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World×World  作者: シクル
序章
2/123

World0-1「永久と刹那」

「好きです! 付き合って下さい!」

 とある高校の屋上で、学ランをきた男子生徒がほぼ九十度なんじゃないかと思える程に綺麗な角度でお辞儀をしていた。

 そんな男子生徒の前では、二人の女子生徒が立っており、一人はキョトンとした表情を、もう一人は険しい表情を見せていた。

 驚くことに並んでいる二人の女子生徒は、まるでドッペルゲンガーか何かのようにソックリなのだ。

 背中を覆う程の長く艶やかな黒髪も、やや釣り上がった目も、背丈も、頭につけている白いカチューシャまでもが同じであり、女子制服であるやや古臭く感じる紺のセーラー服の、長い(膝下十センチくらいに見える)スカート丈まで全く同じだった。

 キョトンとした表情をしている方は柔和そうな雰囲気だが、もう一人の険しい表情をした方はやや性格がキツめに見えなくもない。

「お願いします! 僕と付き合って――」

 男子生徒が言い終わらない内に、キツめに見える方の女子生徒が口を開く。

「……どっちと?」

 冷えた声音でそう問うた女子生徒に、男子生徒は思わずえっ、と困惑の声を上げている。

「私とこの子、どっちと付き合いたいのかって聞いてるの」

 睨んでいるような視線を男子生徒に送るキツめな方の女子生徒の隣で、柔和そうな方の女子生徒は苦笑いしつつ様子を見守っていた。

「じゃあ、どっちがどっちなのか貴方にわかれば、貴方の好きな方と付き合っても良いわ」

 そう提案し、キツめな方は、制限時間は十秒ね、と言葉を付け足すやいなやカウントを始める。

「十、九、八、七、六、五……」

「え、あの、えっと……」

 二人を交互に指差しながら戸惑う男子生徒を見ながら、嗜虐的な笑みを浮かべるキツめな方。その様子を、柔和な方は先程と同じく苦笑いを浮かべたまま見守っていた。

「四、三、二、一……」

「わ、わかりません……」

 カウントが終わると同時に、意気消沈、といった様子でうなだれる男子生徒に、キツめな方は吐きかけるように小さく嘆息する。

「そう。じゃあ、さよなら」

 そう言ってひらひらと手を振ると、キツめな方は男子生徒の方へ目もくれずにその場を去って行く。その後ろを、柔和な方は男子生徒にごめんね、と小さく声をかけた後で慌ててついて行った。



「ちょっと……かわいそうじゃない?」

 屋上を出、下の階への階段を降りていく途中、柔和な方がキツめな方へそう言うと、キツめな方は別に、と短く答えた。

「ほら、折角勇気出して告白してるんだし、あんなことしなくても……ね?」

 控えめに言う柔和な方へ、キツめな方は呆れ気味に溜め息を吐いた。

「ホントにお人好しね……永久とわ

 永久、と呼ばれた柔和な方の女子生徒はキツめな方の言葉に、刹那せつなもね、と小さく笑みを浮かべて答えた。

「ちゃんとどっちがどっちなのかわかって付き合って欲しいっていうのは、私のことを考えてのことだよね? ほら、刹那だってお人好しー」

 茶化した様子でそんなことを言う永久に、刹那、と呼ばれたキツめな方の女子生徒は途端に頬を赤らめる。

「ち、違うわよっ……私は単に、どっちがどっちなのかもわかんないまま告白しちゃうような軽薄な男の相手を……する気がなかっただけよ」

 プイとすねたように永久から視線を外す刹那に、永久はへらへらとした笑顔を浮かべた。


 坂崎永久さかざきとわ坂崎刹那さかざきせつなは、瓜二つな双子だった。

 この学校で二年の坂崎姉妹と言えば間違いなくこの二人のことで、この気持ち悪いくらいにそっくりな双子は数ヶ月前に転校してきた生徒だ。異常に仲が良いことや、二人共いわゆる「美少女」であることからか瞬く間に学校中で話題になった。

 その容姿故、先程の男子生徒のように告白をしにいく生徒が後を絶たないが、大抵は刹那によって玉砕されている。

 ちなみに姉が永久で妹が刹那だが、未だに完全に見分けることが出来た者はいない。



「ただいまー」

 学校を終え、自宅である坂崎神社へ戻り、社務所の玄関の扉を永久が開けると、すぐに奥から「どっちだ?」と初老の男性のものと思しき声が返ってくる。

「永久でーす」

 履いていたローファーを脱ぎつつ永久がそう答えると、奥の方から着流し姿の初老の男性が顔を出した。

「もう……いい加減覚えてよー」

 冗談めかした風に言う永久に、男はすまんすまん、と後ろ頭をポリポリとかきながら頭を下げる。

 彼の名は坂崎十郎さかざきじゅうろうで、この坂崎神社の神主の弟である。ちなみに神主は十郎の兄である坂崎孝明さかざきたかあきで、坂崎姉妹は「養子」ということになっている。

