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World×World  作者: シクル
序章

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World0-2「閉じるは日常、開くは門」

 鼓動の止まる、音がした。

 どくん、と。最後の鼓動。

 冷たい金属の刃を伝って、最後の鼓動ソレが伝わってきたような気がして、少女は――――刹那は切なげに目を細めた。

 赤が足元に広がっていき、目の前で自分と同じ顔をした少女が開いた瞳孔でジッとこちらを見ている。

 まるで、自分を殺したかのよう。

 倒錯的なその光景に、刹那は自嘲気味に笑みをこぼした。

 ゆっくりと剣を、ショートソードを少女から……永久から引き抜いた。支えを失った永久の身体は、呆気なくその場へ仰向けに倒れていく。

「さよなら」

 小さく呟いて、刹那はショートソードを振り上げると、自分の長い黒髪を左手でまとめ――ショートソードで切り裂いた。背中を覆う程に長かった黒髪が宙を舞い、はらりと儚げに落ちていく。

 そんな様子を横目に見つつ、刹那は首を覆う程度までに短くなった髪を左手でかきあげた。









 妙な感覚だった。

 まるで、自分の身体が分解されていくかのような感覚。末端から身体の感覚が曖昧になっていき、頭の中までもがボンヤリとしていく。

 そして身体全体の感覚が曖昧になってしばらくすると、徐々に身体の感覚が……今度は芯から戻っていく。

 身体を一度分解されて、再構成されているかのような錯覚を覚えた。

「ん……」

 小さく呻き、ピクリと指を動かして身体が動くことを確認する。寝起きのようなけだるさがあったが、ゆっくりと身体を起こした。

「ここ……は……?」

 右も左もコンクリートの壁で、自分が先程まで倒れていた場所もどうやらコンクリートらしい。左右の壁は平坦だが、地面は少し凹凸があって道路のようだ。

 周囲は薄暗かったが、夜であるようには感じなかった。日の光を、建物の屋根に遮られているかのような薄暗さだ。

「路地裏……?」

 直感的に、そう感じた。

「目が覚めたのね」

 不意に、女性の声が聞こえた。

 妖艶な印象を受ける声質で、正確な年齢は判断しにくいが「少女の声」ではない、とだけはハッキリと判断出来た。

 声のした方へ視線を向けると、そこには黒い女性が立っていた。

 地面につく程長い黒のワンピースを身に着けており、腕にはレースのあしらわれた黒い手袋をはめている。黒く長い髪はポニーテールにしてあるが、おろせば地面についてしまうんじゃないかと思える程に長く、洗うのもまとめるのも面倒だろうな、などと現状とはあまり関係ないことをボンヤリと考えてしまう。

「ここは、世界と世界を繋ぐ境界」

 そう言って女性は怪しげに微笑み、そのまま言葉を続けた。

「いらっしゃい、坂崎永久」



 桧山鏡子ひやまきょうこ。そう名乗った目の前の女は、妖艶な動作で自分の長い髪をなでた。

 彼女からは怪しげな雰囲気が漂っており、その所作一つ一つが妖艶に見えてしまう。

 彼女のいる場所は、この「路地裏」の行き止まりの場所で、壁を背にして鏡子は静かに永久を見つめている。後ろを振り返ると、どこに続いているのかわからない暗闇があり、何があるのか確かめてみようなどという気は一切起きなかった。

