World3-1「訪れた世界。」
夜の公園、というのがどこか物寂しいのは、闇に包まれて閑散としたその情景が、昼間の賑やかな情景とあまりにもギャップがあるせいだろう。別に夜は公園だけが物寂しいわけではないが、公園や学校と言った普段人が多くいる場所は夜になって人がいなくなるととりわけ物寂しく、不気味に感じられる。
そこはあまり大きな公園ではなく、住宅街の中に作られた小さなその公園で、遊具や面積こそ少ないものの昼間は結構な人数の子供達が遊んでいるのだが、夜になるとそんな様子は微塵もない。今は中央に建てられた電灯にすがるようにして、素行の悪そうな少年達が三人、気怠そうに煙草を吸っているだけだった。
年の頃は大体十七、八歳、と言ったところだろうか。喫煙して良い年齢ではないハズなのだが、そんなことには構わず少年達は談笑しつつ口から煙を吐き出していく。
「帰るか」
しばらくして、少年が地面に吸い殻を放りつつそう言うと、残りの二人も各々の反応で同意し、同じように吸い殻を地面へ放る。まだ火のついたソレを面倒そうに踏みつ潰しつつ、三人がその場を後にしようとした……その時だった。
公園の入り口から、一人の人影が少年達の元へと歩み寄ってくる。長い髪が夜風に揺れるそのシルエットは、それが女性のものだと判断するには十分だった。
「よう姉ちゃん、遊んでやろうか?」
下卑た笑みを浮かべて少年の一人が女性へそう問うと、女性は妖艶に微笑みながら長い髪をかき上げた。
「ええ、遊んで下さる? たっぷりと、ね」
たっぷり、の部分に淫靡な響きを漂わせ、女性はそう答えた。
あの路地裏から、永久達が裂け目を通って抜けた先は夜の住宅街だった。まだそれ程遅い時間なわけではないらしく、大抵の家の窓からは光が漏れている。そんなありふれた光景を眺めつつ、永久は肩にプチ鏡子を乗せて由愛と共に住宅街の中をゆっくりと歩いていた。
今のところ、これと言って欠片の手掛かりはない。前の世界の時もそうだったし、これから先もそうなのだろうが、今回も欠片探しはまず手掛かりを探すところから始まるらしい。
「……懐かしいわね」
不意にポツリと。誰に言うでもなくプチ鏡子はそう呟いた。
「懐かしい……って?」
視線を肩のプチ鏡子に向けつつ永久がそう問うと、プチ鏡子は懐かしげに辺りを見回しつつ、小さく微笑んで見せた。
「ここ、私が元々いた世界なのよ」
プチ鏡子のその言葉に、永久はえ、と小さく声を上げたが、それに対して由愛はそれ程驚いた様子でもなかった。
「へぇ、じゃあここって故郷だったりとかするわけ?」
永久の肩を見上げつつそう問うた由愛に、プチ鏡子はええ、と首肯する。
「家族、とかは……」
言いかけ、永久はプチ鏡子が切なげな表情を見せていることに気付き、口をつぐむ。もしここに彼女の家族がいるのなら、何故彼女は今境界の管理を行っているのか。詳しくはわからないが、何かしら深い事情があるのだけは確かだろう。
「そもそも、どうして鏡子は境界の管理なんてやってんのよ?」
由愛がプチ鏡子へ投げたのは、永久の疑問をそのまま言葉にしたかのような質問だった。
「てっきり私、鏡子は元々境界を管理するために生まれた存在なのかと思ってたんだけど」
数瞬、沈黙が降りた。
最初の内は首を傾げていたが、やがて何かまずいことを聞いたのかも知れない、と思い始めたのか由愛は気まずそうに顔をしかめた。
「罰よ」
「罰……?」
不意にそう答えたプチ鏡子の言葉を、そのまま繰り返して永久は問い返す。
「罪を贖うための、罰」
「罪? 罪って……」
永久がそう言いかけた矢先、突然プチ鏡子は顔色を変える。何事かと永久も由愛も辺りを見回すが、周囲にそれらしいものは見られない。
「……魔力を感じるわ」
魔力、という言葉は永久からすれば聞き慣れない言葉で、それが何なのかはどこかふわっとしていてよくわからなかったが、プチ鏡子の真剣な表情からただ事ではない、ということだけは察することが出来た。
「行きましょう、魔力の強く感じられる場所まで案内するわ」
プチ鏡子の言葉にコクリと頷き、永久と由愛はプチ鏡子の案内に従いながら走り出した。
永久と由愛が向かった先は、住宅街の中にある小さな公園だった。
既に永久はショートソードを出現させており、いつ襲い掛かられても応戦出来るよう身構えていたが、既に公園には人気がない。しかし、その代わりとでも言わんばかりにそこには三人分の、ミイラのような死体が転がっていた。
