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World×World  作者: シクル
美味なる純血
17/123

World2-7「後悔」

 空席のままになっている優の席をジッと眺めたまま、永久は榊の話を聞き流していた。

 榊は事件のことをぼかしつつ、合同職員会議があるため、今日の授業が午前だけになる、という説明を続けているが、教室内の雰囲気は暗雲が立ち込めているかのように重い空気だ。普通なら生徒達は昼から休めることに歓喜して騒ぎ出すハズなのだが、誰もそれを喜ぶどころか、不安げな表情のまま榊の話に耳を傾けているのは、既に事件の噂が広まっているせいだろう。

 ――――もしかしたら、次は私かも……。

 先日の優の言葉を思い出し、永久はゴクリと唾を飲み下す。

 もしこれで優が事件の被害者にでもなっていれば、山本李那が犯人である可能性は更に高くなってしまう。

 いじめに対する復讐。動機は、十分だった。

 そんな風に永久が考えを巡らせている内に、朝のHRは終了していた。終了後の号令に気付かないまま座り込んでいたことに気が付き、永久は小さく口を開けたが、誰も気にしていないことに安堵の溜め息を吐き、浮かしかけていた腰を椅子に戻した。

「……よう」

 思考を再開しようと、口元に永久が手を当てていると、不意に隣から呼びかけられ、永久はそちらへ目をやる。

「山木君……」

 そこにいたのはバツの悪そうな顔をした山木真だった。

 癖なのか、彼はしきりに自分の前髪を右手でつつきながら、呟くように昨日はごめん、と永久へ告げた。

「昨日……?」

「いやほら、放課後……」

 真の言葉で、やっとのことで思い出した永久はああ、と短く声を漏らした。

「うぅん、私の方こそごめんね、変な質問して」

 永久の言葉に、真は気にすんな、と返した後、空席になっている優の席へ視線を向けた。

「そういや、HR中ずっと浅木の席見てたけど、どうかしたのか?」

「それは……」

 口ごもり、顔をうつむかせた永久に、真は大丈夫だ、と言いつつポケットの中から携帯を取り出して少し操作した後、その画面を永久へ突きつけた。

「これって……」

 携帯の画面には「体調が悪いので休みます」と、顔文字や絵文字のない簡素な文章が表示されており、アドレスの欄には浅木優、と表示されていた。

「今朝こんなメールがきてたんだよ。体調不良で休んでるだけだから、心配しなくて良いと思うぜ」

 そう言って小さく微笑む真に、永久は胸をなでおろした。もうこれ以上、被害者を増やすわけにはいかない。李那に対していじめを行っていようがいまいが、永久にしてみれば転校してから世話になっている優は、もう友達みたいなものだ。

「じゃあ今頃、部屋で休んでるってことか……」

 永久の言葉に、真はだろうな、と携帯をポケットに収めながら答えた。









 身体は睡眠を求めているハズなのに、頭は一向に眠ろうとしない。それどころか活発に活動し、何度も何度も自分自身を責め立てる。お前が悪い、お前が全て悪い、お前さえいなければ、と。

「ああ……あっ……」

 喉元からこぼれそうになる絶叫を抑え込み、優は頭を両手で抱えたまま身体をその場で丸めた。

 どうしてだとか、何でだとか、そんな疑問は何度も持ったし何度も追及したが、答えが出たことは一度もない。否、既に出ている答えを否定し、目を背けているだけだった。

 どうしてこうなる?

 どうしてこうしか出来ない?

 ただ一言、ただ一言伝えるだけで良い。それだけなのに、それを怖がるあまりに意味のない傷を負い、意味のない傷をその爪で他人へつける。

「最低だ……私……」

 そう漏らし、枕へ顔を埋める。もう何時間もこうして過ごしているが、ほんの少しも眠れなかった。

「山木……君……」

 言葉は、どこにも届くことなく枕の中へ染み込んでいく。



 それからしばらくして、時間を確認しようと身体を起こした時だった。不意にドアの開く音がして、肩を小さくビクつかせる。

 今日の授業が早く終わるのは、メールで連絡があって知っているが、だからと言ってまだ下校するような時間ではない。時計を確認すると、まだHRが終わったばかりくらいの時間だった。

