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World×World  作者: シクル
霊滅師
40/123

World5-5「収集」

「まあ異変っつって思いつくのは、俺がこうして霊化してることくらいだな」

 そう言って、亮太は小さく溜息を吐いた。

「あら、まるで自分には霊化する理由なんてない、みたいな言い分ね」

 プチ鏡子のその言葉に、亮太はああ、と首を小さく縦に振って見せた。

「俺に未練はない。そもそも、俺が死んだのはもう何ヶ月も前だぜ? その俺が今更霊化ってのはおかしな話だよ」

 この世界における「霊」について永久は詳しくなかったが、それでも世間一般に認知される霊に関する知識と照らし合わせれば、亮太の状態がおかしいのだということは十二分に理解出来る。そもそも霊はこの世に未練があるからこそあの世へ行かずに留まるのであり、亮太のように何の未練もないままこの世に留まっている霊、というのは理由と結果が食い違ってしまっているように思える。この世に何の未練もないのならば、留まるべき肉体を失った時点で離れるのが常であるのだから、亮太がこうして永久の前でふわふわと浮いているのは変な話だ。

「ほんとに何もないの? 忘れてる……とかは?」

「いや、全部はっきり覚えてるぜ。未練があって残ってるハズの霊が、肝心の理由(未練)を忘れてたまるかっつの」

「まあそれもそうだよね……」

 永久はしばらく思索するも、そもそも霊化した理由なんてものが本人以外にわかる道理はないので、すぐに行き詰まってしまった思考を永久は放り投げた。

「霊化した時にいた場所とか、関係ありそうじゃない?」

「ああ、そういえばそうだな。盲点だった」

 なるほど、と言った様子で亮太は右の拳で左手をポンと叩く。

「この町にある洋風の時計塔の傍だな……」

「案内してもらえるかな?」

 永久の言葉に、亮太はやや嫌そうな顔をしながらもおう、と短く答えた。





 どっさりと机の上に置かれた新聞紙の切り抜きや文献のコピー等を見て、詩祢は目を丸くした。

「こんだけ集めりゃ何かわかるだろ」

 そんな詩祢の隣では、うんうんと満足そうに頷く英輔の姿がある。

 ほんの一時間程前のことだった。

 時計塔と黄泉返り事件について更なる情報を得るため、由愛と英輔は時計塔について調べることに決めたのだが、詩祢や菊、出雲家にいる人間は時計塔に関しては今まであまり興味がなかったようで、由愛と英輔は外に情報を集めにいくことになった。ただでさえ些細なことですぐいがみ合っていた二人だったものだから、まるで当然のことであるかのように由愛と英輔はさあ調べるぞと外に出ようとした段階で口論になり、結果として「最も有力かつ信憑性の高い情報を入手した方が勝ち」というゲームを行うことになり、その上負けた方は勝った方の言うことを何でも聞く、という非常に現状に対する緊張感がまるでないルールまで付加される形となってしまったのである。

「勝ったな……」

 ぐっと拳を握り締めてガッツポーズをして見せる英輔だったが、隣にいる詩祢はどこか呆れたような様子だった。

「んと、あのね、英輔君これは……」

 詩祢が言いかけた言葉は、障子の開く音によって遮られた。

「馬鹿ね、そんな雑然としたのは情報だなんて言わないわよ馬鹿」

 そう言って由愛が机の上に投げるようにして置いたのは、一冊のノートだった。どうやら買ったばかりの新品らしく、表紙にはコンビニのものと思しきセロテープが貼り付けられていた。

「二回も馬鹿って言いやがったコイツ……」

 ジト目で見つめる英輔を無視するようにして由愛は詩祢の隣に座ると、先程机の上に置いたノートを一ページめくって見せる。そこには、新聞記事のコピーが切り抜かれて貼り付けられており、その内一枚には時計塔が写されており、一目でそれらが重要な情報である、ということが英輔にも理解出来る。

「ふふん」

 得意げに由愛が笑みを浮かべたのと、やべ、と英輔が短く声を上げたのはほぼ同時だった。

「これは……惨敗ね、英ちゃん……」

 年下の少女に惨敗してしまった、というショックは、詩祢がいつの間にか英輔につけていた妙なあだ名につっこむ気力すら失わせる程のものであり、由愛の「ちゃんと一つ何でも言うこと聞きなさいよ」という言葉は止めとなって英輔をその場にダウンさせた。



 由愛が見つけてきた資料によると、あの時計塔が建造されたのは約五十年程前で、詩祢が言っていたようにそれ程古いものではないらしい。それよりも驚いたのは、あの時計塔が建造された理由が、一人の富豪による個人的なものであり、土地も時計塔も所有権はその富豪にあった(現在は町へ権利が移行されているようだが)ということだった。


