World4-4「冷えた銃口」
あまりにも突然の出来事に対応し切れず、羅生はただただ驚いたまま永久を見つめている。その隙を永久は見逃さず、勢い良く二本のショーテルで羅生の右腕を弾いた。
そのままよろける羅生に右足で蹴り飛ばすと、すぐに永久は後ろにいる二人の男の子へ顔を向ける。
「早く逃げてっ」
切羽詰まった永久の声に、男の子達は慌てて頷くと、半泣きになりながら公園の外へと走って行った。
その小さな二つの背中を見送り、安堵の溜息を吐くとすぐに永久は羅生の方へ視線を戻す。既に羅生は立ち上がっており、永久へと視線を据えていた。
「テメエ……」
ギロリと。濁った瞳が永久を捉えた。
憎悪が、激情が、高密度に視線へ圧縮されて永久を射抜く。
ゾクリとした寒気を背筋に感じ、永久は身体を強張らせた。
「テメエエエエエエエッ!!」
吠えるように絶叫し、羅生は右腕を振り上げて永久目掛けて駆け出し、永久目掛けて右腕を振り下ろすと、永久はそれをショーテルで受ける。そこから間髪入れずに羅生は永久目掛けて左腕を振り下ろし、それを永久はもう片方のショーテルで受ける。金属同士がぶつかり合うような音を響かせながら、羅生の両腕と永久のショーテルの応酬が続いた。
「テメエッ……テメエだけはァァァァッッ!!!」
羅生の絶叫が響く中、永久が聞いていたのは別の声だった。
――――寂しい。
――――辛い。
――――俺は、独りだ。
まるで、この広い世界の中たった独りだけで立ち尽くしているような。
まるで、自分の他に誰もいないかのような。
まるで、生みの親からすら見放されたかのような。
――――親……?
少しだけ、頭がチリチリと傷んだ気がした。
「オオオアアアアッ!」
永久が一瞬だけ見せた隙に、羅生は右腕を大きく薙いだ。
「しまっ――」
羅生の腕力を受け切れず、永久はショーテルが弾かれてしまうかと思ったが、その予想は裏切られた。
ただし、悪い方向にだ。
次の瞬間、永久の視界で凄まじい勢いで景色が駆け抜けていき、背中から勢い良く、後ろにあった滑り台に永久の身体は激突した。
「か……はっ……」
激痛。
その場に仰向けに倒れながら、永久はこの姿の特性を理解する。
この、二本のショーテルを操りながら高速で動くこの姿は、いつもより軽いのだ。だから弾かれただけでふっ飛ばされてしまうし、服も露出が多い分皮膚に直接ダメージがきてしまう。
気がつけば、永久はショーテルではなくショートソードを握っており、服装も元に戻ってしまっていた。
「ガアアアアアアッ!」
最早獣かとすら思えてしまうような雄叫びと共に、羅生は倒れている永久へと飛びかかっていく。何とか立ち上がって永久は応戦しようとショートソードを構えたが、羅生目掛けて別の方向から飛来するものがあり、永久は思わずそちらに視線を向けた。
「ガァッ!」
その飛来してきた黒い塊は羅生の背中へ直撃し、羅生は呻き声を上げて地面へと落下する。その黒い塊が由愛の飛ばしたものだと気づくのに、永久は数秒とかからなかった。
「永久っ!」
公園の入口にいたのは、永久の想像通り由愛と、それに英輔や詩織だった。
「……羅生!」
羅生の姿を見つけ、詩織がすぐに羅生の元へ駆け寄ろうとすると、羅生はそれをチラと一瞥した後小さく舌打ちをし、すぐに跳び上がって公園の周囲に生えている木の上に跳び乗り、そこから木や建物に跳び移りながら羅生はその場から逃走してしまった。
そんな羅生を見、永久は小さく安堵の溜息を吐く。あのまま由愛達が来なければ、死にはしなかったにしても無事ではいられなかっただろう。
「永久、無事か!」
「うん、何とか……」
駆け寄ってくる由愛と英輔に、永久は服に付いた土を払いながらそう答える。
「羅生……どうして……」
羅生の跳び乗っていた木の方を見つめながら、悲しげにそう呟く詩織に、永久は目を伏せることしか出来なかった。
場所は戻って、白凪旅館の一室。あの後一度岸田の家に戻って礼を言った後、永久達は白凪旅館へと戻っていた。
「いないハズの弟、か……」
既にあの後詩織は自宅へと戻っており、部屋の中にいるのは永久達だけなため、プチ鏡子も普通に永久の肩の上でくつろいでいる。
「いよいよ怪しくなってきた……というか」
「半分くらいは想像がつくわね」
由愛の言葉を繋ぐようにしてプチ鏡子がそう言うと、永久は小さく頷いて見せた。
――――テメエッ……テメエだけはァァァァッッ!!!
