World3-8「秘められた思い。」
炎の剣と刀の鍔迫り合いは、ほぼ互角だった。
キルエラによる炎の魔術によって作り出された剣は、かなり高密度の魔力で形成されているようだったが、その剣と鍔迫り合いの出来るあの刀……晃の持っているあの刀は、どうやらただの刀ではないらしい。
「その刀……不思議ね」
「生憎ただの刀じゃないんでね……そう簡単にはやられんさ」
言うやいなや、晃は思い切り刀を振り抜いて炎の剣を弾いた。
「っ!」
「おおッ」
不意に弾かれてたたらを踏んだキルエラ目がけて、晃の後方から飛び出した英輔が剣で切りかかる。が、キルエラは切りかかってくる英輔へ手をかざし、ニヤリと笑みを浮かべた。
「英輔ッ!」
晃が声をかけた時には既に遅く、キルエラの右手から放たれた火球は英輔の腹部へ直撃する。
「がッ……ッ」
英輔の纏う雷の魔力と、魔力の塊である火球の弾き合う音が鳴り響き、英輔はそのまま数メートルその場から吹っ飛ばされた。
「英輔、無事か!?」
「よそ見してる場合?」
英輔へ晃が視線を向けている内に、態勢を立て直したキルエラは再び晃へ炎の剣で切りかかる。すぐさま反応し、咄嗟に晃はキルエラの剣を刀で受ける。
晃とキルエラは互角の切り合いを繰り広げるが、どちらも決定的な一撃を与えるには至らず、勝負は拮抗していた。
そんな様子を後ろから見つつ、英輔は目を丸くしていた。
晃には、魔力がほとんどない。それ故に、魔術は扱えない。基本的に魔術師相手の戦いは魔術師のように魔力を扱える者でなければどうにもならない。恐らく晃の持つあの刀は魔力を伴っているのだろうが、だからと言って晃が魔力を扱えるわけではないし、魔術師ではない晃からすればキルエラの技量を図るどころか、キルエラの魔術が発動する際に感知することさえままならないハズだ。
その晃が、ある程度の修羅場を魔術師として潜り抜けてきた英輔を遥かに上回る魔術師の悪魔であるキルエラと、ほぼ互角の戦いを繰り広げているのだ。
「す、すげぇ……」
思わずそう声を漏らし、ハッと我に返って英輔は首を左右に振る。
「感心してる場合じゃねェ……」
剣の柄を握りしめ、英輔がキルエラへ再び視線を据えた――その時だった。
「くッ」
キルエラの剣に刀を弾かれ、晃が英輔の傍まで後退する。
「親父、大丈夫か!」
「お、心配してくれんのかい?」
おどけた様子でそんなことを言う晃に、英輔は軽く舌打ちする。
「馬鹿言ってる場合かよ!」
「それもそうだな」
そう言って、晃は釣り上げていた口角を降ろし、刀を構え直してキルエラへと視線を向けた。
「やるじゃない、ただの人間の癖に」
スッと。キルエラが右手を上げる。それに釣られるようにして、英輔と晃の視線もまた、上へと上がっていく。
「逃れられるかしら?」
キルエラが微笑を浮かべるのと、キルエラの指がパチンと鳴らされるのはほぼ同時だった。
「――――ッ!?」
音が響くと同時に、英輔と晃の周囲に円を描くようにして炎が燃え盛っていく。
「……囲まれたか……ッ」
憎々しげに周囲の炎を睨みつけつつ、晃は小さく舌打ちをした。
「うん、囲んじゃった。大変だと思うけど頑張ってね」
おどけた口調とは裏腹に、キルエラは二人へ冷めた視線を向けると、小さく右手を薙いだ。すると、二人を囲んでいる炎はすぐさま二人へと襲い掛かる。
英輔は雷の剣で素早く炎を薙ぎ払うが、晃の方は刀で応戦し切れておらず、まとわりつく炎に苦戦していた。
「親父ッ!」
「その刀、中々に退魔の効果があるみたいだけど……これは厳しいみたいね」
クスクスと笑みをこぼしつつキルエラがもう一度右手を薙ぐと、晃へまとわりつく炎は更に勢いを増していく。
「テメエッ!」
怒声を上げ、英輔がキルエラ目がけて剣を振ると、その軌道上に電気の塊が出現し、勢いよくキルエラ目掛けて発射される。が、それらはキルエラには一つも届かず、目の前で燃え盛る炎の円によって簡単に防がれてしまう。
「クソッ!」
「自分の心配が先でしょう?」