「向こうには行かない方が良いわ。その先は『不安定』だから」

「不安定……?」

「一つの『世界』として確立していない空間よ。グチャグチャになりたくなければ、行かない方が良いわ……」

 グチャグチャ、というのが果たしてどのような状態を指すのかはわからなかったが、行かない方が良いことだけは確かだった。

「それで……貴女は……?」

「名前は……さっき名乗ったわね。私はこの境界の――ゲートの管理を任されている者よ」

 平然と、鏡子は突飛なことを口にした。

 無論、それを永久がすぐに理解することなど不可能で、最初に永久の頭の中に浮かんだのは疑問符だった。

「境界……? ゲート……?」

 わけがわからない、と言った様子で問う永久に、鏡子は小さく嘆息して見せた。

「事態が呑み込めないのもわかるわ。だけど貴女は、呑み込まなくちゃいけない」

 いえ、と言葉を付け足して、鏡子は言葉を続ける。

「これから呑み込まれる、と言った方が正しいかしら?」

 何に? と問おうとした口を、永久はすぐに閉じる。鏡子は既に、何かを言おうとして口を開きかけていたからだ。

「貴女達のことは、悪いけどずっとここから監視させてもらっていたわ」

「貴女達……?」

 問うて、すぐにそれが自分と刹那のことだと理解する。と同時に、これまでのことが一気に脳裏を流れて行く。

 倒れている人達。

 飛び散った血。

 笑みを浮かべる刹那。

 突き刺さる――剣。

「――――っ!」

 咄嗟に永久は、ショートソードの「刺さっていた」胸部に触れた。そこに痛みはなく、傷痕さえ存在しない。貫かれていたハズなのに、着ている紺色のセーラー服にも痕は存在しなかった。

 そのことに関して永久が声を上げるよりも、鏡子が口を開く方が早く、またしても永久は言葉を飲み込んだ。

「封印が解けてからの数年間……アンリミテッドとしての記憶を失い、二つに分かれた貴女達を、私はずっと監視していたわ」

「二つに……分かれた?」

 ――――一つになるのよ。私達は……元々そうであったように。

 刹那の言葉が、永久の脳裏を過る。

「アンリミテッドって……何なんですか……?」

「……無限」

 永久の問いに、鏡子は少しだけ間を開けた後、ゆっくりとそう答えた。

限り無き者アンリミテッド……コアと呼ばれるエネルギー結晶によって生まれた存在」

 ――――コア・・によって生まれた無限の存在。

 コア。確かに刹那も、そう言っていた。

「私も、アンリミテッドに関する詳しいことはよくわかっていないのだけど、この境界を任された時に『アンリミテッドは危険』ということは知らされたわ」

 特に……と付け足すと同時に、鏡子の視線が永久を射抜く。

「封印が解けていた、貴女達二人は」

「私と刹那が……アンリミテッド……?」

 そんなハズはない、と言いかけて、永久は唇を結んだ。

 あの時の刹那も、そして死んでいるハズなのに今生きている自分自身も「アンリミテッドである」と仮定でもしない限り説明がつかない。アンリミテッドが具体的になんなのかはよくわからないが「無限」の名を冠するからには、そう簡単には死なないのだろう。だから自分は生きている、そう仮定することでしか、今は納得出来ない。

 夢なんじゃないかとも思った。夢であって欲しいと。

 しかしこれはどうしようもないくらいに現実で、感じているもの全てが夢のようにボンヤリなどしておらず、ハッキリと、クッキリと、感じていた。脳が、理解していた。

 現実だと。

「貴女と彼女……刹那は、元々一つの存在アンリミテッドだった……。だけど、封印の影響か貴女達のコアは二つに分かれて、バラバラに復活したのよ」

 それを聞いて、だからソックリなのか、とどうでも良さそうなことを納得してしまう。

「偶然記憶を取り戻した刹那は、貴女を殺せばコアの半分が自分の元へ戻ると思ったのでしょうね……だから貴女は、一度殺された」

「私の中の……コア……?」

 そっと胸に手をあてるが、そこにコアだとか言ったものがあるのかどうかなどは到底わかるハズもなかった。

「だけど貴女の中のコアは、刹那の中に戻るどころかバラバラに砕けて散っていったわ」

「砕け散ったって……どこに……?」

「世界よ」

 世界? と問う永久に、鏡子はコクリと頷くと言葉を続けた。

「記憶が戻ったばかりで、力を制御し切れていなかった刹那は、無意識の内に漏れ出した力で空間を歪めていたの。そのせいで世界と世界の境界が曖昧になって、コアは砕け散った時に別々の世界へと飛び散っていってしまったのよ」