ゾクリとした寒気が、背筋に残る。
あの尋常ならざる怒りと憎悪が、今も尚自分に向けられているのかと思うと少し身震いしてしまう程に、羅生が永久を見る目は恐ろしく感じられた。
欠片の、力。
欠片の力は、手にした者の心を歪ませる。或いは嫉妬、或いは憎悪、或いは孤独……欠片の力は、負の感情に強く反応を示し、持ち主の心を歪ませ、肉体を変質させる。神宮羅生もまた、欠片の力によって心を歪められ、身体を変質させてしまったのだろう。あの時の、浅木優のように。
「やっぱり私、ちゃんと羅生君と話をしないといけないと思う」
――――欠片の力の責任は、私の責任だから。
浅木優のように手遅れになってしまう前に、どうにかしなければならない。その手を汚してしまう前に、羅生を欠片の力から救わなければならない。そんな思いが永久の胸を満たし、キツく締め付ける。
「だから私、羅生君に会わなきゃ……!」
言うやいなや、永久はプチ鏡子を肩に乗せたまま勢い良く走り出し、部屋の外へと飛び出していった。
「あ、おい!」
英輔が声を上げる頃には、既に永久は部屋を飛び出した後だった。
「アイツ……神宮って奴の居場所わかってんのかよ……」
呆れたように英輔がそう言った後、しばらくその場に沈黙が流れる。やがて沈黙を破るようにして由愛が溜息を吐き、呆れた表情で永久の出て行った先へ視線を送った。
「多分、わかってないと思う……」
二人分の溜息が、畳の上に落ちて行った。
「永久! ちょっと永久!」
必死に永久の肩に捕まるプチ鏡子の声も聞かないまま、永久はがむしゃらに白凪町の中を駆け抜けていた。
はやる気持ちが足を動かし、ただひたすらに羅生を探して駆け抜ける……が、羅生が欠片の力を使わない限りは羅生の居場所などわからない。詩織に家の位置でも聞いておけば良かったのだが、生憎永久はまだ詩織に羅生の家の場所など聞いていない。
そこまで考えて、やっとのことで永久は足を止めた。
「えっと……羅生君の家って……どこだっけ」
そんなトボけた永久の言葉に、プチ鏡子は深く溜息を吐いて見せる。
「やっぱり何も考えてなかったのね……」
しばし、その場に沈黙が降りる。
やってしまった、と言わんばかりに苦笑いする永久と、呆れ顔で肩をすくめるプチ鏡子。やがて永久はしゅんと肩を落とし、ごめんなさい、と小さく呟いた。
「……戻るわよ」
「はい……」
永久がそう答え、白凪旅館へ戻ろうと歩き出した――その瞬間だった。
「永久、避けなさい!」
響いたのは銃声。プチ鏡子の言葉に、永久はわけもわからないまま咄嗟に横っ飛びに回避行動を取り、すぐさま立ち上がる。見れば、目の前には異様な光景が広がっていた。
「アレは……!?」
驚愕の声を上げたのは、永久ではなくプチ鏡子だった。
永久の目の前には、いつの間に現れたのか何かの裂け目のようなものが現れており、それは永久が鏡子の管理する路地裏から別の世界へ移動する時に現れる裂け目と酷似していた。
そしてその裂け目の前には、裂け目の中から現れたのであろう一人の女性が、拳銃を構えてこちらを見据えていた。
「貴女は……!」
「アンリミテッドクイーン、捜しました」
切りそろえられた彼女の前髪が、ふわりと風に揺れた。
身長は永久とあまり変わらないのか、目線の高さは大体同じくらいに感じられる。彼女は黒い、ぴっちりしたライダースーツのようなものを着ており、ポニーテールに結われた黒髪と同化しているようにも見えた。
「ただでさえ危険度Sクラスに分類されるアンリミテッドの中でも、危険度SSSとされるアンリミテッドクイーン……まだ覚醒し切ってはいないようですね」
感情の込められていない、淡々とした彼女の言葉。それとは対照的に、永久の表情は驚愕で塗り潰されていた。
「一体どういうこと……? アンリミテッドの中でもって、私や刹那以外にもアンリミテッドがいるってこと……?」
「答える権利を与えられていません」
機械的にそう答え、彼女は静かに銃を構え直した。
「先程は外しましたが……次は確実に貴女を撃ちます」
やはり淡々と、彼女は永久へそう告げ――
「アンリミテッドクイーン坂崎永久、貴女には……死んでもらいます」
銃口が、真っ直ぐに永久を捉えた。