World3-2「現れた母。」
「え、英輔って――」
「雅ッ! お前何やってんだよおい!」
ポケットの中から聞こえた声に永久が答えるよりも、現れた少年――英輔が先程まで永久達と戦っていた少年――雅に怒号を飛ばす方が早かった。
「うるさい、今は取り込み中だ。加勢する気がないなら引っ込んでいろ」
「引っ込んでろってお前な! まだその人達が犯人って決まったわけじゃないだろ!」
英輔のその言葉に、雅は一瞬ハッとなったような顔を見せたが、すぐに顔をしかめて永久達の方へ視線を向けた。
「あの、私達……この町には来たばっかりで……」
ショートソードを消し、自分達に敵意がないことを示しながら永久が雅へそう言うと、隣にいた由愛がすかさずそうよ! と怒声を雅へ投げつけた。
「アンタ達の言う事件なんかとは関係ないわよ馬鹿! 大体、私も永久もあんな殺し方出来なさそうって、戦ったアンタならわかるでしょ!」
これには流石に雅も頷かざるを得なかったらしく、確かに……と呟きつつやや気まずげな表情を見せる。
「私達が来た時には、既にこの状況だったんだけど……」
「ということは……」
「お前の早とちりじゃねーかばーか!!」
言いかけの雅の言葉を継いだのは、呆れ顔の英輔だった。
「異世界から来たァ!?」
麦茶の入ったコップを片手に、素っ頓狂な声を上げる英輔。それに対して雅の方は至って冷静な表情のままだった。
「うん、異世界から」
麦茶がこぼれんばかりのリアクションを見せる英輔に、永久はニコリと微笑んでそう答えた。
場所は公園から変わり、公園へ駆けつけた少年、英輔の自宅へと移る。全員で話し合うのに都合が良い、ということで永久達は食卓へと通され、そこで会議をするかのような形で机を囲んで四人が椅子に座っている。
そこで永久達が「自分達は異世界から来たのだ」という説明をし、現在に至った。
「異世界ってなぁ……」
半信半疑、と言った感じの様子で英輔はそう呟いた。
隣に座っている雅という少年の容姿が端正な分、決して悪くはないのだが彼の――英輔の容姿はどこか平凡に見える。決して低いわけではないが、雅と比べるとやや身長も低く見え、永久達の印象としては「中肉中背の平凡な少年」と言った感じである。
しかしこの英輔という少年の顔に、永久はどこか既視感を感じていた。今日初めて会ったハズなのだが、どこかで見たような顔、という印象を何故か持ってしまっている。過去の記憶の断片かとも思ったが、それにしては最近の記憶のような気がしてならず、どこかもやもやとした感覚を拭い切れない。
「……ん?」
いつの間にか永久は思わずジッと英輔の顔を見つめてしまっていた。
「あの……俺の顔、何か付いてる……?」
自分の顔をぺたぺたと触りつつ、恐る恐る問う英輔を見ながら、唐突に永久は両手を顔の前で勢いよく合わせた。
「あー!」
「な、何だよ!?」
思い出した思い出した、と繰り返しながら一人ではしゃぐ永久についていけず、英輔は怪訝そうな表情をしたまま麦茶を一口口にする。
「思い出したって、何をよ?」
そう問うた由愛の方へ、永久はクルリと身体を向ける。
「そっくりなんだよ!」
「質問にちゃんと答えなさいよ!」
と、永久の隣で怒鳴りつつ英輔の顔をまじまじと見つめると、由愛は何かに気付いたようにあ、と小さく声を上げた。
「……お前達だけで会話を進めるな。ちゃんと話してくれ」
いつの間に飲み干したのか、空になったコップを机の上へ置きつつ雅は永久達を眺めて嘆息する。
「私の知り合いにそっくりなんだよ!」
言いつつ、永久はごそごそとポケットの中を漁り始める。それから数秒と経たない内に、永久はプチ鏡子をちょこんと机の上に置いて見せた。
「久しぶりね」
プチ鏡子は英輔と雅の顔を交互に見た後、澄ました表情でそう言うと、その長いポニーテールを片手でかき上げた。
「貴女は……」
驚いた表情でそう漏らした雅の隣では、雅以上に表情を驚愕で染め上げた英輔が目を見開いてプチ鏡子を凝視していた。
「母……さん……?」
英輔のその言葉に、永久も由愛もほとんど同時に目を丸くした。
アンリミテッドという存在について、永久について、欠片について、そしてプチ鏡子について、永久達は出来得る限りの説明を英輔と雅の二人へ行った。
二人共(特に英輔)最初は驚いた様子だったが、この手の非日常には耐性があるらしく、永久が思っていたよりも早く状況を飲み込んでくれた。
「つまり、鏡子さんの力を借りてその『コアの欠片』とか言うのを探している、というわけか」
雅のその言葉に、永久はうん、と首肯して見せる。