「しかしな……同じ顔、同じ声、同じ髪型の人間の見分けがつくか……? 髪型くらい変えたらどうだ?」

 十郎の言葉に、永久はしばらく考えるような表情を見せ、自分の長い黒髪を指先でつついたが、やがてどうでも良さそうに考えとく、と答えた。

「ん、そういえば刹那はどうした? 一緒じゃないのか?」

「あ、そういえばどこ行ったんだろ……? 途中まで一緒だったんだけどどっか行っちゃったから、先に帰っちゃったんだと思ってた……」

「何故見失う」

「さー?」

 首を傾げておどける永久に、十郎はやや呆れ気味に嘆息した。

「ボーっと考え事してたら……ね?」

「ね、じゃない、ね、じゃ」





 こびりついた違和感が、拭えない。

 まるでカビのように胸の内にこびりついた違和感が、ひっかいてもひっかいても剥がれない。気持ち悪い。

 記憶がない。この神社に住むようになってから記憶の一切が存在しない。

 気が付けばここにいて、いつの間にかここに住むようになっていて、平凡な女子高生の一人として高校に通っていて……。

 おかしい。

 坂崎刹那という名前すら、本当に自分の名前なのか確信が持てない。

 おかしい。

 スッポリと抜けている記憶が何なのか、まるでわからない。

 おかしい。

 違和感が気持ち悪くて仕方がない。

 同じ境遇なのに、そんなことは毛ほども気にしていないかのように振る舞う姉の永久(永久が姉、ということになっているが実際はよくわからない)は更に気持ちが悪い。何故違和感を覚えないのか、仮に永久の中にも同じものがあるとしても、何故あんなにへらへらとしていられるのか。

 刹那には、理解出来なかった。

「…………」

 下校中、社務所へ一緒に向かう永久がボンヤリとしていたのでそっと離れて本殿の方へ向かってみたところ、永久はボーっとしたまま気づかずに社務所へそのまま向かって行った。そんな間の抜けた永久の様子に呆れながらも、刹那は本殿の方へと向かった。

 別段、本殿に用があったわけではない。

 ただ、少し一人になりたかっただけだった。

 あまり人気のない神社の中を、あまり意味もなくうろうろする。見慣れた景色ではあるが、やはり昔からココにいたようには感じない。

 刹那や永久の記憶について、孝明や十郎は何も言わないし、永久も聞こうとはしていない。刹那は何度か聞いてみたことがあったのだが、上手いことはぐらかされて結局詳しいことは何も聞けずじまいだった。

「……帰ろ」

 本殿の裏辺りまできたところで、刹那が社務所に帰ろうとした時だった。

「アレは……?」

 本殿の裏に、見たことのない祠を見つけた。

「こんな所に……どうして?」

 祠は開け放たれており、周囲の状況から察するにこの辺りにはしばらく誰も近づいていない様子だった。

 そっと、何気なく祠に触れる。

「――――っ!」


 電流が、刹那の中を流れた気がした。






「ん……んぅ……んぁっ!?」

 変な声を上げつつ永久が勢いよく身体を起こすと、既に日は落ちていた。

「え、えっと……」

 学校から帰り、しばらくいなくなっていた刹那が帰ってきてからのことを反芻し、自分がいつの間にか眠りこけていたことに気が付く。髪に覆われている耳にはイヤホンがついており、その先に繋がっている小型の音楽プレイヤーは、プレイリストを再生し終わっているらしく、自動的に電源が切れていた。

「あちゃー……」

 電気もついていない自室の中、永久は制服姿のまま机に突っ伏して眠っていたようだった。

「誰か起こしてくれても良いのになぁ……」

 そんなことをぼやきつつ、イヤホンを外してプレイヤーごとポケットに突っ込むと、永久はゆっくりと立ち上がる。

 どうにも、家の中の様子が変だ。

 誰も起こしてくれないことにしたってそうだし、何故か家の中から人の気配を感じない。

 不可解に感じつつ、家中を回ってみたが、十郎はおろか刹那もいない。それに、家の中の電気は全て消えていた。

「おっかしいなぁ……」

 一人呟く。

 どこかに出かけている、というのもあまり考えられない。出かけるなら出かけるで、メールや書き置きの一つでもしてくれるハズだ。永久が今回のように家に帰ってからうたた寝してしまうのは、別に珍しいことじゃない。永久が寝ている間に全員が家を留守にするようなことがあれば必ず書置きやメールが残されていた。

