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World×World  作者: シクル
美味なる純血
14/123

World2-4「傷痕」

 風紀委員、という役職に、それ程興味があったわけではなかった。別に学校の風紀なんてどうだって良かったし、誰がどこで悪さをしようが、自分にさえ迷惑がかからなければ関係ない。ただ、委員会に入っていれば進学の際に少し有利、という話を聞いて入ることにしただけだ。

 そんな動機で始めた役職に対して、特別やる気なんて出るハズもなく、浅木優は会議を終えて教室に戻っていた。

 既に空は赤く染まっており、それに照らされて赤く染まった教室はどこか幻惑的で、狂気的にさえ見える。鞄の置いてある自分の席に座り、優はその景色に身をゆだねた。

 暖色に染まった視界と、窓から差し込む夕日が温かい。このまま眠ってしまおうかと優が机に伏したところで、教室のドアの開く音がした。

 肩をビクつかせながらドアの方へ目をやると、そこに立っていたのは一人の男子生徒――山木真だった。

「何してんだよこんなとこで」

「山木君こそ、こんな時間にどうしたの?」

「俺は……その、ノート忘れてさ……」

 チラと真が目を向けたのは、真の席から少しはみ出ているノートだった。

「私は委員会、鞄、教室に置いたまま行っちゃったから」

 そう言って優が鞄を持ち上げて真に見せると、なるほど、と真は目にかかっている前髪を邪魔そうによけながら頷く。

「前髪、切ったら?」

「前からそうしようと思ってんだけどお金なくてなぁ……」

 トホホ、などとおどけた様子で口にしながら、真は自分の席の方へ歩み寄ってノートを取り出す。

「んじゃ、俺帰るわ」

 ノートをパラパラとめくって中身を確認すると、真はそう言って優へ背を向けた。

「あ、待って」

 不意に立ち上がり、優がそう言うと真はすぐに優の方を振り返った。

「山木君、寮でしょ? 良かったら寮まで一緒に……帰らない?」

 夕日色の頬をなるべく悟られないよう、気が付けば優は真から顔を背けていた。

「ん、ああ。良いよ、一人で帰るのも何だし、一緒に帰るか」

 優の予想に反した真の快諾に、優は思わずありがとう、と小さく口にしていしまっていた。



 別段会話もないまま、真と優は帰路に着いていた。

 優は何か話そうと色々考えているものの、中々良い話題が見つからない。テレビや音楽、映画の話でも出来れば良いのかも知れないが、生憎優はそういうのには疎かったし、何より真の好みを優は知らない。

 真の方は、さほど会話がないことについては気にしていない様子で、今日も真っ赤だなーなどと夕日を見ながら呑気なことを呟いている。

「あ、あの……さ」

 漏れたのか、洩れたのか。

「山木君は……その、山本さんのこと……どう、思ってるの?」

 開いた口から出たのはそんな言葉だった。

「どう思うって……どうも……」

 どこか心苦しそうに、真は優から顔を背けて答える。

「昔は仲良かったのに、今はあんまり話さないよね」

 ――――わかってる癖に。

 ――――どうしてだか、知ってる癖に。

「別に、ただの幼馴染……だし」

 ――――私って、ズルいんだぁ。

 刺すような痛みは、感じないフリをした。

「ああ、うん……そっか、なんかごめんね、変なこと聞いて」

「李那……じゃない、山本のことで何かあったのか?」

 ――――私は浅木で、彼女は李那・・なんだ。

「うん、何だか最近孤立してるみたいで心配だったから……」

「そう、だよな……」

 優から顔を背けたまま、真は何かから意識をそらすようにして前髪をつついていた。









 学生女子寮六階、606号室には、七人の女子生徒が集まっていた。一つの机の上に、スナック菓子やサラミ、たこわさなどと言ったおつまみのようなものを広げ、各々が缶ビールや缶チューハイを片手に、ゲラゲラと品のない笑い声を上げていた。

