World3-9「受け継がれた思い。」
家に到着すると、すぐさま英輔はゆっくりとソファに晃を寝かせ、どうにか未だに流れる血をどうにかしようと思索するが、テンパってしまっているのか上手く頭が働かない。どうにかしなければ、と気ばかりが急いて何から始めれば良いのかわからない。兎にも角にも道具がなければ、と思い至り、すぐに救急箱を取りに行こうとした時、不意に今まで気を失っていた晃が口を開いた。
「英輔……」
「お、親父……!」
「すまなかった」
晃の口から出た言葉は、助けてくれだとか、痛いだとかそう言った言葉ではなく、英輔に対する謝罪の言葉だった。
「何言ってんだよ、そりゃこっちの台詞だろ! ていうかあんま喋んな、休んでろッ!」
「鏡子を助けたいという一心で、お前や麗華には寂しい思いをさせてしまった……」
「今そんなことどうでも良いだろうが!」
そんな風に怒鳴りつける英輔の瞼には、薄らと涙が滲んでいた。
「最期に、親らしいことが出来て良かった……」
「最期にって……最期にって何だよ……!」
嗚咽混じりにそう言って、晃の傍へ駆け寄ってきた英輔に、晃は小さく笑みをこぼした。
「デカくなったな……俺を背負えるくらいに」
英輔は気づいていないかも知れないが、英輔の身長は既に父親である晃と同じくらいにまで成長している。晃を英輔が越すのは、もう時間の問題だろう。
そんな英輔の成長がたまらなく嬉しくて、晃は痛みで歪みそうになる表情を無理矢理にでも緩ませた。
「もう黙ってろよ! 喋ったら傷に障んだろうが!」
屈み込み、晃の顔のすぐ傍でそういう英輔の頭に、晃はもう一度右手をそっと乗せた。
「俺の、自慢の息子だ」
乗せられたその手が、前より随分と冷たくなっていることに気が付いて。
絞り出されるようなその声が、もう既に消え入りそうなまでに小さいことに気が付いて。
力が、ゆっくりと手から抜けていって。
「後は、頼んだ」
静かに降ろされた手が、力なくぶらりと揺れた。
「親父……? おい、親父ッ!」
溢れてくるものを無理矢理に拭って、こんなものは信じないと言わんばかりに表情をこわばらせて、英輔は声を荒げた。
「おい返事しろよ! 冗談じゃねぇよ! おい!」
英輔の言葉に返ってくるのは、無慈悲なまでの静寂。
響くだけのその声は、今は誰にも届かない。
「どこまで勝手なんだよクソ親父! 勝手にどっか行きやがって、勝手に俺なんか庇って……ッ」
そこまで紡いで、英輔は涙をこらえ切れずに流し始めた。
「勝手に……死にやがって……」
もう二度と動かないその冷たい手を、温めるように英輔は握り込む。英輔に返るのは、残酷な冷たさと、無慈悲な静寂だけだったけれど。
「全然骨がないじゃない。貴女軟体動物ぅ?」
次々と飛来する火球を黒い壁で受けながら、由愛はキルエラのその言葉に対していつもの皮肉で返すことすら出来ずにいた。
この女、想像以上に手強い。
仮に由愛の力が夢幻世界にいた頃と同じ強さに戻れたとしても、キルエラと互角になれるかどうか怪しい、とさえ感じるレベルに、キルエラは手強い。
本気で戦っていないのか、先程英輔と晃を苦戦させていた炎の円は使っていない。ただ単調に火球を飛ばすくらいで、由愛は英輔が戻るまでの繋ぎ、くらいに考えられているらしい。
「馬鹿にして……っ!」
キッとキルエラを睨みつけ、隙を見て由愛は手をかざして黒弾をキルエラへ飛ばすが、キルエラは退屈だとでも言わんばかりの表情で手をかざし、炎の壁を作って黒弾を防ぐ。
あまりにもつまらなさそうなその表情に怒りを隠せない由愛だったが、この広すぎる実力差を埋める術は、今の由愛にはない。
チラと永久の方を見れば、あちらもかなり苦戦しているようで、早過ぎるプリセラに永久は追いつけていない。あの時由愛を倒した刀を使う姿で、なんとかすんでのところで攻撃を回避してはいるものの、このままでは永久の方が先に体力が尽きてプリセラに倒されてしまうのは明白だった。
――――さっさと帰ってきなさいよ……!
