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World×World  作者: シクル
美味なる純血
15/123

World2-5「逃避」

 この二日間、立て続けに起こった事件のことは既にクラス中どころか学校中で噂になっており、どこから漏れたのかはわからないが皆一様に「生徒が寮で殺された」という風に噂をしていた。

 恐らく生徒の誰かが教員達の話を偶然聞き、面白がって他の生徒に話した結果だろう。

 永久が教室に来るまでの間で既に何人もの生徒が事件について話しているのを聞いたし、教室に入れば教室中がその話題で持ち切りだった。

 事件の被害者は、小坂淳子と園部佑香の二人。両者殺害方法は同じで、まるで野犬か何かに食い殺されたかのような殺され方をしている。どちらの遺体も、結果として永久は見る形になってしまったが、どちらも見るに堪えないものだったせいで、永久は今日もあまり眠れていない。

 目にこびりついた死体と、犯人が誰なのかという疑問。

 小坂淳子も園部佑香も、永久には面識がない。チラリと顔を見た記憶こそあるものの、喋った記憶もないので、声も仕草も性格もまるでわからないし、交友関係などもっての外だ。それ故に、被害者の共通項が永久には見つけられない。精々どちらも女子生徒で同じクラス、くらいのものだ。全校生徒が容疑者、よりはマシだが三十人近く容疑者がいれば、転校してきたばかりの永久にはまるでわからない。

 せめて、小坂と園部の共通項がわかればもう少し絞れるのだが……。

 そんなことを考えつつ、やや重い瞼をこすりながら席へつくと、既に登校していたらしい浅木優が隣の席で読書をしていた。

「おはよう、浅木さん」

 席へつくと同時に、永久が挨拶すると、優は本を閉じて永久へ目をやると、おはよう、と落ち着いた声音で返した。

「坂崎さんは……事件の噂、知ってる?」

 本を机の中へおさめつつ、優はそう永久へ問うた。

 元々永久も優とその話をするつもりだったので、永久はすぐに優の方へ身体を向けた。

「事件って……その、『殺された』ってやつ?」

 永久の言葉に、優はコクリと頷く。

「その『殺された』って言われている二人……私の、友達なの……」

「――――えっ?」

 目を丸くして驚く永久に、優はそのまま言葉を続けた。

「ジュンもユッカも、事件があったって言われてる日から全然連絡取れないし、部屋に行こうとも思うんだけど、夜は寮の規則で部屋から出ちゃいけないし……」

 あ、規則違反だったんだアレ……。と、こぼしそうになったのを慌てて抑え、永久は優の言葉へ耳を傾ける。

「もしかしたら、次は私かも……」

「どうして……?」

 怪訝そうな表情で問う永久に、優は答えない。自嘲気味な笑みを薄らと浮かべた後、優は何気なく眼鏡の位置を指先で整えた。

「私が……悪いのよ……」

 か細く漏れたその言葉に、永久は何も返すことが出来なかった。

 ――――私が……悪いのよ……。

 優の言葉のその意味が、永久のとらえた意味と同じかどうかは定かではない。



「どう? 犯人の目星はついた?」

 昼休みのトイレの中、眠気をどうにかしようと永久が洗面所で顔を洗っていると、スカートのポケットの中からプチ鏡子が顔を出していた。

 慌てて永久はハンカチで顔を拭き、トイレの中をキョロキョロと見回す。

「誰もいないわ。それで、どう?」

 プチ鏡子のその問いに、永久はしばし沈黙すると、やがて小さく首肯した。

「まだ確信はないけど……」

「犯人は欠片を持っている……って考えて良いのよね?」

 プチ鏡子のその言葉に、永久は短くうん、と答える。

 永久が二日続けて事件の現場に出くわしているのは、事件が起こる瞬間に欠片を持った犯人が欠片の力を寮の中、という永久と近い距離で欠片の力を利用したためだ。共鳴でもしているのか、欠片の力が近くで使用されるとそれは頭痛として永久に直接知らされる。その際、大まかな位置が永久の中で感覚的に割り出せるのだ。

