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World×World  作者: シクル
美味なる純血
18/123

World2-8「嫉妬」

 教室の窓ガラスを突き破り、教室の中に入ってきたのは黒い人影だった。

 ガラスの破片が飛び散った床に、四つん這いになっているその人影は何か黒いモヤのようなものに覆われており、ハッキリとした姿はわからないが、パジャマのようなものを身に着けていることと、その身体つきから女性である、ということだけは認識出来る。

 つい先程まで李那に詰め寄っていた女子生徒達や、教室の中にいた他の生徒達は悲鳴を上げながら慌てて教室から飛び出して行き、教室の中には永久と由愛、真と李那……そして人影だけが残っていた。

「ひっ……」

 李那は足が竦んでしまったのか、その場へへたり込んだまま動けずにプルプルと震えている。

 ――――間違いない、この黒い人影……欠片を持ってる……!

 四つん這いのまま李那の方をジッと見つめているその人影から、永久は強く欠片の力を感じていた。恐らく、先日事件現場で戦った黒い影と同一人物だろう。つまりこの黒い影こそが、この一連の殺人事件の犯人、ということになる。

 李那が犯人ではなかったことへの安堵と、得体の知れない犯人の正体への不安が同時に永久の中へ押し寄せる。それを察したかのように、由愛は黒い影を指差して口を開いた。

「浅木よ……」

 永久と真の表情が驚愕に染まるのと、黒い影がこちらへ顔を向けたのはほぼ同時だった。

「嘘……だろ……?」

 切れ長の瞳に、黒縁眼鏡。その顔つきによく似合った黒いショートヘアは、永久と真の知る浅木優の特徴と一致していたし、その顔は優以外の何物にも見えなかった。

「……ンタが……」

 ボソリと。呟くような声音。優の目は、既に李那の方へ戻されている。その、まるで貫くような視線に、李那は肩をびくつかせた。

「アンタが……」

 声の震えは、怒りからか、恐れからか。

「アンタが……っ! アンタさえいなければ山木君はっ!!」

 優のその言葉に、真の表情へ更に驚愕が滲んだ。

「私だってあんなこと……あんなこと、せずにすんだのにっ!」

「あんな、こと……」

 永久の脳裏を過る、三つの光景。信じたくはないが、やはりこれまでの事件の犯人は彼女……浅木優で間違いがないらしかった。

「全部……全部全部全部全部全部全部全部アンタがアンタがアンタがアンタがアンタがアンタがアンタがアンタがアンタがアンタがアンタがアンタがアンタが」

 タン、と、跳ねる音。

「――っ!?」

 永久が気づいた時には既に、優は天井に届かんばかりの位置まで跳躍していた。

 大きく開かれた優の口からは、人間のものとは思えない鋭い牙が並んでおり、むき出しになっている手足の指から生えている爪も、やはり人間のものとは思えない程に鋭く長い形状で、それらは全てへたり込んだまま震えている李那へと向けられていた。

「山本さんっ!」

 即座にショートソードを右手に出現させ、永久は李那の元へ駆け寄ろうと勢いよく一歩踏み出した――が、その時には既に、李那へ跳びかかる優の前には、一人の人影が立ちはだかっていた。

「李那ァッ!」

 教室中に響き渡る声。それと同時に、血しぶきがその場へ飛び散った。

「えっ……」

 短くそんな声を上げたのは、永久ではなく李那だった。

 自分の目の前に立ち、両手をいっぱいに広げて自分を守ろうとする少年を、李那は信じられない、とでも言わんばかりの表情で、目を見開いて見つめていた。

「し……ん……?」

 確かめるかのように呼ばれた名前に、その少年は――山木真は、胸部から血を流しながらも小さく頷いて見せた。

「ア……アァ……!?」

 そんな真の目の前で、着地した優は真の血で赤く染まった自分の爪をまじまじと見つめ、奇声じみた声で困惑を吐き出しながらブルブルと震えていた。

「嫌だ……もう」

 胸部へ走る激痛に、真は一度膝から崩れかけたが、ガクガクと足を震わせながらもなんとか持ちこたえ、その両手を精一杯に広げて見せる。

 守るように。庇うように。

「痛いのも嫌だし……キツイのも嫌だ……」

 だけど、と言葉を付け足し、真は真っ直ぐに永久の方へ視線を向けた。


「これ以上、後悔して自分を責めるのも……嫌だ」


 ホロリと。温かいしずくが李那の目からこぼれ落ちる。次第にソレはボロボロと止めどなく溢れ出し、李那の顔をぐしゃぐしゃに濡らす。しかしそれでも、李那はそれを拭おうとせずに真の背中から目を離さなかった。

「ずっと……ずっとずっと」

 優の表情が、歪む。

「ずっと、待ってた……」

 鋭く、醜く、禍々しく、歪む。

「やっときてくれたね、王子様()