英輔と晃のことが気にかかる。
かなり深い傷を負っていた晃と、相当なショックを受けていた英輔。最悪どちらも戦えなくなるのではないか、と思うと寒気がする。この状況は、由愛と永久、そしてプチ鏡子だけではどうにもならない。
「はーつまんない。飽きたわ」
キルエラがそう言うと同時に、今までの火球より一際巨大な火球が由愛へと飛来した。
「――っ!?」
由愛の出現させていた黒い壁では受け切れるハズもなく、勢いよく壁は大破し、そしてその衝撃で、由愛はそのまま後方へと吹っ飛び――
優しく、受け止められた。
「えっ……」
「無事か」
低く静かな、安否を問う声。
その声の、由愛を受け止めた手の主が、自分が気に入らないと言っていた桧山英輔のものだと認識するのに、由愛の中では多少のタイムラグが発生してしまう。
それくらいに、雰囲気が違ってしまっていた。
「え、ええ……」
そっと英輔は由愛を傍に立たせると、うつむかせていた顔を上げ、キルエラを睨みつけた。
「親父の意思は……俺が継ぐ」
その強い瞳は、由愛がこれまで見ていた桧山英輔の瞳とは全く別のものだった。
「あら、死んだの」
キルエラの言葉に答えず、英輔は右手をかざす。すると、凄まじい速度でその右手の中に雷の魔力による剣が形成される。
その間は、先程形成した時のおよそ半分と言ったところだろうか。
「おおおおおッッ!」
雄叫びを上げ、憤怒の表情でキルエラへと接近する英輔に対して、キルエラは五つの火球を同時に出現させ、英輔目がけて発射する。が、それらを英輔はいとも容易く剣で全て打ち消し、キルエラへと向かってくる。
「な……っ!」
これまでとまるで違うその魔力に、キルエラは動揺を隠しきれないが、努めて平静を装いながら、もう一度手をかざす。
「――ッ」
すると、英輔と由愛の周りに炎によって形成された円が出現する。先程英輔と晃が陥っていたのと、全く同じ状況。それに対して英輔は、焦るどころか更にその表情へ怒りを露わにした。
「こんなモンで……」
「今度こそ焼き殺してあげるわ」
クスリと笑みをこぼしながらキルエラがそう言うと、英輔と由愛を囲む四方に炎の槍が形成される。が、構わず英輔は声を上げた。
「こんなッモンでェェェェェェェッ!」
咆哮。そしてその瞬間、英輔と由愛を囲んでいた炎は、英輔の持っている剣と共にかき消えた。
「嘘でしょ……っ!?」
英輔から放出された膨大なまでの魔力が、キルエラの魔力をかき消したのだ。
「どんな魔力よっ!」
戸惑いを越え、ついには怒りすら露わにしたキルエラに、英輔は言葉を返さずに腕を振り上げた。
これまで以上に激しい電流の弾き合う音が鳴り響き、英輔の右腕に凄まじい量の電流が集約される。
「させない……っ!」
その凄まじい魔力に対して危機感を覚えたのか、妨害しようとキルエラは英輔へ手をかざし、火球を出現させた――が、それは別の方向から飛来した黒弾によって弾かれた。
「小娘ぇっ!」
「今よ、英輔っ!」
由愛の合図にコクリと頷き、英輔は勢いよく右手を振りかぶる。
「くたばりやがれェェェェェェェェェッッッ!!!!」
大きく振られた英輔の右腕から放たれた膨大な魔力。ソレが形成した形は、一匹の虎だった。
「じょ、冗談じゃないわ……こんな奴に――――」
キルエラが言葉を言い切るよりも、電流の虎がキルエラへ直撃する方が早かった。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ」
悲痛な悲鳴と共に凄まじい量の雷の魔力を浴びせられ、キルエラはその場へドサリと倒れた。