ケラケラと笑い声を上げながら、キルエラは再び右手を振る。すると、英輔の背後の炎が鋭い槍のように変形し、その切っ先を英輔の背中へと向けた。英輔は焦っているせいかまだそれには気づいておらず、どこから炎が襲い掛かってくるのかと左右をキョロキョロと見回している。
「さよなら」
冷えた表情。
ほんの少しの感情も込めずにキルエラがそう言って、まるでそれが合図だったとでも言わんばかりに、炎の槍は英輔の背中目掛けて発射される。
それに気づいた英輔が振り返り、声を上げる間もなく表情を驚愕に染め上げた瞬間、英輔の目の前へ突然立ち塞がったのは――
「な……ッ……何……で……ッッ」
キルエラによる炎で身を焦がす、桧山晃だった。
英輔を庇うようにして腕を広げる晃の胸には、深々と炎の槍が突き刺さっていた。
「お……おい……親父ィッ!」
突き刺さっていた炎の槍が消え、ドサリとその場に倒れた晃に、英輔は慌てて駆け寄り、かがんで晃の身体を揺さぶる。
「よう……大丈夫か」
「大丈夫かじゃねえよクソ親父! 魔術も使えねえのに何やってんだよッ!」
晃の胸部からは止めどなく血が溢れ、その出血量は晃の傷の深さをまざまざと英輔へ突きつける。
「アンタのことクソよばわりしてるような奴だぞ! 何で庇ったりなんかしてんだッ! わけわかんねぇんだよお前はッ! ふざけんな!」
訝しげな表情で晃へそんな言葉をぶつける英輔に、晃は薄く微笑み、ゆっくりと身体を起こすと英輔の頭へそっと手を伸ばした。
「それはな、英輔」
乗せられた手が、少しずつ冷えていくのが、わかった。
「俺がお前の、父親だからだ」
「親……父……?」
そうだ、クソ親父だ。
英輔や麗華のことを顧みずに家を出て世界を飛び回り、寂しがる麗華を放って世界を飛び回り続けたクソ親父。ちょこちょこ思い出したように帰ってきて、急に父親ぶりやがるクソ親父。
認めたくなかった。
こんなクソ親父が家にいなくて、自分が寂しかっただなんて、認めたくなかった。
参観日だって来てほしかったし、ホントはもっとゲームでも何でも良い何かして遊びたかった。
同じ場所で、同じ時の中で、同じようにご飯を食べて寝て、仕事も学校も終わればお互いその日の愚痴なんかを言い合ったりして、休日は一緒に釣りにでも出かけたりして。
そんな普通の親子みたいなことがこのクソ親父としたかったなんて、認めたくなくて。
自分は良い、寂しかったのは麗華だ。そう言い聞かせて、まるで麗華のために怒っているかのように自分を見せかけていた。
――――寂しかったのは、俺だ。
――――誰よりも俺が、親父がいなくて……寂しかったんだ。
「馬鹿……やろ……ッ」
必死に歯をくいしばっても、溢れ出すものが抑え切れなくて。
こぼれ落ちたしずくは、一滴ずつ血の中へ混じり込んでいく。
ゆっくりと、乗せられた手は力なく降ろされた。
「あっははばっかみたい。お涙頂戴って感じ?」
ピクリと。キルエラに背を向けたままだった英輔の肩が反応を示した。
「つまんないから貴方も――」
言いかけたキルエラの身体に、黒い弾が直撃したのはその瞬間だった。
「――っ!?」
思いもよらない方向からの攻撃に、キルエラは戸惑いつつ態勢を崩す。油断していたせいか、英輔達を囲んでいた炎も、晃の身体を焦がさんとして燃えていた炎はすぐに消えていった。
「何やってんのよっ!」
黒い弾を放ったのは、永久と共にプリセラの相手をしていたハズの由愛だった。
見れば、プリセラと今戦っているのは永久だけで、由愛はその戦闘から離脱して英輔の元へと向かっていた。
「お、お前……」
戸惑う英輔の前まで辿り着くと、由愛はそこでピタリと止まってキルエラへと視線を据える。
「いいから早く行きなさいよこのウスノロ!」
「なッ! お前ウスノロって――」
「アンタのお父さん、死なせたいの!?」
まだ、息はある。
手首に指をあてると、微かだかまだ脈があるのがわかった。
「……ありがとな」
そう言って、すぐに英輔は晃を背負う。
「別に。私は鏡子のために助けたのよ」
英輔の方へ目もくれずそう言う由愛に苦笑しながらも、英輔は晃を背負ったまますぐに走り出した。