「ああ、ごめんな……李那」

 振り返り、優しく微笑む真を見て、李那はやっとのことで溢れ出す涙を右手で拭った。

「山木君……」

 そんな二人を、安堵の表情で見つめながら永久がそう呟いた……その時だった。

「キアアアアアアアアアアアアアアアアッ」

 突如優の口から発せられた、耳を劈くようなその「悲鳴」に、永久達は思わず両耳を塞いだ。

「何よそれ何よそれ何よそれ何よそれ! 私なの!? 悪いのは全部私だって言うの!?」

 ゴキリ、と、痛々しい骨の折れるような音が響くと同時に、優の両足がまるで犬や狼の後ろ足のように変形していく。

「私だって待ってた待ってた待ってた待ってた待ってた待ってた待ってた待ってた待ってた」

 更に鋭く、更に長く、捕えた獲物を確実に切り裂くために、優の爪は変化していき、それに合わせて両手の形も変わっていく。

 優の口は耳元まで裂けていき、そこから覗く牙は凶悪な鋭さだった。

 元々釣り気味だった両目は更に釣り上げられ、色の濁ってしまった瞳がギラリと真達を捕えて離さない。彼女を覆っていた黒いモヤは、いつの間にか消え失せていた。

「何よ……これ……」

 口元を右手でおさえつつ、驚愕の声を漏らす由愛の隣で、永久は優の様子を固唾を飲んで見守っていた。

「欠片の力は……あそこまで人を変えられるの……?」

 ゾクリとした寒気に、永久は身を震わせた。

「ねえ、こっち見てよ山木君……ねえ」

 優のそのおぞましい姿から、思わず目をそらしていた真に、優はそう声をかける。しかし、真は李那を庇うように両手を広げたまま、優から目をそらしていた。

「ねえってばっ!」

 発達した両足の筋肉をフルに使い、優は素早く真へと跳びかかり、右手の鋭い爪を真へと向けた――が、それは咄嗟に間へ入った永久のショートソードによって防がれた。

「さ、坂崎ッ!」

 何とか優の爪を防ぐが、優はその華奢な体躯からは想像もつかないような強さで腕を突き出してくる。何とか押し返そうと永久も力を込めるが、力が拮抗しているのか、持ちこたえるのが精一杯だった。

「浅木……さんっ!」

「退いて……坂崎さん……退いてよぉっ!」

 優の叫び声と同時に、永久の中へ突如無数の映像が流れ込んでくる。前の世界で美奈と鍔迫り合いになった時と、同じ現象だった。


 山木真への抑え切れない思い。しかしそれを裏切るかのように、山木真の傍には山本李那が常にいる。募る嫉妬、嫉妬、嫉妬、漏れ出した嫉妬はいつの間にか、山本李那を傷つけていた。

 傷つける度に、後悔する。

 彼女を誰かが傷つける度に、後悔しながらもほくそ笑んでいる自分に、言いようのない嫌悪感を抱いて。

 それでも、思いは止められなくて。

 彼女さえいなければ、彼がこちらを振り向いてくれる、だなんて思って。

 彼の隣から排除したい、そんな思いが他の生徒に伝播して、いつしかソレは典型的な「いじめ」に変わっていた。

 そんな自分が嫌で嫌で、そんなことはすぐにでも止めたいハズなのに、募る彼への思いは間違った方向へ自分を動かしていく。

 こんなことは止めたい、だけど彼女を彼の隣から排除したい、そんな矛盾した思いがいつの間か牙となり、爪となる。いじめなんて止めなければいけない、だからこの爪は、いじめに加担する他の生徒達を切り裂いていく。

 自分が、始めた癖に。


 辛そうに、永久は優から目をそむける。

 彼女の思いが、生の感情が、永久には辛かった。

「ごめんね……私が……私が……」

 欠片さえなければ、彼女はきっと、その手を血に染めずにすんでいた。

欠片こんなもの……ばら撒いたり、するから……!」

 ――――終わらせなきゃ、こんなことは!

 優を振り払わんとして、永久が力強くショートソードを振ると、優は素早くバックステップして永久から距離を取り、その鋭い牙をすり合わせる。

「ごめんね、浅木さん……」

 スッと。永久は身構えると、こちらを睨めつける優へ視線を据えた。

「アアアアアァァァァァァアアアァッァァァァッ!」

 どこか泣き声にも似たその絶叫と共に、優は素早く永久へ跳びかかる。それに対して永久はショートソードを振り上げ――

「――はっ!」

 勢いよく息を吐くと同時に、跳びかかってくる優目がけて振り下ろした。

「カッ……アガッ……ァグ……ッ」

 頭から胴にかけて縦に深い切り傷を負い、優は鮮血をまき散らしながら言葉にならない声を上げ、その場へドサリと落下した。

「――――浅木ッ!」

 すぐに優の元へ駆け出そうとする真を、永久は待って、と制すると、ゆっくりと倒れている優へ歩み寄る。

「ごめんね、浅木さん」

 もう一度、小さく呟く。そうして永久が優を見つめていると、優の身体が小さく光を帯び始め、変化していた足や爪、目や口が徐々に元の形へと戻っていく。それに伴い、先程永久に切り裂かれた傷が癒えていき、優の身体が完全に元に戻った頃には、光は優の胸のあたりへ収束していた。

「治っ……た……?」

 真の言葉に、永久はコクリと頷く。

 そして、ピンと弾かれるようにして優の胸から飛び出した小さな……ビー玉の破片のような欠片を、永久は右手で掴み取り、強く握り込んだ。

「浅木さん……」

 永久の右手の中で、欠片が……深く突き刺さり、血が滲んだ。

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