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World×World  作者: シクル
霊滅師
39/123

World5-4「月乃」

「その呼び方、やめて下さいって前から言ってますよね」

 ピシャリと。冷淡な瞳で詩祢を見やると、月乃は突き放すようにそう言う。詩祢は一瞬たじろぐ様子を見せていたが、やがて静かに息を吐いた後ごめんなさい、と小さく答えた。

「それで、こんな所で何をやっていたんですか? この霊の除霊依頼を受けたのは私のハズなんですが」

「ここに貴女の目標ターゲットがいたなんて私は知らなかったわ……。少し、黄泉返りについてこの子達へ話をしていただけよ」

 詩祢がそう言って英輔と由愛へ目配せすると、月乃は二人へ視線を向け、ペコリと丁寧にお辞儀をして見せた。

「城谷月乃です。出雲詩祢さんと同じ、霊滅師です」

 詩祢に対して棘のある態度を見せていた直後、こんな風に丁寧な挨拶をされてしまっては英輔でなくても多少は動揺してしまう。英輔がしばらくえ、あ……と言葉を詰まらせた後、月乃と同じように丁寧にお辞儀して桧山英輔です、と自己紹介すると、そんな様子に呆れたかのように由愛が溜息をわざとらしく吐いた。

「それで、黄泉返り……ですか。時計塔に願えば死人の魂が現世に戻るとかいう、眉唾ものの噂話」

「ええ。だけど、最近はセンターにも結構報告がいってるみたいよ? 既に死んでいて、霊化もしていなかった人間が、時計塔に願ったことで霊としてこの世に戻ったって話」

「……そうですか。私は今から迎えの車でセンターまで向かうつもりなのですが、良ければ詩祢さん達もどうですか? 黄泉返りの情報なら、センターに行けばいくらか手に入るハズです」

 月乃のその言葉に、詩祢はしばらく逡巡して見せたが、やがて小さく頷いて見せた。

「ありがとう。じゃあお言葉に甘えさせてもらうわ」





 半透明の身体から、向こう側が透けて見えている。

 身体はふわふわと宙に浮いており、正に「霊」と言った感じのその様子は、永久に先程のプチ鏡子の言葉を信じさせるには十分過ぎた。

「えっと、貴方……は?」

黒沢亮太くろさわりょうた。まあ見ての通り幽霊だよ」

 ぶっきらぼうにそう言って、少年――亮太は後頭部を右手でポリポリとかいた。果たして既に肉体を失っている、霊体の亮太にかゆいという感覚が存在するのかなど、霊ではない永久にはわかりようもないことなのだが、恐らく生前の癖か何かなのだろう。

「じゃあ貴方が私をここに?」

「……まあな。道のど真ん中でぶっ倒れてるとなりゃ、流石に放置は出来なかったしな……。身体勝手に使って悪かったな」

「ううん、良いよ別にそれは! 助けてくれたんだし……」

 そうか、と短く答えた後、亮太は気恥ずかしそうに小さく笑みを浮かべた。

「アンタ、霊が見えるってことはそれなりに霊能力があるってことだよな? 新しく派遣された霊滅師なのか?」

「霊滅師……って?」

 小首を傾げながらキョトンとした表情で亮太の言葉を繰り返す永久に、亮太は驚きを隠せなかったようだが、小さく息を吐いた後そのまま言葉を続けた。

「じゃあアンタ、霊滅師じゃないのか」

「うん、そもそも私、ここには来たばっかりだし……」

「ここには来たばっかりったって、霊能者なら霊滅師のことくらいは聞いたことあるだろ?」

 そんな亮太の問いに、永久は首を左右に小さく振った後、そのまま口を開く。

「うーん、何て言ったら良いんだろ……。私ね、そもそもこの世界の人じゃなくて……」

 ハァ? とでも言いたげな亮太に、身振り手振りを加えた永久の説明が始まった。





 木霊町に限らず、ある程度大きな町の市役所には、霊滅師センターと呼ばれる場所がある。霊滅師の仕事は悪霊化して人に害を及ぼす、と判断された霊を滅することである。霊滅師センターとは霊に関する依頼や、報酬の受け取り等の所謂「お役所仕事」を行う場所であり、悪霊除霊の依頼の受領や、除霊後の報告と報酬の受け取り等は全てそのセンターの中で行われる。また、霊滅師同士が情報を交換し合う場所でもあり、その町の霊滅師や霊の情報は大抵霊滅師センターで入手することが出来るのだ。

 月乃の従者と思しき人物の運転する車の後部座席に乗せられ、詩祢、菊、英輔、由愛の四人は木霊町の市役所へと向かっていた。

 後部座席は四人座るのがギリギリ、と言った感じでお世辞にも快適とは言えなかったのだが、連れて行ってもらう以上文句も言えず、英輔達は窮屈な車の中、微妙な空気を保ちつつただただ窓の外で次々と切り替わる景色を見つめていた。

 詩祢達と月乃の関係があまりよろしくない、と言うよりは、月乃が他者を遠ざけている、という感じで、助手席に座る月乃は誰もよせつけなさそうなオーラを常にまとっており、とてもじゃないが到着まで楽しくお喋り、だなんて雰囲気ではなかった。



 市役所に到着し、受け付けで手続き(霊滅師の証明書の提示など)を月乃が済ませ、英輔と由愛がセンターへ入るための仮証明書を発行し終えると、五人は専用エレベーターで地下一階へと通された。