「――っ」

 額に厭な汗が滲んだのと、こちらへ向かってくる足音が聞こえたのはほとんど同時だった。

枕元に置いてある眼鏡ケースから眼鏡を取り出してかけ、入り口の方へ視線を向ける。そこにいたのは、白い髪をした少女だった。

 年齢は大体小学校低年齢くらいだろうか、しかし、その表情は見た目の年齢には似つかわしくない程に冷めており、その赤い瞳は真っ直ぐに自分をとらえていた。

 寒気がする程冷めた視線。

 侮蔑に彩られたその瞳の中には、怯え切った自分がクッキリと映し出されていた。

 静かに、少女がベッドの傍まで歩み寄ってくる。

「貴女が、浅木ね」

 冷えた怒り。鳥肌が立つのを感じ、自分の両肩を両手で抱きしめる。

「貴女……何……?」

 口から絞り出された声は、自分が思っていたよりも弱々しかった。

「私はね……貴女みたいなことをする人間が大っ嫌いなの」

 直感的に危険を感じ、携帯へ手を伸ばす――が、手が届く前に携帯に黒い何かが直撃し、携帯は枕元で音を立てて砕けた。

「へぇ、やろうと思えば出来るのね。まだ使えるんだ」

 白い少女が満足げにそう言って右手を広げると、少女の前にいくつかの黒い塊が出現していた。

 驚愕でひきつる顔を、少女は冷めた視線で見つめ、吐き捨てるように言う。

「死んで償え」


 黒い塊が、発射された。










 午前中の授業はサクサクと進んで行き、気が付けば既に授業は全て終わっていた。

 職員会議の時間の都合でHRの方も短縮されており、放課後がくるのはあっという間だった。

「終わったー……」

 グッとのびをしつつ、授業中に何度も何度も襲い掛かってきた睡魔を全て撃退した、という達成感に永久が浸っていると、後ろの方でどん、という誰かが誰かを突き飛ばす音が聞こえた。

「やってない……私、知らない……」

 そこで尻餅をついていたのは、山本李那だった。

 彼女は四、五人の女子生徒に周りを取り囲まれており、小刻みに身体を震わせながら怯えた視線を女子生徒達に向けていた。

 その光景から、他の生徒達は目を背けている。関わり合いにならないよう、各々のやり方で李那達から目を背けている。

 友人と話し続ける者、読書に没頭する者、そそくさと教室を出る者……。そんな教室の様子を、永久は悲しげに見回した後、再び李那達の方へ目を向けた。

「アンタさぁ……殺人鬼の癖に学校来るとか良い度胸してんね」

 李那のツインテールを掴み上げ、女子生徒の一人が李那を睨みつける。

「私……知らない、やってない……」

「嘘吐け! じゃあ何で優休んでんだよ!」

 がなり立てるその声に、李那はビクンと肩をびくつかせる。

 どうやら彼女達の中では、李那がいじめの復讐に優や他の生徒を殺した、ということになっているらしい。

 実際、永久だってその可能性は高いと考えている。殺すには……李那は証拠が十分過ぎた。

 しかし、だからと言ってあんな風に責め立てて良い訳がないし、李那が殺した、という証拠は一つもない。

 不安を、不満を、李那に対してぶつけているだけだ。

 眉をひそめ、永久が止めに入ろうと席を立った――その時だった。

「――っ!?」

 ガシリと。その腕は掴まれる。

「山木君……?」

「やめとけよ」

 永久の腕を掴んでいたのは、真だった。

「どうして……?」

「お前もいじめられたいのかよ」

「え……?」

 小声でそう言った真に、永久がそう聞き返すと、真は顔をしかめた。

「俺は……嫌だ。巻き添えになんてなりたくない」

 永久から目を背け、小さく真はそう言った。

 数瞬の沈黙。

 永久はジッと真を見つめていたが、真は一度も永久へ視線を戻さなかった。

 ――――俺が助けなきゃいけないのかよ! 俺が! 俺がか!?

 やがて勢い良く、永久は真の腕を振り払った後、真っ直ぐに真へ視線を向けた。

「嫌だよ」

 そう言って、真が永久と目を合わせたことを確認すると、永久はそのまま言葉を続けた。


「私は、自分に嘘吐いて後悔することの方が、巻き添えなんかよりずっと嫌だよ」


 ハッとしたような表情で目を見開く真に背を向け、永久が李那の元へ駆け寄ろうとした瞬間、響くような頭痛が永久の頭に起こった。

「っ……!」

 ――――欠片……!?

 徐々に、欠片の力がこちらへ近づいてくるのを感じる。欠片を持った人間が、欠片の力を発動させた状態でこちらへと凄まじい速度で近づいてきているのを、永久はハッキリと感じているのだ。

 不意にバタンと、勢い良くドアが開かれる。中に入ってきたのは、このクラスの生徒でも、欠片を持った人間でもなく、近くの小学校で授業を受けているハズの、由愛だった。

「ゆ、由愛!?」

 驚愕の表情を浮かべる永久の元へ、由愛は息を切らしながらも急いで駆け寄ると、肩で息をしながら必死に言葉を紡ぎ始めた。

「わかっ……たの……! 犯人が……っ」

「犯人が……!?」

 コクリと頷き、由愛は言葉を続ける。

「犯人は――――」


 由愛の言葉は、教室の窓が勢い良く割れる音によってかき消された。


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