「しかし驚いたな……母さんがそんなことしてたなんて」
「ふふ、でも結果的に貴方の元気そうな顔が見れたのは嬉しいわ」
机の上から息子の――英輔の顔を見上げつつ、プチ鏡子は嬉しそうにそう言って微笑んだ。
「今回の事件……お前達の言う欠片、というのが関係している可能性があるかも知れん」
「今回の事件って、さっきの公園で起きてたような事件が他にも起こってるの?」
永久がそう問うと、雅はああ、と小さく頷いた。
「ここ最近立て続けに人間が生気と魔力を吸い取られ、ミイラ化して死亡している。事件が起こる際に強い魔力を感じるあたり、犯人は十中八九魔術師か、それに準ずる何かだろうが……」
魔術師、という言葉に聞き覚えはないが、その「魔力」というものを扱う人間のことを指すのだろう。恐らくここにいる二人、英輔と雅はその魔術師というものなのだろうし、魔具を操ったり魔力を感じ取ったりしている鏡子も、その魔術師なのだろう。公園での戦闘で雅が起こしたあの風も恐らく魔術だ。
「ともあれ、俺の早とちりで襲い掛かってしまってすまなかった」
「良いよ良いよ気にしないで。あの状況なら、誰だって私達を疑うよ」
そう言って顔の前で両手をひらひらと振る永久に、雅は頭を下げつつ恩に着る、とだけ答えた。
「ホントお人好しよね、永久って」
――――ホントにお人好しね……永久。
呆れ顔でそう言った由愛と、刹那の顔が一瞬だけ永久にはだぶって見えた。
「うん、よく言われてた」
静かにそう答え、永久は切なげに目を伏せた。
「英輔、少しお願いがあるんだけど」
不意にプチ鏡子がそう話を切り出すと、英輔は何だよ母さん、とすぐに言葉を返した。
「この世界で活動する間この二人……永久と由愛をここに泊めてもらえないかしら?」
「ああ、そりゃ構わないけど……。麗華の……妹の部屋で良いか?」
「うん、寝れるんならソファだって良いよー」
「いや、客をソファで寝かせるわけにはいかんだろ」
永久にそうツッコミつつ、英輔はやや照れた顔で永久へと手を差し出す。
「その、何だ……しばらくよろしく」
恥ずかしげに永久から目を背けつつ言う英輔に、永久はパッと顔を明るくしてその手を握った。
「うん、こちらこそよろしく!」
永久と握手した後、英輔は由愛の方にも手を差し伸べたが、その手を由愛は握ろうとしなかった。
「……由愛?」
キョトンとした表情で永久が由愛の顔を覗き込むと、由愛は呆れたように溜め息を吐いて見せた。
「この人ホントに鏡子の息子なの?」
「……何だよ、おかしいかよ」
ムッとした表情で英輔がそう言うと、由愛はクスリと嘲るような笑みをこぼした。
「だって、馬鹿そうだし」
「んなッ!? 誰が馬鹿だ誰が!」
ガタンと音を立てて立ち上がり、抗議の態勢に入る英輔だったが、その隣で雅は由愛に同意するように一理ある、と呟きつつコクコクと何度も頷いて見せていた。
「一理も二理もあるかよ! ふざけんな!」
「ま、他にどうしようもないから世話になっといて上げるわ。言っとくけど私、永久と鏡子以外と慣れ合うつもり、これっぽっちもないから」
「ちょっと由愛!」
そっぽを向いてそんなこと言う由愛に、流石の永久も声を少し荒げたが、由愛はそれには応じなかった。
「ごめんね、えっと……」
「桧山英輔、英輔で良いよ」
英輔が笑顔でそう答えると、その笑顔に答えるかのように永久も屈託のない笑顔を見せた。
「うん、私のことも永久で良いよ!」
「私のことは呼ばないでね」
永久と英輔が微笑み合う中、つまらなさそうに由愛はそっぽを向いたままそう呟いた。
「もう、由愛!」
顔をしかめてそう言う永久だったが、由愛は顔を背けたままだった。
「もしかして、前の世界の学校でもそうしてたの……?」
間を置いて、永久がそう問うと、由愛はそうよ、と平然と答える。
「だってあそこもココも、私の居場所じゃないじゃない」
そう言った由愛の表情は、どこか寂しげだった。
ミイラ化した死体の転がる公園に、一人の男が訪れていた。
肩まである長めの黒髪を後ろで一つに縛っており、口元にはワイルドな無精髭が蓄えられている。やや背の高い男で、見た感じでは170センチを優に超えているように見える。
「やれやれ、久々に帰ってみりゃ大変なことになってんな……」
肩には布に包まれた長い棒のようなものを背負っており、男はそれを左手で意味もなく触りながらそう呟いた。
転がっているミイラ死体に一瞥をくれ、小さく嘆息した後、男はどこか遠くを見るような顔つきになる。
「どれ、たまには親らしいことの一つでもしてやるか」
そう言って、男は右手でキャリーバッグを引きずりながら公園を後にした。