 所謂、飲み会というやつである。

 彼女らは当然未成年で、酒やタバコの類は法律でも校則でも禁止されているのだが、どうやって手に入れたのか彼女らは酒を持ち寄って606号室に集まっているのだった。

「でぇ、ウケルのがさ、そいつ半泣きになってやがんの! あり得なくね? 今時虫とか怖くないっしょ!」

 そう言って大声で笑い、手に持っていた缶チューハイをグビッと飲み干した。

「つーかさ、鞄に虫とかしょーもねー! もっと別のモンいれなよ!」

「ハァ!? 虫いれたのあたしじゃねーし! 誰だか知んねーけど、アイツが鞄見て半泣きになってたのは超ウケタわー」

「それは言えてるわー!」

 再び、部屋の中は下品な笑い声に包まれる。

「ていうかさ、ウチらもう十七じゃん? ツインテールとかあり得なくね? ガキ過ぎじゃね?」

 女子生徒の一人がそう言うと、ベッドの上に転がっていたもう一人の女子生徒が言えてる、と笑い声を上げた。

「そういえばさ、ジュンが死んだって噂……マジだと思う?」

 不意に、真剣な表情で一人が言うと、ピタリと笑い声は止まった。

「友達がさ、榊が話してるの聞いたんだって」

「それ友達の友達? 都市伝説じゃね? つかユッカビビり過ぎー」

 隣で茶化す女子生徒に、ジュンについて話していた女子生徒――この部屋の主である園部佑香は真剣な表情のまま首を左右に振った。

「実際ジュンさ、学校も来てないしメールも返ってこないしでちょっとこえーんだけど……」

 ジュンの……小坂淳子の話は、賑わっていた飲み会の雰囲気に少しだけ波紋を生んだが、数分後には先程までと同じような、馬鹿馬鹿しい話題と笑い声で埋め尽くされることになる。



 飲み会が終わり、園部佑香は部屋中に散らかったスナック菓子のゴミや袋、空になった缶などを掃除していた。どうやら飲み過ぎたようで今にも眠ってしまいたい気分ではあるものの、今の内に掃除しておかなければズルズルと部屋が汚れたまま生活することになってしまう、出来れば佑香はそれを避けたかった。

「マジアイツら……片づけて帰れっつの……」

 ぼやきつつも手は止めず、気が付けばゴミ箱の中はいっぱいになっていた。

「ッゲーマジかよ……」

 めんどくさそうにそう言うと、佑香は床へ座り込んだ。

「めんどくせ、寝よっかな……」

 あくびをしつつそう呟いた――その時だった。


 キィと、ドアが開いた気がした。


 鍵を閉めた覚えはない、佑香はゾクリとした怖気を感じる。が、すぐに誰かがさっきの飲み会での忘れ物でも取りに来たのだろう、と、そう考えて佑香は胸をなでおろした。

 それならそれで、挨拶の一つでもしてくれれば良いのに。そう思って佑香が振り返った時、既に首筋に何かが触れていた。









 頭痛によってコアの欠片の気配を感じ取った永久が、六階の606号室に辿り着いた頃には、既に部屋の電気は前と同じように破壊されていた。

 が、前回のようにもぬけの空、というわけではないらしく、クチャクチャという何かを貪る音と、おぞましい気配が部屋の中にこもっていた。

 入口から中に入ると同時に、永久はショートソードを出現させて身構える。この視界の悪い状況下なら、いつどこから襲い掛かられても不自然ではない。獣のような貪り方をする相手だ、獣のような動きで襲い掛かってきたっておかしくはない。

 張り詰める緊張感の中、鼓動とときが刻まれていく。ショートソードを握るその手に汗がジワリと滲んだのと、クチャクチャという音が止まったのはほぼ同時だった。

 ――――来る!

 その直感と、闇の中で何かが蠢いたのは同時。闇雲に振ったショートソードは、空を裂くだけだった。

「――――っ!?」

 ――――上から……!?

 蠢いていた何かは、跳び上がって上から永久へと急降下を始めていた。

 振りぬいたままの右腕を戻すよりも、左腕を使う方が早い。そう判断し、永久が左腕で顔をかばうと、その左腕に、その何かはガブリと噛みついた。

「痛……っ!」

 左腕を噛み千切らん勢いで暴れる何かに、永久は冷静さを欠いて左腕を振り回す。どれだけ乱暴に振り回しても、その何かはガブリと噛みついたまま放そうとしない。

 ドタバタという音が部屋の中に響く。

「放してっ……放してってば!」

 噛みつく何かに、永久はショートソードを振り下ろそうとする――と、同時に何かは永久の腕から口を放して距離を取ると、しばらく止まって永久を眺め、すぐに窓を割って外へと飛び出して行った。

「逃げ……た?」

 困惑の声を上げつつ、ドクドクと血の流れる左腕を押さえながら永久は一度部屋の外へ出る。

「こ、これって……」

 視界の明るい場所に出、左腕の袖をまくり上げる。そしてその噛まれた痕を見、永久は驚愕の声を上げた。

 この噛み痕は、獣の牙などではない。

「人の……歯型……?」

 血がポタリと、廊下のタイルにこぼれ落ちた。


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