「……サンキュ」
「ふん。感謝しなさいよね」
そんなことを言い合ってお互いに笑い合い、英輔と由愛はその場でハイタッチして見せた。
「……アレって!」
チラリと由愛が倒れているキルエラに視線を送ると、キルエラの傍にビー玉の小さな破片のような欠片が転がっていた。
「欠片……!?」
恐らくキルエラが使わずに持っていたのであろうその欠片は、先程の衝撃でキルエラの服か身体のどこかから外に転がり出たらしい。
由愛はチラリとプリセラに苦戦する永久へ目をやり、すぐにキルエラの所まで駆け寄ると、その欠片を急いで拾い上げた。
「――――欠片がっ」
プリセラがそう言ったのと、永久がキルエラの方へ視線を向けたのはほぼ同時だった。
「永久っ!」
永久が欠片に対して反応するよりも、由愛がキルエラの持っていた欠片を拾い上げる方が早かったらしく、由愛はすぐに永久の方へと欠片を放り投げた。
「ナイスっ!」
放り投げられた欠片を受け取り、永久はその欠片を握りしめる。ジワリと身体の中に戻っていく欠片が、永久の中に力が戻るのを感じさせる。
「よし、これなら……っ!」
そう言った瞬間、永久の身体が眩い光を発した。
その閃光弾のような輝きに、周囲にいた全員が一度目を閉じる。
そして収まった光の中から現れた永久は、姿が変わってしまっていた。
風に揺れる黒いツインテール。むき出しになった腹部に、風が当たって冷たい。
「身体が軽い……って何これ!?」
その姿は、RPGの装備で言う「ビキニアーマー」と言ったところだろうか。
防具としての防御力を捨て去り、動きやすさと露出だけを追求したようなその姿に、永久は顔を赤らめる。その両手に握られているのはショーテルのような形状をした二本の剣だった。
「姿が……変わった……?」
目のやり場にやや困りながらも、英輔は驚嘆の声を漏らす。
その場にいる全員が驚いてはいたが、恐らく本人が一番自分の格好に驚いているのだろう、黒いツインテールを揺らしながら永久はあたふたとしていた。
「姿と武器が変わったところで、状況に変わりはないわっ!」
笑みを浮かべ、再びプリセラが加速する。
「は、恥ずかしいけど……これなら!」
トントンと。確かめるように永久はその場で跳ねて見せ――次の瞬間には英輔達の視界から姿を消した。
身体が軽い。
単に装備が変わった、というわけではなく、まるで身体の中がすっからかんになったかのように軽い。
気づけば永久は、プリセラと同じ――いや、それ以上の速度で移動していた。
「風に……追いつくというのっ!」
「どんなに丈夫だって――!」
永久はプリセラへ接近すると、すぐさまそのショーテルの片方で切りつける。しかし、刀の時と同じようにそのショーテルは弾かれた。
「無駄よ! そんな力じゃ私の魔力障壁は――」
プリセラが言い切るよりも、二撃目が叩き込まれる方が速かった。
「何度も叩けばっ!」
三撃目、四撃目、五撃目、次々とショーテルは叩き込まれ、徐々にプリセラの纏う風に亀裂が入っていく。その亀裂が修復されるよりも遥かに速くショーテルが叩き込まれ、徐々にプリセラの纏う風全体へと亀裂は広がっていき――ついには音を立てて大破した。
「風がっ――――!」
「そこだっ!」
一閃。
振り抜かれたショーテルが、プリセラを切り裂いた。
「か……はっ……」
ピタリとその場に止まり、プリセラが血を吹き出しながらその場に倒れ始める頃には、永久もプリセラも英輔達に視認できる速度へ戻っていた。
「風、切れたね」
かなり疲労しているのか肩で息をしながら、永久はニヤリと笑みを浮かべた。