「――――っ!」
それを見て永久が最初に思い出したのは、坂崎神社に住んでいた頃、コンビニで買ってきた雑誌に載っていた「河童のミイラ」だった。
全身からありとあらゆるものを吸い尽くされたかのようなソレは、正にミイラと呼ぶに相応しい状態であり、骨と皮だけになった頭からははらはらと頭髪が風に乗って飛ばされていく。
「遅かったみたいね……」
口元を手でおさえ、死体へ視線を落としつつ由愛はそう呟いた。
「プチ鏡子さん、魔力……まだ感じる?」
永久の言葉に、永久のポケットの中に潜り込んでいるプチ鏡子は、静かに首を左右に振った。
それを確認すると、永久は構えていたショートソードを消し、改めて死体へ視線を向ける。明らかに人間の仕業とは思えないその惨状に、永久は悲しげに目を伏せた。
――――ねえ、こっち見てよ山木君……ねえ。
脳裏を過る言葉と、ゾクリとした寒気。
欠片の気配は感じなかった、この惨状は欠片の力を使った人間のものじゃない。それはわかっているハズなのに、どうしても重なってしまう。
これは欠片の力の仕業ではない。
わかってはいても、前の世界で見た光景とこの光景は、永久の中で重なってしまっていた。
「……何か来るわっ!」
不意にプチ鏡子が声を上げたのと、永久達の目の前に小さなつむじ風が出現したのはほぼ同時だった。
突如吹き始めた強い風に、思わず永久も由愛も腕でその顔を覆ってしまう。強い風が落ち着いた頃、トン、と地面に何かが着地する音が聞こえた。
「お前達が一連の事件の犯人か」
聞こえたのは、若い男性の声だった。
肩まで伸びた長い髪を風になびかせつつ、先程ここへ着地したのであろうその男……というよりは少年に見える彼は、射抜くような眼光で永久達を見据えていた。
「一連の……事件?」
わけがわからない、と言った表情で永久が聞き返したが、少年は険しい表情を一切崩そうとしなかった。
「これ以上事件を起こされても困るんでな……始末させてもらうぞ」
所謂イケメン、というのに分類されるであろうその甘いマスクを、少年は怒りで歪めつつ身構える。それに対して、永久と由愛もわけがわからないまま身構えざるを得なかった。
素早く、少年が右手を振る。すると、少年の前で何やら素早く風を切る音が鳴り響き、刃のような空気の塊が永久達目がけて飛ばされた。
「退いて!」
永久を押しのけるようにして前へ出ると、由愛は素早く目の前に黒い壁を出現させ、その刃を防ぐ。が、その頃には既に少年は猛スピードでこちらへ距離を詰めていた。
「――っ!?」
少年の蹴りが、由愛の壁に直撃する。刃を防いだ時点で多少気を抜いていたのか、由愛は壁から伝わる振動でその場へ尻餅をついてしまい、その瞬間に黒い壁は消えた。
「由愛っ!」
すかさず永久は少年との距離を詰めると、少年の腹部目がけて右拳を突き出す。が、少年はそれを左手で受け止めると同時に、右手で手刀を永久の首筋目がけて繰り出した。
「っ!」
少年の手刀を、永久は首を後ろへ引いて当たるすれすれで回避すると同時に、緩んだ少年の左手から自分の右手を引き抜き、少年から数歩距離を取る。
「永久!」
態勢を立て直した由愛はすぐに永久の傍へ駆け寄り、身構えると同時に右手を少年目がけてかざす。すると、由愛の前には数個の黒い弾が出現し、少年目がけて射出される。
しかし、少年が円を描くように右手を回すと、そこに現れた空気の壁のようなものが由愛の黒弾を防ぎ、消滅させた。
「魔術師……というわけではなさそうだな。別の異能か……?」
訝しげな表情を見せつつ、少年は永久達から少し距離を取ると、何やらブツブツと呪文のような言葉を呟き始める。それに伴い、少年の周囲では強い風が吹き荒れ始めた。
「詠唱よ! 止めなさい!」
プチ鏡子のその言葉に頷き、永久がショートソードを出現させた――その時だった。
「ちょっと待てよ!」
不意に、公園の入り口からそんな声が聞こえた。
それに反応したのか、ピタリと少年は詠唱を止める。それと同時に、少年の周囲に吹き荒れていた風はすぐに収まっていく。
「お前か」
公園の入り口へ視線を向け、少年はつまらなさそうに呟いて舌打ちする。
「英……輔……?」
小さく、ポケットの中でプチ鏡子がそう呟いた。