「あの時計塔、個人のものだったのね……」

 切り抜かれた新聞記事のコピーをまじまじと眺めつつ詩祢がそう言うと、由愛はコクリと頷き、記事上の文字を人差し指でそっとなぞる。

「この鴉形蒼真あがたそうまって人ね、作ったのは」

 由愛がなぞった鴉形蒼真、という文字を見つつ、先程までショックに打ちひしがれていた英輔もなるほどな、と感心したようにコクコクと頷いた。

「しかし、いくら金があるったって、何でこんなモンわざわざ……」

「亡き娘に贈る、だそうよ。感動的じゃない?」

 どこかつまらなさそうに言って、由愛は小さく肩をすくめる。

「その『亡き娘』っていうの、今回の件と無関係とは思いにくいわね……」

 そう言って詩祢は、考え込むような表情で両腕を組み、小さく息を吐いた。









 それはもう、産まれた時から既に決められていたことだったのかも知れない。

 少なくとも母はそう言う風に自分に言い聞かせたし、祖母は母に代わって美奈子をそういう風に育てていた。それは他の「当たり前」を知らない美奈子からすれば当たり前のことだったし、さして理不尽さや不自然さを感じるようなものではなく、上手く出来れば家中の誰もが褒めてくれたのだから、美奈子からすればそれを拒否する理由はなかった。

 アンリミテッドを殺せ。それは、美奈子が幼い時から言い聞かされ続けてきたことだった。

 基本的な格闘技や銃火器の取り扱い方、戦闘におけるノウハウ等、まるで一流の軍人でも育てるかのような教育を美奈子は施されたが、それに対して美奈子は一度も音を上げるようなことはなく、ただ当たり前のようにこなしていた。傍から見れば狂っているとしか思えない教育内容ではあったが、美奈子の中で習慣化され当然となっていた上に、その異常性を指摘する者など外界からほぼ隔絶されていた当時のくだり家には一人としておらず、結果として下美奈子はアンリミテッドを殺すための戦闘マシーンに近いものへと成長していた。

 ただ一つ、祖母、下切子の悲願である復讐を遂げるためだけに。

「既にアンリミテッドクイーンはその不死性を取り戻しつつある」

 あるホテルの一室でキーボードを叩きつつ、下美奈子は独り言のようにそう呟いた。


 あの時、確かに美奈子はアンリミテッドクイーンである坂崎永久の息の根を止めたハズだった。

 しかし、永久の瞳孔が開いたのを確認し終わった時には既に、永久の身体は薄っすらと光を放っており、次第に強くなるその光に美奈子が視界を奪われている間に永久はその場から姿を消してしまっていたのだ。

 恐らく、アンリミテッドとして次元を移動する力が無意識の内に働き、次元歪曲システムによる隔離フィールドから移動させたのだろう。となると――

「坂崎永久は、やはりまだ生きている」

 そう呟いて、美奈子はギシリと歯を軋ませた。









「時計塔だー!」

 初めて時計塔を見たのかやけにテンションが高い永久とは裏腹に、亮太はどこか居心地が悪そうな表情で時計塔から目をそらしていた。

「あー、やっぱ来るんじゃなかったなここ……気持ちわりィ……」

「何か嫌な思い出でもあるの?」

 そう永久が問うたが、亮太は首を左右に振った。

「なんかな……こう、本能的に気持ち悪いっつーか、生理的に無理っつーか……」

 とにかく気持ち悪い、そう言って亮太は大きく溜息を吐いた。

「どう、永久、何か感じる?」

 永久のスカートのポケットの中からひょっこりと顔を出し、プチ鏡子がそう問うと、永久はうーんと考え込むように唸った後、訝しげな表情で時計塔を見つめた。

「なんかこの中、いっぱい人がいる気がするんだけど……」

「人が……こん中にか?」

「うんまあ人っていうか……霊っていうか……」

 亮太はしばらく首を傾げていたが、やがてああ、と納得したように頷いて見せる。

「確かにな。ほんとに薄っすらとだけど、時計塔の中にかなりの数の霊がいる」

 そう言って考え込むような表情を見せた後、亮太はチラと永久を見て訝しげな表情を見せた。

「でもこれ、スッゲー微弱な気配だぞ……。俺は今、時計塔の中にいる奴らと同類の『霊』だからこそこんな微弱なのもわかっただけで、普通は並の霊能者じゃこんな微弱過ぎるモンは感知出来ねえし、霊滅師だった俺でも生前じゃ無理だこんなモン」

「へ、変かな……?」

「すご過ぎてむしろ変だろ」

 亮太がそう答えたのと、永久が突然表情に苦悶の色を浮かべ、頭を右手でおさえ始めたのはほとんど同時だった。

「永久――!?」

「頭が……痛いっ……!」

 自分の身体の中で、何かが共鳴しているような感覚。既に何度も経験しているその感覚が、欠片によるものだと永久が気付くのに、そう時間はかからなかった。

「まさか、欠片……?」

 プチ鏡子の言葉に、永久はコクリと頷いた。

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