 誰もいない上に電気がついていないせいか、酷く心細い。

 玄関を確認すると、刹那の靴がなかった。

 もしかすると、他の皆は出かけていて、刹那は暇つぶしに外をうろうろしているのかも知れない。そう考えると、先程から募っていた不安が少しだけ晴れた気がした。



 玄関から出ても、特に誰も見つからなかった。社務所付近には誰もいないようなので、永久はすぐに本殿へと向かった。

「――――っ!」

 本殿に入った途端、形容し難い異様な感覚を覚えた。

 感じたことがないハズなのに、どこか懐かしい感覚。

 気持ちが悪い。

 素直にそう思ったハズなのに、妙な懐かしさのせいか、少しだけその感覚に浸りたいと想えてしまう。それが余計に気持ち悪かった。

 ズシリと。胸の中で垂れ下がる違和感。

 ずっと押し込めていたものが、急に垂れ下がってくる。

「う……っ」

 気分の悪さが頭痛を伴い始めた。

 見える世界が、どこか歪んでいるように見えるのは、この原因不明の気持ち悪さのせいなのか、それとも本当に歪んでいるのか……永久には、判断出来ない。

 ただ、景色が所々陽炎のように歪んで見えているのだけは確かだった。

「何……これ……」

 思わず永久が呟いたのと、本殿の裏の方で物音がしたのはほとんど同時だった。

「誰か、いるの……?」

 問いかけるが、答えはない。

 気分の悪さと歪む視界もあいまって、永久はしばらく本殿の裏へ行くことを躊躇していたが、やがて意を決したように本殿の裏へと走って行く。

「誰――」

 角を曲がった瞬間、ピチャリと永久の頬に赤が飛び散った。

「あら、永久……」

 恍惚ととした表情でこちらを振り返ったのは、自分と全く同じ顔だった。

「刹……那……」

 茫然と佇む永久に、刹那は幸福そうな笑みを浮かべて見せる。その手にはどういうわけか西洋風の剣が握られており、永久が前にプレイしたゲームで「ショートソード」と名前がつけられていたものとよく似ていた。

「見て、これ……」

 永久の方へ身体を向け、刹那はゆっくりと両手を広げた。


 その足元では、四、五人程の人間が倒れていた。


 まだ殺されたばかりなのか、生暖かそうな血をだらだらと流しながら、一目で即死だと判断出来るような傷を負った死体達。その見覚えのある顔に、永久は戦慄した。

「お父さん……十郎さん……」

 倒れていた人間の内二人は、坂崎孝明と坂崎十郎だった。

 他の人間も、永久の見たことのある人間ばかりで、どれも坂崎神社で働いていた人達の顔だった。しかし、誰一人として生きているようには見えない。

 これが、死ぬということ。

 どうしてか、初めて経験したことではないような気がした。

「どうして……こんなこと……」

 ペロリと。ショートソードに付いた赤い血を刹那はなめると、永久に対して爽やかとさえ言えるような笑顔を向けた。

「私、思い出したの」

「え……?」

 唐突な刹那の言葉に、永久は戸惑いの声を上げた。

「私は……思い出したわ。貴女は何も思い出さないの……?」

「何言ってるのかわかんないよ……刹那!」

「同じ、『私』なのに」

 クスリと嘲笑うかのような笑みを永久にこぼし、刹那は左手で髪をかき上げた。

「私達はアンリミテッドクイーン……コア・・によって生まれた無限の存在」

 意味が分からない。

 永久には、刹那の言っていることの意味がほんの少しもわからない。

 それを察してか察せずか、刹那は言葉をそのまま続けた。

「一つになるのよ。私達は……元々そうであったように」

「わかんないよ……刹那……どうしてっ……!」

 泣き出しそうになるのを必死にこらえ、永久はむせぶようにして刹那へ叫ぶが、刹那は冷笑を浮かべるだけだった。

「貴女が……拒むなら……」

 ほんの一瞬だけ、寂しげな表情を見せたが、刹那の表情はすぐに先程までの冷笑ソレに切り替わる。

「えっ、あ……」


 静かに突きつけられた切っ先は、止まることなく身体を貫いた。


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