 地下一階には一階と同じような受け付けと待合所があり、霊滅師と思しき人達が受け付けで話したり、ベンチに座って誰かと話し込んでいたりと、英輔が思っていたよりも普通の役所、という印象だった。

「黄泉返りの報告は今週に入ってもう十件、ね……」

 月乃を除く四人でベンチに座り、近くの自販機で買った紙コップのコーヒーやジュースを飲みながら、詩祢が受け付けでもらってきた書類を四人で覗き込む。

「どの人も数ヶ月以内に葬式があった人ばかりだわ。それも、死後霊化の報告がなかった人達ね」

「じゃあ、この世に未練があって霊化した人達じゃなくて、未練もなくて成仏出来ていたのに呼び戻された人達……ってことですか?」

 菊がそう問うと、詩祢はコクリと頷く。

「じゃあ、霊化する必要もなかったような人達が、無理矢理こっちに呼び戻されてるってのかよ!」

 英輔がやや怒気の込められた口調で言うと、詩祢は悲しげに目を伏せながら頷いた。

「そうなるわね。それに、黄泉返りで現世に戻った人達って、皆すぐに悪霊化して滅せられてるわ……」

「そうですね。私が先程依頼を受けて滅したのも、黄泉返りによって現世に呼び戻された霊魂だったみたいです」

 不意に聞こえたのは、先程まで受け付けで報酬受け取りの手続きをしていた月乃だった。

 月乃は詩祢達の座っているベンチの後ろにあるベンチへ腰掛けると、そのまま言葉を続ける。

「黄泉返りなどという現象があるとは信じ難いですが、センターの話を聞く限りでは、どうやら本当のことのようです」

「……依頼を受けた時に、資料をもらっているハズよ、貴女は」

 詩祢が鋭くそう言ったが、月乃はさして気にも留めていないような様子で口を開く。

「さあ。出現場所や悪霊化の進行度以外は、あまり見ていませんから」

「どんな霊であろうと関係ないって、そう言いたいの?」

「ええ、当然です」

 冷たく言い放ち、月乃は更に語を継ぐ。

「どんな霊であろうと、時間が経てば霊魂が淀んで悪霊になる。結局どんな霊であろうと悪霊は悪霊です。そこに感情は必要ありません、ただ……滅すだけです」

「そうしないと、保たないの?」

 詩祢のその言葉に、今まで冷淡な態度を貫いていた月乃が初めて動揺の色を見せた。

「……何が……ですか」

「あのねつっきー、気を張り続けることと、強くなることは違うわ。今の貴女は、そうすることで無理矢理泣かないようにしているだけに見えるわ」

 強く、拳が握りしめられた。

「……失礼します。これから鍛錬があるので」

 立ち上がり、声を震わせながらそう言うと、月乃は踵を返してその場を後にした。

「……何だよ、アイツ」

 英輔のそんなぼやきにはしばらく答えず、詩祢はただ悲しそうに月乃の背中を見つめていたが、やがてゆっくりと口を開いた。

「あの子の両親、悪霊に殺されたのよ」

「悪霊……に?」

 英輔がそう問い返すと、詩祢はコクリと頷いて言葉を続けた。

「あの子は、悪霊が憎くて霊滅師をやってるのよ。あの子の両親を殺した悪霊は、他の霊滅師が先に滅してしまったせいで、あの子の復讐心はやり場がなくなっちゃったから……」

「付き合い、長いのね」

 一口、紙コップのオレンジジュースを口にした後、由愛がそう言うと、詩祢はまあね、と短く答えた。

「でもね、憎しみに囚われて戦っていたあの子を、立ち直らせてくれた霊滅師の子がいたの」

いた・・って……」

 英輔の言葉に、詩祢は悲しそうに目を伏せて頷いた。

「あの子を悪霊からかばって、死んだわ」





 永久の事情がどうにか亮太に伝わるまでかかった時間は、大体一時間くらい、と言ったところだろうか。流石にアンリミテッドがどうとかという話は伏せておいたが、世界に散らばり、異変を起こす力を持った欠片を探して様々な世界を旅している、という事情はどうにか亮太に伝わり、永久は安堵の溜息を吐いた。

「それで、何か欠片が関係ありそうな異変って、起こってないかな……?」

「異変、ねぇ……」

「うん、なければ良いんだけど……」

 そう言ってすぐに、永久は自分の言葉に耳を疑った。

 なければ、良い。

 それは、この世界に欠片がなければ良い、ということだろうか。

 欠片の及ぼす影響が良かった試しなど一度もない、欠片がこの世界に存在しないのであれば、この世界にとってそれ程平和なこともないだろう。しかし皮肉なことに、この世界にとっては害でしかない不必要な欠片は、永久にとってはなくてはならないものだった。

 消えないために、自分が何者なのかを知るために、あの欠片は永久にとってはなくてはならないものだ。

 それがなければ良いだなんて、自分の口から出ていることに永久は戸惑いを隠せなかった。

 ――――私は……怖がってる……?

 記憶が、戻ることを。

 自分のその手が赤く染まっていた、その記憶を。

 仮に永久が下切子の家族を殺していたとして、それがもし本当だと記憶を取り戻して判明した時、果たしてソレに耐えることが出来るのだろうか。そんな自信は永久にはなかったし、こうして殺してしまっていたのかも知れない、と考えるだけで怖気がする程だった。


 記憶なんて、取り戻したくない。


 そんな、沈んでいた本音が胸の内でゆっくりと浮上していた。


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