亮太にはなかった。


 そんなものは多分、後で取って付けたような理由に過ぎなくて、本当はただ、亮太が怖がっているだけなのかも知れない。







「アンリミテッドクイーン、まだ抵抗するというのなら……っ!」

 顔に貼り付けれていた表情を完全に崩し、美奈子は小さく歯軋りをして永久へ銃口を向ける。しかし、永久はそれをさして気にする様子もなく、持っている大剣の刃先を地面へ向け、ゆっくりと両手で持ち上げた。

「はぁっ!」

 掛け声と共に永久が地面へ大剣を突き立てると、突き立てたその場所から衝撃波のようなものが地を這い、美奈子の足元を破壊する。

「――っ!」

 地盤が揺らぎ、たたらを踏んだ美奈子へ背を向けると、永久は重たそうに大剣を持ち上げ直すと、その場で大剣を勢い良く薙いだ。

 瞬間、空間が裂ける。

「む、無茶苦茶です……!」

 驚愕の声を再び上げた美奈子の目に映ったのは、空間歪曲システムによって作られた隔離フィールドが裂け、元いた世界の景色が中途半端に裂け目から覗いている「異常な」光景だった。

「力づくで、隔離フィールドを……!」

 唖然とする美奈子へ一瞥もくれないまま、永久は重たい大剣を両手で持ったまま裂け目の向こうへと飛び込んで行った。


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