 そうして永久が向かったのは、二日とも事件の起きた現場である。犯人は欠片の力を利用している、と考えて間違いはないだろう。

 ふと、顔を上げて鏡を見、永久は小さくため息を吐く。

 予想が当たってほしくない、まるで自分の顔に書いてあるかのように見えた。









 別に寒いわけでもなかったが、気だるげにポケットの中に手を突っ込む。ただ単に手持無沙汰だっただけだ。

 まさかこうも立て続けに教室へ忘れ物をすることになろうとは……。そんなことを思いつつ、山木真は教室に向かって歩いていた。

 ポケットの中で意味もなく指を動かしつつ、真はボンヤリと視線をトイレの方へやり、慌てて目を離す。

「……クソッ」

 悪態を吐き、足早にその場を去るが、つい先程見た光景はまとわりつくように真の頭の中に広がっていった。

 声なんて聞こえなかった。

 だけどその口は確かに――

「ああ、もう!」

 振り切るように首を振り、真は歩を早める。

 何も見ていない。何も聞いていない。自分はただ、教室にある忘れ物を取りにきただけだ。そう何度も言い聞かせるが、真の中には雨雲のようなものが残るばかりだった。

 泣き出しそうなその目は、確かにこちらへ向けられていた。

 まるで助けを請うように。

 ――――何で俺なんだよ……。他の誰かでも良いじゃねえか。

 心の内でそう呟きつつ、真は教室の前へ辿り着くと、乱暴にそのドアを開けた。既に放課後になってから一時間近く経過している、恐らく教室の中には誰もいないだろう。

 そう思って教室の中に入ると、隅の方の席でうつ伏せになっている女子生徒の姿が見えた。

 その制服は南白高校のものではなく、紺色のセーラー服で、その生徒がこの間転校してきたばかりの坂崎永久だと真が判断するのは容易いことだった。

「まさかコイツ……」

 HRホームルーム終わってからずっと寝てたのだろうか。そう考えて真は苦笑すると、永久の方へゆっくりと歩み寄る。

「おい、おーい……」

 すぅすぅと寝息を立てる永久の背中を、真はゆっくりと揺さぶった。うつ伏せになっているため顔は見えないが、寝息から察するに随分と心地良さそうに寝ているのだろう。

 しばらく揺すっていると、ピクン、と永久の肩が動いた。

「ん……」

 眠そうな声を上げつつ、永久はゆっくりと身体を起こすと、瞼を右手でこすりつつ真の方へ顔を向けた。

「ふぁ……?」

 間の抜けた声。真は思わず呑気なモンだな、とぼやきそうになったのを抑えつつ小さく溜め息を吐いた。

「お前まさか、HR終わってからずっと寝てたのか……?」

「うん……多分……」

 まだ眠そうな顔でそう答えて、永久は大きくのびをした後、起こしてくれてありがとう、と真に向かって微笑んだ。

「じゃ、俺は忘れ物取りにきただけだから」

 そう言って真がその場を立ち去ろうとするが、永久は何かを言いたそうにジッと真の方を見つめている。それを無視して立ち去るのも忍びなかったので、仕方なく真は永久が何かを言い出すまでそこで待つことにした。

 ……したのだが、しばらく永久は何かを思い出そうとして考え込むばかりで、何も言おうとしない。

「……何だよ」

 しびれを切らして真がそう言うのと、永久がそうだ、と両手を顔の下で合わせたのはほぼ同時だった。

「私、山木君に聞きたいことがあったんだった!」

「俺に?」

 コクリと永久は頷いて、そのまま言葉を続けた。

「ちょっと聞きにくいことなんだけど……」

 そう切り出して数瞬言い淀み、永久は意を決したかのようにもう一度口を開く。


「山本さんって、もしかしていじめられてるの……?」


 先程までのどこか抜けた表情からは想像も出来ないような、真剣な表情と声音。動揺を隠せず、真はいつの間にか自分の前髪に右手で触れていた。

「……知るかよ……何で俺に聞くんだよ……」

「ホントに、知らない?」

 まるで、尋問だ。

 罪を犯した――犯し続けている自分への、尋問。

 しばらく、答えることが出来ずに真は押し黙っていた。

 口を開くものの、上手く言葉が紡げない。この期に及んでまだ、何か言い訳じみたことを言ってここから立ち去ろうとしている自分がそこにいて、自己嫌悪の念がズシリと胸にのしかかる。

「知らないなら――」

「だから、何だってんだよ……」

 真と永久が口を開いたのは、ほとんど同時だった。

「関係ねぇだろ! 俺には! 何も関係ねぇ!」

 不意に語気を荒げる真に、永久は肩をびくつかせる。が、それにも関わらず真はそのあまの語気で言葉を続ける。

 吐き出すように。

「俺が助けなきゃいけないのかよ! 俺が! 俺がか!?」

 自分を指差しながら、永久へと迫る。そんなことをしたってどうにもならない、自分でわかっていたハズなのに、言葉は止まらずに口の中から溢れ出していく。

「アイツはただの幼馴染だぞ!? そんだけの理由で助けるなんて出来るかよ!? なあ! 下手すりゃ俺だって何されるかわかんねえんだよ! 俺じゃどうしようもねえんだよ! わかるだろ、見りゃ!」

 相手は最近転校してきたばかりの、何も関係ない生徒だ。こんなことをしたってどうしようもないし、何にもならない。

 自分でわかってる。

 それでも止められない言葉は、懺悔か何かのつもりなのだろうか。何も知らない彼女が「それは仕方ないね、山木君は悪くないよ」だなんて、都合の良い言葉を返してくれるとでも思っているのか。

 自問に対して返す言葉がない。

 ――――俺は結局、どうしたいんだ。

 関係ないなら、何も気にする必要はない。それなのに残るわだかまりが何なのか。それが本当にわからないのか、それとも見ないフリをしているのか……その判断からすら、真は逃げ出そうとしていた。

「幼馴染なんだよ……ただの……」

 目から漏れ出した感情を隠すように、真はうつむいてその場に膝から崩れた。

 何をやっているんだ、ほぼ初対面の相手に。

「山木君……」

 どんな顔をして永久がそう言ったのか、真には見えなかった。

「ごめん、坂崎……」

 呟くように謝って、真が顔を上げようとした――その時だった。

「「――――!?」」

 突如悲鳴が、響いた。


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