 あの時、永久が本殿へ向かう際に感じた視界の違和感。まるで陽炎のように視界が歪んでいたのは、どうやら気分のせいではないらしい。

 本当に、歪んでいたのだ。

 世界が一つではない。永久のこれまでの常識を覆すような事実だったが、何故か永久は驚く素振りを見せなかった。

 悟った、わけでもないようだが。

「貴女の中に残っているのはほんの欠片だけ。刹那は恐らく、貴女がまだ生きてることにはまだ気づいていないわ。あの時貴女の中にあったコアは、全て砕け散って別の世界へ行ったと思い込んでいるハズよ」

「その最後の欠片を失えば私は……消える……?」

 永久の言葉に、鏡子は静かに頷く。

 死ぬ、ではなく、消える。直感的に永久はそう理解していた。

「貴女は今、その欠片によって辛うじて生きている……。その欠片の力で再生した貴女を、この世界に私が連れて来たのには勿論理由があるわ」

 息を吐き、鏡子は語を継ぐ。

「貴女には、砕け散ったコアの欠片探しをして欲しいの。砕けたコアの欠片は、それだけで力を持つわ。それを手にした他の世界の人間がどうなるか……薄らと想像は出来るわね?」

 具体的にはよくわからない。だが、力を得た人間がどんな行動を起こすのか。それを想像するのはさほど難しいことでもなかった。

 刹那の顔が、ちらつく。

「それに、今の貴女は欠片によって生きてはいるけど、その小さな欠片だけじゃ、いずれ身体を維持出来なくなって貴女は消滅してしまうわ」

 その言葉に、永久は何も答えない。何か考え込むような表情を見せたまま、ずっと鏡子の方を見つめている。

「コアという他世界からの干渉は、確実にその世界の均衡を崩す。境界の管理者として、それを見過ごすことは出来ないのだけど、私はこの境界から出ることが許されない。だから――」

「私に、頼むんだね」

 鏡子の言葉を続けるようにしてそう言った永久に、鏡子は首肯する。

「ここは世界の境界。私は、貴女が欠片を探す手伝いをすることが出来るわ……。静かに消滅を待つのか、それとも自分と世界のために欠片を探す旅に出るのか」

 そう言った後、鏡子は「既に刹那は世界を渡って欠片を探す旅に出ている」と説明した。どうやら記憶を取り戻した刹那は、鏡子の力を借りずとも自分の力で別の世界へ移動することが出来るらしい……アンリミテッドとしての、力で。

「わかんないよ」

 不意にそう言って、永久は首を左右に振った。

「何もわかんない。何でこんなことになってるのか、何で私と刹那がアンリミテッドっていう存在なのか、そもそもコアって何なのか――刹那が、そのアンリミテッドに戻って何をしようとしているのか」

 永久の言葉に、鏡子は切なげに目を伏せた。

「でもね、考えたとこでわかんないものはわかんないし、ヒントも少ないから考えれば考える程わけわかんなくなっちゃう」

 これまで日常の中にいた永久には、到底理解出来るハズがなかった。別の世界など、境界など、アンリミテッドなど、コアなど……。まるでアニメや漫画の中のような出来事の連続を、理解出来るハズがないのだ。

「鏡子さんの話を聞いてる内に、少しだけその『アンリミテッド』のこととか思い出したような気がするけど、ボンヤリしててよくわかんない。鏡子さんの話に、あんまり驚く気にはならなくなったけどね。でも、やっぱわかんない」

 そう言って、永久はおどけるようにして肩をすくめて見せる。

「だから私は、動くよ」

 スッと。まっすぐな瞳が、鏡子に向けられた。

「消えたくなんてないし、刹那のことも見つけなきゃいけない」

 決意を固めた、曇りのない瞳。それを昔、どこかで見たような気がして、鏡子は少しだけ口元を緩めた。

「そう、なら協力は惜しまないわ」

 鏡子がそう言ったのと、鏡子の隣の空間に大きな裂け目が出現したのはほぼ同時だった。

「ここをくぐれば、コアの欠片を探す最初の旅が始まるわ。どうする?」

 ニヤリと笑みを浮かべて問うてくる鏡子に、永久は勿論、と答えて裂け目へと視線を向けた。

「行きます」


 ――――私を、刹那を探しに。


 後戻りは出来ない。否、しない。

 裂け目の先に見える景色――一面の砂漠へ、永久は一歩踏み出した。


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